Interview
2026.04.06

伝統と新しさが重なるデザインを鮨屋から。日本橋・鮨 松葉屋とコレクティブneighbyー親子のコラボレーション(前編)

伝統と新しさが重なるデザインを鮨屋から。日本橋・鮨 松葉屋とコレクティブneighbyー親子のコラボレーション(前編)

日本橋本町にカウンター8席の鮨屋「松葉屋」があります。江戸時代に神田で札差(ふださし)※ を営んでいた土屋家が、先祖代々の屋号を継いで開いた店です。

※江戸時代、代理として蔵米の受け取り・販売を行った商人のこと

その松葉屋で持ち帰り用の紙袋を手に取ると、ひと目で印象に残るグラフィックデザインに気づきます。さらに店頭にはリソグラフの重ね刷りで表現したポスターも飾られています。いずれもグラフィックデザインの公募年鑑「日本タイポグラフィ年鑑2025」の学生部門に入選されているものです。

手がけたのは、東京都立大学インダストリアルアート学科の同期6人で結成されたデザインコレクティブ「neighby(ネイビー)」。メンバーの一人、土屋志野さんにとって、このお店は実家でもあります。店主の土屋晋作さんと、neighbyから土屋志野さん、森早苗さん、西村乾さんの3名にお話を聞きました。

札差の末裔が、日本橋で鮨屋を開くまで

―土屋家と日本橋の縁は、江戸時代までさかのぼるそうですね。

土屋晋作さん(以下、土屋):もともと、うちの先祖は江戸時代に神田で「札差(ふださし)」を営んでいました。武士が幕府からお米で受け取る給料を買い取って現金に換える、金融と米の卸を兼ねた商売ですね。明治になって制度が終わり、一度群馬に戻りますがその後、祖父が日本橋の堀留町で落ち着いて、肉の卸を始めたんです。そこから小売り、すき焼きやしゃぶしゃぶの店へと広がっていきました。

09

土屋晋作さん

―家業の方は継がなかったのですね。

土屋:当時、継ぎそうな人間がいなくて、結局店は閉じてしまいました。そのとき家業を継がなかった負い目もあって、いざ自分が飲食をやるなら日本橋に戻ろうと。まず築地の仲卸に就職して魚を覚え、東京中から仕入れに来る寿司職人の中から師匠を探しました。10年かかりましたが、「この人だ」という方に出会えて、六本木の鮨屋で5年間修業させていただき、2013年に先祖代々の屋号「松葉屋」を継いで、この日本橋本町で開業しました。

IMG_0596

写真・土屋志野

―日本橋の中でも、この場所を選ばれた理由は。

土屋:はじめは自分が生まれ育ったあたりの堀留町や人形町を探していましたが、この本町が見つかって決めました。「松葉屋」という屋号は寿司屋っぽくないなとは思うんですが、これは札差の時代から使っている先祖代々の名前なんです。

ちなみに、この界隈で働いている方は、食事も飲みもこの近辺で済ませることが多いんですよ。だから一度来てくださったお客様とは、長いお付き合いになります。

「前衛・非言語・感じよさ」を大切にするデザイナー集団

―今回、松葉屋のデザインを手がけたneighbyの成り立ちを教えてください。

土屋志野さん(以下、志野):neighbyは東京都立大学の同期6人で結成したデザインコレクティブ※ です。総合大学のデザイン学科は、美大に比べて学外で展示する機会が少ないという話になって、最初は展示活動から始めました。在学中に外部からクライアントワークのご依頼をいただいたのをきっかけに、正式にneighbyとして活動を始めたのが2024年3月です。松葉屋は私にとっては実家ですし、以前から個人的にメニュー表のレイアウトなどを手伝っていたのですが、紙袋やポスターといったブランディング全体をneighbyとして担当したいと父に提案しました。

※ 複数人のデザイナーでつくる集団。ある特定の人物が強い権限を握るのではなく、デザイナーたちがフラットな立場で課題について考え、意見を共有しながらデザインの制作を行う。

11

neighbyのメンバー。(左から)土屋志野さん、森早苗さん、西村乾さん

―今回の松葉屋プロジェクトに参加した3人の専門性を教えてください。

志野:私は人間工学やUXデザインが専門で、今回の企画ではプロジェクトマネジメントと写真撮影を担当しています。森と西村はともにグラフィックデザインが専門ですが、制作のスタイルがまったく違うんです。今回は森が紙袋、西村がポスターを手がけました。

