働く・旅する、その交差点──拠点をつなぎ、MIDORI.soが拡げる日本橋の玄関口
働く・旅する、その交差点──拠点をつなぎ、MIDORI.soが拡げる日本橋の玄関口

2025年6月、東日本橋にMIDORI.soの新拠点「MIDORI.so Nihonbashi」がオープンした。直営では8つ目の拠点である。日本橋エリアにもともとあった「MIDORI.so Bakuroyokoyama」からは、わずか徒歩2分の距離だ。なぜ同じエリアに、あえてこの距離で拠点を構えたのか。
この数年で「働く・遊ぶ」から「暮らす」へと拡張してきたMIDORI.soの思想と、日本橋という街の持つポテンシャルについて、MIDORI.soを運営するMIRAI INSTITUTE株式会社取締役の田中さんと、コミュニティオーガナイザーの堂野さんにお話を伺った。

宿泊機能を備えたワークスペースという新しい選択
──今年6月、新拠点「MIDORI.so Nihonbashi」をオープンされましたが、その背景を教えてください。
田中:背景はいくつかありますが、まず大きいのは、当社が「未来の働くを考えるシンクタンク」としてオフィス以外のものを運営してもいいんじゃないかと思い始めたことですね。MIRAI INSTITUTEが目指しているのは、未来の働き方を考えて、面白い状況を作って、そこから新しい仕事を生み出していくこと。当初からワークスペースだけじゃなくて、ギャラリーやスタジオも併設した施設を運営していましたが、「デスクとチェアだけじゃなくても、やりたいことはできるんじゃないか」という思いが強くなってきました。
もう一つは、「旅することと働くことは切り離せない」と感じたことです。今年の4月に、私と堂野さん、それから創業者の黒崎輝男さんと一緒にヨーロッパを旅したんですね。そのときの黒崎さんの旅のスタイルがすごく印象的で。昔の仕事仲間と会って食事をする、それを朝昼晩繰り返すんです。そのときの“旅と仕事のバランス”が、僕らが作りたいものなんじゃないかと感じたんです。
──黒崎さんとの旅は、具体的にどんな部分が印象的だったのでしょうか?
田中:黒崎さんは10年、20年前からの関係が続いている、全然違うバックグラウンドを持つ人たちと会いながら旅をしていたんです。そこで「次はこういう仕事を一緒にやろう」みたいな会話が繰り広げられる。それってすごく「働く」ということだなと。関係性を育みながら、旅を通して仕事を思いついたり、仕事で旅したりする状況を至るところで作れたら面白いんじゃないかと思ったんです。
堂野:言葉にするのは難しいけれど、「こういう場所を作りたい」「こういう大人になりたい」と思うような光景だったんですよね。それに、あの旅を経て、私たち2人もお互いにコミュニケーションが取りやすくなったと思います。

おふたりが口を揃えてハイライトした旅の思い出。「“働く”ことは旅を豊かにして、旅は新しい“働く”をもたらしてくれる。」という一文は、「MIDORI.so Nihonbashi」を象徴する考え方だ。 COLUMN #191 黒崎さんとの旅(https://midori.so/magazine/column-191-76a1dd89-938f)
──シンプルな「オフィス」ではなく、「働く」につながる場所を作ろうと考えていたなかで、旅によって「泊まる」という可能性が浮上してきたんですね。
堂野:そうですね。「MIDORI.so Nihonbashi」を作るにあたって、泊まれることは、初期から大事なポイントでした。
──MIDORI.soはどの拠点でも物件がもともと持つ魅力を活かしながら、新たな空間に昇華されているイメージがあります。この物件はどのように決められたのでしょうか?
田中:たまたま良いタイミングで紹介してもらって決まりました。オーナーさんからも「街にとって面白いことをやってほしい」と言っていただきました。
堂野:青色が目立つ建物ですが、最初は中の壁から天井まで全部真っ青だったんです。以前はカセットテープを売っていたり、平成初期にはインターネット事業をされていた場所だったようです。MIDORI.soとしてオープンする際には、外は青と白の外壁を活かしつつ、中は塗り替えました。


ゲストとのコミュニケーションを生む仕組み
──「MIDORI.so Nihonbashi」のオープンから数か月が経ちましたが、どんな方が利用されていますか?
堂野:現状、6〜7割が海外からのゲストです。中長期滞在の方が多くて、最初から目的地がある旅行というより、特に行き先を定めずに日本に来ている方が多いですね。
田中:MIDORI.soにはMIDORI.so Nihonbashiをはじめ、各拠点に英語が話せるコミュニティオーガナイザーが多いこともあり、自然と口コミも海外に広がっているようです。ただの宿泊施設じゃなくて、誰かとコミュニケーションを取って旅ができる拠点であることも、ゲストの体験談として広がっていっているのだと思います。
──ゲストとの関わり方で、何か特徴的なところはありますか?
堂野:一般的なホテルでは、チェックインしたら宿泊台帳を書いて、ルームキーを渡されて、朝食の説明をされるだけじゃないですか。でも、ここでは15分くらいかけてオリエンテーションを行うんです。「あなたはどこから来たの?」「何をしに日本に来たの?」と相手のことも聞きながら説明します。ただ寝るだけの場所じゃなくて、人との交流や地域を巡ることを楽しんでいただくために、最初の時間をすごく大事にしているんです。
お話しする中で、たとえば仕事で日本に来ているゲストだということがわかったら、他のMIDORI.soの人に会えるようにつないだりもします。このオリエンテーションをきっかけに、滞在中に他拠点のスタッフやイベントなど新たなコミュニケーションが生まれるように心がけています。

ゲストとスタッフがベッドメイクを一緒に行うことも特徴的だ。小さな共同作業から生まれるコミュニケーションで、より開かれた関係性が築けられる
──すでに馬喰横山にも拠点がある中で、徒歩2分という距離に新拠点を作られています。それによってどんなメリットがありますか?
堂野:日本橋の拠点は“Work and Stay”を謳っていて、ドミトリーの中にもワークスペースがあります。けれど、実際のところ集中できる環境って人によってさまざまですよね。カプセルの中で仕事をしたい人もいれば、広い空間で仕事をしたい人もいる。そんなときに、日本橋と馬喰横山を行き来して、空間を変えながら仕事できるのがメリットかと思います。
それから、たまたま日本橋の拠点を訪れて馬喰横山にあるスタジオ(STUDIO MIDORI.so)やギャラリー(MIDORI.so GALLERY BY)を見て、次に来るときにはここで展示をしたいって言ってくれる人もいるんです。そういったふうに「旅」と「働く」が掛け合わさった可能性が生まれるのは、日本橋の拠点を作ったからこそだと思います。

〈MIDORI.so Bakuroyokoyama〉 1階にはSupreme Coffeeが運営するコーヒースタンドParlorsと、服飾問屋街という地域のコンテクストを踏まえたアップサイクルスタジオを併設。 7階にはギャラリー、屋上にはパーマカルチャー菜園が備わっている
──実際に、日本橋と馬喰横山の両方を使われる方も多いですか?
堂野:そうですね、この距離だから私たちもおすすめしやすいという面もあります。ただ、この2拠点だけではなくて、中目黒など他の拠点に行く方もいますよ。
──中目黒や永田町など、MIDORI.soは拠点ごとに雰囲気が違うと思いますが、日本橋はどういうキャラクターの場所だと捉えていますか?
堂野:日本橋は旅の入り口として、そこから先の目的地を提供していくような役割を担っていると思います。海外からの入り口であり、街の玄関口でもある。ローカルなコミュニケーションもありながら、言語の壁を越えてやりとりできる場所です。
4年間で拡張した「働く・遊ぶ・暮らす」
── Bridgineでは2021年にもMIRAI INSTITUTEを取材しましたが、この4年間で拠点数がどんどん増えましたね。会社や社会に、どんな変化があったと感じていますか?
田中:会社としては、2023年に永田町の施設がビルのワンフロアのみMIDORI.soだったところから、全館をMIDORI.so Nagatachoとして運営することになるなど扱う規模が大きくなっていきました。それから、「働く」という意味にバリエーションが増えて、日本橋で宿泊機能を備えたり、青山では飲食機能を備えて夜間にはバーみたいな形態になったりしています。また、委託やアライアンスの事業も増えてきました。
こういった動きがあるのも、社会的にコミュニティオーガナイザーという役割が認められ始めてきたからだと感じています。他の組織では作れないような状況、コミュニティを作る力をもっと広めていけるのではないかと考えています。
──コミュニティオーガナイザーへの需要が高まっているというのはどんな点で感じますか?
田中:いま、コワーキングスペースやイノベーションスペースがどんどん増えているじゃないですか。MIDORI.soが始まった2012年に比べると、すごく一般的になったと思います。
しかし、そこでコミュニケーションが生まれているかといったらそうでもなくて、そもそも挨拶もしないような場所が増えている。良いハードだけ作っても、良い状況は作れないんですよね。だから、実際にコミュニケーションや状況を作っていく役割が、すごく求められる時期になってきたと思います。
──それに対して、MIRAI INSTITUTEのコミュニティオーガナイザーはどんな強みを持っているのでしょうか?
堂野:特徴的なのは「マネジメント」しようとしていないところです。私たちは「コミュニティオーガナイザー」という名前の通り、「面白い状況を一緒に作ること」を大事にしています。どの拠点でも一貫して何かを達成するというよりかは、偶発的な出会いをいかに作れるかを重視しています。
場所ごとに「目指したい状況」は異なります。だから、その場にいるメンバー(入居者)と一緒に「どういう状況を作りたいか」を対話しながら、少しずつコミュニティを成長させていくやり方をしています。
──委託事業でも、そういった「状況づくり」を一緒にやっているんですか?
堂野:そうですね。クライアント側の担当者は大まかなビジョンは持っているけれど、一人で実現できないから、私たちみたいな社外のチームを呼んでくださる。言語化はできているけど、具体的な状況までは描けていない方もいるので、そういうときには「作りたい状況」を一緒に見つけていくところからやっていきます。
それこそ、私と田中がヨーロッパ旅で同じビジョンを描けるようになったように、みんなで「これだ!」という感覚を持てるよう小さなイベントをやって探ることもあります。

堂野さん(MIRAI INSTITUTE株式会社・コミュニティオーガナイザー)
──拠点が増えて、会社としての規模も大きくなっていますが、MIDORI.soはどの拠点に行っても変わらない安心感があるように思います。その“らしさ”を保つ秘訣はありますか?
田中:私は2023年からMIRAI INSTITUTEに携わっているのですが、その時から変わらずに思うのが、いつでもビジョンやミッションに基づいた優先順位がしっかりと適用されているということです。
どの拠点でも、何か意思決定するときに、常にビジョンに立ち返る。「面白い状況を作りに行くんだ」というところに重きが置かれている。ミッションに向かう意識が、他の会社とはちょっと違うなと思います。
堂野:最初に話題に上がったような旅を一緒にすることも、私たちの“らしさ”を支える方法の一つかもしれません。
田中:一緒に旅することの良いところは「光景や状況を共有する」ことができるところだと思います。僕のような途中でMIDORI.soに入ってきた人間でも、同じものを見ることですぐに「作りたい状況」を共有できたんです。旅だけが全てではないけれど、組織や事業をビジョンや状況を具体的に共有しながら作っていることもMIRAI INSTITUTEの特徴かと思います。

田中さん(MIRAI INSTITUTE株式会社取締役)
問屋街のポテンシャル
──日本橋エリアで2拠点を運営される中で、地域とはどのように関わっていますか?
堂野:5年経って、地域の顔なじみの方も増えてきました。「MIDORI.so Nihonbashi」をオープンする際には、差し入れをくださった地域の方もいます。今年は一緒に神田祭で神輿を担いだり、問屋街を盛り上げる勉強会にも呼んでいただいて。街の課題を一緒に解決していくプレーヤーとして捉えていただけているようで、うれしいなと思います。
──そういった方々とのつながりはどのようにできているのでしょうか?
堂野:馬喰横山も日本橋も1階にカフェがあることが大きいと思います。近隣の方々がお客さんとしてカフェにやってきて、イベントに参加してもらって、「スタジオで一緒に何かやろう」といった話になったり、ギャラリーのレセプションにお誘いしたりといったつながりができます。カフェが、交流の出発点になっているんです。


──今後、より地域との関わりを深めていく動きもあるのでしょうか?
堂野:最近は、問屋街の地図を作るプロジェクトを進めています。問屋街なのでどうしても、平日は人がいるけど週末はすごく静かなんです。一方で空港からも東京駅からもアクセスしやすいので、週末にこのエリアを周遊したいという海外の方も多くいます。そういったときに、気軽に頼れる多言語の地図があったらいいなと思って。自分たちも含め、街の新しいプレーヤーで協力して、海外からのお客さんたちがこのエリアを回遊できるような仕組みを作ろうとしています。
田中:もともと日本橋の拠点の発想の起点にあった「旅」とも関連して、日本でも海外の方々が繰り返し訪れたくなるような拠点を作りたいんです。だから、MIDORI.so Nihonbashiはもちろん、問屋街の魅力もより国際的に発信していきたいと思っています。
──最後に、会社としての今後の展望を教えてください。
田中:これまでと変わらず、未来の働き方を作るシンクタンクとして、面白い状況を作っていくことが目標です。そのためにまずは、いまMIDORI.soで起きている状況を自分たちの拠点に限らず、多くの場所に広げていきたいです。その先で目指しているのが働き方や旅の「当たり前」を変えることです。
たとえば、ドミトリーって一般的には安いことが第一条件にされがちです。けれど、MIDORI.so Nihonbashiは、「安いから」で選ばれるドミトリーではなくて、コミュニケーションや仕事が生まれる場所としてちゃんとした料金でも選ばれるドミトリーになることを目指しています。そういった「当たり前」を変えて、未来の働き方を生み出していくために、事業を広げていきたいです。

「亀屋大和」という和菓子屋さんがお気に入りです。300年続いているお店で、MIDORI.soに宿泊されたゲストの方に紹介するとすごく喜んでもらえるお店です。私のおすすめは、みたらし団子です(堂野)
僕は都営浅草線東日本橋駅と都営新宿線馬喰横山駅がちょうど交わるあたりにある三角のゾーンですね。三方向から人が来て、ちょっと滞留する場所なんです。街のなかに、人が留まる場所って意外とない気がして。問屋街の三角地帯と同じ形でもあり、象徴的な場所だなと感じています(田中)
取材・文:白鳥菜都 撮影:YUKI KAWASHIMA
MIRAI-INSTITUTE株式会社
ミライインスティチュートは、自分たちの未来はどうあるべきか、地に足をつけて全身で考え考えるだけでなく実際に社会に働きかけるための組織です。より善い未来をつくるためには他者への想像力を自身の創造力に変えながら、一人ひとりがより善い生き方を追求すること。そして、より善い生き方を実現するためにはまず働き方を変えることが近道だと考えています。一人ひとりの善い働きの連鎖が世界を善い方向に変えていくと信じています。その一環として、これからの「働く」を提示していくことで社会が面白くなるような状況や場を創造していくことをミッションとして、2012年より「働く」の実証実験の場としてMIDORI.soを運営しています。


