Collaboration TalkInterview
2021.11.17

商人と問屋の街からファッションを更新する。Synfluxとカポックノットが考える持続可能なアパレル産業のあり方とは?

商人と問屋の街からファッションを更新する。Synfluxとカポックノットが考える持続可能なアパレル産業のあり方とは?

ファッション業界の革新的な取り組みに与えられる「H&Mグローバルチェンジアワード」の受賞をきっかけに創業されたスペキュラティヴファッション・ラボラトリ「Synflux」と、ダウンに匹敵する暖かさや軽さを持ち、環境にも優しい新素材「カポック」を用いたファッションブランド「カポックノット」。持続可能なファッションのあり方を異なるアプローチで発信・提案している両者は、ともに日本橋に拠点を置く組織です。今回ブリジンでは、Synflux代表の川崎和也さん、カポックノット代表の深井喜翔さんによる対談を企画しました。どちらも2019年に創業し、出身大学まで同じという不思議な縁を持つふたりが、それぞれの取り組みやファッションに対する考え方、さらには日本橋の街とファッションの関係まで、多岐にわたる議論を交わしてくれました。

服づくりで生じる端切れを削減するシステム

ーおふたりは今日が初対面ということですが、出身大学が同じだそうですね。

深井:はい。慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス(SFC)の出身で、しかも同い年なんです。

川崎:僕は浪人をしているので学年は違いますが、当時は社会起業家が注目され始めた時期で、ソーシャルビジネスなどを学びたい人たちが集まっていたように思います。

深井:僕も大学ではソーシャルマーケティングという領域で、社会性と事業性を両立させるビジネスについて学んでいました。

川崎:僕は、ロンドンでファッションを研究されてきた水野大二郎先生のもとで基礎的な洋服づくりの技術を学ぶとともに、3Dプリンタなど新しいテクノロジーを活用した持続可能なファッションの仕組みや、デジタル時代のファッションデザイナーの職能などについて研究していました。

02

アルゴリズミック・クチュールなどを開発するSynfluxの代表・川崎和也さん

ーまずは、川崎さんが主宰するSynfluxの活動について教えて下さい。

川崎:現在Synfluxでは、「アルゴリズミック・クチュール」というシステムの社会実装に注力しています。これは、SFC時代から取り組んでいたもので、機械学習や3Dソフトウエアなどの技術を用いて、服づくりの過程で生まれる端切れを削減するシステムです。通常、洋服を構成するパーツには、身体のフォルムに合わせるために曲線が含まれます。そのため、布を裁断する過程でどうしても端切れが生じてしまい、それがテキスタイル全体の15~30%にも及ぶのです。一方、日本の着物の「直線裁ち」に着想を得たアルゴリズミック・クチュールは、つくりたい洋服に合わせて、四角形と三角形を組み合わせた型紙が自動的に設計されるシステムで、布の廃棄を全体の2%程度にまで削減することができます。

ーSynfuxはどんなメンバーで構成されているのですか?

川崎:ファッション分野で活動してきたメンバーは少なく、デジタル領域のつくり手が多く集まっています。僕たちは洋服を試作することもありますが、小売を前提にしたものづくりをしているわけではないですし、Webサービスなどを開発しているわけでもありません。さまざまな技術を持つメンバーがフラットに関係しながら複合的な活動をしている組織で、未来のファッションをつくっていくラボやプラットフォームのようなものだと考えています。

ー今後の展望についても聞かせてください。

川崎:アルゴリズミック・クチュールは、2020年にファッション業界の変革を目的とした「H&Mグローバルチェンジアワード」の受賞を機にメディアなどに注目されるようになりました。そこからしばらくはストリートのデザイナーらとプロトタイピングを重ねてきたのですが、今年になって初めてベンチャー企業として資金調達をしたので、これからさらに仲間を増やし、メーカーの量産ラインに適応させていくことが課題です。

Algorithmic Couture 00.JPG

アルゴリズミック・クチュールを用いてつくられた洋服。人体の3Dデータにもとづいて、着用者の身体寸法ぴったりの型紙を自動生成することで、これまでパタンナーが担ってきた設計過程を自動化し、さらに布の廃棄も大幅に削減できる(画像提供:Synflux)

家業を未来につなぐカポックという素材

ー次に、深井さんがカポックノットを立ち上げるまでの経緯についてお聞かせください。

深井:僕は、75年間続く大阪のアパレル企業の4代目です。大学卒業後、ベンチャー企業や大手繊維企業を経て家業に戻ったのですが、この30年ほどの間、会社の事業の軸はカタログ通販のOEMで、あまり未来が見込めるものではありませんでした。また、ものづくりの拠点である東南アジアの人件費が高騰しているにもかかわらず、日本のアパレルの平均単価は下がり続けている状況で、大きなイノベーションが生まれない限り、そう遠くない未来に家業を潰してしまうのではないかと感じていました。そうした危機感から色々動いた結果、カポックという素材に出会い、2019年にブランドを立ち上げました。

03

2019年にカポックノットを立ち上げた深井喜翔さん

ーカポックはどんな素材なのですか?

深井:東南アジア原産の木の実から採れる素材で、通常の綿の1/8程度という軽さが特徴です。断熱効果にも優れていて、軽さと暖かさというダウンの特徴を持っています。しかも、植物由来で木の伐採も必要ないサステナブルな素材で、コストもダウンの1/10以下。原価が抑えられ、機能性、社会性ともに高い素材なのですが、安定的な生産が難しいことから、アパレルの素材としてはほとんど活用されていませんでした。今回僕らは、カポックのシートをつくるという発想の転換と、前職の大手企業との共同研究によって技術的障壁を乗り越えることができました。

ークラウドファンディングで行った先行販売には大きな反響があったようですね。

深井:はい。クラウドファンディングは受注生産ができることや、ファッション性のみならず素材やブランドのストーリーなども伝えられるので、相性が良いと以前から考えていました。クラウドファンディングの成功を機にブランドを独立させ、カポックノットから家業に発注することで、ブランドの成長が家業の業績につながるようにしました。現在はBtoB事業でも10社ほどがカポックを採用してくれていますし、D2Cブランドとしても伸びつつあります。おかげさまで多くのメディアへの露出やアワードの受賞が実現できているのですが、これからはカポックをダウンの次のスタンダードにしていくために本当に必要なことを実践していかなくてはならないフェーズだと感じています。

05

通常のコットンの1/8の軽さとダウンのような保温性が特徴で、環境にも優しいサステナブルな素材「カポック」

変わりつつある「ファッション」のあり方

ー持続可能なファッションのあり方を追求されているおふたりですが、そもそもなぜファッションだったのでしょうか?

川崎:僕が上京したのは東日本大震災があった年で、当時クリエイターたちの間で持続可能なものづくりを通じて社会との接点を探っていこうとする機運が高まっていました。その中で僕は、毎日身にまとう身近な存在であり、さまざまな社会課題も抱えるファッションに関心を持ちました。また、個人の感性に拠るところが大きいファッションには、「正解」がないですよね。これはある意味環境問題にも言えることで、誰かにとっての良策が他の人に悪影響を及ぼすこともあって、明確な正解がない。そういう意味でも、ファッションデザイナーの創造性はいまこそ求められているのではないかと考えるようになりました。

深井:僕はもともとファッションに興味がなく、家業の内容もほとんど認識していませんでした。その後大学に入学し、20歳の時に親族が集まる新年会で、急に祖父から人生プランを発表しろと言われたんですね。その時は、「家業が創業100年を迎える頃にはこんな会社にしたい」と話したのですが、アパレルの未来や社会における役割をイメージしたことはなかったですし、可能性も感じていませんでした。その後、繊維企業で働くようになり、日本の素材に対する海外からの引き合いを目の当たりにする中で、日本の素材の凄さに気づき、がんばり次第で未来はあるのかもしれないと思うようになりました。

カタログ

建築家の谷尻誠さん、料理家の谷尻直子さん夫妻とコラボレートしたカポックノットの最新コレクション(画像提供:カポックノット)

ーおふたりのお話を聞いていると、多くの人たちにとって憧れの対象だったファッションのあり方や社会的な位置づけが、時代とともに変わりつつあることを感じます。

深井:これまでファッションに使われていたお金が、動画配信サービスなど他のエンタメに費やされるようになっている時代に、ファッションの役割は何かということは考えますね。ファッションは、見た目のデザインにフォーカスされがちですが、カポックノットではそれ以上に、軽さや暖かさなどの機能を売りにしています。そして、使われている素材が実はサステナブルでもあるということが消費者に自然と伝わっていくような世界を目指しています。機能性、社会性、デザイン性のすべてを含んだものをファッションとして届けたいと考えているんです。

川崎:ファッションには見た目の面白さもありますが、その背景にある文脈や仕組みまでデザインするスタンスが僕らに共通するところですし、これからのファッションは仕組みやインフラのようになっていくのではないかと思っています。また、製造業としてのファッション・アパレル産業は単価が下落し、国内市場も縮小するなど課題は多いですが、一方で素材や製造の知見は他の領域に応用可能なものがたくさんあって、個人的にはお宝の山でもあると感じています。

プロダクト

アルゴリズミック・クチュールを用いて、Synfluxがファッションブランド・HATRAと共同で制作した機械学習を応用してデザインする新しい衣服のプロトタイプ「AUBIK」(画像提供:synflux)

持続可能なファッションは実現できるか?

ーファッション業界におけるサステナビリティへの意識や取り組みについてはどう感じていますか?

川崎:業界全体が変わろうとしていますが、クオリティや基準などの観点からサステナブルな取り組みに慎重な企業が多いと感じます。ゴミやエネルギー、労働環境などさまざまな課題が複雑に関係している中、ひとつの策ですべてを解決することは無理ですし、それを実現しようとするならものづくりそのものをやめるしかない。でも、僕たちはこの先も裸では生活しないと思いますし(笑)、ファッションを楽しむことは人間としてとても大切なことです。だからこそ、仮に現時点で多少問題があったとしても、多くのアイデアや事業を試すことが必要だし、プレイヤーも支援者も多いに越したことはないと思っています。

深井:サステナビリティと言うと社会性や環境の話だけになりがちですが、事業性というのも大切なポイントだと思っています。もし仮に、コストが高くても環境負荷が低い方が良いと考えてしまうと、そのコストは誰が賄うのかという話になりますよね。社会性と事業性が両立させた先にあるのが、真の意味でサステナブルなファッションなのだということを業界に向けて発信していきたいという思いがあります。

04

ー持続可能なファッションを実現するためのポイントとなるテクノロジーについてはどのように捉えていますか?

深井:カポックノットにおけるテクノロジーというのは、川崎さんたちが用いているAIや3Dプリンタなどとは異なり、試行錯誤を重ねてダウンに変わる素材を開発するということなんですね。もちろん、AIやデジタルテクノロジーによるイノベーションにも大きな可能性がありますが、大切なことはそのテクノロジーの先にどんな世界を見ているのか、それが誰の生活をいかに変えるのかということではないでしょうか。

川崎:イノベーションには、技術的な新規性によって劇的に物事を変えるものと、人々の生活に根ざしながらコツコツと変革を起こしていくものがあると言われています。僕らは前者で、カポックノットは後者だと思うのですが、長い歴史を持ち、さまざまな問題を抱えるファッション業界を変えていくためには、両輪を回していく必要があると感じています。

深井:そうですね。これはファッションに限らない話かもしれませんが、業界に分断が起こっている感覚があります。例えば、D2Cのブランドが急速に増えた時に、百貨店などの小売業との対立が生まれましたが、既存の商流と新しいブランドが共存していく道を考えることが大切だと思いますし、両者の言語を扱い、橋渡しができる人が必要ですよね。

川崎:誰もがスマホを持ち、デジタルテクノロジーが目新しいものではなくなっている中で、それをファッションに応用する際に生じる問題や衝突をいかに調停していくのかということが重要だと思います。そもそも新しいことには寛容な業界ですし、僕たちも伝統的なファッションについて学びながら、対話を続けていくことで仕組みをつくり直していけるのではないかと前向きに考えています。

about-process-1

インドネシアの農園で丁寧に生産・収穫されているカポックノットのカポック(画像提供:カポックノット)

SNS時代の街とファッションの関係性

ーおふたりの拠点である日本橋の街の印象についてもお聞かせください。

川崎:事業を始めるにあたって、馬喰町日本橋に拠点を置くLOGSの武田悠太さんから声をかけて頂き、オフィスをシェアさせて頂くことになりました。この界隈は繊維問屋街ですが、アパレル・繊維のご縁で呼んで頂けたことはありがたいですし、商人や問屋さんたちの日常を垣間見ながら、布を用いた仕事をするには最適な環境だと感じています。

