Interview
2022.04.28

東京最後のつづら店が、現代において“一生ものの日常道具”を作る意味。つづらを通して伝えたいこととは。

東京最後のつづら店が、現代において“一生ものの日常道具”を作る意味。つづらを通して伝えたいこととは。

調度品の一種で、着物などを入れる蓋付きの箱、つづら。元禄時代(1688~1704年)に庶民に広まり、かつてはどの家庭にもありましたが、着物を着る機会が減っていくのと合わせてつづらの需要も減少。今では目にすることが少なくなりました。そんななか、東京で唯一つづらを作り続けている専門店が、人形町で江戸時代から続く「岩井つづら屋」です。4代目当主の岩井良一さんが昔ながらのつづら作りを継承し、弟の恵三さん夫婦が新しい取り組みや情報発信を行うなど、家族ぐるみで岩井つづら屋を守っています。現代におけるつづらの価値や、岩井つづら屋が目指していること、つづらを通して伝えたいことなどについて、岩井良一さん・恵三さんに話を聞きました。

昔ながらの材料と作り方。岩井つづら屋が継承するこだわり。

―「つづら」というと昔話の中で出てくるイメージがあったのですが、そもそもつづらとはどのようなものなのでしょうか。

岩井良一さん(以下、岩井(良)):つづらとは、竹で編んだかごに和紙を張り、柿渋や漆などを塗って仕上げた蓋付きの箱です。おもに着物などの衣服を入れるために使われます。元禄時代に葛籠屋甚兵衛(つづらやじんべい)という江戸の商人が婚礼道具として売り出したのをきっかけに、庶民にも親しみやすいものになりました。戦前、関東には約250軒ものつづら店があり、日本橋にもつづら職人がたくさんいたのですが、生活様式やファッションの変化とともにつづらの需要は少なくなり、今では東京のつづら店は岩井つづら屋一軒だけになってしまいました。

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つづらを作りながらお話をしてくださった岩井良一さん

―岩井つづら屋は、東京で最後のつづら店なのですね。岩井つづら屋の歴史や事業について教えてください。

岩井(良):創業は文久年間(1861~1864年)、初代・岩井信四郎がかご屋を始め、そのうちにつづらも作りだしたと聞いています。つづら屋としては私で4代目です。30歳で会社員を辞めて父を手伝うようになり、10年ほど一緒にやっていたのですが、最後の“塗り”の工程を教わらないうちに父が急逝しまして…。塗りの工程は独学で、試行錯誤しながら何とかつづら作りを継承したのです。

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明治時代、3代目・岩井平五郎さんにより人形町に移転した

岩井恵三さん(以下、岩井(恵)):現在の岩井つづら屋の事業も、江戸時代から変わらずつづらの製造と販売です。つづら作りはもっぱら兄が行っており、私はここ数年、妻とともに新しい商品の企画やウェブサイト・SNSなどでの情報発信などを担当しています。また、雑貨市やワークショップなど、つづらを多くの人に知ってもらうための新しい取り組みにも力を入れています。

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兄の良一さんを支える弟の岩井恵三さん。助け合いながら岩井つづら屋を切り盛りする

―岩井つづら屋のつづらについて、作り方や特徴などを教えてください。

岩井(良):おもな材料は、竹、和紙、柿渋、カシューナッツを原料とした漆です。作り方は昔から変わっていません。まず、竹かご職人から仕入れた竹かごの形を整え、糊で2枚重ねの和紙を竹かごに貼り布海苔(ふのり)を塗り竹ぐしをあてることにより竹の網目をより鮮明に浮き立たせるようにします。柿渋などの下地を施してからカシュー漆(カシューナッツの殻由来の油を原料とする樹脂)を塗って仕上げ、内側に化粧紙を貼って、家紋を入れて完成。幅30cmの手文庫なら、10個前後を5日間の工程で仕上げていきます。注文してから2か月ほどで受け取っていただけます。

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傷みやすい角には、補強のため蚊帳を貼った和紙を貼る

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布海苔で和紙を貼ったら、和紙がしっかり接着するよう上から竹くしをかける

岩井(恵):軽くて丈夫、通気性に優れ、防虫・防カビ効果があるのが、つづらのよいところですね。うちでは、内側に貼る化粧紙を好きなものに変更したり、家紋のほか名前やオリジナルの絵柄を入れたりすることもできます。カスタマイズできる点も、お客様に喜んでいただいています。

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つづらを持ち上げるとその軽さにびっくりする。肉球マークの入った遊び心あふれるものも

歴史あるつづらを後世へ残していくために。

―昔ながらのつづらが、今も残っているのはすごいことですよね。現代におけるつづらの価値は何でしょうか。

岩井(良):ひとつのものを修理しながら繰り返し使うことができるのが、つづらの価値だと思います。きちんと手入れ・修理すれば一生使うことができるのです。以前、かなり古くて傷んだ“背負いつづら”を修理したことがありますが、和紙を貼り直し漆を塗って仕上げ、家紋と名前も入れて、見事よみがえりました。お客様の大事なつづらに再び命を吹き込むことができ、喜んでいただけて嬉しかったですね。

岩井(恵):コロナの影響もあるのか、最近はつづらのお直し依頼がたくさんあります。日常で使う生活用品を、壊れたら捨ててしまうのではなく、修理して孫子の代まで繰り返し使い続けるというのは素敵なことですよね。昨今SDGsが注目されていますが、つづらのお直しはまさにSDGsの精神を体現していると思います。

背負いつづら

修理途中のつづらの様子。「“鬼滅の刃”に出てくる籠のモチーフは、もしかしたら軽くて丈夫な背負いつづらだったのかもしれないですね。」と取材中に盛り上がった(画像提供:岩井つづら屋)

―岩井つづら屋がつづらを通して伝えたいことは何でしょうか。

岩井(良):つづらを使うことで、かつての生活様式や歴史を感じてもらいたいと思っています。日本人の知恵が詰まった歴史あるつづらを後世に残していきたいし、つづら屋という店自体も残していくことを目指したい。そのために、弟子をとって後進の育成にも力を入れています。

岩井(恵):職人である兄は、昔ながらのつづら作りを大切にしています。一方 私のほうでは、小さいサイズのつづらを企画するなど、時代に合わせて新しいことにもチャレンジしていきたいと考えています。かつてのようにつづらに着物を入れる人は少なくなりましたが、代わりに洋服を入れたり、小さいつづらにアクセサリーや小物を入れたりなど、現代でもさまざまな用途に使ってもらえます。最近ではマスク入れに使いたいという特注もありました。

また、岩井つづら屋でいちばん小さい「小物入れつづら」は、2021年3月に中央区推奨土産品「モノ部門」第3位に選ばれました。小物入れつづらは、若い人や外国の方に気軽に使ってもらいたいと、2016年に新しく企画したものです。ほかのつづらと同様、名前や家紋、希望の図柄を入れられます。小物入れつづらをきっかけに、つづらを身近に感じていただけたらと思っています。

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小物入れつづら。小物や御朱印帳・はがきなどが入るサイズ(画像提供:岩井つづら屋)

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幅85cmの大きなものから、幅20.5cmの小物入れまで、店内には大小さまざまなサイズのつづらが並ぶ

―伝統を伝えることと未来を見据えること、両方を大切にしているのですね。今後の職人育成について、もう少し詳しく聞かせていただけますか。

岩井(良):現在岩井つづら屋に出入りしている見習いは3人います。その他にここで修行をし独立してつくば市でつづら店を営んでいる職人が1人います(高橋つづら店 https://takahashi-tsuzura.com/)。特に弟子募集をしているわけではないのですが、ありがたいことにつづらに興味を持って弟子入りしたいと全国からうちに連絡をいただくのです。つづらを買いに来たお客さんかと思ったら、「弟子入りさせてください」と言われたり…。彼らにはときどき岩井つづら店に来てもらって、ここで一緒につづら作りをしています。まず全工程をやってみて、うまくいかないところがあればアドバイスをします。彼らが一人前になって、また後継者を育ててくれたらうれしいですね。

伝統を守りつつ、時代の変化に合わせて街に開かれたつづら屋に。

―人形町で商売を続けてきたなかで、さまざまな変化があったかと思いますが、街の移り変わりをどのように感じていらっしゃいますか。

岩井(良):人形町はかつて呉服屋さんが多く、岩井つづら屋の商売にとっても好都合だったのですが、近年そうしたお店はめっきり減り、商店街も様変わりしました。そんな変化のなかでも、親・子・孫と代々つづらを使ってくださっている家族もいます。

岩井(恵):ここ数年を振り返ると、コロナ前は伝統工芸に関心のある外国人観光客も多く訪れていたのですが、コロナ禍で人通りが減ったのは大きな痛手でした…。しかし、最近はこの界隈に若い人が増えて街が活気づいてきましたし、マンションの建設などでファミリー層も増えていて、今後への期待・希望もあります。この歴史ある街で、伝統を守りつつ、若い人たちにアイデアをいただきながら、新しいことにも挑戦したいと思っています。

―新しい取り組みとして具体的にどのようなことを行っているか教えてください。

岩井(恵):「つづらって何? どう使うの?」と思っている方々につづらを知ってもらいたいので、気軽にお店に入ってもらえるよう、さまざまな和雑貨が並ぶ「つづらやさんの和ざっか市」を毎月第2土・日曜に開催しています。「よく店の前を通るけど入りづらい…」という声もあったので、和ざっか市をきっかけにハードルを下げられたらと。おかげで、若い人もたくさん来てくれるようになりました。また、一般向けに子箱(つづらと同じ工程で作る桐製の小物入れ)作りのワークショップも行っています。参加者は30~40代女性が多いですね。

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つづらを背負った張り子の犬の絵が描かれた子箱。絵柄や家紋は恵三さんの妻・直子さんが手がける

岩井(恵):ほかに、地域の文化資源を「まちかど展示館」として整備・開設する中央区の事業に協力しています。「つづら学習館」として、つづらの歴史や作り方などを紹介しているので、気軽に来てもらいたいですね。コロナ禍でワークショップも和ざっか市もしばらく中止していましたが、そろそろ再開したいなと思っています。つづらに触れる機会を増やして、多くの方にその魅力を知っていただき、つづらを後世に受け継いでいきたいです。

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店内には岩井つづら屋の歴史やつづら作りのプロセスがわかるコーナーがある(編集部撮影)

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いわ瀬

落ち着いた雰囲気の小料理屋。ゆっくり食事が楽しめるので、おもてなしにぴったりです。店の前の道は昔ながらの面影を残していて、歩くと懐かしい感じがします。

取材・文:小島まき子 撮影:岡村大輔

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