Interview
2020.04.03

前向きメンタリティ集団・トレイルランコミュニティが 街を、日本を、活性化する。

前向きメンタリティ集団・トレイルランコミュニティが 街を、日本を、活性化する。

自然の中を走る楽しみがあると同時に、アップダウンや気候変化など過酷な一面も持つ「トレイルランニング」。その魅力を多くの人に伝えていくことを目的に、物販のみならず、積極的な情報発信やイベント等を開催しているのが、トレイルランニング&ランニングショップ「Run boys! Run girls!」です。お店を構えるのは山とは離れた日本橋・馬喰町のビルの一角で、そこには全国から日々トレイルランナーたちが集まってきます。「今こそトレランに触れる人を増やしたい」と語る店主の桑原慶さんに、トレランの魅力やコミュニティ活動の内容をはじめとし、なぜ“今”トレランを知ってほしいのか、などを伺ってきました。

トレイルランナーのメンタリティが、日本を前向きにする。

−桑原さんのご経歴、ランニングやトレイルランニング(以下、トレラン)と出会ったきっかけを教えてください。

 元々は大学を卒業して、家庭用ゲーム機ソフトのプランナーとして働いていました。その後、当時趣味だったフットサルをもっと面白く、盛り上がるコンテンツにしたいと考え、2002年にカフェ併設のフットサルグラウンド運営、フットサルクラブチームの運営を主体とした会社を起業し、そこから8年ほど携わってきました。

その事業がひと段落して、次に自分がやりたいことを探していた頃、年齢とともに代謝が落ちるなど、自分の体が変化していることを感じてランニングを始めたんです。でも最初は5km走るのもやっとだし、寒い時期だと億劫になるし、なかなか続かなくて。そんな中、“自分の走った記録をアプリに登録して、その通知を駅伝のたすきのように友人に送り、チーム対抗戦をする”という、NIKE社の企画を見つけて、これに友人を誘って参加しました。そうしたらなんと優勝して(笑)。走るときは一人でも、走ったことに誰かがコメントをくれたり、たすきをつなぐことで団結力が生まれたりと、ランニングを通してコミュニティが出来上がっていく感じがすごく心地良くて、走ることへのモチベーションが急上昇したのを覚えています。

そのようにランニング熱が高まっているときに、今度はトレランの誘いを受けたんです。山を走るのは最初とてもきつかったのですが、月1回のトレランを日々のランニングにプラスしてみました。そんな生活を続けていたら、2012年5月には、「日本で一番大きいトレランが開催されるから参加してみないか」と声がかかったんです。聞いてみると、ハーフといえども山道を90kmも走るレースで、それまでどんなに長くても20kmしかトレイルを走ったことがなかった私にとっては大きな挑戦。最初は「無理無理!」と断っていたのですが、誘ってくれた人たちの熱意に負けて、思い切ってエントリーしました。出場を決めたのが大会の半年前だったので、その期間で90km走れる力をつけようと、そこから本格的にトレランの練習に励むようになったんです。

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昔から文化祭や体育祭などで「こんなのやってみよう」と、友人たちを巻き込むことが好きだったという桑原さん。自分が面白そう!と思ったことを、周りを巻き込みながら実践している

−趣味としてのランニングやトレランが「Run boys! Run girls!」の開業へと繋がったんですね。でもなぜビジネスにまでしようと思われたのでしょうか?

「Run boys! Run girls!」の開業を決めた理由は2つあります。ひとつは、自分がトレランの練習を始めたときに感じた、情報の少なさを解消したかったからです。当時はラン仲間とは言えど素人の友人同士で始めたため、うまく情報を集められず苦労しました。トレランはランニングに比べて、どこへ行ったらいいか、どんなギア(装着具)を使ったらいいかなど、事前に調べなければいけないことが多いんですね。だけど調べても情報が少なく、わからないことが多かった。そんなとき、関西で訪れた小さなアウトドアショップのオーナーが、山の情報や、トレランが盛んなアメリカで流行っているシューズのことなど、知りたい情報を詳しく教えてくれて感動したんです。東京にもトレラン関係を取り扱う大きい規模のショップはありましが、こういう濃密なコミュニケーションを取れる場所があったらいいな、と強く思いました。

もうひとつのきっかけは、東日本大震災です。自分がトレランの大会に出ようと決意した時期がちょうど東日本大震災の直後と重なったのですが、大会に誘ってくれた人たちと話をして、彼らのメンタリティに触れていると、「これこそ今の日本にとって必要なメンタリティだな」と強く感じたんです。ちょっと意外ですが、トレイルランナーの多くは、最初から体力があったりスポーツが得意だったりする方ではなくて、ランニング好きが高じてトレランを楽しむようになった人たちです。そういう人たちがトレランにチャレンジをすると、新しい楽しさや爽快さを感じる反面、走りきれずにリタイアしてしまうような苦しい局面にも多くぶつかります。でも、その困難をどうやって乗り越えていくかを考えたり、乗り越えた経験を周りと共有しながら、次の目標につなげていくことも、このアクティビティの醍醐味。壁にぶつかっても、できることを探しながら、繰り返しチャレンジをすることで、どんどんタフになっていく彼らの姿が、私の目にはすごく魅力的に映りました。

「一見無理に思える目標にチャレンジする力」「目標に向けて自分を鍛え上げて達成する力」「もし失敗したとしてもそれを笑い飛ばす力」。トレイルランナーが自然と身につけているこの3つの“力”を持つ人が増えたら、日本はもっと前向きで元気のある国になるんじゃないか、と考えました。

コミュニケーションが生まれる「場」をつくりたい。

−店舗を構えたきっかけを教えていただけますか?

開業を決めたときには「こんなお店にしよう」という具体的なイメージはなく、決まっていたのは店名だけでした。トレイルランナーを増やしたい、トレランコミュニティを大きくしたいという目標のための手段として、まずは人が集まれる“場”を持つイメージでしたね。

2012年3月に店舗を契約して、夏からは商品を仕入れて物販もやろう!と思ったのですが、その時にはすでに商品の展示会が終わっていて(笑)、次に商品を仕入れられるタイミングまで1年くらい空いてしまったんです。でも結果的にその1年間が、この店舗の方向性を決めるとても貴重な準備期間になりました。

フットサルとトレランの共通点でもありますが、この2つのアクティビティは、それぞれサッカー、ランニングというメインストリームがある上でのサブカルチャー的存在です。サブカルチャーに接している人たちって、狭い領域での情報交換をするためか、コミュニティ意識がとても強いんですよね。私が最初に友人とトレランを始めたときに感じた「情報量の少なさ」は、コミュニティ外だから感じていたことで、少しでもコミュニティの中に入ると中で様々な情報が飛び交っていて、色々と教えてもらえることがわかりました。だから、商品を並べられるまでの1年間は、様々な場に出ていって情報収拾をしたり、知り合いを増やすなど、自分自身がトレランのコミュニティに溶け込む期間にしました。また、商品がなくても場所はあるので、トークイベントなどを開催したり、フェイスブックページを作って自分も情報発信をしたり、自分たちのコミュニティのベースを築く期間にもしました。1年後に店舗としてオープンする際には、お店の前に人が並んでくれるまでになっていたのは、すごく驚きましたし、うれしかったですね。

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手ぬぐいや、エコボトルなど、「Run Boys! Run Girls!」オリジナルのグッズも作っている

−ご自身がトレランを始められてすぐのタイミングで、お店やコミュニティを持つというのは、勇気あるチャレンジですよね。

コミュニティ意識が強い分、新参者がお店をやって成功するのだろうか、と気にしたこともありました。なので、自分はオーナーとして表には出ず、店長はトレラン経験者にお願いする予定で決まりかけてもいたんです。ところがその店長候補の方が途中でキャンセルになってしまって、自分がオーナー兼店長として店に立つことになりました。しかし、結果的にはこれが良い方向に進んだのだと感じています。自分がトレランを始めた頃に欲しかった情報を提供したり、いちトレイルランナーとしての自分がコミュニティに必要と感じたニーズを汲み取ってイベントを企画したり、それが「Run boys! Run girls!」のベースになっているんだと思います。例えば、決められた曜日に集まった人たちで走る「グループラン」と、レース向けのトレーニングなどをメインに行う「クラブ」。今稼働しているこの2つのコミュニティも、元々は自分があったらいいな、と思って始めたものなんです。

「グループラン」と「クラブ」、二つあるから盛り上がる。

−2つのコミュニティについてもう少し詳しくお話を伺いたいのですが、まず「グループラン」はどんなきっかけで始められたのでしょうか?

いざお店を始めてみると、コミュニティを大きくしたいという気持ちはあったものの、忙しくなり、なかなかイベントに手が回らなくなってしまって。そこでグループランを思いついたんです。アメリカでは、街のランニングショップやビアパブに集合して、集まった仲間たちで走るというのはポピュラーなのですが、私が店を出した2013年時点ではまだ日本にはなくて。あるのは、お金を出して、コーチを呼び、フォームを教えてもらうセミナーのようなものだったんですね。だからアメリカみたいにもっと自由で手軽な形を作りたくて、毎週決まった曜日の決まった時間に集合時間だけ設定して、集まった人で走りましょう、という「グループラン」を始めたんです。始めた頃は我々が声をかけて人を集めていたのですが、そのうちにグループランの参加者同士で友達関係ができたり、新しい参加者を連れてきてくれたりして、自然と輪が大きくなっていきました。今は20人〜30人くらい自然に集まりますし、グループラン参加者が個々で集まって合宿などもしているようです。

また、例えば「これからトレランを始めたい」とお店を訪れてくれた人をグループランに誘うこともあります。お店とお客さんの関係だと、店員への遠慮があったり、買わなきゃいけないんじゃないか、など心理的なハードルがありますが、グループランだと同じ立場の人に色々と聞くことができるので、コミュニケーションが取りやすいんですよね。

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「グループランは、みんなで走ることを大切にしているので、一番ゆっくりのペースの人に合わせて走るようにしています」(画像提供:Run boys! Run girls!)

−一方で、「クラブ」はどのような活動をされているのでしょう?

トレランを続けていると、レースに出たくなってくる人も多いです。私自身も一時期沢山のレースに出ていましたが、個人で練習をして記録を上げていくにはやはり限界がある。そこでレースに向けたトレーニングをしたいと考え、コーチを呼んだ定期的な練習会を企画して、周りにも参加したい人がいればと呼びかけました。当時開催していたのは単発のイベントが主でしたし、そんなにニーズはないかな、と思っていたのですが、蓋を開けてみたら50人くらいの応募があってびっくりしました。

これが「クラブ」発足のきっかけとなり、現在では110人ほどのメンバーがクラブに所属して、定期的にコーチに教えてもらったり、みんなで大会にエントリーして出場したり、トレランの大会運営や山道の整備活動のボランティアにも参加しています。トレランは大会運営やコースの整備など大部分がボランティアで成り立っているので、普段楽しく走らせてもらっている分みんなで還元していきましょう!という意図でこのような活動も始めてみました。

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いまではクラブ主催の練習や駅伝参加、ボランティアのほかにも、自主的に合宿なども行なっているというクラブのメンバー(画像提供:Run boys! Run girls!)

また、「クラブ」に関しては、メンバーからお金をいただいて運営をしているので、私たちとしてもクラブでなければできないこと、クラブに関わっていたいと思ってもらえることを日々探しています。例えば、クラブメンバーだけが購入できるギアを作ったり、今年からはクラブメンバーのみが参加できるセミナーも月1回開催しています。以前、「あのクラブに入ったおかげで人生が楽しくなった!」という声をもらってすごく嬉しくなったのですが、 “この空間にいてよかった”“この学びができてよかった”と会費以上の価値を感じてもらえるような経験や活動を、一つでも多く作っていければと思っています。

−「グループラン」と「クラブ」の二つがあることの価値もありそうですね。

ゆるめの活動「グループラン」とコアな活動「クラブ」があると、ステップアップもできますし、裾野が広がっていく感じはありますね。例えば、自分のライフスタイルに合わなくなってクラブを辞めてしまっても、ゆるめのグループランの活動には参加できたり、逆も然り。グループランから始めて、ランニングにはまり、クラブに入会した僕の友人もいます。そういう意味では、“一人でも多くのトレイルランナーをつくる”という私たちの目標は、2つのコミュニティがあるからこそ達成できているのかもしれません。

