Interview
2024.02.29

ダンスを通じて日常を豊かに。ダンサーエージェントが街にもたらすものとは?

ダンスを通じて日常を豊かに。ダンサーエージェントが街にもたらすものとは?

パフォーマーの聖地・ニューヨークのアポロシアターのコンテストで史上初の9大会連続優勝を経て、マドンナのワールドツアーの専属ダンサーを務めたTAKAHIROさん。近年は、櫻坂46や日向坂46といったアイドルグループから世界陸上大阪大会まで、ダンスコンテンツを軸にした振り付けや演出の支援でも知られています。その活動拠点となるのが、日本橋で主宰するダンサーエージェント・INFINITY。日本のエンターテイメントを支える同組織のビジョンと街への想い、ダンスの根源的魅力について伺いました。

「現実にも忍者がいた!」の感動から、独学でダンスの世界へ

―TAKAHIROさんとダンスとの最初の出会いを教えてください。

高校生のときに、風見しんごさんが歌って踊る映像を見て衝撃を受けました。ブレイクダンス、アクロバット、ロボットダンス…と自由自在にパフォーマンスする様子が、まるで忍者のように思えたんです。子どもの頃は、忍者の本をボロボロになるまで読むほど、忍者に憧れていたので「現実の世界にも忍者がいる!」と心を掴まれたんです。それ以来、自室でひとりダンスの練習を始めるようになりました。その後18歳で大学のダンスサークルに入り、本格的にダンスに取り組み、色々なジャンルのダンスを踊るようになりました。

―その後、23歳で単身渡米されます。マイケルジャクソンやスティービーワンダーが見出されたアポロシアターでの「NY APOLLO Amateur Night TV Show」に出場し、史上最高記録となる9大会連続優勝を達成しました。

タイミングが良かったと感じます。当時は、今のようにたくさんの若者がダンスをやっている時代ではありません。自分の想像や、数少ないダンス映像や資料、目の前の先輩がやっている技などをつなぎ合わせたのがマイスタイルでした。アポロシアターで披露したのも完全自己流のダンスで、現地では初めこそ困惑されましたが、徐々に新鮮さをもって受け入れられました。煌びやかな衣装の他の出場者の中で、お金がなくて5枚で20ドルのTシャツを着回しパフォーマンスしていたことも、功を奏したかもしれません。
あえて一つ、あのときの自分を褒めてあげるとしたら、行動力です。ダンスに関して、東京ではすでに評価をもらっていたけれど、世界一の環境でチャレンジしたい一心で、アメリカ行きの飛行機に乗りました。その行動があったから今に繋がっていると思います。

ー2009年には、マドンナのワールドツアー(18カ所30公演)の専属ダンサーに抜擢されますね。

実は、そこに至るまでに挫折も味わいました。コンテストで名を知られるようになって、さまざまな仕事が舞い込みましたが、なかなかうまくいかなかったんです。オリジナルなスタイルは磨いてきたけれど、皆で共有できる基礎的な技術を習得していなかったものですから。3年間ダンスの基本を学び直した末の招聘だったため、すごく嬉しかったです。

マドンナのツアーでは、トップオブトップのエンターテイメントがいかに構築されているかを知ることができました。たとえば、一般的なアーティストが1カ月かけるリハーサルをこのツアーでは3カ月かけます。つまり、「OKライン」が極めて高いんです。課せられた振り付けを完全に踊りこなすのは当然で、さらにそこから微細な表現を突き詰めていく。単純なことを徹底的に作り込むことで、途轍もないものができあがるんです。そのレベルまで達すると、“型”を超えてパフォーマーが自分を全開放できる、ゾーンのような状態にも入ることを体験しました。

S__6406221_0

“ダンスの一級建築士”も所属する、ダンスエージェント「INFINITY」とは?

―2011年に日本に帰国され、2013年にダンスエージェント「INFINITY」を立ち上げられました。そのきっかけは?

東日本大震災です。私がダンスをする根幹に、大切な友達や家族、お世話になった方たちに見てもらうことがあるのをあらためて感じ、日本に戻ることにしました。また、その頃には日本のダンス人口も増えていたため、自分がアメリカで積んだ特殊な経験を共有したい気持ちもありました。しかし、当時の日本では、ダンスはまだ趣味的な扱いで、職業として捉えられきれていませんでした。プレイヤーは多くいるのに、彼らが思いっきりダンスを磨いた後に、活躍できるフィールドがない状況を変えたいと考えました。
そこで注力したのが、振り付けの受注です。たとえば5人グループの振り付けをつくるためには、5人のテストダンサーが必要で、さらにアーティストを指導するダンサーの仕事もつくれます。最初は、私が素敵だと思うダンサーに協力していただき実績をあげるうちに、作品数や担当するグループ規模数も増えていきました。
組織に関わるダンサーも増えて、立ち上げて10年余り経った現在では約100人が在籍し、私たちが担当した振付作品YouTubeの累計再生回数は約10億回になりました。活躍の場も広がっていて、振付制作ダンサー、コンサートダンサー、ミュージックビデオダンサー、ステージングディレクター、そして私のような振付師として、ひとりでアーティストのダンスを監修するメンバーも育っています。他にも、たとえば、東京ドームのライブで、アーティストが移動する時間の計算式をつくり、ステージを構築する“ダンスの一級建築士”や、テレビの収録の際にカメラ位置をすべて把握し、出演者の動きや画角を考える“技術的スペシャリスト”もそろってるんですよ。

―日本のエンターテインメントを支えていらっしゃることを実感します。

表だって目立つ仕事ではありませんが、ありがたいことに多彩な企画に関わらせていただいています。近年では、櫻坂46、日向坂46、SEKAI NO OWARI、緑黄色社会、ゆず、矢沢永吉さんの他、大河ドラマ「どうする家康」の振り付けを担当しました。勢いあまって、大河には直江兼続役として出演もしています。

ー私たちは完成した作品のみを拝見していますが、ダンスの振り付けをつくるときには、どんなプロセスをたどられるのでしょうか?

おおよそ、プロジェクトが定まり楽曲が決まった段階で、クライアントから提示された納期にあわせて振り付け制作を行います。制作物を提出した後は、クライアントとやり取りして必要があれば調整を行い、確定した内容をアーティストに伝える段階に入ります。そして、実際の現場で振り付けを再現します。INFINITYの強みは、決められた制作期間内にきっちり作品を仕上げることだと思っているのですが、。それが可能なのは、この日本橋のスタジオで日々作品をつくることを通して、密にコミュニケーションを取れているからだと思います。

S__6406220_0

日本橋は、一流のスペシャリストが集まる街

―ダンスコンテンツを発信する活動拠点を日本橋に設けられたのはなぜでしょうか?

個人的に、日本橋はニューヨークと似ている感覚があります。都市の真ん中に広大な道路が通っている目抜き通りはまるで五番街のようですし、各領域の一流が集っている印象もそうです。老舗商店や百貨店、銀行や証券会社、アートギャラリーや専門問屋など、明確な目的をもって活躍しているプレーヤーが日本橋には多いと感じます。
来訪者の方にとっても、たとえば「洋食が食べたい」「日本食が食べたい」といった意思があれば、最高の解答に巡り会えるような街ではないでしょうか。もちろんなんとなく訪れた方も、日本橋の活気あるエネルギーに触れることで、ポジティブな気持ちになるかもしれません。INFINITYも、一流が集うこの街でサバイブできるような存在になりたいと思ったんです。

―2023年6月には、マンダリン オリエンタル 東京が主催した「グローバル ウェルネスデイ(毎年6月第2週目の土曜日に世界各国で開催されるウェルネス・ソーシャルイベント)」に参画されました。地域イベントに参加されていかがでしたか?

福徳の森を舞台に、日本橋にゆかりのある方を対象にしたダンスイベントを開催しました。ストレッチ、エクササイズを含めたダンスレッスン後、参加者全員でひとつのダンスをつくりあげるところまでを約90分で実施しました。私は当日のパフォーマンスを監修し、INFINITYからはダンス講師を3人派遣しました。日頃のダンスコンテンツ制作における知見をぎゅっと詰め込んだ楽しい時間を共有できたのではないかと感じます。

皆さんが声を出して、笑顔でダンスしている様子を見るのも嬉しかったし、私自身、人と人とのつながりを感じられて、本当に幸せでした。INFINITYで日頃やり取りしている方の多くはエンターテイメント業界のため、一般の方と直接関われる機会は貴重です。ダンスの喜びを再確認できるこうした機会をより持ちたいと思いますし、スタジオから外に飛び出して、日本橋をエンターテイメントで色付けするお手伝いもできたら光栄です。

GWD

福徳の森で行われたイベントでは、多くの参加者が心地よく体を動かした(編集部撮影)

世界中の人と共有できるダンスの可能性

―ダンスが中学校保健体育の必修科目になったり、部活動でダンス部が人気だったり、最近ではダンスが私たちの日常に根付いたように感じます。

まさに、ダンスが日本のサブカルチャーからカルチャーになりました。ダンスに取り組む若者が増える中で、光り輝くダンサーも出てきています。ただそのきらめきは、そのままにしておいたら消えてしまうような儚さがあると思います。私の命題は、彼らの輝きをいかに持続、発展させられるかだと捉えています。

プロのダンサーでなくともダンスは、世界中の人と共有できる根源的なコミュニケーションツールです。ダンスをやると、まだ言葉が話せない小さな子どもがニコニコ踊り出したり、言葉で語るのが苦手な大人が雄弁に動いたりすることがありますが、一番シンプルな言語と言ってもいいかもしれません。日常を豊かにするものとして、言葉と共にダンスも活用してほしいです。

私は楽曲の振り付けをする中で、歌詞の内側に込められた、隠された本音やメッセージに、ダンスでもって共感することがあります。歌にダンスが組み合わさることで、楽曲の文学性がより深まるなど、ダンスにはたくさんの可能性があると感じます。

S__6406218_0

―ますます、演出された振り付けを拝見するのが楽しみです。最後に、今後のINFINITYの活動として、TAKAHIROさんがチャレンジされたいことはありますか?

ふだんINFINITYのメンバーは黒い服を着て、ステージの裏でアーティストをバックアップするのがミッションです。でも実はメンバー1人ひとりに、実はすごくカラーがあります。メンバーの唯一無二の個性を、世の中にまた別の出口で発信していくことに取り組みたいです。今でも、ファンの方が好きなアーティストの応援の一環として、INFINITYのダンサーをチェックしてくださる状況はありますが、メンバーそれぞれにファンができるような未来をつくっていきたいです。
それから、日本橋の音楽家や写真家などのクリエイターとコラボレーションし、「メイドイン日本橋」のエンターテイメントを、この街から創出することにも興味があります。よろしければぜひお声がけください!

05

アイドルグループの新曲を振り付け中のTAKAHIROさん。所属ダンサーとともに、毎日のように作品づくりをするこのスタジオは、INFINITYの根幹であるそう

127143786

蛇の市本店

文豪・志賀直哉も愛した江戸前鮨。打ち合わせにご来社される、エンターテイメント業界の方にもおすすめします(画像:公式グルメサイトより)。また、洋食も提供されるカレー店「シンセリティ」も“LOVE”なお店です。

取材・文:皆本類 撮影:岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine