Interview
2022.11.16

人と人をつなぐ組紐の力。コラボレーションを通じて江戸の「粋」を進化させる「龍工房」。

人と人をつなぐ組紐の力。コラボレーションを通じて江戸の「粋」を進化させる「龍工房」。

江戸時代の日本橋には、後に百貨店へ発展することになる呉服店が点在し、「呉服の街」として栄えてきた歴史があります。そんな日本橋に工房を構え、創業以来130年以上にわたって着物の装いを彩る帯締・帯揚を製造してきたのが、現代の名工・福田 隆さん率いる龍工房です。生糸の作成、デザイン、染色、組みまでを一貫して手がける龍工房の帯締、帯揚は皇族をはじめ、歌舞伎界や茶道界などから広く支持され、さらに跡継ぎの福田隆太さんとともに現代のニーズに合わせた商品開発や、気鋭クリエイターらとのコラボレーションなどにも取り組んでいます。伝統の技術や文化を未来につなぐためにさまざまな活動を行っている福田隆さんにお話を伺いました。

組紐の可能性を追求する職人集団

ーまずは、龍工房の概要について教えてください。

龍工房は50人ほどで一貫して製造を行うつくり手の集団です。先代より受け継いできた技術をもとにオリジナル商品の開発などを行っており、日本橋や銀座の呉服店、全国の百貨店などおよそ500店舗ほどとお取引があります。また、皇室の帯締の生産や、中尊寺金色堂 藤原秀衡懸守の紐をはじめ、古代紐の研究・復元などにも取り組んでいて、これらの仕事も大きなやりがいになっています。さらに、ブラジル・リオ五輪が開催された際に組紐の体験会を現地で開催するなど、東京・江戸の伝統を海外に発信する活動も行っています。

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ーそもそも組紐というのはどのようなものなのですか?

組紐とは、さまざまな色の絹糸を組み上げてつくる紐のことで、仏教が伝来した飛鳥時代に大陸から日本に入ってきました。当初は仏典や巻物の飾り紐などに用いられていましたが、やがて武具や茶道具などに使われるようになり、日本独自の組紐の技法が確立されていきました。着物の帯締に使われるようになったのは江戸時代後期で、現在も用いている組み台が登場したのもこの頃です。帯締や帯揚などの和装小物は、着物という大輪の花を引き立てるもので、言わば野に咲く花のような存在ですが、選び方や結び方次第で着物の粋な着こなしを演出してくれるものです。江戸時代の日本橋には呉服店が多く、この界隈には船着場があったため、呉服問屋もたくさんありました。私どもはそのような歴史を持つ地で、「江戸の粋を進化させる」を合言葉にものづくりを行っています。

ーその合言葉の背景にはどんな思いがあるのでしょうか?

先代が培ってきたものづくりの心や技術など変えてはいけないものがある一方で、いまだからこそ変えなければならないものもたくさんあると考えています。着物の需要は右肩上がりの状態ではありませんが、ワクワクするような新しいチャレンジを通じて時代に応じたものづくりをしていくことで、組紐の需要や可能性を広げていきたいという思いがあるんです。2トンの重みにも耐え得る頑強さと伸縮性を併せ持つ組紐は、さまざまな用途に使えます。最近では、ラグビーワールドカップ日本大会のメダルテープを、江戸の代表的なカラーでもある紫の組紐でつくりました。他にも、東宝さんとタッグを組み、新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』に登場する組紐を忠実に再現した商品を制作したり、キヤノンマーケティングジャパンさんなどさまざまな企業様とのコラボレーションもさせて頂いております。

メダル

龍工房が手がけたラグビーワールドカップ日本大会のメダルリボン。耐久性と伸縮性を重視した組布を希少な純国産シルクで作成した。(画像提供:龍工房)

カメラストラップ

キヤノンマーケティングジャパンとともに制作したカメラコードでは、「斜格子一間組」という正倉院宝物殿にも奉納されている束帯と同じ組み方を採用した。組紐の伸縮性を活かした優しい感触と絹独特の光沢・肌触りが特徴。(画像:キヤノンオンラインショップより)

コラボレーションが絶えない理由

ーこうしたコラボレーションはどのようなきっかけから生まれることが多いのですか?

例えば、海外メゾンとのプロジェクトなどは、ヨーロッパに足を運ぶ機会が多い息子の隆太のつながりから生まれたものです。基本的に組紐の新しい可能性を追求するような取り組みは、息子を信頼して任せています。私どもは国産生糸の周知・促進に努めるなど原材料には強いこだわりがありますが、息子は「空気と水以外は何でも組める」と豪語しており、実際に革やステンレス、蓄光糸などあらゆる素材を扱っています。先ほど、変えてはいけないものと変えなければならないものについてお話ししましたが、息子が工房に入ったことで、最も変わらない考え方を持っていたのが自分だったということに気づかされました。それ以来、さまざまな挑戦を
陰ながら見守りつつ、確固たる伝統技術の継承に専念することが私の役割だと考えるようになりました。

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ー受け継がれてきた技術を未来につないでいくために、親子で役割を分担しているのですね。

はい。私どもは、継承してきた技術を用いて次の世代に使って頂けるものをつくることで、オンリーワンの仕事をしたいという思いを持っています。先日、レディー・ガガさんの靴の制作などを手がけている舘鼻則孝氏とのコラボレーションによって制作した「KUMIHIMO Heel-less Shoes」が、イギリスのヴィクトリア&アルバート博物館という大変素晴らしい施設に収蔵されることが決まりました。日本の組紐が収蔵されるのは初めてだそうですが、こうした挑戦を続けながら、自分たちにしかできないオンリーワンの仕事をいかにつくり上げていくのかということを考え続けていきたいです。

親子

画像提供:龍工房

ー龍工房がさまざまなコラボレーションを実現できているのはなぜだと思いますか?

NOと言わないからではないでしょうか。もちろん、自分たちができないことまで「できる」と言ってしまうと信用を失います。だから私どもは、コラボレーションの話が持ち上がった時は少し時間をいただき、求められているものをどうすれば表現できるのかということをしっかり考えるようにしています。自分たちがリスクを負ってでもなんとかお役に立ちたいという思いで取り組み、アウトプットまでつなげてこられたことが、コラボレーションを続けられている理由なのではないかと思っています。「組紐」という漢字には、ともに糸編が入っています。同じく糸編が使われている「絆」「結ぶ」「紡ぐ」などといった漢字や言葉と同様に、組紐というのは人と人をつなぐものだという強い使命感を持ってこれらの仕事に取り組んでいます。

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お客様から学んだ江戸の粋

ー以前から龍工房には、積極的にコラボレーションに取り組む文化や歴史があったのですか?

コラボレーションをするようになったのはこの10年くらいです。ただ、私どもは百貨店の常連のお客様などからの注文に応じて帯締一本から生産をしてきたつくり手の集団ですし、美術館や博物館などで行われる企画展のテーマに合わせて、染めから組みまでを一貫して手がけるオリジナルの帯締を制作するようなことも続けてきました。与えられたテーマや自分たちのイメージを色、形、組、柄で表現するということに取り組んできた経験が、コラボレーションにおいても活かされているところがあります。

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現代美術家・舘鼻則孝氏とのコラボレーション作品「「KUMIHIMO Heel-less Shoes」。舘鼻氏が普段から制作に用いているカラーパレットから選ばれた色に調色のうえ染められた2色の絹糸が組紐の表裏を彩っている。(画像提供:龍工房)

ーこれまでの龍工房のものづくりの応用編として、現在のコラボレーションがあるのですね。

そうですね。私たちは創業以来、お客様に教えられることでここまで来られたという意識を強く持っています。お客様というのは呉服店や百貨店などの小売店様や着物愛好家の方たちですが、特に歌舞伎役者や落語家の方々から勉強させて頂いたことがたくさんあります。着物の世界において歌舞伎役者さんというのは、いつの時代もスタイリストのような存在です。江戸の文化では、男性の着物の裾は長すぎると野暮で、くるぶしの少し上くらいが粋でカッコ良いとされているのですが、そうしたことを歌舞伎役者の方から色々と教えて頂きました。関東と関西では文化の違いから羽織紐ひとつとっても好みが違うのですが、私どもはお客様から教えて頂いた江戸の粋の文化をずっと大切にしてきました。

ー最初にお話し頂いた「江戸の粋を進化させる」という合言葉もお客様あってのものだったのですね。

はい。ただ、こうして江戸の粋について説明をしていること自体が粋ではなく、非常に野暮なことなんです(笑)。私どもは、歌舞伎役者さんや落語家さんなどとのお付き合いを通して色々なことを吸収させて頂くことで、着物に強いこだわりを持つ方たちにも対応できる工房になろうと努めてきました。そういう意味では、いまお仕事をご一緒している舘鼻則孝さんもデザインに対して非常に強いこだわりをお持ちの方で、さまざまなことを教えて頂いています。こうしたお客様とのお付き合いを通じて得てきた自分たちのこだわりや美意識を、多くは語らずにつくったものに散りばめていきたい。理屈抜きに良いと感じて頂くことが何よりも大切だと思っており、現代においては企業やデザイナーさんとのコラボレーションなどがその良い機会なのです。

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羽織紐の房の大きさや結び方にも江戸ならではの特徴があるという。

組紐の文化を国内外に発信する

ー新たな取引先や組紐の需要を開拓されている龍工房ですが、職人の育成という点についてはいかがでしょうか?

やはり次の時代を担う職人をいかに育てていけるかというのが最大の課題ですね。とはいえ、職人の数を急に増やすことは難しい。その中でいま私たちにできることは、職人がワクワクできる仕事をたくさんつくり、利益を共有することだと思っています。世代を超えて皆がワンチームになれる環境をつくりたいですし、後を継ぐ息子とともに歩み、ワクワクしながらものづくりができる職人を増やしていきたい。私の背中が丸まっているようでは後を継いでいきたいとも思ってもらえないですし、これからも努力を続けていく必要があると感じています。

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ー職人を増やしていくためには、組紐をはじめとする伝統工芸の存在を若い世代に伝え、裾野を広げていくことも大切になりそうですね。

そうですね。現在中央区には伝統工芸士が私を含め3人しかいないのですが、東京全体で見ると伝統工芸の品目は41あり、実は京都よりも多いんです。私は東京都伝統工芸士会の広報本部長という役割を担っているのですが、その一環で子ども向けの伝統工芸体験会を行っています。組紐や江戸小紋など東京のさまざまな伝統工芸の歴史を学んだり、体験できる場があれば、夏休みの自由研究が一日で終わるのではと考えたことがきっかけでした。最初はあまり乗り気ではない職人が多かったのですが、みんな続けているうちに子どもの対応が楽しくなり、コロナ禍前まで5年にわたって開催し、多くの家族連れが集まってくださるイベントになっていました。

ー地域の伝統工芸を文化として伝えていくという意味でも非常に意義のある取り組みですね。

江戸発の伝統工芸の文化を国内外に普及させたいという思いからこのような活動を続けていますが、発端となっているのは、かつて日本における最大の輸出品だった生糸の良さを知って頂きたいという思いでした。コラボレーションなどに積極的に取り組んできたのも、世界から認められる組紐をつくることが生糸の魅力や組紐の文化を伝える一番の近道だと考えているからなんです。

少し話は変わりますが、現在私は東京都立文京盲学校で目の不自由な方にも組紐を教えていて、これも私の大きな誇りです。例えば、編み物や縫い物は目が不自由だと難しいところがあるかもしれませんが、組紐は一連の動作を覚えて、ガイド付きの組台を使えばできてしまうんです。目の不自由な方は指先が非常に敏感なのですが、組紐はこうした指先の集中力を活かしてものをつくる喜びが得られるものですし、ひいてはそれが新しい仕事の選択肢になったら、こんなに素敵なことはないと思っています。

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小学校で開催された組紐体験会の様子 (画像提供:龍工房)

新旧の交流からワクワクできる未来を

ー龍工房の活動拠点である日本橋への思いも聞かせてください。

日本橋のことは誇りに思っていますし、現在では地域の町会長も務めるほど日本橋愛が強い男です(笑)。地域に恩返しをしたいという思いから、中央区にある16の小学校でPTAのお父さん、お母さんたちにもご協力頂き、組紐の体験会を行う予定もあります。また、先ほど生糸の話をしましたが、現在は純国産絹糸が極めて少なくなっていて、日本で使われている生糸は99%以上が中国産なんです。その中で龍工房では群馬県の農家の方と一緒に桑畑で蚕を育て、繭玉を取って生糸づくりから行っているのですが、実はいま日本橋に桑畑をつくろうとしているんです。未来ある子どもたちが学ぶ小学校の校庭などに桑の木を植え、自分たちでつくった生糸で組紐を体験し、製品をつくるという活動ができたらいいなと考えています。

トーチ体験

東京2020オリンピック・パラリンピックに聖火ランナーの一人として参加した福田さん。後日、地域の子どもたちのために中央区の小学校をまわり、トーチに触れてもらう機会を提供した。(画像提供:龍工房)

ー素晴らしい取り組みですね。最近の日本橋の街に何か変化は感じますか?

最近はマンションなどに暮らす新しい住人が増えていますよね。町会長としては、そうした新しい住人に向けてこの街に息づいている江戸の粋や人情、こだわりというものを伝えていきたいという思いがあります。関西には挨拶代わりに「儲かりまっか」と声をかける文化がありますよね。それと同じようにこの街に昔からいる人たちは、調子を聞かれた時に「おかげさまで」と返すんですね。この界隈は老舗のお店も多いので、贔屓にして頂いているお客様のおかげで順調ですという意味合いがあるのですが、とても良い言葉だと思うんです。専門分野を持って100年以上事業を続けている老舗のことを地域の人たちも尊敬しているし、老舗同士の間にも業種を超えたリスペクトがある。こうしたこの街の良さを新しい住人にも伝えたいという思いから、交通安全週間の朝には登校する子どもたちに声をかけたり、火の用心の夜回りの際には子どもたちに拍子木を叩かせてあげたりしています。新たに入ってくる家族や子どもたちを大事にする街でありたいと思っています。

ー近年の日本橋には新しい事業者も増えていますよね。

そうですね。これまでの老舗とはまた違う意味での新しいものづくりをする人たちも増えていると感じていますし、新旧の事業者が交流できる機会がもっとあるといいですよね。たとえ小規模でも地域にいる人たち同士が交われる機会が増えていくと地域の力も高まると思っています。このような仕事をしていると、「伝統と革新」という言葉をよく耳にするのですが、大切なのは「伝統と革新」の先にワクワクする明るい未来があること。私は町会長として新旧の交流が活気につながるようなまちづくりに関わっていきたいですし、私どもの事業においても新しいコラボレーションなどを通して、現代に合った出口づくり、未来につながるものづくりをしていきたいですね。

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取材・文:原田優輝(Qonversations)  撮影:岡村大輔

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