−コミュニティを運営する上で、桑原さんが大切にされていることを教えてください。

 コミュニティ内のバランスをとる、ということでしょうか。「Run boys! Run girls!」がどんな場であってほしいか、という自分たちなりの定義や緊張感は常に持っていますが、コミュニティには干渉しすぎないようにしています。例えばグループランのようなフリーなコミュニティでは、ビジネス的な意図を感じると興ざめしてしまうこともありますし。ですから基本的にコミュニティのコンセプトに関しては、明文化はせずに「私たちはこんな雰囲気で活動しています」というのを、参加者の姿勢やコミュニティの活動内容で伝えるよう意識しています。

日本橋馬喰町だからこそ実現する、トレイルランナーのハブ的役割。

−そもそもなのですが、トレランの専門店を、あえて都心に出店したのはなぜだったのでしょうか?

 トレラン自体は山を走るアクティビティですが、首都圏のランナーの大半は都心に住んでいます。であれば、山の近くに拠点を置くのではなく、生活している場所の近くに山との接点があるといいな、と思ったんです。また、トレランを始めたい人にとっての足がかり、入り口のような存在になるには、気軽に来られる生活圏内にあった方が良いとも思いました。

−日本橋馬喰町を選ばれたのにも理由があったのでしょうか。

 知り合いがカフェをやっていて、この辺りには足を運ぶことも多かったんです。リノベーションなどで新しいお店も増えていて、感性を刺激されるおもしろいエリアだな、と感じていました。それに、交通の便がすごく良いのも魅力的です。鎌倉や三浦半島、埼玉・千葉方面の山にもすぐ足を伸ばせますし、羽田や成田、東京駅へのアクセスも良いので、全国からお客様が足を運んでくれます。トレイルランナーって、フットワークが軽く、自分から情報を求める人が多いので、“ちょっと遠いけど、あそこならアクセスがいいから行ける”と思ってもらえる場所に存在していることも大事なんですよね。

 また、この辺りはたくさんのランドマークがあって、とにかく走っていて面白いんです。グループランではたいてい10kmを1時間くらいかけて走るのですが、片道5kmで往復できる場所に、スカイツリー、浅草寺、東京大学のキャンパス、佃島や武道館など、東京らしさを味わえる場所がたくさんあります。隅田川沿いを走るのもとても気持ちが良いですし、人のいない夜の東京を楽しめるコースが多くあるんですよ。

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都内に住んでいても意外と普段は足を運ぶ機会のないランドマークの夜景が楽しめるのも、このエリアの魅力(画像提供:Run boys! Run girls!)

ランニングを、街の盛り上げツールに。

−今後「Run boys! Run girls!」として挑戦したいことはありますか?

今も知り合いのつてでランニングやトレランを趣味にしている海外の方がお店にふらっと寄ってくれることもあるのですが、それとは別に、東京に滞在している海外の人たちに向けて、普段私たちが味わっている東京のランニングコースを紹介する機会があればいいなと思っています。この辺りはユースホステルなども多く、滞在している方の中には走ることが好きな人たちも多くいると思うんです。そういう方たちへの間口を広げられたらいいな、と思います。

−近くに東京のランドマークがたくさん存在しているこの街だからこそできることですね!

 渡された地図を元に、指定された時間内にコース上のチェックポイントを見つけ、写真撮影をするとポイントが与えられ、その得点数を競う“フォトロゲイニング”というアクティビティがあるのですが、それをランニングと組み合わせて企画するのも、街とランニング両方の魅力を知ってもらうためにやってみたいと思っています。私たちが、街を盛り上げたい人たちと繋がって、ランニングを使って地域振興に貢献できたらいいですね。

「Run boys! Run girls!」に集まる人たちって、タフだけどしなやかさもあり、気持ちの良い人が多くて、一緒にいるだけでも前向きな気持ちになれるんです。暗くなりがちなニュースが多い“今”だからこそ、我々の活動を通して、そういうメンタリティを共有していき、自分たちの周りや、街を元気づけていけたらいいですね。

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取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔

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