複合型書店のパイオニア。台湾発の「誠品生活」が、日本橋から踏み出す新たな一歩。
複合型書店のパイオニア。台湾発の「誠品生活」が、日本橋から踏み出す新たな一歩。
「アジアで最もクールな書店」(「TIME」誌アジア版)「世界で最もクールな百貨店14」(米・CNN)に選出されるなど、台湾発のカルチャー体験型店舗として世界中から注目を浴び続けてきた「誠品生活」。創業の地である台湾を中心に、香港、中国を合わせて計49店舗を展開する同店が、記念すべき50店舗目でついに日本に初出店することになりました。24時間営業や、書籍を軸とした複合的な商品構成など、書店の常識を覆すユニークなスタイルで多くのフォロワーを生んだ台湾発の文化発信拠点は、日本でどのような展開をしていくのでしょうか。9月27日にグランドオープンする「COREDO室町テラス」に出店する「誠品生活日本橋」の責任者・潘幸兒(ルーシー・パン)さんに、誠品の歴史や日本出店の経緯、日本橋の街との関わりなどについてうかがいました。
アートに特化した書店として創業
ーまずは、ルーシーさんのこれまでのご経歴からお聞かせいただけますか?
私は台湾でキャリアをスタートし、小売業の経験を積んできました。そして、誠品生活が上海での出店計画を進めようとしているタイミングで入社し、そのプロジェクトに関わるようになりました。そういった経験もあったので、今回の誠品生活日本橋のリーダーを務めることになりました。
ーもともと誠品生活にはどんなイメージを持たれていましたか?
誠品にはおしゃれな人たちがたくさん通っていましたし、私にとっても憧れのお店でした。誠品は他の書店と比べて本のセレクトやレイアウトが素晴らしいと感じていましたし、書籍に限らず複合的な展開をしていることも魅力的でした。私は台中の出身なのですが、もともと誠品の店舗は台北にしかなったんですね。だから、何かの用事で台北に行った時には誠品書店に足を運び、何時間も本を読んだりしていた記憶があります。窓から太陽の光が差し込む空間の中で読書をするという体験の心地良さが強く印象に残っていました。
日本橋のカフェで取材に応じてくれた「誠品生活日本橋」の責任者・潘幸兒(ルーシー・パン)さん
ー現在誠品生活は、台湾に40店舗以上を展開し、さらに中国本土や香港にも進出していますが、これまでの歩みについて教えてください。
誠品の歴史は、台北の大安というエリアに1号店をオープンした1989年にまでさかのぼります。創業者の呉 清友 (ロバート・ウー) は自身のビジネスで成功を収めた後、自分が本当にしたいことを突き詰め、もっと社会に貢献したいという思いから、当時はまだ少なかった芸術、アート関連の書籍に特化した書店として誠品をオープンさせました。私たちが当時から一貫して重視しているのは店舗の環境で、自然光が入る設計や床に用いる木材、BGMとして流すクラシック音楽など、自由に読書ができる空間づくりに徹底して取り組んできました。実は誠品は開業からしばらく赤字だったのですが、創業者の理念が支持され、さまざまな企業からのサポートも得ながら、書籍にとどまらず、文房具や生活雑貨、アパレルなどライフスタイル全般に関わるようになっていきました。そして現在では、台湾の他に香港に3店舗、中国の蘇州、深圳と計49もの店舗をオープンし、アジア圏では広く認知されるお店になっています。今回の 誠品生活日本橋がちょうど50店舗目になるのですが、初めての中華圏以外での出店になるので、とてもドキドキしています(笑)。
誠品生活信義店(台北)
誠品生活台中中友店(台中)
本を売るだけでなく、読書の体験を広めたい
ー創業から30年の間に時代は変わり、本を取り巻く環境も変化していますが、誠品書店はどのように対応してきたのですか?
書店というのは本来、書籍の販売が目的になるわけですが、私たちが最も重視しているのは、読書という体験を広めることなんです。本に関連するトークショーなどのイベントを積極的に行ってきたのも、本の中から人生やライフスタイルのヒントを探すきっかけを提供したいという思いがあるからです。社会全体が良い読書をするようになれば、結果的に書店の販売にも良い影響があると考えています。読書の文化を推奨することは、どんなに時代が変わろうとも、私たちが一貫して大事にしてきたことですし、これからも変わらないと思います。その考えを前提として、時代とともに変わる生活者の志向に合わせながら、少しずつ読書の薦め方を変え、現在に至っています。
誠品生活では、ワークショップなどの体験型イベントを、全店舗で合わせて毎年延べ5,000回以上開催している
ー誠品生活では、ワークショップも積極的に行っていますね。
はい。私たちのワークショップには、主に2つの切り口があります。ひとつは、この大量生産の時代において、伝統工芸が持つストーリーや手づくりの良さを現代の人に触れてもらう場としてのワークショップ。そして、もうひとつは、現代のストレス社会において、自分の手を動かすことで精神的な安らぎを得たり、自分の新たな可能性に気づいてもらえるようなワークショップです。
ーワークショップに関しても、読書の推奨ということは意識しているのですか?
読書の目的が本から知識を得ることであるのに対して、ワークショップは本から得た知識を行動に移すためのものだと考えています。たとえば、レシピ本には料理のつくり方が書かれていますが、実際につくってみなければ自分のものにはなりません。そういう意味でワークショップも読書と関係していますし、誠品生活がライフスタイル全般に領域を広げてきたことなどもすべてつながっていると言えます。
ー誠品生活は、台湾の文化を育むことにも貢献してきたと思いますが、こうした役割についてはどのように考えていますか?
私たちがさまざまな領域に活動を広げていく中で、台湾には素晴らしい若手アーティストの作品や伝統工芸などがたくさんありながら、それらが人の目に触れる環境が少ないことに気づきました。いくら素晴らしい理念やアイデア、技術があっても、見てもらえなければ成功にはつながりません。そこで私たちは、自分たちの売場を活用して若手作家やブランドを育てていけないかと考え、 誠品生活expoというインキュベーションプロジェクトに取り組むようになりました。この 誠品生活expoは、 誠品生活日本橋の売場でも展開をしていく予定です。
これまでに数百もの若手クリエイター、ブランドを発掘・支援してきたインキュベーションプロジェクト「誠品生活 expo」
誠品生活が日本橋を選んだ理由
ー日本橋のお店がオープンすることになった経緯についてもお聞かせ頂けますか?
これまでにもさまざまなところから出店のお誘いがあったのですが、3年ほど前に三井不動産さんから日本橋の再生プロジェクトのお話をうかがったことがきっかけです。その再生プロジェクトの考えに私たちは非常に感心しましたし、なにより誠品の理念との親和性が非常に高かった。そのため日本橋に興味を抱いたんです。日本橋は江戸文化発祥の地であり、周辺にはいまも多くの老舗店や職人さんが集まっています。街の雰囲気も非常に良いですし、誠品が日本に初めて出店をするのにふさわしい場所だと思い、決断しました。日本の商習慣は中華圏と大きく異なることもあって、今回出店にあたっては、100年以上の歴史を持つ有隣堂さんに、運営面でご協力頂くことになりました。
ー日本の文化やマーケットにはどんな印象を持たれていましたか?
台湾は日本と歴史的にも密接な関係がありますし、日本の音楽や映画、ドラマ、出版物などは台湾でも非常に人気です。なので、日本の文化には親しみがありますし、ある程度は理解しているつもりです。ただ、これらの理解はあくまでも観光客に近い目線からのものだと思いますので、実際にビジネスをしていくにあたっては、さらに深いリサーチが必要だと感じています。
誠品生活日本橋
ー誠品生活は、出店する地域の文脈を意識した店舗運営をされてきていると思いますが、やはり 誠品生活日本橋もそのような形になりそうですか?
はい。日本橋は豊かな歴史、文化があり、さまざまなストーリーが語れる場所なので、これらを背景にしたイベントなどを積極的に展開していくつもりです。日本橋には、100年以上の歴史を持つ老舗も多いので、尊敬すべき存在である老舗のみなさんに受け入れてもらえるようにがんばっていきたいと思っています。
ー地域との関係性を意識した店づくりをしている背景にはどんな思いがあるのですか?
出店戦略上、ビジネスモデルや収益性を高めていくための差別化という観点は大切です。ですが、それ以上に、「すべてのお店を同じようなものにしたくない」という思いが私たちにはあります。例えば、日本を一括りに考えてみても、関東と関西では風土や生活習慣は大きく異なりますよね。私たちは、そういった地域の個性を活かしながら各地域にふさわしい店舗をつくっていくべきだと考えています。そういった考えに基づき私たちが大切にしているのは、誠品のスタッフだけではなく、地域のみなさんと一緒にお店をつくっていくということです。それによって、誠品という同じDNAを持ちながら、それぞれの国、地域で異なる雰囲気を持つお店を展開していくことができると思っています。
誠品生活松菸店(松山店)のイベントスペース「forum」の様子(台北)
誠品生活蘇州(中国 蘇州)
日本と台湾をつなぐ交流の場に
ー誠品生活 日本橋はどのような空間になっているのですか?
空間デザインに関しては、「誠品敦南店」(台北)や「誠品生活蘇州」(中国 蘇州)の設計も手掛けている建築家の姚仁喜(クリス・ヤオ)さんにお願いしました。「古今交差」「新旧融合」のコンセプトのもと、江戸文化発祥の地である日本橋の歴史や文化を表現した空間になっています。
ー売場の構成やテナントについても教えてください。
売場は、「誠品書店 (書籍)」を軸に、「誠品文具(文具)」「セレクト物販・ワークショップ」「レストラン・食物販」の4ゾーンで構成し、100以上のブランドのアイテムを取り扱う予定です。また、その中の約50ブランドは、コスメやフードなどの台湾ブランドです。烏龍茶で有名な「王德傳(ワンダーチュアン)」、人気の台湾料理レストラン「富錦樹台菜香檳(フージンツリー)」、老舗の台湾スイーツ「郭元益(グォユェンイー)」、漢方ライフスタイルブランド「DAYLILY」など、日本初出店となるテナントも少なくなりません。また、ワークショップゾーンでは、台北の松菸店(松山店)と同様に、吹きガラスが体験できるガラス工房が設置されることも、誠品生活日本橋のひとつの目玉です。
誠品生活松菸店(松山店)の人気企画「吹きガラスワークショップ」。ガラス工芸職人を多数輩出して いる「東京ガラス工芸研究所」の協力のもと、「誠品生活 日本橋」でも再現される
ー 誠品生活日本橋には、日本のテナントやブランドも入るのですか?
日本各地の伝統的な技術を持つ店舗に入っていただく予定で、それぞれの店舗にワークショップなども開催していただきます。 誠品生活日本橋では、日本と台湾の商品を半々くらいの割合で取り扱い、日本と台湾、両者をつなぐ文化交流のプラットフォームにしていきたいと考えています。これまで台湾の人たちが日本を旅行し、美味しいものを食べ、その写真をSNSに投稿するようなことはよくありましたが、最近は日本の方が台湾に来る機会も非常に増えています。日本でこれほどタピオカミルクティーが人気になっていることも興味深く感じています(笑)。ただ、まだ知られていない台湾の文化もたくさんあるので、日本橋のお店はそれらを知って頂く場にもしていきたいですし、日本の素晴らしい工芸品やブランドなども、台湾、香港、中国に持っていきたいと考えています。
ー日本にいながらにして、台湾の文化に触れられるまたとない場所になりそうですね。
そういうお店になれればと思っています。今回の出店を通して、私たち自身も改めて台湾の魅力に目を向け、どのように日本に紹介すべきかを考えることができ、非常に貴重な経験になっています。
誠品生活日本橋 「誠品生活expo」
誠品生活日本橋 「COOKING STUDIO」
良い本屋さんの条件とは?
ー日本橋の街の人たちとお店をつくっていきたいというお話もありましたが、具体的にはどんなコラボレーションを考えているのですか?
日本橋周辺には伝統工芸もたくさんあるので、これらに関連するワークショップを地元の職人の方たちとともに開催したいと考えています。また、書店では日本橋に関連する選書コーナーなども用意していて、これと連動する形で日本橋や江戸の文化に関連する企画をさまざまな切り口で計画しているところです。
ー近年、日本では昔ながらの街の本屋さんが次々と廃業に追い込まれている厳しい状況がある一方、個性あふれるセレクト書店などが台頭してきています。こうしたドラスティックな変化が起こっているものの、良い本屋さんがあるということが、良い街であることの重要な要素であることは変わらないと感じています。ルーシーさんは、良い本屋さんとはどんなものだとお考えですか?
良い本屋さんというのは、知識を探求できる場であるだけでなく、訪れる人たちが心身ともに落ちつける場でもあるべきだと思っています。 誠品生活日本橋も、読書を楽しみながら、リラックスした気分を提供できるような空間にしていきたいと考えています。台北のお店ではお客様が思い思いに床に座って読書をしている光景が見られるのですが、こうした環境を日本で実現するにはどうすればいいかということも社内で議論しているところです。
誠品生活日本橋「誠品書店」
ー日本出店にあたって周辺の書店などのリサーチもされたと思いますが、日本の書店についてどんな印象を持たれましたか?
先ほどもお話に出たような独立経営の書店がやはり面白いと感じましたし、これらの書店のオーナーの理念や企画力は注目されるべきものだと思います。私たちは多店舗展開をしていますが、ひとつひとつの店舗を独立店舗ととらえているところがあり、各店ごとに独自性のある選書や企画を行うべきだと考えています。そのような考えに基づき、誠品書店日本橋では、文学というジャンルにフォーカスをしていこうと思っています。昨今、文学はなかなか売れないと言われていますが、このジャンルにこそさまざまな知識やオリジナリティあふれる思索が詰まっているので、改めて注力していくつもりです。
ー最後に、誠品生活日本橋を訪れる日本のお客さんに、メッセージをお願いします。
すでに誠品のことをご存知のお客様も一部いるかもしれませんが、そうした方々にはこのお店がまさに誠品そのものであると感じてもらえると思いますし、同時に台湾のお店との違いも伝えられるとうれしいですね。また、初めて誠品を訪れるお客様には店舗に満足して頂くだけでなく、期待を超えるような体験を提供していきたいと思っています。また、このお店を人と人の交流や感動が深まるような場所にしていきたいという思いもあるので、お客様と誠品のスタッフの間に友人同士のようなリラックスした雰囲気をつくれるように努力しながら、みなさまに価値のある時間を過ごして頂きたいと考えています。
取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔
誠品生活
「Books, and Everything in Between.(本とくらしの間に)」をコンセプトに、各地の特色や文化を生かし、地域の人々との交流を大切にした店づくりに取り組む。発祥の地である台湾をはじめ、香港、蘇州、深圳などの国・地域にこれまで49店舗を展開。書店だけでなく、ギャラリー、パフォーマンスホール、映画館、ワインセラーなど多種多様な文化・コンテンツを共有する場を運営し、外食業、ホテル業をも手掛ける。「誠品生活日本橋」は誠品にとって日本1号店、さらに全体としても記念すべき50店舖目となる。