Interview
2023.01.13

新旧が混ざり合う日本橋で、こだわりのヴィンテージと出会う。週に一度しか開かない古物店「HYST」が繋ぐ歴史とぬくもり。

新旧が混ざり合う日本橋で、こだわりのヴィンテージと出会う。週に一度しか開かない古物店「HYST」が繋ぐ歴史とぬくもり。

馬喰町の問屋街の中にある古物店「HYST」。週に一度しか開店しない、良質なヴィンテージアイテムを取り扱うお店として注目を集めています。閉業した企業や一般邸宅から集められた「発掘家具」は、どのような思いと共に再び人々の手元に送り出されるのでしょうか。ディレクターの石浦明莉さんにお話をお聞きしました。

新品にはない古物ならではの不器用な愛嬌に惹かれて

─まずはHYSTというお店の紹介をお願いします。

HYSTは2018年の12月にスタートした古物店で、ちょうど丸4年を迎えたところです。それ以前は撮影スタジオとしてここ馬喰町で営業していたのですが、オーナーがヴィンテージものや古いものに興味がある人で、スタジオの什器をヴィンテージで揃えていたんです。それでいろいろなところからヴィンテージものを仕入れているうちに、今一緒にHYSTをやっているパートナーとの出会いがあり、縁あって一緒にお店をやろうということになって現在の形になりました。

HYSTで取り扱っているのはいわゆるアンティークではなく、経年40年~70年くらいということを意識して商品を集めています。40年より新しいと結構わかりやすくレトロなんですが、40年より古いものになると自然と新しさというかモダンさが出てくるんですね。そういうものって今の住空間にもすっと溶け込んじゃうのに、それでいて新品にはない深みがあるんですよね。

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HYSTの2階フロア。大型の家具から衣類、花瓶やグラスまで大小さまざまなアイテムが揃う

─石浦さんはHYSTではどのような業務を担当されているのですか?

肩書としてはディレクターで、全体的なディレクションを担当しています。スタッフや全体のマネジメント、SNSのディレクションも行なっています。

─石浦さんご自身はどのような経緯でHYSTでお仕事をされることになったのですか?

大学4年にHYSTの求人を見たのがきっかけでした。本当はもう就職先も決まっていて、後は楽しく過ごすだけという時期だったんですが、その求人を見たら「こっちの方が楽しそうだな」と思い、内定が出ていた会社を辞退してHYSTの運営会社に入りました。もともと雑貨が好きで、雑貨の企画や開発の仕事に携わりたいと思っていたんです。でも雑誌を読み込んで休みの度にいろいろなお店に足を運んでいるうちに、新品の雑貨に飽きてきている自分がいて。新品のものって軽いものが多くてシュッとしていてシンメトリーでカッコよくはあるんですけど、古物には新品にはない古物ならではの不器用な愛嬌みたいなものがある。重かったりゴツゴツしていたり、そういった端正ではないけれど温かい魅力というのに惹かれて、それからは古物一辺倒になっていきました。そして古物をいろいろ見ていくうちにHYSTを知り求人を発見してしまった、という感じです。

品ぞろえや店内ディスプレイも毎週変わり、二度と同じになることがない

─お店は毎週土曜日だけオープンというユニークな営業形態です。なぜこのような形を取っているのでしょうか?

狙ってこの形にしているのではなく、結果的に週に1日、土曜日しか開けられないというのが本当のところです。HYSTは商品を保管する倉庫を持っていないので、仕入れたものの修理や保管もすべてこのお店のスペースで完結させなければいけないんです。でも今では「週に一度しかやってない古物店」としていろいろな方に覚えていただき、それをフックに面白がって来てくださったりする方がいるのは嬉しいですね。

─具体的にどんな流れで1週間が進んでいくのでしょうか?

土曜日の営業に向けて私たちは火曜日から準備を始めるのですが、まず火曜日に2トントラックがお店の前に来て、その週に入荷したものをすべて店内に搬入します。そして火曜から木曜はお店の陳列などを全て崩して入荷したものの清掃、リペア、SNSなどに出す商品写真の撮影、値付けなどの作業を店内スペースを全て使って行なっています。清掃とリペアが2~3人、撮影や編集に1人、あとは商品の名前や値段を付けて登録するのに2人といった感じで、それぞれのスタッフが専門性のある役割を持ち、すべてが店内で同時進行しています。そして木曜の午後くらいから、店内のレイアウトを組み始めます。土曜日の閉店後にはまた店内のものを全て1か所に寄せて次週の作業スペースを作るので、店内が二度同じレイアウトやディスプレイになることはありません。来てくださるお客さんにサプライズを与えたいと思いながらお店を作っています。

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HYSTのディレクターを務める石浦さん。SNSにアップする商品写真も角度やライティングなど、こだわりぬいて撮影しているそう

─人気も出てきたので、週2営業もいけるかな、なんて考えたりすることは?

そうですね(笑)、でも準備の時間が本当に大変なんです。今ここにある大型の棚も最初は泥だらけで今とは色も全然違ったし、後ろ側の板もないような状態で入ってきたんですよ。今では清掃・修復するスタッフも慣れてきたとはいえ、やはり入荷したものを販売できる状態までメンテナンスするのに時間がかかるので、まだまだ手一杯の状態です。週1以上の営業は今のところ考えていません。

ただ、毎週土曜だけの営業となるとどうしても仕事などの都合で行けないというお声もいただいています。そういう声にお応えして、これまで2回、平日限定のポップアップショップを開催しました。通常の営業日を増やすのは難しいですが、そういった企画を通して、より多くの方にHYSTを体験してもらいたいと思っています。

─そうだったんですね。商品は毎週入荷されているとのことですが、どれくらいの商品点数を扱っているのですか?

商品の数は流動的ですが、少ない時で100点ほど、多い時は300点近くになります。何が入ってくるかは古道具を“発掘”した先によっても変わるので、どこから発掘されたものなのかは共有しあうのですが、私たちもその時間を楽しみにしています。1回の営業で7~8割程度が売れて、中でもInstagramに掲載したものはほぼ完売するので、品ぞろえも毎週本当にがらりと変わります。

インスタ画像

公式Instagramより。一つ一つの商品が丁寧に紹介されている

─今までに扱った中で印象に残っている商品はありますか?

印象的だったのは去年入荷した、廃業した印刷工場から発掘した什器ですね。社内で頻繁に移動する機会があったのか、ほとんどの什器にキャスターが付いていたんですが、最初から付いていたわけではなく、その会社の人が手作業で後から付けたものだったんです。他にも2つのオープンシェルフをくっつけて使っていたり。そういうものって、その時その空間で使うためだけに作られた唯一無二の価値があるなと感じました。発掘先は個人邸宅から一般企業までいろいろですが、個人的には一般的な家具より会社の什器や施設で使われていた家具の方が独特な不器用さがあり、面白味があるなと思います。

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HYSTで販売されていた上皿天秤。「何に使うかわからないけどつい欲しくなってしまうもの」の魅力に惹かれるリピーターも多い。写真は編集部スタッフが実際に購入したもの。(編集部撮影)

─企業などの専門性の高い施設で使われていた什器は、私たち一般人にはなかなか目にするチャンスがないですもんね。

でも私は、入荷する家具自体の面白さより、買っていただいたお客さんがその後どうやって使っているかというエピソードの方が面白いと思っています。以前、眼科から発掘された光源のついた視力検査台を販売したんですけど、それを買ったお客さんが後日また来店されたので「どうやって使ってるんですか」って訊いたんです。その方は自分で表現活動をされている方で、検査台の中に自分の作品をはめ込んで展示で使っているっておっしゃってました。
また、ほかにも縦長のシェルフを買った方が後日再来店されたので「どう使ってますか」と訊いたら、横にして使ってるっておっしゃってて。そのシェルフは縦に置いて機能するものなんですけど、当たり前のように横にして使ってると。そんな風に、私たちが思いつかなかったような使い方や、固定概念を壊しちゃうような使い方をしている方って結構いらっしゃって、そういうお話を聞くのもすごく刺激的ですね。個人邸宅から出てきた家具はある程度使い方が決まっているものが多いんですけど、工場とか施設から出てきたものは使い方次第でどうにでもなるという可能性を秘めているものが多いです。

あえて土曜日に、日本橋まで足を運んでもらいたい

─さて、4周年を迎えたHYSTですが、そもそもなぜここ日本橋に根を下ろすことになったのでしょうか?

私が入社前のことなので聞いた話ではありますが、ここにスタジオを構えた時というのが、いろいろなクリエイターや表現者の方がちょうど東東京に移ってきた時期だったそうなんです。「ここに何かがあるから来た」というよりは、「ここなら何か面白いことができるんじゃないか、生み出せるんじゃないか」ということで日本橋にスタジオを構えたという話は聞いています。

若い人が集まりやすいのは西東京の方だし、ヤングカルチャーが育っているのもあちらの方なので「なんで西東京でやらないの?」というお声をいただくこともあるんですけど、あえて土曜日にここまで足を運んでもらいたいというのもあるかもしれません。西東京の方でやっても盛り上がるかもしれませんが、ここでやるからこそ他のお店にはない面白さが生まれると思うんです。なのでここが手狭になってきたからどこかへ移転、ということも今のところ考えていないですね。

─確かに、若者向けのヴィンテージのセレクトショップというと代官山や下北沢、吉祥寺のあたりを連想します。そこであえての日本橋は渋い選択に思えますね。

でも最近近所を散歩していると美味しくておしゃれなカフェなんかもどんどん増えてきてますよね。新しいお店を見つけると嬉しい気持ちになります。HYSTをきっかけにこの街の面白さに気付いたり、日本橋でお店を始める人が出てきたりして、街が賑わっていけばいいな、なんて。

─石浦さんご自身は日本橋という街のどこがお好きですか?

新旧がこんなにも混じっている街って他にあんまりないんじゃないかなって思ってます。しかも新しいものが古いものを食ってしまっているのではなく、お互い共存しながら成り立っている街。西側の街では新しいものが古いものを覆い隠してしまったりして、どんどん古い良さが廃れて失われつつあるんですけど、日本橋は本当に古いものと新しいものが上手く共存してる街で、それが面白いですね。

HYST外観写真

HYSTの入口はカーテンに覆われている。ちょっと謎めいた秘密基地感がまた興味をそそられる(画像提供:HYST)

─HYSTに来るお客さんの客層はどんな感じなのでしょうか?

最初はInstagramを見て来てくれるような若い人が多かったんですけど、最近は結構近所の方も来てくださるし、年齢層の幅もすごく出て、ミドル層の方も増えてきました。その年代の方は新しい家具を買うにしても、量産品は買いたくない。昔のもので状態のいいものが欲しいということで、HYSTにいらっしゃいますね。

あとは近所に住んでる方が平日の様子を見て気になって来たと言ってくださったり、この周辺の会社にお勤めで平日に通りかかった方に「ここってなんのお店なんですか?」なんて話しかけられることもあります。それで「土曜日だけやってるお店で」と説明すると「うーん、土曜日は休みだからな」と言いつつお店に来てくださったりすることもありました。

─それは嬉しいですね!

やっぱり日本橋って、人と人との距離が近いですよね。それが西側とは違う。人と人との対話や温かさ、人情がこの街にはまだ残ってると感じます。HYSTのような古物商に限らず、お店をやるにあたってすごく恵まれた場所だなと思います。

─HYSTはいわゆるアンティーク業界とはまた違った角度から古物の世界にアプローチしていますが、どういう風に古物の面白さを伝えていきたいですか。

HYSTに来るお客さんってもともとアンティーク小物やヴィンテージがお好きな方もいますが、ここで初めてのヴィンテージ商品を手にされる方も結構いるんです。特に若い方だと、イス一脚からヴィンテージを始めてみようかな、という感じで。なのでアンティーク業界に入り込むというよりは、まだヴィンテージを手に取ったことがない方に幅広くヴィンテージを広めて、楽しさを提案していくということをやっていきたいです。

それから、ヴィンテージを通して物の価値の再検討を呼びかけたいな、というのもありますね。もちろん長く大切に使うということも美しいことなんですけど、そういう倫理的なものとは別に、世の中にあふれているブランドや値段のような基準ではなく、物が持つ背景やストーリーから生まれる価値もあるんだよってことはHYSTを通じて伝えたい。それはHYSTで扱う物自体が語ってくれていると思います。

スクエア

問屋街の方々

せっかく問屋街でやらせていただいているので、問屋街の方たちと一緒にイベントをやる機会があったらいいですね。問屋街の中で家具発掘もしてみたいです。

名称未設定

小伝馬町の123Bagel

仁多米っていうお米を使ったベーグルが特徴なんですけど、そこのハモンセラーノとカルピスバターのサンドが大好きで、ほとんどそれしか頼まないくらい。それを買って、小伝馬の十思公園まで行ってほっと一息つくのがいつものルートですね。(画像:公式サイトより)

取材・文:中嶋友理 撮影:岡村大輔

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