Interview
2022.01.05

日本橋は“経年優化”し続ける街へ。 スマートシティ研究の第一人者が描く街づくりの未来。

日本橋は“経年優化”し続ける街へ。 スマートシティ研究の第一人者が描く街づくりの未来。

2020年、東京大学と三井不動産がタッグを組んだ「三井不動産東大ラボ」が始動しました。都市・街づくり分野としては初となる産学協創協定のプロジェクトで、afterコロナの時代を見据えた多角的なアプローチから都市の新たな価値創造を研究しています。共同研究の一つ、スマートシティワーキンググループ(WG)「データを活用した都市サービスの実現手法」の研究統括リーダーに着任したのが、東京大学大学院情報学環・学際情報学府でも教鞭を執る越塚登教授。スマートシティ研究の第一人者としての視点から、日本橋の魅力や可能性を語っていただきました。

小さなコンピュータで、未開拓のフィールドに挑む

―最初に、越塚教授が取り組んでいる研究テーマについてお聞かせいただけますか?

おもに「スマートシティ」や、「IoT(Internet of Things=モノのインターネット)」を中心に研究しています。学生時代から「世界で一番小さいコンピュータとは?」といったことをずっと考えながら、テクノロジー領域に身を置いていました。一般的にコンピュータは、「より大きい」「より速い」「より高性能」を目指すものだと思われがちですが、僕が東大で研究していたのは指の上に乗るような、「より小さい」コンピュータでした。それを埋め込む場所が携帯電話であれば「スマートフォン」に、家具や家電であれば「スマートハウス」に、あるいは大きなビルであれば「スマートビルディング」と呼ばれるように、あらゆる技術がインターネットとつながって、既に皆さんの生活にも溶け込んでいますよね。これを都市の道路や施設、サービスなどに応用したものが「スマートシティ」なんです。

03

東京大学大学院情報学環の教授で、三井不動産東大ラボのスマートシティWG研究統括リーダーを務める越塚登さん

―新型コロナウィルス感染症のシミュレーションでは、スーパーコンピュータの「富岳(ふがく)」が活躍していましたし、コンピュータには相当大きいイメージがありました。

あれはかなり大きめの体育館にすっぽり埋まるくらいの大きさですね。僕も実物はまだ見られてないんですが、富岳は僕の大学の先輩が手がけていました。また世界初のコンピュータが1940年代に誕生したENIAC(エニアック)だと言われていて、それも体育館の壁面一つ分を埋め尽くすほどのサイズだった。でも、そうした大きなコンピュータを含めたいま世の中にあるコンピュータの機能の大半は、けっこう昔に考え尽くされているんですよ。今はAIが産業分野のトレンドになっていますが、人工知能やインターネットはコンピュータの発明とほぼ同時期にはアイディアとしてありました。ところが「小さなコンピュータ」に関してはそこまで想像されていなかったみたいです。だから、「小さいコンピュータで何ができるのか?」という問いは今でも未開拓の部分が多いですし、それらを活用した「スマートシティ」も現代ならではの発想と言えるかもしれません。

―IoT国際シンポジウム(※)に登壇された際には、「日本の都市サービスは世界的にも高品質・高レベル」と仰っていました。スマートシティの観点で特に注目している技術やサービスを教えていただけますか。

※「スマートIoT推進フォーラム IoT国際シンポジウム2020」での講演動画

個人的に可能性を感じているのは、たとえば電力メーターです。既に東京電力のエリアではほぼ100%の世帯がスマートメーターに置き換わっていて、その電気の使用量から家の中のアクティビティが大体わかるんですよ。その家の住人が何時間くらい家にいて、この時間帯は不在だな……というのがある程度可視化される。しかも、それが新しいハードウェアなどを導入せずに始められる強みもあります。たとえば、宅配便の不在配送/再配達ロスが社会課題のひとつとして上がっていますが、期日指定の荷物でさえおよそ2割の配送ロスが発生しています。しかし、スマートメーターで事前に在宅か不在がわかっていれば、確実に人がいる家から優先的に配達ができますよね。

―高齢者の見守りサービスなどは既に普及していますが、電力メーターを活用することで、より精度の高いデータが手に入りそうですね。

その通りです。家の中でのアクティビティがわかるということは、フレイル(※加齢により心身が老い衰えた状態)の予防にも役立てることができます。フレイルは要介護状態の一歩手前の段階を表す言葉なんですが、頑張ればまだ元に戻れる状態でもある。ですから、健康寿命を伸ばすためには、いち早くフレイルの状態を検知する必要があるんですね。専門用語ではこれを「介入」と呼ぶんですが、フレイルの段階で検知し、適切な措置を施してあげる。今まではそれを検知すること自体が難しくて、特にお年寄りが一人暮らしで家にいる場合、フレイルを知る術がなかった。そして、誰かが気づいて初めて顕在化した頃にはもう要介護で手遅れになっているケースが多い。イベントなどで数ヶ月に一回フレイルのチェックやアンケートを行っている市区町村もあるんですが、そもそも現地に来てもらわないとダメですし、わずか数ヶ月でフレイル状態を超えてしまうリスクもありますから。それが電力メーターで自動的に、何の設備投資もいらずにできるというのは素晴らしいなと。

理想は「つくる側」と「暮らす側」が一体になった街づくり

―このたび「三井不動産東大ラボ」のスマートシティWG研究統括リーダーに就任されました。日本橋・室町にサテライト研究室を立ち上げることになったきっかけを聞かせてください。

やっぱり、現地にいないとわからないことって多いですからね。僕らもせっかく共同研究させていただくのだから、リアルなフィールドで研究するために拠点を持つことにしました。それと、大都市で行うスマートシティ研究に大きな可能性を感じるからというのもあります。スマートシティと聞くと近未来的なイメージを抱かれるかもしれませんが、意外と郊外の都市のほうが進んでいたりして、大都会では積極的に取り組まれてこなかったんですよ。もちろん郊外でも良い事例はたくさんありますが、大都市に比べるとビジネスモデルとしてはうまく成立しにくい面があることも事実です。その点、大都市には人口が多いしポテンシャルも高いので、「持続可能なスマートシティ」の実現に向けて日本橋を足がかりにできたらなと。そしてなぜ室町を選んだかと言いますと、いちばん賑やかで日本橋らしいところだったから……ですかね。それと、すぐ近くに日本橋三越本店がありますけど、越塚だけに「越」という文字に人一倍の愛着があるんです(笑)。

柏の葉

“郊外型”のスマートシティの事例として知られる千葉県・柏市の「柏の葉スマートシティ」では、環境共生、健康長寿、新産業創造の3つをテーマに「世界の未来像」をつくる街を目指している。(画像提供:三井不動産)

―今後、このWGではどんな取り組みを行っていくのでしょうか?

まず、今回の共同研究における大きなテーマのひとつが、「経年優化」です。ハードウェアや構造物って、できたときが「完成」で、そこから少しずつ「劣化」していくものだと捉えられていますよね。でも、「街」はそうではない。できたときが「始まり」で、そこからどんどん良くなっていく、つまり「経年優化」していくべきものじゃないですか。そのプロセスをはっきりさせることが今回の研究で、さらにそれをスマートシティの観点でどう実装していくのか?というのが僕らの目下の課題です。ソフトウェアのバージョンアップがわかりやすい例ですが、ITの分野にはもともと経年優化の仕組みやノウハウがありますよね。それを都市開発にも応用できるんじゃないかと考えています。

―街に暮らす住人としては、どう関わっていけば良いのでしょう。

僕の考えでは、自治体やデベロッパーと、街に暮らす人たちがサービスを提供する側/される側で分かれているモデルだと、街はうまく機能しないと思うんです。むしろ、「つくる側」と「暮らす側」が一体になって、暮らしている人も街のサービスをつくる一員になっていく―そういうエコシステム(ある領域の生き物や植物がお互いに依存しながら生態を維持する関係の様子)を実現できる街づくりが理想ですね。

02

ITやイノベーションの世界こそ、年長者のアイディアが必要だと語る越塚さん

―なるほど。では、街が経年優化を起こすにはどんな条件があると思われますか。

3つの要素があると考えています。ひとつ目は先ほど申し上げたように、街ができたときをスタートラインとして、それらがどんどん積み重なって良くなっていく「仕組み」をつくること。2つ目は「データ」です。経年優化させるためには、人々が生活することで集まるデータが不可欠です。街での生活やアクティビティがどんどん蓄積されていくことで、データもどんどんリッチになっていくので、より精度の高いシステムやサービスを作ることができます。そして3つ目は、「コミュニティ」。街や建物はハコに過ぎませんから、そこに人が入ってきて、何らかのアクティビティが起きて、人間関係ができて、コミュニティが形成されていく。そういう意味では、日本橋ってすごく長い歴史とコミュニティがあるわけで。「コミュニティを通じて経年優化していく仕組み」が既に備わっている街なんですよ。

―日本橋は異業種の方たちにもオープンマインドで接する風土もありますし、大都市におけるスマートシティのモデルケースになるかもしれませんね。

そうですね。僕個人としてもIT分野のオープンコミュニティに関心があって、みんなで街のためにつくっていこうとか、データを生かして何かやろうという取り組みは、スマートシティとも相性が良い。これは「シビックテック」(*)とか「シチズンズサイエンス」と呼ばれていて、アメリカの場合は「コード・フォー・アメリカ」(行政・市民参画分野におけるテクノロジーや、Webサービスの活用を推進するための非営利団体)という方針のもと、実際にWebデザイナーやエンジニアが各地方自治体にチームとして派遣されています。それの日本橋バージョンを作るなら、「コード・フォー・ニホンバシ」とでも名付けましょうか(笑)。日本橋のために、立場や職種を超えてプレイヤーが集まって、一緒にサービスをつくっていけたら素敵なことですよね。その一環として、我々のWGでは「データを活用した日本橋の経年優化」をテーマにしたアイデアコンテストも開催しています。

