Interview
2020.07.09

街は知財を活かす最高のフィールド。「知財図鑑」が妄想する、未来の日本橋。

街は知財を活かす最高のフィールド。「知財図鑑」が妄想する、未来の日本橋。

日本橋・馬喰横山に拠点を持つクリエイティブカンパニーKonelが、今年1月に新会社「知財図鑑」を立ち上げました。 (Konelについての記事はこちら) “新規事業を創出するための知財データベース”の運営を主な活動とする彼らは、敷居が高く思われがちな知財の世界にクリエイターの視点を持ち込み、価値ある知財の活用の場を広げようと奔走しています。今回はそのユニークな取り組みや、彼らが注目する知財活用の“場”としての街の捉え方について、同社代表取締役COO兼編集長の荒井亮さん、テクニカルディレクターの荻野靖洋さんに聞きました。

知財は保護だけでなく、活用を求めている。

―はじめに、お二人のご経歴について教えて下さい。

荒井亮(以下、荒井):デザイン系制作会社でWebメディアの編集や、リアルスペースでのイベントをオンライン配信する事業を担当してきました。昨年からKonelに参画し「知財図鑑」のサイトを立ち上げ、今年1月に法人化しました。元々文系タイプなので自然科学や工学などは不得意な分野でして、研究文献や特許公報を読み解くのは一苦労という面もありますが、知財図鑑というメディアを運営するという面では、編集業務に携わってきた経験が生かされているかもしれません。

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「知財図鑑」編集長の荒井亮さん

荻野靖洋さん(以下、荻野):僕は理系の出身で、新卒からスタートアップでエンジニアをしたあと独立し、フリーランスで5〜6年活動していました。その間にKonelを共同創業し、現在はエンジニア兼テクニカルディレクターとして、Web制作・システム開発・インスタレーション・AIやロボットなど制作の技術的な部分を担当しています。

―知財との関わりはもともと深かったのでしょうか?

荻野:実際は相当な知財に触れてきたと思うのですが、あまり知財を知財として認識していませんでした。一言に知財と言っても、特許技術や発明だけを指すのではなくて、文字のフォントや歌詞なども知財の一つとして、広義での知財を扱おうとしているんですが、そう考えると巷には知財があふれていると感じますね。

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「知財図鑑」テクニカルディレクターの荻野靖洋さん

―「知財図鑑」の活動について教えて下さい。

荒井:知財図鑑は“知財をわかりやすく紹介することで、今まで接点のなかった人と知財を結びつけ、新規事業を促進するためのメディア”で、現在100以上の知財を紹介しています。私たちはこのメディア運営と、知財を持つ企業へのコンサルティングを主に行っています。 「知的財産(=知財)」と聞くと、特許や研究などの堅いイメージを持たれる方も多いと思います。また、知財はどうしても“守り”の性質が強く、特許を取得することで他者が入れなくする陣取りゲーム的な性質があって。でも実は特許法には知財を“保護と活用”をするようにと書いてあるんです。保護ばかりが重視されて活用が制限されるという現状は、本来あるべき姿とは違うんですよね。そこで、発明元の権利は守りつつも知財をオープンにして、幅広い活用法を考えるためのメディアとして知財図鑑を作ろうと思ったんです。

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「知財図鑑」ウェブサイト(画像提供:知財図鑑)

荻野:よく「知財って何ですか?」と聞かれるんですが、知的“財産”と言うくらいなので金銭的な価値があるもの、つまり社会の役に立ち経済を活性化させるものが知財だと僕は思っています。でも、その価値を生まないまま特許料だけ払って眠ってしまっている知財がたくさんあるんです。

荒井:そうなんですよね。特に大手企業では、特許自体は持っているものの使われていない「休眠特許」と呼ばれる知財も多数あります。そういった知財を具体的な価値に変えていくための“次の一歩”を知財図鑑が提供できたらいいなと思っています。活用されるチャンスを待っている知財に対して、社会課題や世の中の流れにあわせた使い方を提案していきたいですね。

知財活用の鍵は、メディア化=多くの人の目に触れさせること。

―「知財図鑑」を立ち上げることになった直接的なきっかけはあったのでしょうか?

荻野:以前、パナソニックさんから創業100周年に際して「“次の100年を描く”ことがテーマの展示会に、うちの技術を使ってなにか一緒に開発してほしい」という依頼がありました。その技術とは、誰がディスプレイに触れたかを識別できるタッチモニターだったのですが、先方の元々の活用イメージが「モグラ叩きゲーム」でした。機能を確認するにはモグラ叩きが適しているのかもしれないけれど、せっかく面白い知財なのでそれではもったいなく感じて・・・もっとこの技術が生かされるよう、様々な活用方法を社内でブレストしました。

そしてアイディアを出し合う中で、別の会社が持っていた、会話内容に関連する画像データを自動で画面に映し出す 音声解析サービス技術を、このタッチモニターに掛け合わせたら、「未来の会議テーブル」ができるのではないか?と思いつきました。結果、この両者をコラボしてできたのが「Transpalent Table」です。テーブル型のディスプレイを囲んで会議をすると、話題に関連する画像がポコポコ表示され、参加者が気に入ったものをタッチで保存できて、会議が終了すると自分だけの画像議事録ができるという仕組みです。今思うとこの開発体験が、知財を知財として意識し、“活用の幅を広げる”重要性を感じるきっかけとなったように思います。

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パナソニックの技術に、AIにより音声に応じた画像を表示させるAPI(Transparent)を組み合わせた会議テーブル「Transpalent Table」(画像提供:Konel)

荻野:知財図鑑はクリエイティブカンパニーであるKonelからスピンアウトした会社なのですが、知財図鑑が生まれる前から、僕らは技術シーズの段階で「この技術でどんなことができたら面白いと思う?」と相談されてプロトタイプ等を作ることが多いチームだったんですよね。他社さんからも似たような相談をいただくうちに、あれもこれも各社の大切な“知財”なんだと改めて意識するようになりました。同時にどの会社も、開発した知財を活用するためのアイディアを、広く外に求めているんだなぁと感じて。だったらそれらをメディア化して紹介したら、今まで僕らが触れてきたようなユニークな知財が多くの人に届くし、僕らだけで考えるよりももっと面白い活用アイディアが出てくるんじゃないかと考えたんです。

―もともとやってきたことが“知財”というフレームを得て、「知財図鑑」の発想につながったのですね。

荒井:その通りです。他のクリエイティブ会社さんでも、最先端の技術を活用して制作活動を行うチームはたくさんありますが、「知財」という切り口を前面に押し出してメディア化している事例は珍しいかもしれませんね。

荻野:エンジニアの僕としては、知財業界もエンジニアリング界のようにゆくゆくオープンソース化が進むと良いなと思っています。僕らの間では、APIやGitHubなど、他の誰かが作ったものを活用して、より良いものを効率的に作るのがもはや当たり前なんですよ。もっとも知財の場合はより強く権利が絡むので純粋にオープンなものにはできないかもしれませんが、仕組み的にはそれに近いものにしていきたいです。

分厚い企画書より、一枚の「未来予想図」

―知財図鑑のサイトには「妄想プロジェクト」というものがありますよね、これはどういったものでしょうか?

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「妄想プロジェクト」の一例。視線検出の知財を応用したらどんなことができるかを妄想し、 視線でライトをONOFFできる“瞳リモコン”をイラスト化した(画像提供:知財図鑑)

荒井:「妄想プロジェクト」とは、その知財を用いるとどういう未来が生まれるのかを自由に妄想し、それを簡単な説明と一枚のイラストで表現するものです。それによって意外なコラボや、領域の異なる技術の掛け合わせを生み出すことを目的としています。あくまで妄想なので、あまり緻密なフィジビリティ確認をせず、やや無責任なくらいに(笑)未来はこうなっていたらいいなと、ちょっと先の社会からバックキャストして考えることがポイントです。

荻野:この妄想プロジェクトが実施に至ったきっかけは、NTTさんに“錯視”を使った研究を見せていただいたことでしたね。錯視技術を使って何ができるだろうと相談されて、「お絵かきが立体的にできたらいいな」と思いついたメンバーがいて。その妄想を元に、一枚のイラストと短いタイトルだけで提案を行ったところ、そこから正式な開発依頼に発展し、「MIRO」というデバイス制作に発展しました。分厚い企画書などは作らず、ビジュアルからの提案を研究者の方には新鮮に感じていただけたようです。イラストからダイレクトに実制作につながったこの体験が「妄想プロジェクト」につながったんです。

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小型プロジェクタで投影すると描いた絵が立体的に見える、錯視効果を利用したデバイス「MIRO」

荒井:研究者の方は技術開発を突き詰めていらっしゃるので、そこから脱線したアイディアを出しづらいのかもしれませんね。僕らはそのバイアスがない分、技術の内容だけを聞いて制限を設けずに自由にアイディアを考えられるから、そこに価値がつけられるのではないかと思っています。

―具体的にどのようにして妄想を思いつくのでしょうか?

荻野:まず自分の生活を思い描き、その生活に未来という視点を付け加えることを心がけています。そういう意味では、業種を問わずいろんな立場の人が知財の情報収集に加わってもらえると発想の幅が広がっていいですね。妄想の面白さを競い合う「妄想グランプリ」とかやってみたいです。

街は知財を育てる実践の場。

―「知財図鑑」のオフィスは日本橋にありますが、知財を活用するフィールドとして「街」をどう捉えていますか?

荒井:街はあらゆるものとの出会いの場だと思っています。新型コロナウイルスの影響でリモートワークになり、久々に街に出てみたら人・物・こと・音・匂いなど、五感への刺激が多くて街歩きの楽しさを改めて実感しました。そういう刺激に対する、不特定多数の人のさまざまなリアクションを期待できる点が街の面白いところではないでしょうか。例えば、風のゆらぎを壁面で再現する「TOU」という知財があるのですが、これはまだ関係者の目にしか触れられておらず、一般の方がどう反応するのか、どんな活用シーンがあり得るのか等が未知の状態です。なので、こうした物を街に対する一種の刺激として設置することで、どんな反応が返ってくるかを試してみたいですね。

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部屋の外を流れる風に反応し、壁面自体がゆらぐ壁「TOU」(画像提供:Konel)

荻野:街の人との接点作りという意味では、その地域の特色やカルチャーと知財には密接な関係がありそうなので、その街の「知財マップ」を作ったら面白そうですね。例えば豊田市には自動車関連の知財が多そうですし、僕らがいる馬喰横山は問屋街なので服飾系の知財がたくさんありそうです。知財を可視化して街のブランドにするという発想があり得るかもしれません。

荒井:ここに行けばこの知財を見られる、という“知財観光“的に街を盛り上げるのも面白そうですよね。最近だと茨城県のつくば市が研究都市として知財を通じた広報に力を入れているように、知財は観光資源にもなると思います。

荻野: そうそう。昨年、中国の深圳に行きましたが、あそこはまさに街自体が先端技術のエキシビジョンのようでした。知財の見せ方って大事だなと思いましたね。

日本橋の街で膨らませる「妄想プロジェクト」

―日本橋を舞台にするとしたら、どんな知財の活用ができるでしょうか?

荒井:そうですね、例えば先日【消える首都高速】という妄想をしてみました。この妄想は、「再帰性反射材」という知財を使って高速の背後の景色をプロジェクションし、擬似的に透過させてその状況を作り出してしまおうというものです。日本橋の橋の上にかかる首都高は今後地下化の計画が予定されていますが、高速道路がなくなった姿をもっと早い段階で想像できたら、街への期待感を醸成できそうだなあと思って。

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「再帰性反射材」という知財をもとに妄想した「消える首都高速」(画像提供:Konel)

荒井:また、狭い場所でもAR技術で無限に歩き続けることができる知財「無限回廊」を活用した妄想インスタレーション【東海道・超長距離バーチャル散歩】というのもあります。こういうものが空き地や施設内にあったりして、知財とばったり出会えるような見せ方もできたら良いなと思います。よく街中で音楽祭やアートイベントが行われたりしますが、街で自然と知財に触れられると楽しそうですね。

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「無限回廊」という知財をもとに妄想した「東海道・超長距離バーチャル散歩」(画像提供:Konel)

荻野:“自然と知財に触れる”と言えば、壁材に溶け込むディスプレイ「インフォウォール」を使って、景観を損ねることなくお賽銭箱をデジタル化し、QR決裁できるようにする【景観に溶け込むデジタル賽銭】という妄想もありましたね。デジタルでお賽銭を投げるという技術は他にもありますが、デジタルデバイスはどうしても無機質になりがちで、古くからあるものに馴染ませることが難しい気がします。でもこの「インフォウール」はお賽銭箱の木材の内側から情報を浮かび上がらせる技術のため、使用しない時は情報が消えるのでどこから見ても普通のお賽銭箱として存在できるんです。歴史あるものに現代の知財を組み合わせてさらに発展させることもやっていきたいという考えが、もともとのお賽銭箱を生かすこの妄想につながりました。その意味では、日本橋が持つ“歴史を守りつつも新しい流れが常に生まれ続けている”という風土は、どこか知財図鑑の取り組みとも相性が良いように感じます。

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「インフォウォール」のイメージ(画像上)と、同知財をもとに妄想した、QRコードを賽銭箱の素材の内部から表示する「景観に溶け込むデジタル賽銭」(画像下)(画像提供:Konel)

―日本橋のような歴史ある街は知財によってアップデートのしがいがある街ということでしょうか?

荻野:そう思います。日本橋は都心にありながら生活感がある点も良いですよね。先ほど自分の生活と密接していないと知財の妄想が膨らまないと言いましたが、もし高層ビルが立ち並ぶ無機質な街で知財図鑑の活動をしていたら、リアルな街での活用アイディアが想像しづらい気もしますし。

―こうした「妄想」を街の中で体験することは、街や人にどんな影響があると思いますか?

荒井:誰かの妄想は、また別の妄想を呼び起こすのではないかと思います。街で活用される知財を見て刺激を受けた人が、別の活用法を思いついてそれが新規サービスや商品へのアイディアへと連鎖するなど、新しいものを生み出す“当事者”が増えていくと良いですね。逆に、街からお題をもらうという方向もあります。困っている課題に対する解決策として、こんな知財を活用するといいのでは、と提案することもできそうです。

荻野:先日、日本橋の新旧の経営者が集まる地元の会合で老舗のボタン屋さんと「どうしたらボタンというものをアップデートできるか?」を皆で話したことがありました。しゃべるボタン、光るボタンなどのIoT的な発想がいろいろ出て楽しかったです。ボタンという知財を題材に、皆で様々なアイディアを出し合う場が作れたということで、それだけでもとても価値があると思いました。

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―最後に、今後協業してみたいお相手がいたら教えてください。

荻野:僕は二つあって、まずはデジタルではない会社と組んでみたいです。先ほどのボタン屋さんもそうですが、問屋さんとか職人さんとか、全然違うフィールドの人と組んで僕らの知らない分野の知財を発掘してみたいです。もう一つは行政です。街全体を知財で特色付けたいと思っても、なかなかひとつの企業ではやりきれないので、自治体側の協力が得られたら良いですね。

荒井:街は知財をインストールしていく場所として最高の実践の場なので、知財を埋め込むリアルなスペースを提供してくれる方と組めたら良いなと思っています。「日本橋万博」のようなイメージで、10年後の理想の暮らしが詰まっている先端技術特区的なエリアが作れたら街の可能性が飛躍的に向上しそうですね。街の至るところに知財や妄想が散りばめられていたら、アイディアがどんどん広がって新規事業や新しい体験を生み出すきっかけになるんじゃないでしょうか。

取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:岡村大輔

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