Interview
2020.05.20

キーワードは「ストリート」。馬喰町の新アートスポット「PARCEL」が街にもたらす新たな視点。

キーワードは「ストリート」。馬喰町の新アートスポット「PARCEL」が街にもたらす新たな視点。

2019年に日本橋馬喰町にグランドオープンしたDDDホテルの一角、立体駐車場だった空間をコンバージョンした「PARCEL」は、アート作品を販売するコマーシャルギャラリーと、オルタナティブスペースの要素を併せ持つユニークなアートスペースです。長年、東京でキャリアを築いてきたギャラリストで、PARCELのギャラリーディレクターを務める佐藤拓さんと、「都市」や「ストリート」を舞台に活動を続けてきたアーティスト・コレクティブ「SIDE CORE」のメンバーで、同スペースのプログラムディレクターでもある高須咲恵さんのおふたりが、PARCELの運営、ギャラリーやアーティストと街との関係、そして、拠点である馬喰町のことなどについて語ってくれました。

ギャラリストとアーティストが共同運営するスペース。  

ーまずは、PARCELが生まれた経緯からお聞かせください。

佐藤拓(以下、佐藤):以前に僕は、六本木のCLEAR EDITIONというアートとデザインを扱うギャラリーでディレクターをしていました。その後、独立してアートプロジェクトのコーディネートなどをするようになったのですが、DDD HOTELの設計を担当していた建築家の方から、駐車場を改装してギャラリーのようなスペースをつくる計画があるとお声がけ頂き、ホテルオーナーの武田(悠太)さんをご紹介頂きました。その時点ではまだ、武田さんの方にも明確なイメージはなかったと思うのですが、僕自身としてはギャラリスト個人の名を冠したような従来型のアートギャラリーではなく、チームのような業態でスペースを運営できると面白いんじゃないかという考えがありました。そこで、CLEAR EDITION時代に知り合い、個人としても一ファンだったSIDE COREの高須(咲恵)さんに声をかけ、一緒にPARCELを始めることになったんです。

ー通常であればギャラリーに作品を展示する立場であるアーティストに、運営側に入ってもらうことで、どんな効果を期待していたのですか?

佐藤:ギャラリストとして10年ほど仕事をする中で、アーティストと色々な形で接し、信頼関係も築いてこられたのですが、同時に作品をつくる側と、ビジネスとしてそれを売る側の間にある壁のようなものも感じてきました。一方でアーティスト同士の関係というのは、根底から理解し合っているところがあって、そのつながり方やネットワークがピュアなんですね。僕はアーティストを100%リスペクトしていますが、どうがんばってもその関係性には到達できないと感じていたし、アーティストに運営チームに入ってもらうからこそ実現できることがあるだろうと。そうした経緯があったので、PARCELはコマーシャルギャラリーとして絵を売る場であると同時に、アーティスト・ラン・スペース、オルタナティブスペース、アーティスト・レジデンスプログラムの一部のような使い方もできる場にしようという話を運営チームの間で続けてきました。

ポートレイト

インタビューに応じてくれたPARCELのギャラリーディレクター・佐藤拓さん(左)と、プログラムディレクター・高須咲恵さん(右) (画像提供:PARCEL)

高須咲恵さん(以下、高須) :私個人としては、ギャラリーの運営というよりは、佐藤さん、武田さんというユニークな人たちと、アーティストのコミュニティやつながりを掛け合わせたら面白いだろうなという興味が先に立っていて、この場所をハブにして各々の活動を広げていけるといいなと考えています。例えば、アーティスト側にこういう作品をつくりたい、こんなことをしたいという考えがあった時に、活用できる場があるというのはとても大きいんですよね。PARCELはホテルの一角にあることもあって、海外アーティストを招聘し、滞在制作をしてもらうこともできる。この場所があることで行動の幅が広がるし、それは自分たちの作品制作にも大きな影響を与えるものだと思っています。
ただ、いまは新型コロナウイルスの感染拡大によってホテル全体が一時的に休止しています。その中で衣料品問屋を本業としている武田さんはいち早くマスクの販売を開始し、会社と社会のために動き始めていますし、PARCEL自体も現実の場所にとどまらない作品発表の場を探っているところです。

グループ展全体

PARCELのこけら落としとして2019年6月から7月にかけて開催されたグループ展『COMIC ABSTRACTION BY WRITERS』(画像提供:PARCEL)

PARCELが大切にする、「ストリート」のアティチュード。

ーおふたりの間に明確な役割分担はあるのですか?

佐藤:ギャラリーのオペレーション面は主に僕が担当していますが、展覧会の企画などを考える際は、僕や高須さんをはじめ運営に関わるコアメンバーがアイデアを持ち寄り、フラットな関係性でブレストをしていくことがほとんどです。なぜいまこの企画をするべきなのか、どんな紹介の仕方が最も伝わるのかということなどを一緒に考えた上で、展示の細かいディテールなどはアーティストである高須さんの意見を尊重することが多いですね。

ー過去4回行われている展覧会のラインナップを見る限り、あまりジャンルにとらわれずにキュレーションされているように感じますが、PARCELとしてはどんなことを大切にしていますか?

高須:先ほども話したように、私自身としては、活動を拡張していくためのハブとしてPARCELを捉えているので、展示の内容に関しても、動いているもの、活動的なものが相性が良いのかなと。例えばそれはパフォーマンスのようなものかもしれないですし、あるいは私たちSIDE COREが活動してきたストリートにおける行動様式などが反映された展示も考えています。

制作風景

新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、現在PARCELは、アーティストの滞在制作スペースとして活用されている。(画像提供:PARCEL)

佐藤:個展にせよグループ展にせよ、同時代性に重きを置くということが運営メンバーの共通認識です。ジャンルにとらわれず、時代や社会のコンテクストを現代的な解釈で切り取っている表現であることを大事にしているのですが、これはまさに高須さんにPARCELに参加してもらっている理由と直結する部分でもあります。SIDE COREはストリートアートの文脈で語られることが多いですが、僕個人としては、作品のアウトプットなど目に見える部分がストリートアート的であるというよりは、アティチュードとしてのストリートらしさがあると感じています。どこにも属することなく、自分たちでムーブメントを起こしたり、すでにあるムーブメントに新たな解釈を持ち込もうとするスタンスが痛快で、そうした時代や社会に対するアティチュードを大切にしようというのが僕らの中にはあるんです。

ー時代や社会に対するどんなスタンスが、佐藤さんが考えるストリートのアティテュードなのか、もう少し詳しくお聞かせください。

佐藤:パンクなどに近いかもしれないですが、何かに反逆する姿勢というものがひとつあると思います。僕自身、あまり人から言われたことに素直に従うタイプではなく、メインストリームから距離を置くような天の邪鬼気質なんです(笑)。また、スケートボードにしてもグラフィティにしても、ストリートの文化というのは「スタイル」を重視するところがあって、スケボーで何気なくジャンプをした時にカッコ良いかダサいかの違いは、そこにスタイルがあるか否かなんです。この「スタイル」は日本語で言う「粋」に近い気がするのですが、自分のスタイルをブラさずに色々なものを解釈していくというところに、ストリートのアティテュードがあるのではないかと思っています。

トークショー

PARCELでは、アーティストを招いたトークセッションやギャラリーツアーなどのイベントも開催している。(画像提供:PARCEL)

馬喰町でギャラリーを開くということ。 

ーPARCELには、どんな人たちが足を運んでいるのでしょうか?

佐藤:いわゆるアートコレクターの方やアートが好きな若い人、さらにホテルの宿泊客など幅広い層の人たちが来てくれていて、1年目としては良い反応が得られています。また、地域の人たちもたまに立ち寄ってくれることがありますね。

ーギャラリーとして地域との関係性を考えることはありますか?

佐藤:正直、通常の展示を考える上ではほとんど意識していません。ただ、高須さんも話していたように、コミュニティのハブになることはギャラリーのひとつの役割ですし、新しいコミュニティを地域にもたらすことができると良いなという思いはあります。例えば今年の6月に、自分たちが共感しているギャラリー6、7軒を馬喰町に招致し、「イースト・イースト」というアートフェアを行う予定なのですが、こうしたギャラリーの外に出ていく活動にも力を入れていきたいと考えています。

個展風景

2020 年1 回目の企画として行われた箕浦建太郎さんの個展『き』。(画像提供:PARCEL)

ー欧米などではギャラリーやアーティストが集まるエリアは、地域としての価値も高まっていく傾向がありますよね。

佐藤:海外では、そうしたエリアの地価が高騰する現象も起きていますが、どちらかと言うともう少しピュアな価値をつくりたいというのが僕個人の願いです。ギャラリーというのは、どうしても売りにくい作品やお金にならないパフォーマンスはしないという選択をしがちですが、そうした商業的な理由を度外視してでも、いまこの場所で見せるべきだと思うものを取り上げつつ、そこに集まってくれる人たちによって自然とコミュニティが形成され、結果的に馬喰町という街につながっていくことがベストだと思っています。

ー東京には多くのアートギャラリーがありますが、馬喰町を拠点にすることの意義についてはどのように捉えていますか?

佐藤:現代アートのギャラリーの多くが東京の西側にあることを考えると、PARCELが東側にあることはひとつの個性になると思っています。アート好きには情熱がある人が多く、渋谷のギャラリーの展示を見た足でここまで来てくれるような方もいますし、海外の方などからしたら西も東も関係ない。そういう意味で地理的な不利は感じていませんし、むしろPARCELが東側に足を伸ばしてもらうきっかけになれたらいいなと。また、この辺りは問屋街ということもあって天高がある建物が多く、これはむしろ他のエリアにはない強みなので、通常は美術館でなければ展示できないような大型の作品を展示するなど、空間の特性を活かした自由な使い方をしていきたいと考えています。

箕輪さん画像
内観空間

天高があるだけではなく、一部に大きな半地下空間を持つPARCELでは、パフォーマンスをはじめ、空間特性を活かしたプレゼンテーション方法も模索している。(画像提供:PARCEL)

地域をとらえるアーティスト独自の目線。

ー都市にあるギャラリーに限らず、最近は全国各地で芸術祭が開催されるなど、アートやアーティストが地域の活性化に貢献することも期待されていますよね。

高須:アーティストがつくった作品を見に来てくれる人が増えれば、結果的に地域に人の流れが生まれるかもしれませんね。ただ、コロナ禍以前は、資本力のある企業がアート的スペクタクルな表現を売りに、人を集めるイベントを開催することも増えていました。一方、“地域のコミュニティを盛り上げる”という観点で考えると、アーティストである必然性はなく、ユニークな活動をしている八百屋さんとかでもいいわけです。もし仮に八百屋さんなら、地域が盛り上がることが自分たちの商売にも直接反映されるし、そこに根付いて活動できます。でも、アーティストは地域に何かをもたらすことそのものを目的にはしていません。集客や地域活性を目的にしていないアーティストは、個人的な視点から地域や都市と向き合った方が良いと思います。その結果生まれたものが100人中100人に嫌われるものだったとしたら、それはそれで悲しいですが、時代が変わるとまた好きになってくれる人も出てくるかもしれないので、それまでひっそりと待つ、というのもありかもしれません。

ー個人の視点で地域や都市の文脈を解釈したり、街の余白を遊ぶような感覚というのは、先ほど佐藤さんの話にあった「ストリートのアティテュード」に通じるものなのかもしれないですね。

高須:そうですね。私たちSIDE COREも、作品のアイデアが生まれるのは室内のスタジオにいる時ではなく、街を歩いたり、観察している時で、それこそ遊びながら考えているとも言えます。例えば、ビルとビルの隙間に引っかかっていたダンボールとか、街中で見たネズミの死骸、夜中の工事現場のコーンライトなど、私たちはそれを「小ネタ」と呼んでいるのですが、街の中で感じた小さな疑問のようなものが起点となって、作品に発展していくことも多いんですよね。

ーそうした個人的な視点から生まれたものが街に何かしらの影響を与えられると面白いですし、新たな視点を持ち込んでくれる存在として、アーティストやギャラリーというのは街や都市にとって大切な存在だと思います。

高須:そのように受け止めてもらえるとしたら、それはとてもうれしいことです。特に私たちの場合は、多くの人たちが集い、その気配や痕跡などが感じられるような場所からインスパイアされることが多く、だからこそ都市や街というものを活動フィールドにしているところがあります。逆に、自然豊かな郊外などに出向いていくと、急に弱くなってしまうかもしれません(笑)。

交差する江戸の「粋」とストリートの「スタイル」。

ーPARCELがある馬喰町という街や、日本橋というエリアの特徴については、どのように感じていますか?

高須:馬喰町に関しては、再開発が進み、コレドなどの商業施設があるキラキラした日本橋と、観光地の賑わいがある浅草などの間にある「落とし穴」のような感じが好きです(笑)。私は以前、神保町に住んでいたのですが、商店が入った建物の上の階に人が暮らしているということが割と普通だったんですね。昼はサラリーマンの町だけど、夜は誰もいなくなり、そのギャップも魅力的でした。馬喰町界隈もそういうところが多いと思う。渋谷や六本木など土地のエンタメ開発が進んでいる西側に比べて、この辺りは街中に人が住んでいることが面白いですし、街に隙間も多いんですよね。循環している街のシステムのようなものをハッキングし、別の用途に使うことで作品をつくったりすることがやりやすい場所だなと感じます。

ねずみ

PARCELが入っているDDDホテルの建物の脇には、SIDE COREの作品が密かに展示されている。(画像提供:PARCEL)

佐藤:僕も高須さんと同感で、エアポケットのようなエリアであるこの界隈は、アートやカルチャーが成熟している東京の西側に比べて、個人レベルの活動から新しいコミュニティやスタイルをつくっていける余地がある場所だと感じています。日本橋というエリアを広く捉えた時も、開発が進んでいるコレド近辺のエリアに比べて、特に馬喰町というのは、そうした特徴が顕著に現れた独特の空気がありますよね。

ー先ほど佐藤さんから、ストリートにおける「スタイル」が「粋」に近いものだという話もありましたが、まさに日本橋一帯は江戸の「粋」の精神が育まれた場所です。そして、馬喰町というのは独自のスタイルがあるという点で、もしかするとPARCELが大切にする「ストリートのアティテュード」と相性が良い街なのかもしれません。

佐藤:そうですね。日本橋全体には伝統や格式などのイメージがありますが、特にこの馬喰町界隈には、周囲の声などに影響されることなく、自分のスタイルを持って自由に活動をしている人たちが実際に多いように感じています。

高須:そういえば日本橋というのは、道が始まった場所でもありますよね。私は首都高をはじめ高速道路も好きなのですが、道はロマンがあって良いですよね(笑)。日本橋のゼロポイント(道路元標)は上を首都高が走っていて、下を流れる川には船も通っていますよね。さまざまな道が交差し、車から船、電車、さらに空を見上げれば飛行機まで、色々な交通手段で人々が移動していて、「みんなどこに行くんだろう?」とワクワクする感じがありますよね。昔から私は川を使って何かをしたいと思っていて、実は妊娠中、船の免許を取るための勉強などもしていたんです(笑)。川は海に広がっていくものだし、街をすり抜けていけるようなイメージも好きで、いつか作品などにもつなげられると良いなと思っています。

ー高須さんならではの視点でこの街を解釈したような作品、ぜひいつか見てみたいです。今日はどうもありがとうございました。

角田さん個展

2019年11月から12月にかけて開催された角田純さんの個展『A New Career In A New Town』。(画像提供:PARCEL)

取材・文:原田優輝(Qonversations)

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