Interview
2020.06.16

人をつなぎ、組織をつなぐ。 ライフサイエンス産業に共創を生み出すLINK-J。

人をつなぎ、組織をつなぐ。 ライフサイエンス産業に共創を生み出すLINK-J。

江戸時代、数多くの薬種問屋が商いをしていた街、日本橋。現代も多くの医薬品企業や団体がこの地に本社・本部を構えています。この日本橋の地で、それまで比較的クローズドな世界であったライフサイエンス産業の中につながりを創出し、オープンイノベーションを促進することを目的として設立された団体が、LINK-J(一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン)です。オープンイノベーションという言葉が今ほど浸透していなかった頃から、ライフサイエンス業界と他業界、学術機関など、これまで接点のなかった業界・団体・法人・個人に出会いの機会を提供してきたLINK-J。設立の経緯や今までの取り組み、今や10,000人にも及ぶネットワークを形成した手法についてLINK-Jに所属する三井不動産株式会社ライフサイエンス・イノベーション推進部の朝比奈宏(あさひなひろし)さんと境夢見(さかいゆみ)さんにお話をお伺いしました。

クローズドな産業に、業界・分野を超えた出会いを創出する。

ーまずはLINK-Jがどのような組織か、お聞かせください。

朝比奈宏さん(以下、朝比奈):LINK-Jはライフサイエンス業界に関わる人や組織がつながるための“交流・連携の場と機会”を提供し、オープンイノベーションを促進するための様々な活動をしている団体です。具体的には、カンファレンスルームやコミュニケーションラウンジ、オフィススペースといった“場”の提供と、シンポジウムやトークイベントといった“交流機会”の提供。このふたつを活動の軸としています。交流機会としてのイベントの企画・運営に関しては、2019年に500回程度行われました。

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交流機会を創出する場として機能する、LINK-Jの施設の一部(画像提供:LINK-J)

ーそのような活動が求められる背景にはどういったことがあったのでしょうか?

朝比奈:ライフサイエンス産業はとても細分化されており、各々の研究分野はものすごく深い世界です。このような縦に深く突き詰めていく研究・技術開発では、自分が関わる分野のことは分かるけれども隣で行われている分野のことは分からないということが往々にしてあり、この状況が分野間の交流を阻んでいます。そこで私たちはこの業界におけるイノベーションを促進するべく、先ほど言ったような“場と機会”の提供に挑戦しようと考えたのです。

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立ち上げ段階からLINK-Jに携わってきた、朝比奈宏さん

ーお二人は三井不動産の社員でもいらっしゃいますが、なぜ不動産会社という異業種でありながらそのような挑戦に至ったのですか?

朝比奈:私はもともと三井不動産株式会社の社員として日本橋のまちづくりを推進する部署におりました。日本橋という街をもっと魅力的に盛り上げていくにはどうしたらよいのかを考えていく中で、製薬関連企業の多さに改めて気づいて。ライフサイエンス産業の人々が働きやすい街になれば、さらに多くの人が集まるのではないかという想いから、2016年にアカデミア有志の方々と共にLINK-Jを立ち上げました。
そしてライフサイエンス関連企業が日本橋の街で盛り上がりを見せていくためには、どのようなことに取り組むべきかを検証するために、多くのライフサイエンス企業の方々にヒアリングを行いました。その中で先ほどお話しした「分野が細分化されていて横のつながりがつくれない」という状況を知ることになったのです。そして、ライフサイエンス関連企業同士や、ライフサイエンス産業と外部の産官学をつなげる存在を潜在的に必要としていることが浮かび上がってきました。

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Out of Box

LINK-Jでは、研究成果実用化育成支援プログラムとして、外部の専門家に相談できる「Out of Box相談室」というイベントも開催している(画像提供:LINK-J)

ー横のつながりがないことは、製薬企業にとってそれほど大きな問題だったのでしょうか?

朝比奈:横のつながりが必要となった背景には医薬品の開発方法の変化があります。それまではそれぞれの疾患に効果のある物質を各社が独自に見つけていくというのが製薬の基本的な手法であり、その性質から各社、外部に漏らすことなく自社内だけで研究していました。しかし自社内だけで見つけられる物質は、ここ数十年である程度発見しつくされてしまったと言われています。そのような中、バイオ医薬品という考え方が誕生します。細胞などの有機物を薬とする考え方です。バイオ医薬品は高度で多岐にわたる技術が求められ、自社だけで完結できるものが少なく、大学や企業・行政との共創が必要になったのです。そのようなパラダイムシフトにより、他社や異業種・異分野の人々との出会いが求められるようになったわけですが、それまでクローズドな業界であったが故、それが実現しづらい環境であったのです。

ーそうした環境背景を受けてLINK-Jが設立されたわけですね。

朝比奈:はい。このようなニーズをくみ取った結果、ライフサイエンス産業におけるつながりを生み出し、オープンイノベーション促進を目指すLINK-Jが設立されました。

ー日本橋という地で活動を行っている理由はありますでしょうか?

境夢見さん(以下、境):日本橋は江戸時代より続く“くすりの街”。昔は薬種問屋が並び、現在はわが国を代表する医薬品企業が立ち並ぶ場所です。言うなればライフサイエンスの叡智が集う場所。さらに日本橋は名だたるオフィスや商業施設があり、宿泊施設も美味しい店もたくさんあります。つまり今、人が集まりたいと思える街だと言えると思います。医薬の歴史があって人が集まる理由のある街ということは、私たちの活動にとって非常に重要なことだと考えています。

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LINK-Jの広報活動、イベントでの司会進行などをされている、境夢見(さかいゆみ)さん

ライフサイエンスの“素人”を突き通す。

ー不動産業界からライフサイエンス産業へ入りこむには、相当勉強が必要だったのではないでしょうか。不動産会社の人として関わりはじめ、今では完全にライフサイエンスの人になったわけですね。

朝比奈: いや実は、ライフサイエンスにあえてどっぷり浸からないようにしているんです。私は根っからの文系人間でして、その当時ライフサイエンスのことを理解していませんでしたし、今でも完全には理解をしていません。言うなればずっとライフサイエンスの“素人”。でも実はそのスタンスが産業にとってよい効果をもたらすと思っています。

ーよい効果とは、具体にどういったことでしょうか?

朝比奈:大きく2つありまして、ひとつめは門外漢であるからこそ言えること、やれることがあるということ。業界の中にいる人には言い出しづらいことややりにくいことでも、第三者的素人であればある意味バカになって言うことができる。「この医療分野とこの業界が連携したら、こういったことができるんじゃないですか?よくわからないですけれど…」と言うと、先方様が「実は私もそう思っていたんです」となって話が進むことが多々あるのです。先ほどお話しした通り、縦割りの世界にいると自分ではこうした方がいいと思っていても他分野に対し意見が言いづらくなるものです。門外漢の私たちだからこそ、無邪気にオープンイノベーションのための提案をできる存在になれたのです。
AIと医薬の連携は最近よく言われますが、メディカル分野を突き詰めている研究者は必ずしもコンピューティングには詳しいわけではありません。自動車会社の人が最先端のエンジニアリング企業に声をかけたことで実現化へ加速していった自動運転と同様に、メディカルの人からAIの技術者に話をする、もしくはその逆がなければメディカルでAIを使おうとはならなかったでしょう。AIを用いて自動計算させて化合物を組み合わせれば、今より何十倍も早く薬を市場に送り出せるようになるのに、それができていなかったんですよね。

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再生医療産学官連携シンポジウムの様子(画像提供:LINK-J)

ーもうひとつのメリットについてもお聞かせください。

朝比奈:もうひとつは、異業種がつくったネットワークだからこそ受け入れられるという面もある、ということです。もし製薬企業が単独でLINK-Jのようなネットワークをつくろうと手を挙げたなら、ともすると自社だけが利を得ようするようにも見えてしまい、業界内から反発の声が上がるかもしれません。そうなれば参加する企業は限られコミュニティは広がりません。しかし第三者である不動産企業がこういったコミュニティをつくる分には、そうした問題はおこりません。我々は薬をつくることはしませんし、製薬企業の競合になることもありません。だからこそ、ここまでネットワークが大きくなりましたし、受け入れてもらうことができたんだと思います。

ー門外漢として参入していくというのは最初から狙っていたのですか?

朝比奈:素人としてアプローチした方が反応はいいだろう、という仮説はありました。設立前に多くの人にお会いして事業を説明した時、だいたい半分くらいの人がプロジェクトを評価してくださったんですよね。それで踏み切ることができました。

拡大するネットワーク。

ー現在どのぐらいの個人や企業が参加しているのですか?

境:メールマガジンを読んでいるアクティブな人数は約10,000人。その中でLINK-Jの特別会員と呼ばれる方々は個人ベースで約2,000人、企業ベースでは約300社になります。メルマガの配信リストを増やしていくことは、出会いの機会を増やすことでもありますので、非常に重要なことだと考えています。

ネットワーキングナイト

交流イベント「ネットワーキングナイト」(画像提供:LINK-J)

ー具体的にはどのような方法で、ネットワークを拡大されてきたのですか?

境:毎回のイベントで参加者の方に次回のイベント告知のためにメールアドレスを伺って、リストを増やしていくという地道な作業が基本です。冒頭にお話しましたように、私共は年間500ものイベントを行っています。その内容は権威のある研究者の方々による講演やパネルディスカッション、スタートアップ企業によるショートプレゼン、会員同士がその時の旬なテーマを語る交流イベントなどです。最近ではコロナウイルス感染拡大の影響でオンラインイベントに移行し、PCR検査についての情報提供やアフターコロナ下でベンチャー企業はどのように生き延びるかといったテーマを取り上げています。オンラインイベントは数日前に告知して、1,000人を超える方々に視聴していただけたものもありました。

特設サイト目次

現在、公式サイト内で「新型コロナウイルス関連情報ポータル」という特設ページも提供している(画像提供:LINK-J)

ー直前の告知にも関わらず1,000人集まるというのはすごいですね。

境:いままでのセミナーでもMAXで500人ほどでしたので、直近のオンラインイベントは無料でだれでも参加できる形式だったとはいえ驚きました。これまで築き上げてきた会員様とのネットワークがあったからこそという側面もありますが、オンラインなら短い集客期間でも多くの参加者をぱっと集めることが可能だとわかりました。デジタルの強みが今回の件で可視化されたと思っています。
一方、当然ですが五感に訴えかけるのが難しいし、相手との距離感はどうしてもぬぐいきれないと感じます。協業したい相手との関係性を詰める最後の一歩は、やはりリアルでなければ難しいのかなという肌感はあって。なので、デジタルの利点が見えつつも、どうリアルの場作りと連携させていくかというのは、今後の課題として考えていきたいですね。

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2020年4月に行われた、オンラインイベント(画像提供:LINK-J)

ー立ち上げ4年でここまでの規模に育ったのはなぜだと思いますか?

朝比奈:やはり先ほど申し上げたライフサイエンス分野の人たちのコミュニティネットワークが欲しいという潜在的ニーズを私たちがくみ取れたということが大きかったと思います。それに対し的確に応えたことで、つながりたいと潜在的に思っていた人たちが共感して参加してくれた。LINK-Jはニーズありきのプロジェクトなのです。

ーニーズを適切に把握したことで、今の盛り上がりにつながったのですね。

朝比奈:まさにそれにつきますね。我々はもともとコミュニティをつくるつもりはなく、求められているのがコミュニティだったのでそれをつくったというのが正しいです。それはとても大事なことで、コミュニティをつくりましょうと押しつけられてできあがったものは、なかなかうまくいきません。古くから製薬企業が集まる日本橋という場所で、ニーズをとらえたネットワークをつくるから人が納得する。その腹落ち感はとても重要だと思っています。

発展のために、より強いつながりとビジネスへの投資を。

ー今後手がけていきたいことについてお聞かせください。

朝比奈:私共は産業が育つために必要な要素は3つあると思っています。それは「空間」「つながり」「お金」です。まずひとつめの空間ですが、これはLINK-J設立前からずっと手がけてきたものですので、できることはやってきた自負があります。ですので今後は「つながりの強化」と「お金」に注力していかなければと思っています。

つながりの強化については、出会うきっかけの提供がだいぶできるようになってきた今、そこで出会った組織や人を、単なる知り合いの関係性からその次のステップに進められる状況にするためのレクチャーや育成行っていきたい。つまりビジネスマッチングです。大きくは技術マッチングと事業マッチング、人材マッチングがあるかと思います。いずれにしても専門的な分野に踏み込むことになるのでまだ構想段階ですが、そういったマッチングを得意としている組織と組んででも実現させたいと考えています。

ーもうひとつの要素であるお金についてもお伺いしてよろしいでしょうか。

朝比奈:はい。資金がなければ、どんなによいアイデアも現実のものになりませんよね。特にライフサイエンス分野の研究開発は大きな先行投資を必要とする事業です。ですので、多くの人を巻き込みながら、研究に対し充分な資金が回る仕組みを創ることはとても重要であると考えています。投資の面でも横のつながりをつくって、資金が必要な企業と投資会社をつなげるという方法も考えられます。もし投資面でご一緒できるお相手がいれば私たちも嬉しいので、ご興味のある方がいらしたら、ぜひご一報いただければと思います。

取材・文:安井一郎(Konel)  撮影:岡村大輔

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