Interview
2019.05.08

街とつながり“SENCE OF PLACE”を表現する。 マンダリン オリエンタル 東京のエグゼクティブシェフが見た、日本の食文化・日本橋の街。

街とつながり“SENCE OF PLACE”を表現する。 マンダリン オリエンタル 東京のエグゼクティブシェフが見た、日本の食文化・日本橋の街。

昨今、外国人ビジネスマンが増えてきている日本橋。今回はその一人でもあるマンダリンオリエンタル 東京のエグゼクティブシェフ、ダニエレ・カーソンさんにお話を伺いました。世界のトップレストランを渡り歩いてきたダニエレさんが、独自の視点で見た日本の食文化の洞察からビジネスのお話、日本橋のおすすめスポットまで、様々な話題が飛び出しました。新緑の日本橋を歩きながらのインタビュー、街の雰囲気も一緒にお楽しみ下さい。

ローマと日本橋に共通点?食べて歩いて街の魅力を知る。

—イタリア・ローマにルーツを持ちながら、イギリス、エジプト、タイなど世界各地のレストランで経験を積まれていらっしゃいますが、そのダニエレさんにとって、東京・日本橋はどんな街ですか。

料理人として修行をしていた20歳くらいの頃から、いつか日本に来て働いてみたいと思っていました。日本には豊かな文化があって歴史も長く、古くから続いている老舗の店も多い。特に日本橋は、街を歩いているだけでもそれを感じることができる場所です。ここに来る夢が叶った時は本当に嬉しかったですし、今も来て良かったと実感しています。自分がローマ出身でもあるので、歴史ある街に親しみを感じるのかもしれません。

—日本橋とローマに何か共通点を感じられたということでしょうか。

都市としては全く違いますが、長い歴史や伝統があるという点は同じですよね。また食文化的な意味ではシンプルで質の高い料理に情熱を注ぐという部分が共通していて、そこが素晴らしいと思っています。料理の傾向も、あまり多くの材料を使わないことや、素材に対して強いこだわりを持つことなども似ていて、どことなくつながりを感じます。

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—なるほど、確かに似ている部分はあるかもしれませんね。そのような気づきも含め、どうやって日本橋のことを知っていったのでしょうか。

“街やレストランビジネスをリアルに体験して理解すること”が大切だと考えているので、来日したての頃はまず、様々なお店で食事をすることで日本橋に入っていくようにしました。例えば老舗のうなぎ店に行くこともありましたが、そのルーツが江戸時代の魚河岸にまでさかのぼることも知って驚きました。歴史が長いからこそ、料理の一つ一つにも語れるストーリーがあることがこの街の良さの一つだと思います。

日本の食文化を学びながら、新しいプロジェクトという“旅”をした。

—来日した頃にカルチャーショックだったことや、お仕事で困ったことはありましたか。

まず、言葉の壁はそれほど感じませんでした。職場ではチームとのコミュニケーションをしっかり図りたかったので、来日前に3ヶ月ほど日本語を勉強したんです。特にキッチンで使うような言葉はしっかり覚えてから来日したので、ずいぶん役に立ちました。

ただやはり仕事を進める上での苦労はありましたね。来日してすぐにレストランのリニューアルプロジェクトを任され、ピッツァバーのオープンやレストランのコンセプト変更など、多くの“CHANGE”を進めなければいけない状況でした。しかし日本では、急な変化を受け入れ順応することが容易でない時があると感じます。優秀な同僚たちが築き上げてきたレストランに変化をくわえるためには、皆が納得するように説明し、理解の上で賛同してもらう必要がありました。大胆に変えていくのは簡単なことではありませんでしたが、新しいことに対しては初めは誰しも抵抗感をおぼえやすいものですよね。

—その新しいことへの抵抗は、どのように乗り越えられたのでしょうか。

同僚たちから多くのアドバイスを受けながら、日本への理解を深め、歩み寄るように努めました。「日本のお客さまがどんなことを考え、何を求めているか」ということを学ぶことは、プロジェクトを進める上でとても役に立ちました。

例えば日本人は“色”を重視するということもそう。日本ではカラフルなプレゼンテーションが好まれることを知り、イタリアの伝統的な料理をそのまま取り入れるのではなく見た目が鮮やかになるような工夫をしました。また日本人は味覚の“パレット(味・食感等の感じ方の種類)”が繊細です。強い食感よりもなめらかでソフトな食感が好まれることも知りました。

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—言われてみれば、確かに日本人にはそんな特徴があるかもしれません。また、ホテルだとビジネス利用も多いと思いますが、そこにも何か気づきはありましたか。

いろいろと日本特有の傾向がありますね。例えば日本では、料理がシェアされた状態にして各人が食べやすくすることが好まれますよね。それに選択肢がありすぎるとゲストが迷ってしまうので、ある程度絞っておくことも大事。シェフに“おまかせ”するという注文方法も面白いです。

—“おまかせ”は日本特有のものなんですね。そんな日本の食文化への理解がプロジェクトを含めた現在の成功(※)につながったのではないでしょうか。

レストランが成功するために最も大切なのは、お客さまが幸せに感じることだと私は思います。中にはシェフ自身の個性を全面に出すことを大切にするタイプの方もいますが、肝心なのはお客さまの気持ちだと私は考えているので、早い段階で、チームの協力のもと日本のお客さまを理解することができて良かったと感じます。
初めはどう進むかわからないけれど、いろいろなことを学んで築いていくプロジェクトは、興味深い“旅”のようでしたね。
※国内で唯一3店舗がミシュランガイド東京より星評価を得るなど、食の殿堂とも称されている。

