Interview
2021.03.31

漫画『日に流れて橋に行く』が描く、矜持と覚悟の街・日本橋。

漫画『日に流れて橋に行く』が描く、矜持と覚悟の街・日本橋。

明治末期の日本橋を舞台に、老舗呉服店の三男である主人公・星乃虎三郎と、謎の男・鷹頭が、百貨店へと業態を変えながら店の再建を目指す──。雑誌「クッキー」(奇数月26日発売:集英社)で連載中の漫画『日に流れて橋に行く』をご存知でしょうか?日本橋の名所の数々が美しい描写で登場し、表現豊かなストーリー展開で人気を博す同作。この春には「榮太樓總本鋪日本橋本店」、「日本橋弁松総本店日本橋本店」、「にんべん 日本橋本店」、「山本海苔店日本橋本店」といった日本橋の名店とのコラボキャンペーンにも発展し、日本橋と縁深い作品として存在感を強めています。今回はその作者の日高ショーコ先生に、作品制作の裏話や日本橋に対する思いなどを聞きました。

明治末期の日本橋は、現代に通じる舞台

―まずはじめに、『日に流れて橋に行く』の着想について教えてください。

「呉服店を描きたい」と思ったのが最初のきっかけです。それで呉服店について調べていくと、やはり「三越」が強くて。そこから全てが始まっていると言ってもいいくらいに三越の資料はたくさん残っているんです。その時に「調べればわかることをそのまま描いても面白くならないんじゃないか」という思いが強くなって、架空のお店を創ることにしました。その上で、多くの呉服店が切磋琢磨し常に競争がおきていた、明治末期の日本橋を作品の舞台にすることにしました。

冒頭シーン

(©日高ショーコ/集英社) 明治末の日本橋を舞台に、物語の主人公である英國帰りの若者・星乃虎三郎が実家の老舗呉服店「三つ星呉服店」の立て直しに奮闘する

9割くらいは想像で描いているのですが、史実も交えつつ当時の様子を再現できればいいなと思っています。新宿などの街と違って、日本橋は昔から人が賑わう都市だったので、写真を含めて歴史的な資料がたくさん残っていて助かります。たとえば物語の象徴的なシーンである日本橋の開橋式(現在の石造の橋への架け替えを記念した式典)も史実に基づいたもの。多くの取材記事のおかげで、当日の雨の様子や皆が傘をさしていたことがよくわかりました。 

開橋式

(©日高ショーコ/集英社)雨に見舞われた新日本橋開橋式。虎三郎たち「三つ星呉服店」はこの雨を一つのチャンスとして捉え、ある試みを実行に移す

明治末期が舞台である理由はどこにあるのでしょうか?

個人的に明治末期が好きだったのが理由でしょうか。そして当時の呉服店は現在の百貨店という形式に発展する過程にあって、日本橋では三越と白木屋が大きく争っていました。白木屋が何かやれば三越が真似をして、三越がやれば白木屋が真似をするという競争がたくさんあって、それがおもしろいと感じましたし、当時の人々も面白いと感じていたようです。徳川の封建制度が崩れて資本主義が発達し、明治中期には買い物という概念が生まれたのですが、当時すでにワンプライスショップができていたり、これは大正に入ってからですが、竹久夢二が自分のデザインした千代紙や便箋を売る店があったりと、現代の私たちの生活に通じるものが生まれた時代だと思います。

―時代は違えど、現代と似た要素があるから多くの人の共感を呼ぶ作品なのでしょうね。

明治末期の話でも、現代の言葉と感性で描くことを意識はしています。なるべくストレスなく読んでいただければいいなと思っているんですよね。

ほかにも明治末期から大正初期にかけた時期と現代には、想像しやすい点が多くあると思っています。大きな戦争があった後だし、疫病も常にあった。政治的にも大変なことは起こっているはずなのに、人々にはそれを気にしない雰囲気もあるんです。ごく普通に自分の生活をして、仕事をしている。こういうのって、今の私たちの生きている時代と似ているのかなと思って描いています。

―史実を調べることで時代の雰囲気や現代との共通点が見えてくるのは面白そうです。

調べれば調べるほど日本橋への親近感がわきました。そうそう、本編の季節が夏だった時に川開きの花火を描こうと思ったのですが、どこにもそうした記録がなかったことがありました。「何で?」と思って調べたらこの作品の時代設定である1911年(明治44年)の前年に関東大水害があって、死者・行方不明者が800人を超えていて。今の私たちにも実感できる、本当にひどい災害なんです。「これは翌年に花火なんてできるはずがないし、自粛したんだろうな」と思ったら、「まったく自粛、自粛ばかりで、つまらない」と言っている人たちの記事が雑誌に載っていて。今も同じようなセリフは聞くなあと思いました(笑)

