Collaboration TalkInterview
2023.03.06

多様な感性が交わるヴェニューから、何かが起こる。「THE A.I.R BUILDING」のロマンと野望。

多様な感性が交わるヴェニューから、何かが起こる。「THE A.I.R BUILDING」のロマンと野望。

2017年の誕生以来、アート・音楽・食などを通じてカルチャーを発信してきたコンセプトビルディング「THE A.I.R BUILDING」が、昨年9月30日にリニューアルオープンしました。地下1階から地上5階の6フロアで構成された同ビルは、撮影スタジオ、イベントスペース、ライブスペース等を完備。様々な用途やシーンに対応できるほか、1階にはカフェを設け、日本橋で働く人々やアーティストたちの交流の場として賑わっています。同ビルを運営する「TRAVELING ELEPHANT INC.」の代表で、自らもミュージシャンという梁(りょう)剛三さんと、そのパートナーである高田郷子さんにお話を伺いました。

NYでの経験から生まれたストーリーテリング

―あらためて、THE A.I.R BUILDING(以下、エアビル)がどんな場所なのか教えていただけますか?

梁剛三さん(以下、梁):「A.I.R」は「Artist In Residence(アーティスト・イン・レジデンス)」の略で、アーティストが棲みついたビルというコンセプトを軸に、複合的な施設として運営しています。お昼はレンタルスペースやスタジオとして利用してもらっていて、夜は卓球台で遊べたり、ここで映画を流したり……仕事帰りにふらっと遊びに来られる方も多いですね。

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エアビルの支配人を務める梁剛三さん

―梁さんはニューヨークに5年住んでから帰国後、2017年にエアビルをオープン。当時はどんな構想を描いていたんでしょうか。

もともとは、「音楽」をコンセプトにしたホテルにしようと思っていて。でも、中央区ってホテルの許可取りが厳しいんですよね。そこで、ブルックリンのレッドフックにある、「パイオニア・ワークス」を思い出したんです。アーティスト、Dustin Yellinがつくった巨大な多目的なアートスペースで、エアビルみたいに“住む”施設ではないんですけど、規模は小さいですが、都心部で同じような取組みを出来たら面白いんじゃないかと。ただ、もちろん食っていかないといけないから、貸しスペースとしての機能を持たせました。何かが起こせる場所という期待も込めて、僕はあえてこのような場所を「ヴェニュー(Venue:開催地・会場などの意味)」って呼んでいるんですけど。

―公式サイト等を拝見すると、「ジャイルスというNY出身の架空のジャズミュージシャンが、日本人女性と恋に落ちてこのビルに棲みついた…」といったストーリーが書かれています。梁さんって実はロマンチストですよね?

梁:僕って恋愛体質なんです(笑)。それはさておき、このコンセプトが生まれたのはNY時代の経験が大きいですね。現地でAirbnbのホストをやってたんですが、NYってソーホーとかミッドタウンとか、エリアによって住んでいる人のタイプが全然違うんですよ。それこそクリエイティブ系だったり、ファッション系だったり…。そこで、「この街だったら、きっとこういう人が住んでるんだろうな」っていうペルソナを立てて、それを元にインテリアを作り込んでいく。自分の趣味嗜好だけでは限界がありますし、ペルソナを立てることによって“その人”基準でモノを選ぶから、いろんなタイプの部屋が作れるんですね。時には「ジェシカ」という架空の女の子を自分にインストールしたりして(笑)。ですから、エアビルもビルにまつわるストーリーを自分で書いてみたんです。

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「TRAVELING ELEPHANT INC.」のCOOとして、エアビル運営の中核を担う高田郷子さん

高田:私はコンセプトメイキングには一切関わってなくて、この物件を仲介する担当者だったんです。と言うのも、前職の不動産会社が手掛けていたホステル事業の候補地だったんですね。ただ、梁も言ったようにホテルとして開業するのは非常にハードルが高く、このビルでの開業は見送りになったんです。そこで私が5人のお客さんに「この物件、興味ありませんか?」とメールで送ったのですが、その中の1人が梁だったんです。送って数分で返信が来て、翌日には内見するっていうスピード感で、何をやるかも決まってないのに「借ります!」って言ってくれて(笑)。

梁:ほとんど一目惚れでしたね。

高田:梁は当初「ニューヨークから知り合いの設計士を呼ぶ?」なんて話していたんですが、あまり現実的じゃないな…と思って周りの設計士や施工業者を紹介しまして。奔走する彼を横で見ててすごく楽しそうだったので、「私もジョインしちゃおっかな!」と混ぜてもらったのが、エアビルを一緒に始めたきっかけです。

梁:表向きは僕がメディアに出ていますけど、彼女が裏ボスみたいな感じです(笑)。内装を手掛けてくれた設計士も郷子さん起点だし、実はコミュニティのハブの中心にいるのは彼女ですね。

台風19号がもたらした奇跡

―このビルはもともと製薬会社だったとお聞きしましたが、どんな歴史があるんでしょうか?

梁:この物件を僕たちに貸してくれたのは、今のオーナーさんのお母様だったんです。最初は誰にでも貸すという雰囲気ではなく、何度かお会いして僕らのやりたいことを話すうちにやっと認めていただけたんですが、よくよく聞いてみると、ここは亡き旦那様が初めて東京に建てたビルだったんですって。だからすごく愛着があると。やはり建築そのものに愛が感じられるし、僕のロマンチストな性格にこれ以上ハマる物件は無いなと確信しました。

高田:もうお亡くなりになってしまったんですが、とてもお洒落な方で。しょっちゅうNYとか海外にも遊びに行かれていたみたいですよ。

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1Fの「CAFE PHARMACY」(カフェファーマシー)は、ビルが江戸時代から続く「くすりの街」日本橋本町に位置することと、元々は製薬会社のために作られたビルであることから命名 photo by Iori Tajika

梁:以前のテナントは和紙のお店だったんですが、すごく繁盛していたらしく、もっと大きなビルに移転されたんですよね。その店主さんいわく、「お爺ちゃんの笑い声が聞こえたら成功する」と。その笑い声の主が先ほどの旦那様なんじゃないか?って言われていて、このエピソードはオーナーさんもお気に入りですね。もちろん心霊的な意味じゃなくて、なんだか心が温かくなるような笑い声みたいですよ。だからここは、「出世ビル」とも呼ばれているみたいで…。

高田:残念ながら、私たちはまだ聞けてないんです(笑)。でも、レジデントで入ってくれるアーティストの中には、「夜お爺ちゃんの笑い声が聞こえたよ!」って言う人もいて。

梁:もし聞こえたら、真っ先に皆さんにもお知らせします(笑)。

―その「アーティスト・イン・レジデンス」に関してお聞きしたかったのですが、これまでどんな方たちが使用されてきたのですか?

高田:有名な方だと、友沢こたお(現役藝大生でモデルや音楽活動も兼任する芸術家)ちゃんや、ジャズトランペット奏者の黒田卓也さんですかね。黒田さんは2017年のレセプションパーティーでもプレイしてくれて、レジデントとしては丸1年くらい使ってくれたと思います。
https://tokyointernationalgallery.co.jp/ja/artist/kotao-tomozawa-jp

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4Fの「RESIDENCE」(レジデンス)は、エアビルの名前の由来でもあるアーティストのレジデンス(住居)フロア。簡易キッチンやベッドを完備するため滞在型制作の拠点として利用できるほか、ブランドのポップアップ、撮影のロケーション、スペースレンタル、貸切パーティーなどにも対応できる photo by Iori Tajika

梁:コロナ禍でニューヨークが荒れた時期があったじゃないですか?そのタイミングで黒田さんが日本に帰国されたんですが、都内の自宅でトランペットを吹いたら怒られたらしくて、「だったら音楽制作や練習の場所としてエアビルを使ってみませんか」と。その代わりに、地下でいろんなライブ企画をやったり、映像コンテンツを作ってもらったり……。

Takuya Kuroda × THE A.I.R BUILDING #01 Mala 

―2019年の「Montreux Jazz Festival Japan 2019 Extra GIG」(※スイスのMontreux Jazz Festivalと連携した、日本独自プログラムのJAZZフェス)にもエアビルが関わっていたと聞きました。 

梁:いやはや、あれは僕らにとっても「伝説の一日」というか…。個人的にも好きだったザ・ファイブ・コーナーズ・クインテット(*)が、「モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン」の初日のメインステージ(日本橋三井ホール)に出る予定だったんですよね。でも、記録的な台風の影響で中止になってしまって。「せっかく日本に来たのに、演奏をやらずに帰っては腕が鈍る!」ってことで、「梁さんのとこでやれないか?」とエージェント経由でお声がけいただいて。それがまさに当日のお昼ぐらいだったんですが、二つ返事で「やりましょう!」って(笑)。普段だったら2,000~3,000人は集客できる人たちが、エアビルの地下でたった50人のために演奏してくれたんですよ。

*2000年代のクラブ・ジャズ・シーンを牽引した、フィンランドの5人組ジャズ・バンド。2019年の「Montreux Jazz Festival Japan」出演のために1日限りの再結成を果たすも、台風19号の影響でイベントは中止に。その翌日、THE A.I.R BUILDINGの地下スタジオで急遽プレミアム・ライブを決行した。
https://www.montreuxjazz.jp/artist/the-five-corners-quintet

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当時のツイート(Montreux Jazz Festival Japan Twitterより)

高田:こんなに至近距離で見られて、しかもチケットが1,000円でしたからね(笑)。Twitterで告知して、運良く来られたお客さんだけが体験できたという。

梁:ホントにね…。エアビルの歴史でも特にハイライトのひとつだと思ってます。

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画像提供:エアビル

スーツを脱いだら、あなたもアーティストなんだよ

―そんなアーティストの生演奏が楽しめるのもエアビルの特徴ですが、特にこだわった点は?