<関連記事:LOGS・武田氏インタビュー>衣料品問屋の街でチャレンジを続ける4代目。クリエイティブ×コミュニティで家業を更新する。

深井:渋谷や六本木など東京の西側には、どんどん新しいものを生み出していくバイタリティがありますが、一方で日本橋など東側には伝統的な町並みが残り、新旧の融合が進んでいると感じます。以前のショールームでは、同じビルに入居していたホットサンド屋さん、和菓子屋さんともに経営者が20代でしたし、街全体を見てもアートやイノベーションをキーワードに新しい人たちが集まり始めていて、心地良さを感じますね。

KK_21_FFB2-5 _1_

カポックノットの全商品が揃う日本橋ショールーム「Farm to Fashion Base」。数年後に取り壊し予定の遊休不動産を利用し、再利用可能な什器や設計にこだわるなど、「サステナブル」を全体のコンセプトに据えている(画像提供:カポックノット)

川崎:ファッションの世界はトレンドが高速に移り変わりますが、この街ではそうした流れと距離を置くことができ、ものづくりに集中ができるんですよね。最近はクリエイターも集まってきていますし、そういう人たちと協働していくことで、ものづくりを中心とした街の個性が立ち上がってくるのかなと感じます。

深井:人形町に行けば創業200年を超える和菓子屋さんがある一方で、そこから少し歩けばビーガンクッキーのお店なんかもあったりして、日本橋には独自性のある街歩きのコンテンツが多いと感じます。カポックノットでは、サステナブルな活動への参加コストを下げることをひとつの目標にしているのですが、そうした取り組みをしている日本橋のお店や人を発信していくような街歩きのブログをつくろうと考えているところです。

06

ー日本橋からサステナブルなファッションを提案する活動が広がっていくことにも期待したいですし、そこから街とファッションの新しい関係性が可視化されるかもしれません。

深井:例えば、日本橋にショールームを持つ僕らとこの街でつながった人たちが、カポックノットの洋服をその考え方も込みで身にまとってくれるようになると、それがひとつの街のファッションになる可能性はあるかもしれないですね。一方で、最近はシンプルな洋服が好まれ、スタイルの均一化が進んでいますし、見た目のスタイルにおいてその街らしいファッションというものはなくなっていくような気もしています。それでも大阪のヒョウ柄文化は残りそうですが(笑)。

川崎:大阪は濃いですからね(笑)。若者たちの活動領域がストリートからSNSに移り、コロナ以降はバーチャル空間にも広がっている中で、かつてのように特定のスタイルを表象したファッションのコミュニティが、街を舞台に展開されることはなくなっていくのかもしれません。他方で、ディープな街の色を残している東京の東側などではニッチな好みを持つ個人に刺さるファッションが生まれる可能性はあると思います。バーチャルへの関心が高まる反動で、街に対する新たな期待も生まれるはずですし、カポックノットのようにつくり手がその街にいることは大きなことだと思います。

unnamedサムネ

今回の対談を行ったSynfluxのオフィス

02スクエア

LOGS、ここのがっこう

この場所を貸してくれているLOGSの武田さんや、同じくこのスペースで「ここのがっこう」を運営されているファッションデザイナーの山縣良和さんは、東京の右半分からファッション教育を盛り上げようとされていて、深く共感しています、過去にここのがっこうの講評などに呼んで頂いたこともありますが、いつか本格的に何かをご一緒してみたいです。(川崎さん)

03スクエア

サステナブルな活動をしている人たち

ビーガンクッキーのovgo B.A.K.E.Rや兜町にある複合施設K5など、サステナブルな活動に気軽に参加できるような商品やサービスを展開されている方に積極的にお声がけしていきたいです。現在準備中の街歩きをテーマにしたブログなどを通じてコラボレーションができたらと考えています。(深井さん)

iOS の画像

水新菜館

日本橋は飲食店の数が多く、この街に来てからだいぶ太りました(笑)。もともと町中華が好きなのですが、最近は仕事場からも近いこのお店にハマっています。あんかけ焼きそばが絶品で、マスターもとても気さくな良い方なんです。(川崎さん)
画像:編集部撮影

05 2

K5、BnA_WALL

K5は、僕らのショールームから徒歩10分くらいのところにあるのですが、SWITCH COFFEEさんのコーヒーが好きなんです。また、アートホテルのBnA_WALLさん(写真)はそのコンセプトも含めて大好きで、この二箇所にはよく行っています。(深井さん)

取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine