蓮沼執太チーム×中村佳穂 一夜限りのコラボレーション「Sakura Music Night」ライブレポ&インタビュー
蓮沼執太チーム×中村佳穂 一夜限りのコラボレーション「Sakura Music Night」ライブレポ&インタビュー
音楽作品の制作やプロデュース、アート、映画、演劇、ダンスとのコラボレーション、果てはフィルハーモニーオーケストラの敢行までを行う音楽作家の蓮沼執太さん。そして、ソロ、デュオ、バンド…と一つとして同じ演奏がなく、聴くたびに新しい世界を見せてくれるシンガーソングライターの中村佳穂さん。音楽表現を通してチャレンジを続け、ジャンルを超えて多くの人を触発する二人のスペシャルライブが4月5日、東京・日本橋の「福徳の森」で開催されました。桜をモチーフにしたデジタルアートと連動した幻想的なパフォーマンスをアーカイブ動画とともに振り返りながら、「出会いから3年越しだった」という本コラボレーションについて、終演後に行ったインタビューの内容をお届けします。
桜の灯りの中で新曲「CHANCE」を初披露、 “蓮沼チーム”によるミニマルな編成にも注目。
連日の寒さをようやく抜けて、春の心地良い夜風が吹いた2019年4月5日。蓮沼執太チームと中村佳穂さんによるライブイベント「Sakura Music Night」が開催されました。会場となった、東京・福徳の森には19時開演の1時間以上も前から多くの人が集合。4倍の抽選倍率の中から選ばれた225名の来場者をはじめ、近隣のビジネスワーカーも、神社に隣接した広場の中に現れた桜のデジタルアートのもとに突如設置されたステージに注目。「一体何が始まるのか?」と足を止める光景も見られました。
本企画は、3月15日に始まったイベント「日本橋 桜フェスティバル2019」の終盤を締めくくるもの。連日のイベントを華やかに照らしてきた、桜の木を模した高さ8mの「The Tree of Light -灯桜(ともしざくら)-」が有機的に輝き出すと、アーティストの登場を待ちわびる会場の高揚感は最高潮に。「みなさん、こんにちは。蓮沼執太チームです」という挨拶とともに、蓮沼さんが登場しました。
蓮沼執太さん
この日登壇したのは、蓮沼執太、石塚周太(G)、斉藤亮輔(G)、イトケン(Dr)、Jimanica(Dr)という、ツインギター&ドラムの“蓮沼執太チーム”。16人の大所帯である「蓮沼フィル」の代表曲である「ONEMAN」を皮切りにステージが始まります。
蓮沼執太チーム
「みなさん僕らの演奏に付いてきていますか? 桜の光がきれいですね」という蓮沼さんのコンダクトのもと、さらに蓮沼フィルの人気曲をミニマルな編成で演奏。音楽に合わせて葉の色を変えていくThe Tree of Lightの演出のもと、気持ち良さそうに体を揺らす来場者がそこかしこに見られました。
蓮沼執太チームと中村佳穂さん
「ここでゲストをお呼びしたいと思います」と蓮沼さんが言うと、中村さんが登壇。昨年末にレコーディングをしたという新曲「CHANCE」が初披露され、蓮沼さんと中村さんのツインボーカルに会場全体が魅了されます。「この流れに羽ばたいていけば…」という、背中を押ししてくれるような歌詞にも勇気付けられるようでした。
「奇跡みたいにきれい」 日本橋の街を歌ったアドリブも。
中村佳穂さん
続いて中村さんのステージは、「こんなところで弾くことなんて、一生に一度でしょうね」というひとりひとりに話しかけるような優しい声ともにスタート。おもむろにキーボードを弾きながら頭上の色とりどりに煌めく桜の灯りを見上げ、会場を囲むビル群へと視線を移して、「まだ残業しているのかしら?」、「ここから見える1つひとつの灯りの先に人がいるなんて」と即興で歌い始めます。
そして、ユーモアを交えた自己紹介や観客への盛り上げ、さらに「思いを馳せてもぼくらには分からないことばかりですね。音楽はそんな一番分からないものみたい。分からないけれど、奇跡みたいにきれい」と音楽に対する思いまでをも旋律に乗せて、その場で音楽に立ち上げていく中村さん。まるで、日本橋の街とこの時間に立ち会うすべてとコラボレーションするかのような演奏に、会場は優しい一体感と清浄な雰囲気に包まれました。
奇しくもこの日は、「FUJI ROCK FESTIVAL '19」に蓮沼フィルと中村さんの出演が決まったタイミング。2016年、同フェス初出演の際に披露した「口うつしロマンス」を歌い上げた中村さんが、「3年前よりもうまく歌えたんじゃないかな」と言うと観客は拍手で応答します。
その後、本イベントのための特別なコーラスメンバーとして、ドラマーのsenoo rickyさんとT.A.M.M.Iさんを招聘。最新アルバム『AINOU』にも収録されている楽曲を、3人のハーモニーでしっとりと聴かせました。
中村佳穂さん、senoo rickyさん、T.A.M.M.Iさん
最後は、自身も大好きな曲だと語る「きっとね!」を演奏。途中にT.A.M.M.Iさんの絶妙なアドリブやsenoo rickyさんの重低音な美声を挟みながら、「また何度でも会えますように」というメッセージとともにステージを終えました。
<終演後のインタビュー>「最初の一歩」を恐れない二人の3年越しのコラボレーション
—今回のコラボレーションは、蓮沼さんからの呼びかけから始まったそうですね。MCでも少しありましたが、お二人の出会いは中村さんの学生時にまでさかのぼるとか?
中村佳穂さん(以下、中村) :そうです。大学時代に友人の井上理緒奈(中村さんのライブでVJを手がける)から蓮沼さんが大学にいらっしゃると聞いて。それで自分の授業を休んで、専攻外の映像コースまで会いに行きました。それからはお互いSNSでフォローし合ってはいたのですが、密に連絡を取り合うようなことはなかったので今回3年ぶりに連絡をいただいて驚きました。
蓮沼執太さん(以下、蓮沼) :そのとき佳穂ちゃんに「音楽をやっている」と聞きました。理緒奈ちゃん経由でPVやライブ映像なども観させてもらったんだけど、透明感ある歌声が記憶に残っていたんです。それ以来ずっと僕にないものをすべて持っている人だと感じていて。去年一緒にスタジオに入る機会もあって、今回ご一緒するのは良いタイミングかなと思いました。
—ご自分にないものとは?
蓮沼 :こう言ったら語弊があるかもしれないけど、僕はいわゆるシンガー・ソングライターではないのですね。作曲家として曲をつくって、その自曲をたまたま本人が歌っているという感じなんですね。だから歌い手には憧れちゃいます。今、その場で思っていること、感じていることを素直に、体を震えさせて声に出すというあり方に。
なので、フリースタイル・ラッパーのように、状況や環境とコラボレーションして発信するということにも憧れます。今日佳穂ちゃんが最初にやった即興演奏がまさにそうで。それを音楽にのせて、旋律にのせて、実際にやっているのを目の前にすると圧倒されちゃいますよね。
中村 :いやいや全然…。いつも企画書をいただいたときに、事前に何回もシュミレーションするんですよ。今回は、桜の樹の下で歌自体にフォーカスしてもらうとお客さんの気分がいいんじゃないかと全体の構成を考えました。でも現場の環境を見て感じることってあるじゃないですか。今日は日本橋に来て、近くに神社があったり、どこまでも続くビルがあったり…、それを見て心に浮かんだことをアドリブにしました。
私こそ、蓮沼さんの色々な人と一緒に音楽をやるという開かれた姿勢を尊敬しています。そして、「蓮沼フィル」や「蓮沼バンド」、今日の「蓮沼チーム」のように編成自体に色々なパターンがあって、企画に合わせてそれをガチッと決めてくる。そのバランス感覚に惹かれます。私は、その日のお客さんの様子次第で内容がギリギリまで決まらなかったりして、それを自分ではあまりいいとは思っていないので。
「僕にとっての先輩ばかり」と蓮沼さんが語る「蓮沼チーム」のメンバー
蓮沼 :そうなの?すごくいいことだと思います。ギター2つ、ドラム2つに僕っていう「蓮沼チーム」は数年ぶりに組んだもので。演奏前は実際にやってみないとどんな感じになるか分からないところもありました。僕はどちらかというと事前にきちんと決め込んで本番にのぞむよりも流動的になりたいと思っていて、スリリングな状態で挑戦したいんですよね。実は今日のアレンジも新曲以外は即興とまではいかないけれど、ほとんどアドリブで演奏しています。枠組みだけつくって、あとは中身で自由に遊ぶみたいな感覚で演奏していました。
—中村さんも今日は初編成でしたね。
中村 :はい、京都からsenoo rickyさん、T.A.M.M.Iさんをコーラスメンバーに迎えました。自分を強く持っている人が好きなんです。歌われた瞬間に私から注目が奪われるんじゃないかって、冷や冷やするぐらいの人が呼びたかった。T.A.M.M.Iさんはクラブを中心にソロで歌っていて、リッキーさんはドラマーとしても素晴らしくて歌まで歌える稀有な人で。別々に活躍している二人と今回一緒にやってみたいと思って組んでみました。
2人のコーラスが活きる選曲にしたと中村さんは振り返る
—今日は、お二人が製作された新曲「CHANCE」も一緒に歌われました。
蓮沼 :これはギリギリに決まりましたね、まぁリハーサルでダメだったらやめようと考えていたんです。結局は「一期一会」ですから、現場で一緒に音を出してみて面白いかどうか。でも、手応えを感じることができたので演奏しました。
中村 :すごく楽しくやらせてもらいました。やっぱり、当日分かることってありますよね。お客さんが女性が多いのか、男性が多いのか。どんなテンションで来ているのか。意外とお客さん同士の間隔もあると思って、満員電車のような状態か、隙間があるのかどうかでも似合う曲が変わると思うんです。
—今回はTree of Lightの演出もあって、独特の雰囲気の中での演奏だったのではないでしょうか?
蓮沼 :演奏中は鍵盤を弾きながら、歌いながら、メンバー同士でアイコンタクトを確認しながらセッションしていたので、桜の演出のことはあまり分からなかったんです(笑)。でも佳穂ちゃんの出番のときにゆっくり全体像が見られました。目の前の演奏も、YouTubeの映像(当日のライブパフォーマンスの模様はYoutubeでのライブ配信された他、日本橋エリアの数店舗でパブリックビューイングが実施された)もそれぞれに美しかったですね。
中村 :私はカメラワークをモニターで見ていて、4Kですか8Kかな? ミュージックビデオでもなかなかないクオリティだと驚きました。ぐわーっと森を見下ろす俯瞰のカットがあったりして、映像はライブとはまた違った良さが出ていたんです。アーカイブを観た方にも、今日みんなすごくいい時間を過ごしたということが伝わればいいなと思います。
蓮沼 :同じことを繰り返すのが好きじゃないので、つい新しい行動をしてしまうんですが、特に意識的に挑んでやるぞ!というつもりはないですね。でも、“自然体でチャレンジをさせてもらっている”という面はあるかもしれませんね。この人にこれをオーダーしたとして、その注文通りのものが返ってこないと困る、という共通認識が広がっているような世の中に感じます。自分自身をそういった予定調和や決められた枠内で収まろうとせずに、実行したいことを素直に行動して、それを受け入れてくれる皆さんがいる。それ自体がチャレンジングなことにも思えますし、やめないで続けることは大切なんだと思っています。
例えば、蓮沼フィルでは様々なタイプの演奏家と一緒に音楽を作っています。人と一緒にやるという有限性の中で、お互いにできる限り楽しく接触しようと試みることは、作家として自分の表現を追求し続けられる自分にとっては興味深いことです。佳穂ちゃんは何かチャレンジしていることはある?
中村 :私のチャレンジは“日々”ですね。私の仕事は、日々ライブやフェスが最高に盛り上げるための人選をしてくれと言われているようなもの。本番の舞台を想像して、そこに誰が来たら一番しっくりくるかを毎日考えているようなものなんです。だから私にとって、常にどういう人と関わったら楽しいかとアンテナを張り続けているのもチャレンジだし、関わった人のそのタイミングでの色々なコンディションと向き合うのもチャレンジ。今日のような空間やフジロックもそうですが、舞台が私をさらに成長させてくれています。それも踏まえて、今年はさらにいい人選ができるといいですね。
—最後に、春になって何かしらの節目を迎えたり、新たな一歩を踏み出す人へメッセージをいただけますか?
蓮沼 :チャレンジの話にもつながりますけど、新しいこと始めるって不安だと思うし、当然すべてが成功するわけでもない。でも、すべてが失敗ってわけでもないんです。何が正解か不正解だけをこだわらずに失敗を恐れずに進めたらいいですね。佳穂ちゃんと僕に通じるものがもしもあるとすれば、「最初の一歩」を恐れないところかもしれません。自分だけそう思っていたら恥ずかしいですけど(笑)。
中村 :いえ、とってもうれしいです。私は場所が育ててくれるものが大きいなぁと思っていて。ひとりでいるときと会社にいるときで性格が変わるように、場所によって自分って変わるものなんじゃないでしょうか。だから、1つの自分にとらわれ過ぎないでほしいし、場所に合わせようと無理に頑張りすぎなくていい。
ただ、場所を選択することは自分次第でもある。その選択の瞬間を常に頑張り続けることで、自分を進化させられると思うんです。場所を選択し直すことだってできる。だから、もっと気軽に新たな場所に飛び込んで、楽しんじゃえばいいんじゃないかと、今日ウキウキと神社に参拝している人を見ながら思いました。
取材・文 : 皆本類(Konel) 撮影 : 五十嵐絢也
蓮沼執太 Shuta Hasunuma
1983年東京都生まれ。「蓮沼執太フィル」を組織して国内外でのコンサート公演をはじめ、映画、演劇、ダンス、CM楽曲、音楽プロデュースなど、多数の音楽制作をする。最新アルバムに蓮沼執太フィル『アントロポセン|ANTHROPOCENE』(日本コロンビア 2018)。また「作曲」という手法を応用し物質的な表現を用いて、彫刻、映像、インスタレーション、プロジェクトなどを制作し展覧会を行い、主に音というメディウムを用いて多様な方法で活動する。2013年にアジアン・カルチャル・カウンシル(ACC)のグランティとしてニューヨークへ。2017年に文化庁・東アジア文化交流史に任命されるなど、国外での活動も多い。主な個展に『Compositions』(ニューヨーク・Pioneer Works 2018)、『 ~ ing』(東京・資生堂ギャラリー 2018)など。第69回芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。
中村佳穂 Kaho Nakamura
数々のイベント、フェスの出演を経て、その歌声、音楽そのものの様な彼女の存在がウワサを呼ぶ京都出身のミュージシャン、中村佳穂。ソロ、デュオ、バンド、様々な形態で、その音楽性を拡張させ続けている。ひとつとして同じ演奏はない、見るたびに新しい発見がある。今後も国内外問わず、共鳴の輪を広げ活動していく。
2016年、『FUJI ROCK FESTIVAL』に出演。2017年、tofubeats『FANTASY CLUB』、imai(group_inou)『PSEP』、ペトロールズ『WHERE, WHO, WHAT IS PETROLZ?? -EP』に参加。 2018年、自身のレーベル「AINOU」をスペースシャワーミュージック内に立ち上げ、同タイトルのアルバムを11月7日に発表した。