梁:ひとつだけあるとしたら、むしろ「こだわり過ぎない」ということですかね。例えば音響に特化したハコにしちゃうと、インテリアを犠牲にしてでもスピーカーに何千万円もかけて、防音設備を整えて…とキリが無い。それよりも、自分がNYで体感してきた不完全でカジュアルだけど魅力的な……たとえばマンションの裏口からしか入れない怪しいBARみたいな、そういうものを目指すほうが僕の肌に合っていたんです。だから、不完全な部分はたくさんあるし、僕だって「なんでエレベーター無いんだよ!」って思うときはありますけど(笑)、その不完全さも込みで楽しめる人たちは、きっとエアビルも気に入ってくれるはずです。音楽は最高のものだけにしたいですけどね!

高田:さっきのファイブ・コーナーズ・クインテットもそうですが、本当に演奏が上手い人ってどんな場所でもやれるんだなって感動しました。ちゃんと会場に合わせて自分たちのサウンドを変えられるし、機材のことで文句を言ったりしないんです。ありがたいことに、梁が連れてくるミュージシャンもそういうタイプの人が多いんですよね。

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―梁さんは日本橋という街ありきではなく、この建物ありきで日本橋に来たんですね。

梁:うん、正直そうですね。僕はNYのブルックリンのウィリアムズバーグに住んでいたとき、ジェントリフィケーション(高級化)でどんどん家賃や物価が高騰し、STARBUCKSやAppleのような大手企業がやって来て、ローカルなお店やアーティストの居場所が置き換わっていく様を見てきました。でも、それ以前の、何も無い場所にポンポン面白い店ができていくワクワク感も味わっていた。今の日本橋には、それに似たワクワク感がありますよね。NY仲間である「PIZZA SLICE」(小伝馬町のCOMMISSARYにも出店しているNYスタイルのピザ屋)の猿丸浩基くんもよくエアビルに顔を出してくれるんですが、やっぱり同じことを考えていたと思うんですよ。しかもそれって、どの街でも良いわけじゃなくて。渋谷をマンハッタンと仮定して、この街はまさにブルックリンみたいな距離感。ギリギリ電車でサッと来られるこの距離だから良いんです。

【関連記事】
https://www.bridgine.com/2021/02/24/kitadeshokudo/

高田:ギリギリ外れているというか、東東京と西東京の境目に位置しているのもちょうどいいんですよね。街もキレイだし、歩きやすいし。年齢的なものなのか、渋谷とか行くと疲れるんですよ(笑)。最近は若いアーティストたちにも「日本橋いいよ」っておすすめしてるんですけど、彼らも影響されて「日本橋いいじゃん!」って広めてくれて。そこから新しいコミュニティも生まれ始めているんです。

梁:エアビルで働いてる子たちも、実はアーティストなんですよ。1人は画家で、もう1人はDJ。彼ら発信でコミュニティができていくのがまた面白いですよね。

―いつかエアビルに呼んでみたいアーティスト/人物っていますか?

梁:よく冗談で言ってるのは、エアロスミス(笑)。自分がアーティストだったからかもですが、「どれだけ稼ぐか」よりも、「どれだけ自分の憧れてるアーティストたちに来てもらうか?」に価値を置いてしまう人間なんです。そういうホンモノの人たちに認められたいという野望はありますね。

高田:私はタモリさん。『ブラタモリ』でふらっと寄ってくれないかなあ(笑)。

梁:あとは村上春樹さん。彼も小説家になる前はジャズ喫茶を経営してたじゃないですか?話が合うんじゃないかなって勝手に妄想してます(笑)。

―エアビルにエアロスミスが来たら大事件ですね(笑)。では、エアビルを通していつか梁さんがチャレンジしたいことを教えてください。

梁:未知のものを受け入れるメンタリティ…と言ったら大げさですけど、そういうカルチャーを発信できたらなって思いますね。NYの人たちは、僕らみたいなよそ者にも「Who Are You?」って興味津々で話しかけてくれるんですけど、日本橋ではさすがに同じようには行きませんから(笑)、そういうコミュニケーションが生まれやすい場にしていきたい。

日本橋って、ビジネスマンの方たちが多いのも良いんですよね。普段は仕事で忙しい人たちの街に、突然エアビルのような場所が現れる「異物感」っていうか。僕はよく「アーティスト性を発露する」という言葉を使うんですが、ここにいることで、その人のクリエイティビティが上がる……そんな場所を目指しています。昔絵を描いてた人、文章を書いてた人、料理をやってた人、あるいは何かを追っかけてた人――スーツを脱いだら、「あなたもアーティストなんだよ」と伝えたくて。ともすればそれって不要不急なものとしてカットされがちですが、人生を豊かにするものでもある。実際、エアビルに来て「また楽器やってみようかな!」って言ってくれる人はすごく多いです(笑)。

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―まさに、先ほどお話いただいた「ヴェニュー」という言葉がしっくり来ますね。

梁:そうなんです。ヴェニューも日本語では「場所・会場」と翻訳されるんですが、自分の中では「スペース(Space)」とか「プレイス(Place)」よりも、圧倒的に「ヴェニュー(Venue)」には「何かが起こっている」というイメージがあるんですよ。ヴェニューを通して街に刺激を与えて、日本橋をもっと盛り上げていきたいですね。そのためには、やっぱり新しい世代の力も必要だと思っています。

取材・文 : 上野功平 撮影 : 岡村大輔 

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