Interview
2020.01.22

イースト東京で増加するホステル。 宿泊施設のイノベーターに聞く、その背景と宿泊ビジネスのこれから。

イースト東京で増加するホステル。 宿泊施設のイノベーターに聞く、その背景と宿泊ビジネスのこれから。

近年、日本橋を含むイースト東京に「ホステル」という業態が増加しているのをご存知でしょうか。ホステルとはホテルに比べて安価で宿泊できる宿泊施設で、寝室はドミトリータイプや半個室が多いのが特徴。また空きビルなど既存施設をリノベーションしている施設が多いのも特色のひとつです。外国人観光客の増加も伴って、近年人気が高まっています。

ではなぜ、このエリアでホステルが盛り上がっているのでしょうか。その背景や宿泊ビジネスの在り方の変化について、馬喰横山で「obi Hostel & Cafe Bar」を運営する、株式会社Catalyst代表取締役社長の高野由之さんにお話を伺いました。

ビジネスドメインは“地球全域”、世界中の美しいものを届けたい。

―まずは、株式会社Catalystの事業概要について教えてください。

Catalyst(カタリスト)は、「地域に変化をもたらす“触媒”でありたい」という思いが込められています。主な事業は、ホテル・宿泊施設事業と古民家再生事業で、現在国内で5つの宿泊施設(静岡西伊豆、沖縄、高知足摺、京都、日本橋)を展開しています。また、いくつかの新規プロジェクトを進めており、たとえば島根県江津市では、父である建築家の高野祐之がデザイン・設計した美術館をリノベーションして、アートホテルに生まれ変わらせるというプロジェクトを展開しています。さらに今はアフリカのウガンダでも宿泊施設のプロジェクトを進めているところです。

会社のビジョンは、「世界中の美しい場所を見つけて、それを世界中の人に届け、たくさんの人に感動して欲しい」というもの。それを実現するためには色々な方法があると思うのですが、私たちは、チェックインからチェックアウトまでという滞在時間の長さや、食事、建物、BGM、香りなどお客様に感じて頂くコンテンツにバリエーションがあることなどから、ホテルという業態がその地の魅力を最もお客様に届けることができるのではないかと考えて、現在宿泊施設ビジネスを中心に展開しています。

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沖縄県国頭郡の“やんばるの森”で古民家を再生して運営している「むいの宿」 (写真提供:Catalyst)

―「世界中の美しい場所」はどのように定義されているのでしょうか。

ひとつは、人類の歴史の中で育まれてきた建築や街並みが持つ“歴史や文化の美しさ”。そしてもうひとつは、人類がこれまで手を付けてこなかった“ありのままの自然が持つ美しさ”。人類が作り上げてきた美しさと人類が一切触れてこなかった美しさ、この両極にある2つの美しいものをプロデュースして世界に届けていきたいと考えています。

歴史や文化の美しさは、基本的に既存の建物をリノベーションし、もともとある街並みや建築を大切にしながらそこを新しい空間に作り替えることで表現しています。この「obi Hostel & Cafe Bar」も、既存の空ビルを借り上げてリノベーションしたものです。一方、自然の美しさは、自社でプロデュースしたオリジナルの施設で表現しています。その一例として、ホテルのヴィラのような宿泊用コンテナに、太陽光発電など自然に負荷を与えないテクノロジーを組み合わせ、宿泊用モジュールを開発しています。こうしたモジュールを活用し、自然の中に置くだけというタイプの宿泊施設も展開してきたいと考えています。その第一歩としてこちらは、現在準備を進めている沖縄離島のグランピング施設に初めて展開する予定です。

―ウガンダにも宿泊施設を出されるとのことですが、どのようなプロジェクトなのでしょうか。

中央アフリカにあるウガンダの首都カンパラは、日本の4月くらいの気候で過ごしやすく、豊かな土壌で農業に適している場所なんです。経済的に豊かになるポテンシャルはあるのに、農業技術や産業技術が発達していないため、なかなか成長していないという課題を抱えている都市です。

そうした課題を受け、私の先輩が日本の農業技術を伝える農業ベンチャーを現地で立ち上げ、野菜を作る事業を始めたんですね。また、それを受けて別の先輩が「その野菜を地元の人々に気軽に食べてもらえる場所を作ろう」と考えてウガンダに渡り、日本食レストランを始めたのです。その様子を私も2年前に見に行き、街にも事業にも高いポテンシャルを感じました。現場で「いい野菜を作って、美味しい食事をできている。ここに泊まるところもあればなお良いだろうな」と考えたのが、宿泊施設進出のきっかけです。このようないきさつでMade in Japanのホテルを建設することになりました。

―何か戦略的に海外展開をしようとした・・・ということではなく、人の繋がりがきっかけだったんですね。

そうですね。我々は、事業の地域ドメインを“地球全体”と考えています。国内、海外に関係なく、私たちが“美しい”と感じたものをプロデュースしていきたいと思っているんです。

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株式会社Catalyst代表取締役社長の高野由之さん

―ちなみに、高野さんは元々コンサルティング会社や投資ファンドのご出身ですが、なぜこのような宿泊ビジネス、古民家再生ビジネスで創業しようと考えたのでしょうか。

この業態に決めた理由は2つあります。ひとつは、建築家の父の影響です。父は主に公共建築のデザインや設計を手掛けてきましたが、60歳を過ぎた頃からは日本の建築が持つ美しさに魅了されて、自らデザイン事務所を作ったんです。江戸時代に建てられた築300年の伝統的な建物をリノベーションしてオフィスにしていました。私も小さいときからそういう仕事を間近で見てきていましたので、「未来に価値のあるものを残す」という父の仕事はとても魅力的だと感じていました。

そしてもうひとつは、私が政府系投資ファンドにいたときの経験です。当時は日本の歴史的な価値を事業にするためのプロジェクトに携わっていました。その中で古民家を再生したり、古くなったビルを改装したりして新たにビジネス拠点とするといった事業に携わることができたのです。そうしているうちに、自分自身も投資をする側ではなく事業主体として挑戦してみたいという意欲が湧いてきて、私の考えに共感してくれた古くからの知り合い数名が集まって創業することになりました。

宿泊客の一期一会から生まれる、様々な化学反応。

―続いては、この「obi Hostel & Cafe Bar」についてお伺いします。まずは、施設の概要について教えてください。

「obi Hostel & Cafe Bar」は、ミックスドミトリーと女性専用ドミトリーという2種類のタイプの部屋を用意したホステルです。また施設の1階ではカフェバーを運営していて、地元の方やビジネスパーソンなど、宿泊者以外の方にもご利用いただいています。「obi」という施設の名前には、「皆様の旅の記憶に残る出会いを結ぶ帯となりたい」という思いを込めました。

施設を通じて世界中の人たちに感動して喜んでもらうためには、宿泊施設としての機能にプラスして、私たちならではの付加価値を作り上げたいと考えました。そのために、旅人同士、旅人と地元の人、旅人とスタッフが交流できるような空間として、1階のカフェを開かれた場所にすることにこだわりました。ただ寝るだけではなく“交流”という価値を持つ場所にするのが、この「obi Hostel & Cafe Bar」の狙いです。

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施設の1階はカフェになっており、宿泊者だけでなく誰でも気軽に利用できる(写真提供:Catalyst)

―なぜ日本橋東エリアというエリアを選んだのか理由を教えてください。

この日本橋東エリアの馬喰横山に決めた理由は、経済的な側面からくる理由と情緒的・文化的側面からくる理由の2つあります。経済的な側面でこのエリアを見ると、インバウンドの旅行客にとってアクセスが非常にいい。羽田・成田の両空港に加え、銀座、浅草、渋谷、新宿といった観光都市にも電車一本で行ける立地ポテンシャルがあります。また、日本橋の中心地にも近く街そのものを楽しむこともできますよね。そうした好条件の一方で、中央区の中でも不動産価格は抑えめであり、投資に対する費用対効果が良いとも感じていました。アクセスの利便性が良くて投資に対する収益性が高い場所という条件で、この馬喰横山はうってつけの場所でした。

情緒的・文化的側面では、問屋街という古くから続く街の歴史を継承しながらも、その中で若い人たちが新たな活動を始めている、という点も魅力的でした。古い建物をリノベーションしたカフェが増えていたり、クラフト系、アート系のクリエイターも集まってきていて、“この街に集まる人”の面白さが街の魅力になっていると感じます。

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暖簾が出迎えてくれる「obi Hostel & Cafe Bar」の入口 (写真提供:Catalyst)

―どのようなお客様が宿泊されるのでしょうか。

外国人観光客が多く、時季にもよりますが7割から8割が海外からのお客様です。内訳は、欧米系が3割、アジア系が3割、その他(南米、アフリカ、オセアニアなど)が1割という状況です。日本に来る外国人観光客のうち約75%が中国、韓国、台湾からの渡航者ですので、それと比較するとアジア以外からのお客様が非常に多い傾向があると思います。背景には、ゲストハウスというカルチャーが欧米で主流であるという点があるのと、この施設のデザイン、雰囲気作り、スタッフのコミュニケーションが欧米のお客様に好評ということもあるのではとも思います。

―宿泊される方はどのようにこの「obi Hostel & Cafe Bar」を探されるのでしょうか。

「都心部でアクセスが良くてクチコミ評価のいいホテルはないか」と漠然と探しているお客様がOTA(Expediaなどの宿泊予約サイト)でここを見つけてくれることが多いですね。また、欧米系の外国人の中には宿泊場所は来日してから探すという方も多くて、飛込みで宿泊を希望される方や、一度泊まってから気に入ってくださり延泊を決められる方、他の地方を旅して再びここに戻ってこられる方も多い傾向があります。とてもフレキシブルな旅をするのが彼らの特色ですね。

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さまざまな国籍のお客様が集う(写真提供:Catalyst)

―海外からのお客様との交流で印象的なエピソードなどありますでしょうか?

宿泊される外国人観光客のなかには“交流”を求めて「obi Hostel & Cafe Bar」を選ばれる方が多いんです。そうしたお客様は、初めて会うお客様同士でそのまま夜のクラブに遊びに行ったり、旅行を企画して富士山登山に行ったりもされています。スタッフが同行したこともありましたね。お花見や餅つきなど、宿泊者の交流の中から生まれたアイデアがもとになって色々な企画や体験も生まれています。この建物のオーナーさんのお誘いで、お客様が神田祭に参加して神輿を担いだこともあるんですよ。

「地域を売る」という発想の転換

―「obi Hostel & Cafe Bar」のあるこの日本橋東エリアの魅力について、どのように感じているかお聞かせください。

日本橋という街は歴史があり老舗のお店がたくさんある一方で、再開発も進み新しい街に生まれ変わろうとしている側面もあります。そのように、歴史のあるものと新しいものがせめぎあっているのが、この日本橋エリアの特色ではないかと思います。

渋谷のように新しいものが次々と出てくるアナーキーな雰囲気も面白いですが、この街は古き伝統を守そうという意見も、新しい取り組みをしていこうという意見も、どちらも混在している。そうした多様性が日本橋エリアの面白いところなのではないでしょうか。何もかもが新しいわけでもない、何もかもが古いわけでもない、古さと新しさが渾然一体となっているのが、日本橋の楽しさだと感じています。

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―そうした街の魅力を活かしていくために、日々の施設運営で意識されていることはありますか。

一般的な宿泊施設というのは、チェックインしてから翌日にチェックアウトするまで基本的にすべてのイベントがその施設の中で完結します。これまでの宿泊業というのは、ホテル施設内にお客さんを閉じ込めて、そこでお金を落としてもらうというのが、セオリーだったわけです。こうしたホテルであれば、どのエリアにあっても同じ体験が提供できますし、別にそのエリアにある必然性はないわけですよね。

しかしこれからは、ホテルでの体験を売るのではなく、その地域を売るというに考え方に転換していくべきだと思っています。「ホテルやホステルは泊まるだけでいい。食事や遊びは地元で人気のお店に行って、地元の人との交流を楽しんで…」という考え方です。「食べる・遊ぶ」は街に求めて、宿泊施設はそうした体験の拠点として位置付けられていく。そのように考えていくことで、その街ならではの旅の体験が提供でき、お客様は何泊しても飽きないのではないかと思います。

なので、「obi Hostel & Cafe Bar」もこの街を楽しむ拠点と位置付けて、宿泊いただくお客様には街をたくさん歩き回ってほしいと考えています。私たちはこの施設を売るのではなく、日本橋という街そのものを売るという感覚で、これからも事業を展開していきたいと思っています。

―最後に、今後チャレンジしたいことについて教えてください。

今後は「世界中の美しい場所を見つけて、それを世界中の人に届け、たくさんの人に感動して欲しい」というビジョンのもと、宿泊施設の業態にはこだわらずその場所に最適な形で様々なプロジェクトを国内外に展開していきたいと思います。

ホステルという業態について言えば、この街だけでもすでに10軒以上あり、現在では供給過剰の状態になっているという現状があります。その中で私たちの特色を出していくためにも、先ほど申し上げたような“この地域の魅力を売る”という発想で、街の魅力を発見する拠点として価値を生み出していきたいです。またお客様同士で様々な交流が生まれることが、ホステルという業態の醍醐味でもあるので、人の繋がりを生むような取り組みを続けたいと思っています。これからも「obi Hostel & Cafe Bar」を通じて多くの方に日本橋の魅力を体験してもらえるよう、盛り上げていきたいですね。

取材・文:井口裕右  撮影:岡村大輔

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