地元のお店と関わりを通じて、外国人に街を紹介するキーマンに。

—街やお客さまに詳しくなる中で、ご自身の料理が日本橋に影響を受けて変化するようなことはあったのでしょうか。

そうですね、料理自体が変化すると言うより、地元のお店とつながりを持ったり、コラボレーションさせて頂くことで、料理を発展させています。例えば榮太樓總本鋪さんの餡を使ったあんぱんを当館で焼いており、これをホテル1階のザ マンダリン オリエンタル グルメショップで販売しています。

また日本橋を意識したイベントなども実施しています。外資系企業向けの食事会では、ホテル内のバンケットルームで日本橋の街や歴史を感じられるような演出をしたこともあります。山本海苔店さんの海苔を使った料理を出したり、にんべんさんの出汁を使ったり。できたての出汁巻卵を提供する実演ステーションも作ったのですが、これは外国人の参加者にとても好評でした。“この場所だからできること”を意識してやっています。

—それは楽しそうですね。日本橋の素材を使って演出することが、外国の方に街を知っていただく機会につながっているのですね。

外国の方向けと言えば、私たちは「日本橋ガイド」というオリジナルのガイドも作っています。皆さんに街歩きを楽しんでほしいという気持ちから生まれた、コンシェルジュがおすすめする食・物・カルチャーの紹介冊子です。もちろん私のおすすめスポットもちゃんと入っていますよ(笑)。

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「日本橋ガイド」を手にするダニエレさん

—一つのホテルが、率先して街を紹介する取り組みをしているのは素敵です。

その土地に根ざしたホテルでありたいという“SENSE OF PLACE”が我々のホテルグループのビジョンなんです。シェフである私も、積極的にこのビジョンに沿った活動をしたいと思っています。

おすすめスポットは「江戸桜通り」「にんべん」「山本海苔店」

—今回、日本橋のおすすめスポットとして3箇所選んでいただきましたが、どんな点が気に入られているのでしょうか。

まず「江戸桜通り」ですが、この並木道は私たちのオフィスの真横にあって、窓から見えるんですよ。春が来ると見事な桜のピンク色に染まって、ちょうどこれからの季節は新緑がきれいです。ライトアップもされるので冬はクリスマスの訪れを感じますね。日々の季節の移り変わりを、この道の景色が教えてくれるので、とても好きな場所です。

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「江戸桜通り」

—今日は葉桜と花びらのカーペットで、きれいですね。こんな景色がオフィスから見えるなんて羨ましいです。2つめの「にんべん」はなぜ選ばれたのでしょうか。

“出汁”にとても魅力を感じるからです。和食といえば寿司・天ぷら・鉄板焼きなどが代表的なものとして挙げられますが、やはりその全てのベースとなっている出汁自体が奥深くて素晴らしいと思います。にんべんのお店に行くと様々な種類の出汁が並んでいて、鰹節削りの実演もあったりして、多くのことが学べます。料理人としても非常に興味がそそられる場所です。

—ダニエレさんも鰹節を削ったことはあるんですか。

ありますよ!当館のキッチンにも鰹節削りがあります。

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「にんべん」日本橋本店

—「山本海苔店」の方はいかがでしょうか。

出汁と同じく、日本の料理の土台になる特別な素材を扱うお店だからです。海苔はコンビニのお弁当からトップレベルの料亭まで、実に幅広いところで提供される国民食です。寿司をはじめ、天ぷら、うどん、そば、親子丼など、あらゆる料理で当たり前のように使われているものを丁寧に作り続けているところに魅力を感じます。海苔も出汁もシンプルな食材ですが、この食材の良し悪しが料理全体を決める重要な鍵になる。そこに強いこだわりを持っていることが、とても日本らしいなぁと思います。

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「山本海苔店」本店

企業の中にいても、街と関わるチャンスがたくさんあるのが日本橋。

—日本橋では今、外国人のビジネスマンの方が増えています。日本橋の“先輩”であるダニエレさんが思う、この街を楽しむためのコツはどんなことでしょうか。

まずは、マンダリン オリエンタル 東京に来てください(笑)!「日本橋ガイド」も作っていますし、何か手助けになると思います。やはり街を歩いてお店に入ったり食事をしたりすることが、街と関わることの第一歩です。あと、日本橋は横のつながりも強いので、企業の中で働いていても様々なコミュニティ活動に関わるチャンスがある。そういう機会を活用すると良いですよ。

—実際に参加したイベントで、オススメのものはありますか?

3〜4月に開催していた「桜フェスティバル」は毎年春に開催されるイベントですが、とても楽しく気軽なのでぜひ行ってみて下さい。当ホテルも屋台で出店して、春キャベツのスープやわたあめなどを出していました。また地域の象徴である日本橋を皆で磨く「橋洗い」という恒例イベントや、月に一度の街の清掃もあるので、こういった活動に積極的に参加するのも良いきっかけになるかもしれません。お祭りでお神輿をかつぐこともありますし、本当に多くのチャンスがあると思います。

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—最後に、外国人も含めた日本橋のビジネスマンの方々に日本橋を楽しんでいただくためのメッセージをください。

“Don’t work too hard. Go outside!”ですね。せっかくこんな素敵な街にいるのだから、目の前の仕事だけを見るのではなく、日本橋の街を楽しんでほしいです。私はランナーなのですが、もしランニングが好きだったら街を走るのもオススメです。朝から走っている方がけっこういるんです。日本橋からスタートして皇居へ向かい、また日本橋に戻ってくるコースなんて爽快ですよ。

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マンダリン オリエンタル 東京の「日本橋ガイド」(和英あり)の一部。日本橋の様々な情報がコンパクトにまとまっている。客室に置いているほか、フロントデスク等で配布中。

英文記事はこちらからご覧下さい。
English article here.
https://www.bridgine.com/2019/05/16/motyo-en/

取材・文 : 丑田美奈子(Konel) 撮影 : 岡村大輔

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