Interview
2026.04.13

伝統と新しさが重なるデザインを鮨屋から。日本橋・鮨 松葉屋とコレクティブneighbyー親子のコラボレーション(後編)

伝統と新しさが重なるデザインを鮨屋から。日本橋・鮨 松葉屋とコレクティブneighbyー親子のコラボレーション(後編)

日本橋本町にカウンター8席の鮨屋「松葉屋」があります。江戸時代に神田で札差(ふださし)※ を営んでいた土屋家が、先祖代々の屋号を継いで開いた店です。

※江戸時代、代理として蔵米の受け取り・販売を行った商人のこと

その松葉屋で持ち帰り用の紙袋を手に取ると、ひと目で印象に残るグラフィックデザインに気づきます。さらに店頭にはリソグラフの重ね刷りで表現したポスターも飾られています。いずれもグラフィックデザインの公募年鑑「日本タイポグラフィ年鑑2025」の学生部門に入選されているものです。

手がけたのは、東京都立大学インダストリアルアート学科の同期6人で結成されたデザインコレクティブ「neighby(ネイビー)」。メンバーの一人、土屋志野さんにとって、このお店は実家でもあります。店主の土屋晋作さんと、neighbyから土屋志野さん、森早苗さん、西村乾さんの3名にお話を聞きました。

記事前編はこちら:伝統と新しさが重なるデザインを鮨屋から。日本橋・鮨 松葉屋とコレクティブneighbyー親子のコラボレーション(前編)

松琴亭の市松を、リソグラフで再解釈する

―志野さんの進行のもと、具体的な制作に入っていったわけですね。森さん、紙袋はどこから着手されましたか

森:まずは桂離宮を調べるところから始めました。茶室を構成する畳や襖、違い棚といった要素を再解釈してかたちを描く。それを少し揺らいだ遠近感で配置することで空間の奥行きを出しています。そこに松葉屋さんの暖簾の家紋やしゃもじ、おひつといったお店の要素を、浮遊感をもたせて散りばめました。お店には晋作さんの祖父が自らデザインしたというえんじ色のひし形模様も残されていて、それも紙袋のモチーフのひとつに取り込んでいます。

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森さんがデザインした紙袋。「ビオトープGA-FS」のワインレッドに黒一色のグラフィックで、松琴亭の空間要素と松葉屋のモチーフが散りばめられている

―このワインレッドの紙が印象的ですが、どうやって選ばれたのですか。

森早苗さん(以下、森):紙は「ビオトープGA-FS」というファインペーパーのワインレッドを使っています。ただ、大量発注だと紙の色を自由に選べないので、大判紙を自分で購入して、型紙から一つ一つ手作業で組み立てました。何種類も試した中で、この色だけが檜のカウンターや店内の器と調和したんです。紙そのものの色に力があるので、載せるグラフィックは黒一色に絞りました。

土屋:この色を見たとき、正直びっくりしました。私の頭の中には1ミリもない色が出てきた。でも店の空間に置いてみたら、とても相性がいいんです。

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―西村さんはポスターをどのようなアプローチで制作されたのでしょうか。

西村:松琴亭の市松模様の格子は、一つ一つ絶妙に色の調子が違うんですよね。あえて格子の「ひとマス」だけに注目して、どれだけ色の深みを込められるかを考えました。最初は透明なフィルムに複数の色面を印刷して、物理的に重ねる実験をしたんです。でも店の外壁は黒い御影石(みかげいし)なので、視認性が低くなってしまう。ただ、色を「混ぜる」のではなく「重ねる」という発想に繋がって、リソグラフにたどり着きました。

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カウンターに並べられたリソグラフのプリントサンプル

―リソグラフは、にじみやずれが生まれる技法ですよね。仕上がりのコントロールはどうされていたのですか。

西村:おっしゃる通りで、一色ずつ版を重ねて刷るので、完全には操作しきれない部分が出てきます。僕はむしろ、操作する部分と操作できない部分が混ざることで、どんな化学反応が起きるかを見たいタイプなので、まさにぴったりでした。ただ、程度を超え過ぎると汚れに見えてしまう。そうならないギリギリのラインまでデータを調整する作業は、蔵前のリソグラフスタジオ「onten」で何度も重ね刷りしながら、入念に詰めていきました。