*Civic(市民)とTech(テクノロジー)を掛け合わせた造語

集合写真1

三井不動産東大ラボが主催したアイデアコンテスト表彰式の模様。第1回はヒトの視線・感情を推測するAI AI「ノウミーマップ」と、ドローンを物流や都市計画に応用した「Horizonist」の2案が優秀賞に輝いた(画像提供:三井不動産)

島宗さん3のコピー

「Horizonist」プレゼンテーションの様子(画像提供:三井不動産)

―伝統のある日本橋だからこそ、若い世代のアイディアが入ってくるともっと面白くなりそうです。

でもね、ITとかイノベーションは若者だけの特権じゃありませんから(笑)。ご年配の方こそどんどんアイディアを出してほしいですよ! 新旧世代の融合ってスマートシティにおいても重要なファクターで、レガシーな分野にIT技術を導入することで、新しいバリューが生まれるかもしれない。何も無いところにまったく新しいサービスをITで実現するだけじゃなくて、今まであったものの中にITを加えることで、経年優化していくことってたくさんあるんですよね。そうそう、プログラムやソフトウェアを組む上でも、ご年配の方のほうが効率が良かったという研究結果もあるんですよ。盆栽をチョキチョキ切るんじゃなくて、ソフトウェアをちょこちょこ直すのが未来のお年寄りの趣味になる日も来るんじゃないかな(笑)。

スマートシティが、日本橋の魅力を増幅してくれる

―こうして拠点を構えてみて、日本橋の印象は何か変わりましたか?

日本橋には華やかなイメージがありましたが、それでいて「故郷(ふるさと)」みたいに落ち着く街だなと思うようになりました。僕は東京・北区の出身なので、東京が故郷なんです。なぜだか東京出身者って「故郷が無い」と言われがちですが、日本橋って東京のどの街よりも“故郷感”がありませんか? 人々を惹き付ける華やかなところと、人間の温もりみたいなものが同居している感じがしますよね。

―スマートシティの観点から、日本橋の可能性についてお聞かせいただけますか。

スマートシティのアプローチには大きく分けて2種類あって、グリーンフィールド(工場跡地や未開発地域を民間主導で開発すること)とブラウンフィールド(既存の地域のデジタル化・スマート化)と呼ばれています。アメリカのラスベガスは、砂漠のど真ん中に一からつくったグリーンフィールドの典型的な都市です。
日本橋はその正反対で、何百年も刻んできた歴史、伝統、文化があり、お店も会社も人もひっくるめて、風景そのものに日本橋としてのアイデンティティがしっかりとあるブラウンフィールド。この街をスマートシティ化するなら、やっぱりリアルな人と人とが対面することのバリューに重きを置きたい。たとえば、AIでローテーションを組むことで、百貨店での1対1のコミュニケーションがスムーズに行える……とかですね。日本橋のような街のデジタルは空気みたいに目に見えないほうが良いと思っていて、都市がスムーズに利便性高く機能している裏では、実はコンピュータやAIが活躍している。そんな「縁の下の力持ち」こそが、日本橋の持つ魅力を増幅してくれるんじゃないかと考えています。日本橋ならではのスマートシティを極めて、どんどん世界に発信していってほしいですよね。

04

―ここ数年の日本橋にはベンチャー企業やクリエイター集団が続々と集まっています。越塚さんは、彼らにどんなことを期待していますか?

そりゃあもう、たくさんありますよ。僕らはITのコンピュータ屋さんですし、生活者視点が欠けてしまうこともあるので、スマートな生活、スマートな暮らし、新しい働き方を“デザイン”できる人たちが必要だなと感じます。僕らの世代のエンジニアが考えるとすぐに『鉄腕アトム』とか『ドラえもん』とか、極端なものが出てきちゃったりしますし……(笑)。クリエイターの方たちが「生活」をデザインする中で、ITやテクノロジーの力が必要になるのなら、喜んで僕たちも手助けしたいです。そもそも人間って、「正しいこと」だけじゃ動かないんですよね。「これはこうあるべき」とか、「これはこうしたほうが良い」とか押し付けても人々の心は動かせないから、「こうしたほうが楽しいよ」と伝えてあげる必要がある。そういう目に見えない魅力を、人々の心に響くようデザインすること。それが、スマートシティを実現する上でも欠かせない要素だと強く感じています。

MicrosoftTeams-image (6)のコピー

中央通りの景色

最近ふと気づいたんですが、三越前の横断歩道から見える中央通りの風景が『ティファニーで朝食を』の冒頭に出てくるニューヨーク五番街とそっくりなんです。早朝に黄色いタクシーからオードリー・ヘップバーンが降りてきて、スタバのコーヒーを片手に三越のショーウィンドウを眺める姿を妄想しています(笑)。(画像提供:三井不動産)

取材・文 : 上野功平 撮影 : 岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine