接点を広げ、時代にあった提案をし続ける。“生活に溶け込む伝統産業品”を目指して。
接点を広げ、時代にあった提案をし続ける。“生活に溶け込む伝統産業品”を目指して。

日本橋・室町エリアには、全国の伝統技術を生かした商品を紹介する店舗が増え続けています。昔ながらの製造方法を守り、活かしながら、今の時代に合った商品を展開し、賑わいを見せている数々の店舗。今回はその中でも一際チャレンジングな取り組みをしている「能作 コレド室町テラス店」を運営する株式会社能作の代表取締役社長・能作克治さん、「箔座日本橋」を運営する箔座株式会社の代表取締役社長・高岡美奈さんに、今の時代における伝統産業のあり方や、日本橋という街で今後見据えている展開を伺いました。
素材の新たな可能性を追求し、あらゆるもの・ことに応用する。
−まずは、それぞれ店舗の紹介をお願いできますか?
能作克治さん(以下、能作):「能作」は、大正5年から富山県の高岡市で鋳物の鋳造をしており、“高岡銅器”という伝統産業を軸にした企業です。会社自体は、高岡銅器の製造や問屋としての役割も持っていますが、今は主に錫100%の自社商品の 製造・販売を手掛けており、日本橋のショップではオリジナル商品の販売をしています。

103年続く「能作」の4代目社長、能作克治さん。入社以来18年間、一職人として鋳造に従事してきた経験を生かされている。
高岡美奈さん(以下、高岡):「箔座」は“箔”という素材の製造と、それを生かした加工品を作る、金沢箔の専門メーカーです。江戸幕府の時代に加賀のお殿様が金箔を作ることを命じた書が残っており、金沢では400年以上前から金箔の製造が行われ、伝統産業として根付いています。「箔座日本橋」は、その金沢箔の魅力を商品含め、さまざまなアプローチで伝える旗艦店として誕生しました。

「箔座」3代目社長、高岡美奈さん。高岡社長の祖父にあたる初代社長は金箔製造の職人で、1953年に「高岡金箔店」として始められたとのこと。
-能作さんも、箔座さんも素材を活かされながら幅広く商品展開をされていらっしゃいますよね。その中でも定番のものや、特に人気のものを教えていただけますか?
能作:一番人気は、昔から変わらずビアカップなのですが、それを含めた酒器類は様々な層のお客様に支持されています。箔座さんとのコラボ商品も人気で、海外の方がよく購入されます。金色は、中国をはじめとしたアジアの方には特に人気ですよね。

抗菌性が高いので食器としても安心して使え、ザラザラとした鋳肌によってまろやかな泡立ちを生み出すビアカップは、不動の人気。

来年の干支、子年にちなんだねずみのお猪口(右)。お猪口の内側には、金箔が使われているものも。
高岡:箔座では、“純金プラチナ箔”という2種のオリジナルの箔も作っています。金箔は元来、金に少量の銀と銅を混ぜて作っていたのですが、銀と銅の代わりにプラチナを入れたものが純金プラチナ箔です。プラチナは金と融点が違うということがネックとなって、作り上げるのに大変苦労しましたが、職人と共に作り上げました。加工品だけでなく、箔の素材そのものを改革しないと新しさは生まれない、と思っての挑戦でした。

純金99%+純プラチナ1%の永遠色(左側)、純金92%+純プラチナ8%の久遠色(右側)。微妙な色や風合いの違いがある箔座オリジナルの純金プラチナ箔で作られた商品。
この挑戦を経て生まれた純金プラチナ箔のバングルは、色味の違いや風合い、バングルの太さの違いで、何種類かお求めくださる方もいらっしゃるほど人気です。今までの金のイメージと違い、どんなファッションにも合わせやすいとのお声を多くいただいています。

箔座の「箔アクセサリー」を代表する、アクリルバングルシリーズ。箔の凛とした存在感に魅了されるお客様が多い。
能作:純金プラチナ箔も然り、職人の力なくしては、成り立たないのが伝統産業ですよね。熟練した技術は、10年、20年で達する域ではないんです。後継者問題にはこれから益々悩まされそうですが、人ありきの伝統技術をいかに守っていくか、というのが、私たちの使命でもあり、課題です。
-伝統技術を生かした加工をすることはもちろん、素材の可能性をどこまでも追究された商品づくりをされているんですね。
能作:実は今、医療分野にも力を入れています。へバーデン結節という指の第一関節が赤く腫れたり、曲がったりする疾患があるのですが、その関節を固定する“へバーデン リング”を商品化しています。“伝統産業”と“医療”になんの繋がりが?と驚かれることもあるのですが、我々は基本的に「人を幸せにしたい」という思いを根底に商品を作っているため、医療機器はその究極系だと思っています。療養が向上することは気持ちを楽にして、生活に潤いをもたらせてくれることですからね。
また、錫の抗菌性や曲がるという素材特性を最大限生かせる商品である、という点も大きいです。3年ほど研究を重ねて出来上がったこのリングの反響が思いの外良かったことに私たちも驚いており、材料としての錫の可能性はまだまだあるのでは、と感じています。

整形外科医との共同開発をしたヘバーデン リング。テーピングより固定力があることも特徴の一つ。photo:編集部
高岡: 素晴らしい取り組みですね!素材としての可能性を追い続ける姿勢は、とても重要ですよね。私たちもただ金箔を加工するだけではなく、金箔のあらゆる可能性に着目して、用途を幅広く提案したいと考えています。
例えば店舗で販売している金箔を使った美容アイテム。近頃“金”の美容効能が解明され始めてきたことを受けて、これまでの「リッチ・ゴージャス」というイメージ以外の訴求力を検討していきたいと思っています。素材が持つ機能を深堀りしていくことで用途もさらに広がっていくと思います。
また、最近は空間表現としての金箔の価値にも可能性を感じています。先日まで開催されていた「めぐるのれん展」というイベントで、全面に銀箔を施した暖簾を制作し、出品しました。「自社のアイデンティティをデザインする」というテーマだったので、思う存分“箔”を使用する形をとったのですが、反響も大きく、この取り組みを通して空間表現としての箔の可能性に気づきました。

美容金箔マスクや、美容液、化粧水などが人気。アイシャドウやリップなどにも金箔が使われている。

「黎明の膜」と名付けられた暖簾。新しい事柄が始まろうとする時をイメージし、未だ目には見えないかたちの無い存在を、箔とモノトーンの色彩で表現している。photo:編集部
能作:商品以外の取り組みで言えば、能作は今「錫婚式」というイベントにも力を入れています。10年目の結婚記念日が「錫婚式」と呼ばれることから、能作ではそれをイベントパッケージとしてお客様にご案内しているんです。結婚10年目を迎えたご夫婦に改めて挙式をしてもらい、記念写真を撮り、会食をして、最後に鋳物製作体験で記念品を作ってもらうというイベントで、最近は県外の方に多くお申し込みをいただいています。面白いことに、錫婚式で能作を知る方達は、私たちがウエディングの会社だと思っている場合が多いんですね(笑)。でも、能作を知ってもらう意味では様々な入り口があっても良いのではないか、と思っています。
目指すは、様々な文化や習慣を取り入れた“生活に溶け込む伝統産業品”。
-様々な商品のクリエイティブの原点やアイディアの源はどんなところにあるのでしょうか?
能作:伝統産業を扱っているからといって守りに入るのではなく、色々な文化や習慣を取り入れることでしょうか。例えば、酒器の内側に金箔をはるきっかけは、10年以上前に視察に行ったパリの展示会でした。あちらではよく目にする色が、金・赤・青の三色だったんですね。白・黒・銀が好まれる日本とは全く違う。これは銀色の錫だけをパリへ持ち込んだところで全く目立たないぞ、と思ったわけです。そこから内側に金箔を貼るというアイディアを実現させ、展示会に出展しました。
-その国の文化や慣習に合わせて検討した結果生まれた商品だったんですね。
能作:はい。ですが、その後さらに勉強になったことがあって。その展示会で、片口を買ってくださったレストランの方に、後日ご挨拶にうかがったんですね。そうしたら、片口をフィンガーボールとして使っているのを目にしたんです(笑)。とても驚きましたが、海外では日本の文化は通用しないんだなと痛感しました。
海外の文化や習慣に合わせて商品を提案していくことが重要だと気付きましたし、これは時代や使う人たちの属性でも同じことが言えると感じました。そうやって色々な方の属性に合わせた商品を考えていくことが、自分たちの可能性を広げていくことに繋がるとも強く感じましたね。
高岡:同感ですね。箔座日本橋のお客様の中には、最初金箔のお店だと気付かず、しばらく経ってから「金箔屋さんだったのね!」と言われることも多くあります。でも、それで良いんですよね。伝統産業品だから買う、というのはありがたいことですが、ちょっと使ってみたいなという気軽な動機で、錫や金箔のことを知ってもらえるのが理想だと思っています。箔であるからこその美しさや特性を生かしつつ、できるだけ自然に生活の中に溶け込むようなものを作りたいと思っています。

リングやピアス、ネックレスなどの「箔アクセサリー」は、トレンド感もあり、フォーマルからカジュアルまで汎用性の高さが魅力。
-「生活に溶け込ませる」という考え方は、伝統産業品を広めていくために非常に重要な考え方ですね。
能作:そう思います。本来は伝産品も「あ、これいいな」と自然に手にとっていただくのが理想です。そういう意味では箔座さんの商品は、金箔という素材の魅力や広がりを大切にされつつ、ふらりと店舗に訪れる方でも手にしやすいものが多い。最初に伺ったときから、ここの商品は絶対人に受け入れてもらえるんだろうな、と感じていました。
高岡:嬉しいお言葉をありがとうございます!実は私、能作さんの一番人気商品であるビアカップを使っているのですが、これこそ私の理想としている“生活に溶け込むもの”だと思っていて。錫の特性が生かされた機能も魅力的ですが、日常的に使いたくなるデザインもとても気に入っています。
新しい挑戦やコラボレーションを生んだ、日本橋への出店。
-日本橋に進出されたのは一年違い(能作の三越出店が2009年、箔座のコレド室町1出店が2010年)でしたが、当時の日本橋の印象をお聞かせいただけますか?
能作:私たちが一号店を三越さんに出店した当時は、生活にゆとりのある、特別なお客様で賑わっている独特な雰囲気でしたね。一つ12,000円の商品を、値段も見ずに「これすてきだから10個いただくわ」とおっしゃるお客様がいらっしゃったりとか。でも、賑わっていたのは正直三越さんの中だけで、街中は今のような賑やかな雰囲気はなかったんですよ。
高岡:そうですよね。私も出店当初は、近隣のスタバが土日は閉まっているのを見てびっくりしました(笑)。それくらい土日は閑散とした雰囲気で。
-日本橋に出店を決めたのはどんな理由だったのでしょうか?
能作:僕は単純に面白そうな挑戦だと思ったんです。三越さんは当時特別な存在だったので、そこで目の肥えているお客様を相手に挑戦できるなら、やってみたい!と。
高岡:私たちは、当時非常に迷ったんです。ただ、日本橋には縁を感じていて。というのも私どもの名前の由来にもなっている「箔座」というのは、江戸時代に金箔の販売や生産を統制する機関のことなのですが、その「箔座」の権限を引き継いだ「金座」が現在の日本銀行の場所にあったんです。そのようなご縁も感じながら、三井不動産さんからの熱心なお声がけもあり、思い切って出店することを決めました。

奥にはお茶席もある、箔座日本橋の店内。金箔約16,000枚が使用された「黄金の天空」という空間は、パワースポットとも言われる。
能作:先日、私たちもコレド室町テラスに出店し、箔座さんと同じように中央通り沿いに店舗を持ちましたが、ここに出店をするということはステータスが一段階変わりますよね。
高岡:そうですね、それと同時に緊張感もあります。ここに出店するということは、日本橋の老舗さんと肩を並べることにもなるので、この街に集うお客様の信頼や見る目を裏切ってはいけないな、と感じています。

2019年秋にオープンしたばかりの、能作 コレド室町テラス店。広々とした店内には、人気のテーブルウェアや、コラボ商品が並べられており、製造現場の動画も観ることができる。
-出店された当時と今と、日本橋の印象は変わりましたか?
能作:日本橋全体に、遥かに人が増えていますよね。この10年で人が溢れるようになりました。
高岡:本当ですね。今は海外の方も多くいらしてくださいますし、あの頃の静かな雰囲気からガラリと変わりました。
また、日本橋に出店する前はもっと敷居が高いと思っていましたが、その印象も変わりました。老舗さんが、私たちみたいな新参者を受け入れてくださって、一緒に何かやろうよ!という雰囲気を作ってくださるんです。実際、にんべんさんや榮太樓さんといった、日本橋を代表する老舗企業さんとのコラボレーション商品も展開させていただいて。とてもオープンな街だと感じています。今後も様々な企業さんとコラボレーションを生み出したいですね。

季節限定品も展開している、箔座と榮太樓總本舗のコラボ商品。
能作:日本橋って伝統がある街なのに、老舗さんも街自体も、伝統をただ守るという感じではないですよね。伝統を革新しながら、時代に合った展開をする、という姿勢こそが日本橋らしさなんだと感じています。
日本橋で、100年続いていく店舗に。
-お二人のチャレンジングな姿勢と、日本橋の伝統を革新しながら進む姿勢はとてもマッチしているように思うのですが、今後、日本橋という街を舞台に挑戦したいことはありますか?
能作:先日、能作のコレド室町テラス店オープンの際には、箔座さんの純金プラチナ箔を使わせいただき、コラボレーション花器を発売したのですが、今後もそうしたコラボレーションにはチャレンジしていきたいですね。これだけ近くにいるから、やれることは沢山あると思うんです。
高岡:それは同じです!お互いの良い面を生かしながら、それぞれの魅力を良い形で発信していけそうですよね。

能作 コレド室町テラス店オープンを記念して、販売されている花器。箔座の純金プラチナ箔が使われている。
能作:先ほど高岡社長から、老舗さんとのコラボレーションの話も出ましたが、能作は日本橋とやま館(室町にある富山のアンテナショップ)ともコラボしてスタンプラリーなどのイベントを企画し、県のPRもしています。東京の真ん中にいるからこそ、富山県のことを広く発信できる機会があると思っています。
高岡:能作社長の、「街を元気に!」という姿勢が素晴らしいです。街をあげて、という姿勢を私も学びたいと思っています。
能作:私は、街も店舗もとにかく知ってもらう、見てもらう機会を多く持つことが大事だと思っているんです。
10年以上前にサンリオのハローキティとコラボしませんか?というオファーがあったのですが、その当時、能作とキティちゃんは合わないな、と思って断ってしまったことがあったんです。でも、その後バンダイからガンダムとコラボのオファーがきて、試しに一回やってみよう、とコラボぐい呑を作ったんです。そうしたら、爆発的に売れて(笑)。これをきっかけに、今まで能作と接点がなかったような方が能作を知ってくれた。こうした接点をもつことはとても大切だなと感じましたね。
高岡:ただ愛でているだけでは、滞ってしまいますもんね。そういう意味で、日本橋の街全体から感じ取れる、伝統を革新しながら進むという姿勢や、街づくりにおけるオープンマインドなコンセプトにはとても共感できます。「めぐるのれん展」への参加もそうでしたが、今後もイベントなどを含め、街を盛り上げていくための機会があれば、積極的に参加したいと思っています。
そして、この街で長く愛される店舗でいたいですね。コレド室町1に出店する際、「箔座さん、ここから100年続く老舗になってください」と言われたことを今でもよく思い出すのですが、そこに向けてチャレンジしていきたいです。

取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔
能作 コレド室町テラス店(コレド室町テラス 1階)
鋳物だからこそ叶えられる美しい意匠と豊かな機能を兼ね揃えた、テーブルウェア、インテリア、アクセサリーなどを販売。様々なコラボレーション商品もラインナップされている。
箔座日本橋(コレド室町1 1階)
箔本来の力と美しさ、可能性を引き出したオリジナル商品を販売。日本橋にある老舗とのコラボレーション商品も多数。箔インスタレーションや、お茶席、箔を体感するスペースも兼ね備えた箔座の旗艦店。