Interview
2024.04.19

花とインテリアデザインの専門店「ハウスオブテルプシコレー」。馬喰町に生まれた“小さなイギリス”のこだわりとこれから

花とインテリアデザインの専門店「ハウスオブテルプシコレー」。馬喰町に生まれた“小さなイギリス”のこだわりとこれから

出迎えてくれるのは、色とりどりの切り花。店内に足を踏み入れると、個性的な花瓶やポスターについ目移り。まるでヨーロッパの映画の中に入り込んだような、海外旅行に訪れた気分を味わえます。
ここは2023年に馬喰町にオープンした、花とインテリアのお店・HOUSE of TERPSICHORE(ハウスオブテルプシコレー)。その世界観を一言で表現するなら、“日本橋の小さなイギリス”です。商品選びから内装までを行うのは、オーナーの福嶋慶太さん。その経歴やお店を構える日本橋への想い、そして店舗の運営と並行して行う空間デザインの仕事のことまで、幅広く語ってもらいました。

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HOUSE of TERPSICHORE 問屋街に佇む外国のお店のような外観

挫折とワクワクの先に見えたもの。福嶋さんとインテリアの出会い

―福嶋さんのご実家は電気工事会社だと伺いました。もともと建築やインテリアにも興味があったのですか?

実は全くなんです。学生時代は絵を描くのが少し好きだったくらい。高校3年生の頃の夢は保育士でした。もともと大学に進学するつもりだったのですが、学園祭に来た子供と接していたら「ああ、この子たちと関わる道に進みたい」と思ったんです。急に人生を方向転換してしまうのは僕の性格あるあるですね(笑)。

―インテリアの道に進むまでにはどのようなことがあったのでしょう?

かなりの紆余曲折がありました。まず専門学校の卒業後に保育士を3年間やっていたのですが、日本の福祉にさまざまな課題を感じて。見識を広げるためにイギリスに渡ったんです。でも、大学を出ていないと現地の学校に入れないことを後から知って挫折してしまった。帰国して知り合いの飲食店で働くことになったのですが、そこでも長時間労働や食品ロス問題を目の当たりにして、2週間でドロップアウトしてしまいました。

―行く先々で課題を感じていたのですね。その次は何をされたのですか?

家業である電気工事会社を継ぎました。それからは工務店の指示通りに配線して照明器具をつけるという毎日。正直に言うと、早々に飽きていました(笑)。でも、ある日転機が訪れたんです。自宅の照明器具を取り換える機会があって、自分好みのものに変えてみたら、空間がパッと素敵になったんですよ。それから「このテーブルを合わせてみたい」「椅子はこれがいいのでは?」というアイデアが次々と湧いてきて。あの時のワクワクは忘れられません。「お客さんに照明器具を提案してみたい!」と考えるようになったのはそれがきっかけですね。それからハウスオブテルプシコレーの前身であるANIMA GARAGE(アニマガレージ)を荒川区で立ち上げました。

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―照明器具以外の商品も取り扱うようになったのはなぜですか?

お客さまからするとライトを扱っているだけのお店は敷居が高いと感じたので観葉植物や雑貨も取り揃えました。もともと切り花を仕入れる予定はなかったのですが、あるときに通りすがりの人に「お花はないの?」と尋ねられたり、常連さんから「ブーケを作って欲しい」と“ムチャ振り”があったりして、じゃあ取り扱ってみるかと(笑)。近隣の花屋さんに教えてもらいながら始めてみると楽しくて、いつの間にかのめり込んでいました。

―それから10年後に、馬喰町でハウスオブテルプシコレーをオープンしたきっかけになったのはなんでしょう?

2019年頃、もともと交流があった日本橋のTHE A.I.R BUILDING(ジ.エア ビルディング ※)やK5でポップアップストアをさせてもらったからですね。その時に僕が注目してほしいと感じていた雑貨やインテリアに、地元のお客さんからいい反応をもらえることが多くて。「日本橋ならもっと自分のやりたいことができるのではないか」と考えるきっかけとなりました。2023年にようやく理想的な物件が見つかり、ハウスオブテルプシコレーを立ち上げました。

―理想的な物件というと?

どちらかというと花屋さんってこじんまりしたアトリエが小さい店を作ることが通常多いんです。でも、僕は商談スペースがあるような面白い空間にして人を集めたくて。THE A.I.R BUILDINGの梁さん(支配人を務める梁剛三さん)にもそんな要望を伝えて探してもらいながら、ぴったりな物件を見つけることができました。

※参考記事:多様な感性が交わるヴェニューから、何かが起こる。「THE A.I.R BUILDING」のロマンと野望。

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追求するのは美しさと夢。ハウスオブテルプシコレーのこだわり

―ハウスオブテルプシコレーという名前の由来はなんですか?

「テルプシコレー」はギリシャ神話に登場する歌と踊りの女神です。「ハウス」の由来は、老若男女が集まって楽しく語り合うアパートメントのような場所を作りたかったから。実は僕が手がけるお店には裏テーマがあるんです。アニマガレージの時は「反戦」だったのですが、この10年間で世界的に様々な出来事があったこともあり、もっとポジティブな気持ちになりたくて。今回は「戦争が終わった後の世界」というコンセプトにしました。

―内装でこだわった点はなんですか?

照明からスイッチに至るまで、ほとんど国外から仕入れたものを使っています。色もモスグリーンのような伝統的なイギリスを彷彿させる色で統一していますね。一方で、トラディショナルな英国調の家具ばかりを扱うお店ではないので、随所にモダンな照明を置いたり、古臭さを感じさせないような工夫もしていて。実は柱と梁と外壁以外をすべて壊して一から作り上げたんです。10年来の付き合いである大工兼デザイナーの長屋さん(長  敬之)と徹底的にこだわった “作品”と言える空間ですね。

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お店を構える際にはストーリーを執筆するという福嶋さん。ハウスオブテルプシコレーでは、「戦争が終わった後の世界」というコンセプトの世界観を紡いでいる。

―ヨーロッパで吸収した空間デザインのインプットが活かされているのですね。

イギリス人を自分の中に“インストール”しながらデザインしました。彼らは空間へのノイズを徹底的にケアして美しく表現するんです。余分なケーブルは隠し、エアコンのダクトは端に寄せるなどの工夫をして、彼らならどうするのか?という事を考えながら作りました。

―商品のセレクトについても詳しく教えてください。

切り花はシックな空間に映えるカラフルなものを選んでいます。ただ、個人的にはフランスのシャンペトルブーケ(野花を摘んできたような田園風のブーケ)が好みなので、今後はワイルドな雰囲気の植物も増やしていきたいですね。

花瓶は国内の作家さんが手がけたものを中心に取り扱っています。意識しているのは、作家さんの視点でハウスオブテルプシコレーの世界観に合うものを提案してもらうこと。結果として、意外性のある色づかいやデザインのものもセレクトできたので満足していますね。

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―2階スペースでは空間デザインの商談を行っています。お客さんからニーズを引き出す際にこだわっていることはありますか?

例えば、新居の照明に関するご希望をお聞きする際は、「書斎が欲しいのか」「リビングのソファでゆっくり本を読みたいか」といったニーズを具体的に話してもらうことを重視しています。それによって設計の仕方が異なりますからね。できるだけ相手に寄り添いたいので、「お任せ」はNGワードです(笑)。もう一つは、とことん理想を語ってもらうこと。打ち合わせというのはお客さんと“夢”を膨らませる時間ですから。予算などの現実的な話はその後でいいんです。

もしかすると、相手に徹底的に向き合う姿勢は福祉の仕事で身につけたのかもしれません。そう考えると、これまでのキャリアで無駄な時間はなかったと言えますね。

―ハウスオブテルプシコレーがオープンしてから印象に残っている反応はありましたか?

「海外にいるみたい」という声は嬉しかったですね。“イギリス風”ではなく、僕が仕入れをする際に何度も見てきた現地を徹底的に再現していますから。空間デザインについて言えば、「福嶋さんが手がけたお店はゆっくりできる」と言ってくださるお客さんが多いです。僕は「全体を明るくする」照明よりも「必要なところにだけ当てる」照明にこだわっているので、影を活かした落ち着ける空間に仕上がっているのだと思います。

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商談や作業を行っている2階のデスクも、イギリス風の内装デザインに作り込まれている。

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音楽とアートのあふれる街へ。福嶋さんが日本橋で描く未来

―日本橋の好きなところを教えてください。

住人が日本橋という土地に誇りを持って過ごしているところです。THE A.I.R BUILDING でポップアップストアを開催したときに、通りすがりのマダムが売り物のバラを指差して「これ、いいわね。全部ちょうだい」と言ってくれて。値段を気にせずに即決してしまう“きっぷ”の良さに江戸っ子のプライドを感じたんです。その後、バラの花束を抱えて颯爽と去っていく後ろ姿も素敵で。僕が「こういう人に花を売りたい!」と感じた瞬間でした。

―今後、ハウスオブテルプシコレーで挑戦してみたいことを教えてください。

アコースティックライブを主催したいです。2階は20人以上お客さんが入れるように設計していて、楽器やスピーカーを繋ぐための配線も準備しているんです。このお店のコンセプト通り、友達の家でパーティに招かれたようなアットホームな雰囲気のイベントを開催したいですね。実はミュージシャンにもすでに声はかけているので、お披露目できる日が待ち遠しいです。

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―日本橋のお店とやってみたいコラボレーションはありますか?

お隣の摩天楼珈琲のオーナーさんいわく、ハウスオブテルプシコレーのある横山馬喰町新道通りは昨年まであまり活気がなかったそうなんです。うちやカフェのTAMAKIYA(たまきや)、火鍋専門店のひなべねこができたことで賑わってきた。これからお店同士のコラボレーションを増やしてこの通りを盛り上げたいですね。うちの前を歩行者天国にしてカフェテラスのようにできたら素敵だな、などといろいろ計画中です。

―常にさまざまなことに興味を持たれている福嶋さんですが、個人的に挑戦したいことはありますか?

作家活動を初めたいです。これまでの仕事を通して木工から金工までさまざまな技術に触れてきましたから。あとは自分の創作意欲に従うだけですね。インテリアはもちろん、絵を描いたり陶芸をしたりと、いろいろなことに挑戦していきたいです。

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THE A.I.R BUILDING

ここの空間デザインがとにかく好きです。特に2階のラウンジスペースはハウスオブテルプシコレーと同じ長屋さんが手がけているんです。照明の落とし方やインテリアの置き方を見る度に、「この人には敵わない」と感じさせられますね。

取材・文:山梨幸輝  撮影:垂水佳菜

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