伝統的な鮨屋のイメージからは離れた印刷手法ですが、自分たちが掲げている「前衛」を形にするなら、ここで新しい表現に踏み込みたかったんです。

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―店頭ポスターのほかに、冬季限定の鮑ちらしを告知するポスターも制作されたそうですね。こちらには料理写真が使われていません。

土屋:鮑ちらしは食べたら本当に美味しいんですけど、見た目は地味なんです。写真に撮ると色が出ない。バラちらしなら海老の赤が入って映えるんですが、鮑ちらしは全体が茶色っぽくなってしまう。これはちょっと難しいなと。

西村:そこで、ちらし寿司の具材をモチーフにした図形をランダムに配置して、格子状に構成しました。写真では伝えきれない美味しさの雰囲気を、抽象的な色面の重なりで表現しています。

志野:ポスターと合わせて、鮑ちらしのお重に巻くパッケージもデザインしました。ご自宅で紙袋から取り出したお重の写真を撮る方も多いので、その一枚が松葉屋の世界観を伝えるものになればと。ポスターや紙袋と同じグラフィックの世界観で仕上げています。

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鮑ちらし宣伝ポスター(右) 写真・土屋志野

―紙袋についての反応はいかがですか。

土屋:お持ち帰りのお客さんは、大体お酒が入った後ですからね(笑)。紙袋のデザインをじっくり見ている方は少ないと思います。でもご自宅に帰ってから、奥様やお子さんが興味を持ってくださることはある。実際にSNSで紙袋を見て来店された方もいました。グッズの用途とデザインの目的を合致させるのは本当に難しいですが、思わず丁寧に扱いたくなるような手触りや重みがあったら、持ち帰る人の意識も変わるかもしれませんね。

志野:だからこそ、紙袋やポスターを一度きりで終わらせず、更新し続けることに意味があると思っています。松葉屋は鮨屋としては何百年続く老舗ではありませんが それは逆に言えば新しいことにチャレンジできる立場でもある。桂離宮や暖簾といった伝統的なモチーフが基盤にあるからこそ、その上で表現を重ねていけるのではないかと考えています。

間口は広く、奥は深い。日本橋という街の風土

―松葉屋のデザインをきっかけに、neighbyは日本橋での仕事が広がっていったそうですね。

志野:neighbyの定例会やミーティング場所として、三井不動産が運営するコミュニティラボ「+NARU NIHONBASHI」※(以下、+NARU)を使っていたんです。通ううちにスタッフの方から「(+NARUが)むろまち小路の奥まった立地で、もっといろんな方に来ていただくにはどうしたらいいか」という相談をいただいて。2024年から2025年の初頭にかけて、施設全体のリニューアルデザインや、法人向けの試食イベントの告知・会場グラフィックなどを手がけました。

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+NARU NIHONBASHIでneighbyが手がけた制作物

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+NARU NIHONBASHIでneighbyが手がけた制作物

※+NARU NIHONBASHI(プラスナル ニホンバシ):三井不動産が運営する、日本橋エリアの共創拠点。多様な人々が交わり、新しい価値を生み出す場として、イベントやリビングラボなどが開催されている。

東京都中央区日本橋本町1-4-12 カネダ日本橋センタービルディング 1F

https://www.naru-nihonbashi.com

―晋作さんは、日本橋で鮨屋を営んでこられた立場から、その課題をどう捉えていますか。

土屋:日本橋の外にいる方が「今日は日本橋で夕飯を食べよう」と頭に浮かべることは、まだ少ないと思います。ビジネス街ですから、この街に通う方の多くは仕事が目的で来ている。食事も打ち合わせを兼ねていることが多くて、街そのものを楽しむ余裕がなかなか生まれにくいんですよね。街の中で取り組みを重ねていても、外にはなかなか伝わりにくい。

それに、この街では企業と地元の商店が一緒に何かに取り組む機会もあるんですが、企業の方は数年で部署が変わって担当者が替わることもあります。一方で、街の人間は「自分の代で変わらなくても次の世代に続ければいい」と考えている。お互いに見ている時間軸が違うんですよね。

だからこそ、大きな企画を一度に動かすよりも、足元から一つずつ、長い目で続けていくやり方のほうが、この街には合っているんじゃないかと思っています。たとえばSAKURA FES NIHONBASHIなんかは、街の人たちが始めたものに企業が加わっていった形ですよね。ああいう広がり方がいいなと。

―neighbyの皆さんは、外からこの街に関わってみて、日本橋をどんな街だと感じていますか。

西村:正直、志野がいなかったら日本橋に関わることはなかったと思います。でも松葉屋のデザインをして、+NARUに出入りして、仕事のたびにこの街を歩くうちに、居心地の良さを感じるようになりました。

森:私も最初はもっと制約があるのかなと身構えていましたが、自由にやらせていただいて。ただ、深く関わるほど、この街が持っている歴史の厚みを実感するようになりました。長い時間をかけて築かれてきたものの中に入っていくわけですから、簡単に全部を理解できるものではないんだなと。

土屋:そう感じてもらえるのはうれしいですね。間口は広いんですよ。おそらく参勤交代の影響で、江戸時代から人の入れ替わりが多かった土地ですから、新しく来た人を迎える文化がある。同時に、ずっとこの土地で暮らしてきた人間には、自分たちの歴史に対する誇りもある。その二つが共存しているのが、日本橋という街の面白さだと思います。

志野:私自身、父の店があるとはいえ、日本橋で生まれ育ったわけではありません。でも松葉屋のデザインを入口にして、+NARUのリニューアルへと関わりが広がっていった。一つの仕事が次の仕事につながり、その過程で街の方との関係も少しずつ深まっていく。若い世代がこの街に関わる道筋として、デザインという接点は想像以上に有効であり、ありがたいことだったと感じています。

目に見えるかたちで街の中に何かを残していく

―最後に、これからの展望を聞かせてください。

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neighbyが制作した「三畳芸術センター」のアーカイブ冊子。日本橋室町でのアーティスト滞在制作の記録を、3部構成でまとめている

志野:日本橋室町で行われたアーティスト・青沼優介さんの滞在制作プロジェクト「三畳芸術センター」のアーカイブ冊子を制作させていただいたのですが、その内容を+NARUでのイベントとして紹介できないかと考えています。外からの人が関わり、その経験や作品が街の中に蓄積されて、また外に広がっていく。そういう循環のきっかけになれたらうれしいですね。目に見えるかたちで街の中に何かを残していく。文章だけではなく、視覚的に。それがデザインにできることなのかなと思います。

参考記事
アートを街に開く対話|青沼優介、オフィスビルで滞在制作を行う「三畳芸術センター」
https://www.bridgine.com/2025/10/28/yusuke_aonuma/

土屋:街は簡単には変わらないですよ。私が生きている間には難しいかもしれない。でも「自分の代で変わらなくてもいい」という気持ちでやる人がたくさんいないと、街は動かない。桂離宮のモチーフをリソグラフで刷って、手作業で紙袋を組み立てるような、伝統と新しい手法が重なったデザインがじわじわと広がっていったら面白いと思うんです。桂離宮も暖簾の家紋もリソグラフもあるけど、調和している。よく見たら驚きがあると気づいてもらえるような。そういうデザインが、この街には合っていると思います。

志野:日本橋で活動する中で、この街が持つ伝統の厚みと、新しいものを受け入れる懐の深さの両方を日々感じています。松葉屋の紙袋もポスターも、これから先も更新し続けていくものです。neighbyとしては飲食店や商店のブランディングに加えて、コミュニティスペースのサインデザインや、法人向けイベントのグラフィック、プロジェクトのアーカイブ冊子制作なども手がけています。足元のデザインから一つずつ、この街に何かを残していきたいですね。日本橋で一緒にできることがあれば、ぜひお声がけください。

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取材・文:皆本類 撮影:隼田大輔(幽玄舎)

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