Interview
2023.07.05

日本橋から世界へ発信。唯一無二の存在“ウルシスト®”が伝えたい、漆の知られざる魅力。

日本橋から世界へ発信。唯一無二の存在“ウルシスト®”が伝えたい、漆の知られざる魅力。

2022年11月13日(うるしの日)に、漆の文化を伝えるアトリエ「漆文化醸造LAB」が日本橋堀留町にオープンしました。お椀やお重で、日本人なら一度は触れたことのあるはずの漆器ですが、漆には他にもさまざまな活用方法があるのをご存知でしょうか。世界初のウルシスト®を肩書きに持つ加藤千晶さん(FEEL J株式会社 代表取締役)に、漆の魅力や、日本橋にこだわって広がり続ける活動について伺いました。

「え!これ漆器なの?」の体験を作りたい

―まずは加藤さんが漆器の魅力に気づいたきっかけを教えてください。

20年ほど前に、知人に誘われて行った輪島塗の展示会がきっかけでした。当時の私は、フランスの銀食器ブランドに勤めていて、海外旅行に行ったときにはその土地の陶磁器の工房まで足を運ぶほど洋食器が好きだったのですが、その展示会に飾ってあった大きくてシンプルな朱塗りの器があまりにも美しくて、日本にもこんなに心惹かれるものがあるのかと、ハッとしたんです。お正月など特別なときには蒔絵の華やかな漆器を使う機会もあったのですが、その朱塗りのお椀は「え!これが漆器なの?」と感じるくらい、自分の知っている漆器と違いました。

そして改めて漆器に触れてみると、手に吸い付くような独特な質感があるし、柔らかい艶や光を放っていて奥が深くて。漆器ってこんな魅力があるんだ!と気づき、そこから産地に出向いて作家さんの話を聞いたり、日常の暮らしの中で使ってみたりと、漆器のファンになっていきました。ただ当時は他の仕事をしていたので、漆器を仕事にすることは考えていませんでした。

―漆器や漆のことを仕事にしようと思ったのは、別のきっかけがあったのでしょうか?

海外ブランドで仕事をしていたこともあって、ときには自分へのご褒美で10万円以上のブランドバッグに手を出すのに、漆器売り場で3万円の漆器を買おうと思わない。こんなに漆器が好きなのになぜだろう、何か私にできることはないのかと、もやもやずっと考えてはいました。その後、東日本大震災直後に、復興支援のために東北を訪れるようになり、漆器の原料である漆の国内最大の産地である岩手県で様々な話を聞けたことは大きく影響しています。
漆はウルシという木の樹液ですが、日本の漆の自給率は低く、9割以上は中国からの輸入に頼っているんです。縄文時代から使われ生活に根付いてきた漆の文化がこのままでは廃れていくことを知り、漆器だけでなく漆そのものの課題に向き合いたいと考えはじめました。

―漆には長い歴史があるんですね。とはいえなかなか普段使いにはハードルが高いイメージもあります。

振り返ると自分もそうでした。使ってみると魅力がわかるのに、どことなく古い感じや特別なときにしか使えないイメージ、電子レンジや食器洗浄機で使えない扱いづらさがあることは否めない。
でも自分が展示会で朱塗りのお椀と出会ったような「え!これ漆器なの?」と興味を持てるような体験がもっと身近にあれば、漆や漆器の魅力に気づく機会になるはず。だったら、自分がこの世界に入ってそういう機会を作る挑戦をしてみよう!と思ったんです。

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「漆文化醸造LAB」には漆の花からとれた蜂蜜や、漆のお茶もあり、訪れる人はみんな興味津々だそう

“ウルシスト®”がいざなう、漆の世界

―それが「FEEL J」の立ち上げにつながっているのですね。

なかなか漆器や漆に触れる機会がないからこそ、身近なところで「え?これ漆器なの?!」「これも漆なの?!」という体験をしてほしいと思い、10年前にFEEL Jを立ち上げ、2016年からは自分に「ウルシスト®」という肩書きをつけて活動をしており、昨年のうるしの日(11月13日)に人形町で「漆文化醸造LAB」を開業しました。

―具体的にはどのような活動をしているのでしょうか?

例えば「Art de Terroir(アール・ド・テロワール)」というワイン専用漆器ブランドの開発・販売事業があります。
一般的な漆器は和食に合うように作られるものが多いですが、今の日本人のテーブルシーンを考えたら和食だけにとらわれていたら使う機会も限られてしまいますよね。だったら、日常的に使えるようなものをと思い、ソムリエをしている友人と共同で開発しました。漆器の質感によってワインの味わいに変化を感じる新しいコンセプトのワインウェアです。ワイングラスは手の温度が移らないようにステム(脚)が付いていますが、漆器は木なので温度が伝わりにくい。だから器を手で包んでいても、温度が変わりにくく、適温のまま飲むことができるんです。漆器であることが前面に出るのではなく、「ワインを楽しく美味しく飲むためのツールを追い求めたら、漆器だった!」という驚きを感じてもらえたらと思っています。「漆文化醸造LAB」はこの漆器「テロワール」を実際に試せるショールームとしても運営しています。

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「Art de Terroir(アール・ド・テロワール)」。一つ一つ職人の手作りで、海外の方へのお土産にもぴったり

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「Art de Terroir(アール・ド・テロワール)」をともに手がけたソムリエの蜂須賀紀子さん(右)と。(画像提供:FEEL J)

また、こちらでは「金継ぎサークル」という名前の金継ぎ教室も開催しています。割れた(欠けた)器を本漆でくっつけるのですが、「大切にしている食器を直したい」という思いで来てくれている方の中には、その作業に漆を使うことを知らない方もいらっしゃいます。なので「欠けた食器が漆で直せる」という驚きを感じていただける機会にもなっているんです。

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金継ぎサークルの様子(画像提供:FEEL J)

―今回取材チームでは「テーブル茶の湯教室」にも参加させていただき、楽しい時間を過ごしました。

「日本のことばと文様を学ぶテーブル茶の湯」は私が小さな頃から茶道に親しんできたこともあり、気軽に日本の茶道や季節の言葉に触れられる機会を作るべく開催しています。ウルシの盆栽を飾ったり、漆掻きに使われるタカッポ(漆の樹液を入れる桶)を花器として使うなど、お茶に興味を持ってLABを訪れた人でも自然に漆に触れられる工夫もしています。

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中央左は漆のタネ、右は漆の花で、手前にあるのがタカッポ。漆器に使われる漆は、ウルシの木の表面に傷をつけて採取する樹液からできており、漆掻き職人によって集められる。このタカッポは職人さんが長年使ったものを譲ってもらったそう

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「漆文化醸造LAB」に飾ってある漆の盆栽。勢いよく成長していて、そのスピードは加藤さんも驚くほどだそう

友人や学生も巻き込んで、“発信力”を高めたい

―加藤さんがウルシスト®として活動される中で、大切にしていることはどんなことでしょう?

日本に1万年続いている、漆という自然素材の面白さをどうやったら伝えられるか、広められるか、をテーマに活動しています。漆器をはじめ、その魅力を伝えるための手段を考えるのがウルシスト®としての役目だと思っています。

もちろん自分だけでは考えに限界もあるので、友人や、関わりのある様々な人からアイデアをもらっていて。先ほどの「Art de Terroir(アール・ド・テロワール)」もそうですし、今は漆掻き後の伐採木活用で植栽活動を支援する「ウルシの木の活用プロジェクト」で大学生とも産学連携をしています。

―若い方から見た漆の文化は、また違った視点で捉えられそうですね。

漆の産地訪問や、植樹のボランティア活動にも参加してもらいながら、どうやったら漆掻きを終えた伐採木のリサイクルができるのか、商品化はできるのか、などを一緒に考えてもらっています。
若い人に漆の存在を知ってもらうことで、その文化を絶やさないことにもなりますし、「そんな目線があったのか!」と驚くようなアイデアに繋がることもあるんです。

例えばウルシ材で時計を作るというアイデアは、学生から出てきました。時計は木目をデザインに生かし、文字盤部分の「七時」のところに「七」の大字(一般的な漢数字の別の表現)である「漆」(しち)を使うというのも学生が考えてくれて。私だけだとこんなアイデアは浮かばないので、彼らから学ぶことはすごく多いです。
いわゆる伝統的な漆器やデザインは、すでに多くの作り手さんが届けてくれている。だから私は周りの人の力を借りながら、私にしかできない発信の仕方を日々考えています。

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学生が考えたウルシ材を使った時計。数字はすべて大字を採用している

漆の魅力を、日本橋から世界へ

―加藤さんがそのような活動を行う原点として日本橋を選ばれたのはなぜだったのでしょう?

日本橋は都心ですから新しいものが入ってくるスピードも速いですが、古いものや伝統文化を大切にする街でもあります。個人的にはそのバランスがとても好きですし、ウルシスト®の活動を行う上でとても親和性がある街だと感じています。
すぐ近くの小津和紙さんや、三井美術館にもよく足を運びますが、古いものをとても大切にしながら、見せ方や伝え方を工夫されています。漆も日本で長く親しまれてきたものなので、それを大切にしながら、新しいエッセンスを加えて発信していきたいという自分の活動と通ずるところがあると感じています。

また江戸時代、日本橋は全国から色々なものや情報が集まり、そこから江戸全土や地域に運ばれていくようなハブとしての役割を持つ街だった歴史もあります。これも私の活動に重ねている部分があって、昔、「江戸でこんなものが流行っていたよ」と地域に帰った人が地元で伝えていたように、日本橋で漆の魅力を知ってくれた人が、それを全国各地へ、さらには海外へ発信してくれたらいいなと思い、この地を選びました。

―すでに地域や海外へ発信されている事例はありますか?

「Art de Terroir(アール・ド・テロワール)」の例ですが、新潟にあるフェルミエというワイナリーが扱ってくれています。木と漆の独特な質感や香りの立つ形状を活かして五感でワインを楽しむという私たちの意図を汲み取って、ワイナリーで使ってくださっているのはとてもうれしいですね。

また、日本橋のマンダリン オリエンタル 東京に入っているスパに併設されたギフトショップでも取り扱ってくださっていて、海外から訪れるゲストの方がお土産として手に取ってくれています。同じ漆器でもお椀やお重だと海外の方は使いづらいかもしれませんが、「ワインを飲むためのもの」と伝えると、それなら日常で使えると選んでくれるようです。
漆の魅力が「Art de Terroir(アール・ド・テロワール)」を通じてこうして海外へ発信されていると思うと、とてもうれしいですね。

―今後、ウルシスト®の活動として、加藤さんがチャレンジされたいことはありますか?

漆を通じて、日本人が日本の魅力をきちんと言葉で伝えられるような学びの場が提供できたらと思っています。たとえば、昔フランス人と働いていたのですが、彼らは自分たちの国のことや文化のことを驚くほど饒舌に語ります。でもそういう日本人は少ないですよね。
日本の文化の良さや魅力を、自分の知見や経験を踏まえながら言葉にできる人が増えてほしいと考えていて、このLABがその学びの場になれたらと。その一環として日本が古くから大切にしている漆や漆器に触れてもらう機会を作り続けたいですね。
日本橋はオフィスワーカーも多い街なので、企業さんと組んで、そういった文化を知るリスキリングプログラムのようなものを開発していくのも面白そうだなと考えています。

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取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔

スクエア

たがやす

人形町の洋菓子店。和のテイストを織り交ぜた創作洋菓子がお気に入りで、特に和栗のモンブランが大好きです。焼き菓子は手土産で持っていくと、とても喜ばれます。

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