主人公・星乃虎三郎と、謎の男・鷹頭はロンドン留学から日本橋に帰ってきた設定です。彼らの留学先としてロンドンを選んだ理由を教えてください。

当時は日本人、特に商売人の留学先としてロンドンやアメリカが代表的だったから、というのが大きいです。三越の創業者である日比翁助もロンドンのハロッズを視察していますし。ロンドン留学といえば夏目漱石が有名ですが、いちばん参考になったのは「大阪朝日新聞」の特派員である長谷川如是閑(はせがわにょぜかん)の記録です。ちょうど作中の虎三郎が留学した時期に、特派員として当時のロンドンを記録しているので作品作りでも役立ちました。

そしてこれは結果的に時期が一致したのですが、当時のロンドンでは激しい女性参政権運動があったことから、鷹頭や虎三郎はそれを現地で見ていたという設定にしました。二人が他の日本人と比べて女性に対する先進的な考え方を持っているのもそれが理由です。

ロンドン回想

(©日高ショーコ/集英社)作中では回想シーンとして虎三郎の英国留学の様子が描かれる。日本橋とはまた違う活気と洗練された街の様子が窺える

―個性的な登場人物たちからは、女性活躍やイノベーション創出などの現代に通じるテーマも感じますが、それは意識されてのことですか?

いや、特に意識はしていないですね。虎三郎や時子(「三つ星呉服店」初の女性店員)に関しては今の人っぽい感覚を取り入れながらも、この二人を通して何かメッセージを発信したりするのではなく、なるべく前向きで読んでいて気分が良くなるキャラクターにしたつもりです。虎は「日本を変えよう」と大きなことを考えているというよりは、「自分は日本橋で生きていかなければならないのだから、少しでも環境をよくしよう」とする人物です。時子はあえて何も考えていない、好きなことしかしない(笑)、女性読者にも応援してもらえるようなキャラクターにしたつもりです。

時子登場

(©日高ショーコ/集英社)もう一人の主人公とも呼ぶべき女性・卯ノ原時子。ファッションへの強い興味関心と長身を見込まれ、「三つ星呉服店」初の女性店員として働くことに

矜持と覚悟を持った人たちが集まる街、日本橋

日本橋を舞台とした漫画を描くにあたって取材にも行かれたと思いますが、街にどのような印象を持ちましたか?

まず、中央を走る道の広さに驚きましたね。「江戸の頃から整理された、完璧な街なんだな」と感じました。新宿や渋谷は戦後に不規則に建てていった感じがしますが、日本橋はしっかりと整理されていたから、その美しい区画を残す方向で開発が進んできたんでしょうね。そして、昔の地図と現代を照らし合わせると、大体同じ場所に同じ店があるんですよ。小さい長屋だったのが一個のビルになっていたり、逆にビルを解体して細かい建物にしていたりといった違いはありますが、大体そのままなんです。そして日本橋の人たちが頑張ってきた結果だと思うのですが、当時の地名が残っている場所が多く、その由来も調べれば江戸時代に遡って出てきます。だから、日本橋は地図ひとつを見てもおもしろい街だと思います。

長い間脈々と受け継がれてきた街なんですね。

歴史もありますし、先進都市でもあったんですよね。電気が通るのも早かったし、小さな商店でも個人の家でも電気が通っていたということは、作中では描いてないのですが、きっと空は太い電線だらけだったんじゃないかと考えています(笑)。そして街の人たちは、日本の中心である大都会に住んでいるという矜持を持っていたんじゃないかなと。そして、現在も日本橋の方々はその矜持を持ち続けているのだと思います。日本橋は家業を世襲で継ぐことが多く、代々同じ名前を襲名する老舗もあるほどです。想像でしかありませんが、そうした覚悟を背負っている方々のことは本当にすごいなと思います。「嫌になっちゃったから転職しよう」なんてことが簡単にできないですから(笑)。覚悟を持った人たちが集まっている街ですよね。

早朝

(©日高ショーコ/集英社)3年ぶりに日本に帰ってきた虎は、日本橋の活気を実感しながら、その街で家業を継いで働くことに対するプレッシャーを覚える

日本橋の人たちと作品についてお話をされたことはありますか?

担当さんと相談した結果、あえて取材はしないことにしました。国会図書館で調べてわかる範囲でベースを構成して、あとは想像で描いた方が自由な作品にできるだろう、と。でも、ありがたいことに街の人たちの方が私たちの作品を気にしてくださっていて。昨年の夏には誠品生活日本橋様(COREDO室町テラス内の書店)との共同施策として、展示や商品販売をさせていただいたのですが、その際に日本橋弁松総本店の代表の樋口さんがいらしてくださって、お土産と一緒に感想を書いた長いお手紙をいただきました。「日本橋を舞台とした作品はあまりないし、商いについて書かれている作品だから、いつも楽しく読んでいます」とあって、とても嬉しかったです。その後、直接お会いした時に日本橋の描写について「あれで大丈夫でした?」とおそるおそる伺ったのですが、「大丈夫」と言っていただいて安心したのを覚えています(笑)。

現在の日本橋についてはどのような印象を持たれていますか? 

日本橋は変わり続けている街だと感じます。とくにここ数年で新しい商業施設や企業が入ってきたりと、どんどん変わっていっている気がします。漫画の中でも街が変わっていきますが、現代の日本橋でもそれが続いている印象ですね。三越や丸善には当時の有名人や文豪が客として来ていたという記録も残っていますし、そうして人と人とが交差することで新しいものを生み出してきた街なのではないでしょうか。現在はコロナ禍ですが、店舗の方々はみんな感染対策をしつつ、工夫されていますよね。作中でも登場人物たちが「どうやったらお店に人が来るだろう?」と日々考えながら小さな仕事を積み重ねているので、作品と現実がうまくリンクしたらいいなと考えています。

コラボキャンペーンを通して街を盛り上げたい

―今回日本橋でコラボキャンペーンを行われるとのことですが、その経緯を教えてください。

具体的な企画は集英社の担当さん達が立案したものですが、先ほどお話した弁松の樋口さんが、にんべんさんや榮太樓さんなど日本橋の老舗企業の皆様にコミックスを配ってくれていて(笑)そのおかげもあってか日本橋の街の方にも読者がたくさんいらっしゃるようでして。それで、応援してくださる老舗の方々と何かしら企画ができればと思ったことがきっかけです。コロナ禍ということもありますし、日本橋の盛り上がりにこの作品がほんの少しでもご協力できればという思いもあります。舞台として描いている街の方たちが作品を読んでくださるのは、本当に「うれしい」の一言に尽きますし、歴史あるお店とコラボすることができて本当に幸せです。

せっかく呉服店のお話を描いているので、物語さながらに着物を着てこのキャンペーンにも参加できればいいなと思っています。まだ、着物は勉強中で、難しいかなとも思うのですが。

そしてこの記事を読んだ方にも日本橋を散策しながら『日に流れて橋に行く』のシーンを思い浮かべていただけたら嬉しいと思っています。穏やかな季節の街歩きはきっと楽しいと思うので。

■日高ショーコ先生の<日本橋のお気に入り>■

1.古いお店
日本橋はぶらぶら歩くこと自体が楽しい街。古いお店を見て回るのが好きです。

2.コレド室町
コレド室町の3施設ができてから、街が一気に明るくなった気がしますね。

3.誠品生活日本橋(コレド室町テラス内)
一日中いられる本屋さんです。置いてある雑貨や商品も素敵です。

4.丸善
こちらも一日中いられる本屋さんです。実はこちらの早矢仕ライスをいただいたことがないので、食べなくてはと思っています。

『日に流れて橋に行く』共同企画

開催時期:2021/3/25(木)~5/9(日)
特設サイト:http://cookie.shueisha.co.jp/mitsuboshi

1.スタンプラリー

下記5店舗にて電子スタンプラリー(https://furari.jp/)を、実施。
・にんべん 日本橋本店 https://www.ninben.co.jp
・日本橋弁松総本店日本橋本店 http://www.benmatsu.com
・榮太樓總本鋪日本橋本店 https://www.eitaro.com
・山本海苔店日本橋本店 https://www.yamamoto-noriten.co.jp 
・誠品生活日本橋 http://www.eslitespectrum.jp
※3ポイント以上まわられた方には『日に流れて橋に行く』和紙ファイルをお渡しします。
※なくなり次第終了となります。

2.コラボ商品

・スタンプラリー参加全店舗で販売:「三つ星呉服店」をはじめ、スタンプラリーのポイントになっている5店舗の屋号があしらわれた限定手ぬぐいを販売。

手ぬぐいトリミング

・日本橋弁松総本店日本橋本店:コラボ弁当を販売。

【日本橋弁松総本店】 並六『日に流れて橋に行く』ver.-min

・にんべん 日本橋本店:本枯鰹節・飲むおだしのコラボ缶2種を販売。

にんべん 日本橋本店

 ・山本海苔店日本橋本店:コラボの海苔ちっぷす缶2種を販売。

山本海苔店日本橋本店

取材・文:照沼健太

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