森は具体的なモチーフの形やテクスチャーから入るタイプで、西村は対照的に、もっと抽象的なところから入ります。

西村乾さん(以下、西村):子供の頃に戦隊ヒーローやウルトラマンの怪獣を見て感じた高揚感が、いまだに自分のベースにあるんです。ぱっと見た1秒で感じるかっこ良さを、ずっと追いかけていますね。

IMG_0624

写真・土屋志野

IMG_0654

写真・土屋志野

IMG_0734

写真・土屋志野

―neighbyが活動の軸に置いている考え方を聞かせてください。

志野:「前衛・非言語・感じよさ」という3つのキーワードを掲げています。デザインの提案では「なぜこの色なのか」「なぜこの配置なのか」「と言語化することを求められることが多いですが、説明を聞く前に直感的に「いいな」と感じてもらえるものを作りたい。理屈の前に視覚で納得していただけるグラフィックデザインを目指しています。

暖簾から桂離宮まで、親子をつなぐ美意識

―志野さんと松葉屋のデザインの関わりは、neighbyよりずっと前から始まっていたそうですね。

志野:はい。お店の入口にかかっている暖簾や名刺に使われている「松葉屋」の文字は、実は私が小学6年生のときに筆で書いたものなんです。

土屋:最初は冗談で言ったんですよ。「うまく書けたら名刺と暖簾に採用してやる」って(笑)。もともとうちの屋号は代々平仮名の「まつばや」なんですが、私は横長で力強い隷書体(れいしょたい)が好きだったので、書道の先生に手本を書いてもらって、それで練習させたら上手く書けてしまった。約束通り、採用です。

04

土屋さんが広げて見せてくれた市松模様の暖簾。藍と白の布を一枚一枚縫い合わせたパッチワーク仕立て。「鮨」の丸紋と「松葉屋」の文字が入る。宝塚歌劇団の衣裳を手がけている方に仕立てていただいたそう。

―暖簾の藍色の市松模様も目を引きますが、あの柄にも由来があるのでしょうか。

土屋:桂離宮(かつらりきゅう)※の茶室・松琴亭(しょうきんてい)から取っています。きっかけは妻が建築学科にいた頃に借りた、ドイツの建築家ブルーノ・タウトの本でした。京都の修学院離宮の写真を見たとき、あまりの斬新さが衝撃でした。そこから桂離宮にも興味が広がって、松琴亭の藍色の市松模様に出会ったんです。江戸時代前期のデザインなのに、「こんなにも新しいのか」と印象に残って、独立したらこのモチーフを使いたいとずっと思っていました。暖簾はその市松模様を、宝塚歌劇団の衣裳を手がけている方に依頼して、藍と白の布を一枚一枚縫い合わせて仕立てていただきました。

※桂離宮(かつらりきゅう):日本庭園の最高傑作とも称される江戸時代初期に皇族・八条宮家により造営された別荘(別邸)

06

店内の内暖簾に染め抜かれた菱形の家紋。晋作さんの祖父がデザインしたもので、森さんの紙袋にもモチーフとして取り込まれている

志野:私の名前の「志野」も、桃山時代の茶陶として知られる「志野焼」から来ています。両親は仏像や美術品が好きで、幼い頃からそういう環境に育ったので、自分が書道をやったり、デザインに興味を持ったりしたのは自然な流れだったのかもしれません。

03のコピー

―お店のブランディングを学生のチームに任せることに、不安はなかったですか。

土屋:正直、身内の仕事だと断りにくいですよ(笑)。でも、実際に出来上がったものを見たら、自分が想像していたものとはまるで違うレベルの出来だった。素直にいいなと感じましたね。
志野:今回はメンバーの中でも、このふたりに頼めばきっといいものができるという確信がありました。紙袋にはお客様が桂離宮や暖簾といったモチーフを感じ取れる具体性が必要で、それは森の得意領域です。

一方、ポスターは店の前を通る人の目を一瞬で引きつけないといけない。その視覚的なインパクトは西村にしか出せない。具体と抽象、それぞれの強みを持つふたりだからこそ、父から受け継いだ美意識をかたちにできると思いました。

取材・文:皆本類 撮影:隼田大輔(幽玄舎)

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine