芸術とビジネスが交わる価値を創り出し、日本橋のギャラリーから発信していくー日本橋N11ギャラリー(POP ROCK)
芸術とビジネスが交わる価値を創り出し、日本橋のギャラリーから発信していくー日本橋N11ギャラリー(POP ROCK)

三越前駅からほど近い路地に佇む「日本橋N11ギャラリー」。ここの運営をしている小澤茉子さんは、自身も日本舞踊という芸術の道を歩みながら、POP ROCKを創業し、運営ギャラリーを通じてアーティスト活動の伴走支援や、企業向けのアートプログラム実施、アートを軸にしたコンサルティングをしています。特別なものとしてとらえられがちなアートを社会にどう橋渡ししていくか、小澤さんの考えに迫りました。
アーティストのキャリア形成に対する課題意識
ーPOP ROCK社を立ち上げ、「日本橋N11ギャラリー」の運営を始められたのは2年前と伺っています。それまではどのような経験をされてきたのでしょうか?
私のルーツは日本舞踊です。友人が日本舞踊の家元の後継だったこともあり、13歳の頃から習い事として始め、東京藝術大学の日本舞踊専攻に進学しました。学生生活では伝統的な環境に身を置いていたので、このまま卒業して社会に順応できるのかという不安がありました。
そんなことを感じていた大学4年生のときに、教授に声をかけてもらい、福島県双葉郡の中学・高校の設立記念のプロジェクトに参加したんです。東日本大震災の復興支援の一環でもあったため、文化庁やゲストをはじめ様々な人たちが関わるもので、その環境での交流や、演出の一部を担当した経験が私にとってとても新鮮でした。これがきっかけで大学の助手になり、文化外交要員として産学官連携事業の企画制作を担当しました。
―その経験は小澤さんにとってターニングポイントのようなものだったのでしょうか?
自分が踊りの世界しか見てこなかったこともあって、さまざまな企業や人と関わる中で多くの学びがありました。同時に自分のように限られた世界しか知らない藝大生は多くいて、彼らが卒業したときに社会に順応できるのかという課題意識を持つきっかけにもなりました。
芸術家も、芸を極めるだけでなく、社会がどういう仕組みで回っているのか、経済とはなんなのか、ビジネスをもっと知ることが必要にも関わらず情報が足りていない。そこを改善しないと、卒業後になかなか社会と交われないのでは? と感じたんです。
―なるほど。大学の外の世界と交わることで、大きな気づきがあったんですね。
私はラッキーなことに芸術以外の世界と出会えるきっかけがありました。私の場合は芸を極めることに集中するだけではなく、芸術を広げるために何か仕掛けていく方が向いているかもしれないと思いました。

一時期日本舞踊から離れていたという小澤さん。今は少しずつ日本舞踊の仕事も再開し、踊りを通して芸術を発信している
アーティストと社会をつなぐ存在になりたい
―企画制作を2年間務められたと伺いましたが、その後はどんなことをされていたのでしょうか?
転職活動をして、人材広告企業のグループ会社で働きました。その頃には一度日本舞踊を離れたんです。中途半端に趣味のように続けたくなく、一度きっぱり切り離しました。
その後独立し、個人事業主として複数のベンチャー企業の運営をサポートをさせていただき様々な業種を経験しました。特に、PRやマーケティング業務は、今の仕事にも大きく影響していると思います。
―そしてPOP ROCK社を立ち上げられたんですね。
成果を追い求める仕事に少し心が疲れていて、気分転換にアートフェアに足を運んだんです。そこで久しぶりに自分の心が動いたことを感じ、私は芸術に触れることが好きなんだと改めて感じました。
時を同じくしてギャラリーのあるN11ビルのオーナーと出会い、ビルのギャラリースペースを活用できる人を探していると伺って、立候補しました。
せっかくやるなら趣味の延長ではなく事業として成立させたかったという思いがあり、会社を作りました。そして、自分が学生だったときに出会いたかった「アーティストと社会をつなぐ“通訳者”のような役割」を担う場所になろうと思いできたのが「日本橋N11ギャラリー」です。

日本橋三越から徒歩2分ほどの場所にある「日本橋N11ギャラリー」。1・2Fのフロアに展示されるアートは、1ヶ月に1回ほどの会期で入れ替わる
マーケティングの経験を生かし、アーティストの伴走を
―POP ROCK社では、ギャラリー運営と、企業向けのアートプログラムを軸にされていますが、ギャラリストとしてはどのようなことを心がけているのでしょう?
展示の目的、目標を明確にするようにしています。まずはアーティストの人生を紐解いて、どこに「創造の源泉」があるのか掘り当てるところからスタートします。それが見えたら、社会と接続する部分を模索しつつ、どんな展示にするかアーティストと一緒に考えていきます。作品が売れないと作家活動は継続できないので、売上や来場者数の目標も決めて、どうやったら観に来ていただけるのか相談し、ギャラリーとアーティストが協力して来場者を増やすようにしています。
2年間手探りでいろいろ試した結果、コマーシャルギャラリーとして運営することに落ち着きました。ギャラリーの運営は2パターンあって、場所貸しとしての”レンタルギャラリー”と、ギャラリーが主体となり企画する”コマーシャルギャラリー”があります。前者は利用料をもらってアーティストにスペースを貸すモデルで、後者は展示する費用はいただかない代わりに売り上げから販売手数料をいただく内容になります。
コマーシャルギャラリーはリスクがありますが、たとえ売上が0でもやってよかったと思える展示ができた方が、長い目でみたときに結果良いと思っています。でも、手放しで自由にやっていいということではなく、アーティストもギャラリーも売上がないと継続できないので、そのためにも目的、目標を設定して活動することが重要だと思っています。
―売り方がわからない、という若手アーティストにとって、小澤さんが伴走してくれるのはとても心強いでしょうね。
自分が学生のときに知っていたらよかったなと思う情報はすべて伝えるようにしています。私自身は芸を極めることからは少し距離をとりましたが、私が伴走することで芸術を生業にできるんだと気づく人が増えたら、とてもうれしいですね。

2階は白を基調にしたギャラリー。3月上旬までは新海友樹子 個展「Rebirth(再生)」が開催されていた
自身の感性を知り、豊かさを育むためのアートプログラム
―もう一つの軸である、企業向けのアートプログラムはどのようなことをしているのでしょうか?
主に、企業内でチームビルディングをする上での研修プログラムの一つとして、アートを題材にした対話型鑑賞の場を提供しています。チームで働く上で、コミュニケーション改善や、心理的安全性の構築を考えてもらえる機会になったらと思い、このプログラムを始めました。
―実際、プログラムを経験された方はどのような感想を持たれますか?
生活の中で仕事をする時間って長いですし、同僚のことは知っているつもりでも、同じ絵を見て感じたことが違ったり、普段出ないような話題も出たり、と一緒に働く人の新しい一面や感性を知ることが面白いという声はもらいます。同じ絵をみて、違う感想を持ったとしても、業務と直接は関係ないことだからこそ、気兼ねなく言い合えるという安心感もあるのでしょうね。
―こういった経験を取り入れる企業はまだ少ないと思いますが、小澤さんは今後プログラムをどのように進化させていきたいですか?
AIが普及しつつある今だからこそ、人間らしさを再認識するツールとして活用されることを目指しています。コミュニケーションの質を高めることも、人間同士だから必要になること。その一助として芸術の価値が認知されたらうれしいですね。今後も「芸術が社会の一部になる」ことを目指して、アーティストの育成やアートプログラムの充実を計っていきたいと思います。
―「芸術が社会の一部になる」って、素敵な言葉ですね。
一見、芸術って非生産的なものに見えがちですが、使い方次第で生産性のあるものになると思っているんです。日本橋って、様々な日本文化の発祥の地でもありますよね。そんな街で生まれた会社だからこそ、「芸術や文化が社会の一部になる」ことを形にして、それを価値として発信していきたいなと。今後、より多くの人にこの考え方を知ってもらうために、ギャラリーで発信するだけでなく、著書なども手掛けていきたいと考えています。

取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔
株式会社POP ROCK
「ビジネスはアートで進化する」をコンセプトに、アートを活用した人材研修プログラムの実施、および心に残るアートに出会える場として「日本橋N11ギャラリー」の運営を行なっている。
https://pop-rock.jp