Interview
2019.08.16

TRI-ADが推進する次世代のものづくり[前編] 自動運転技術がもたらす、モビリティの未来とは?

TRI-ADが推進する次世代のものづくり[前編] 自動運転技術がもたらす、モビリティの未来とは?

トヨタグループの自動運転技術をはじめとするソフトウェア開発の日本拠点として、2018年に設立されたトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社(TRI-AD)。トヨタの研究所「トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)」があるシリコンバレーのカルチャーと、日本のものづくりをつなぐ橋渡し役として日本橋に新設されたオフィスでは、各国から集うエンジニアたちによって世界最先端の開発が進められています。Bridgineでは、各方面から注目を集めるTRI-ADの取り組みを、前後編2回に分けてお届けします。前編となる今回は、TRI-ADの自動運転技術にフォーカスし、未来の人とモビリティ、そして街との関係性について、シニアバイスプレジデントの豊田大輔さんに語って頂きました。

なぜ、TRI-ADは生まれたのか?

ーまずは、TRI-ADがどんな会社なのかを教えてください。

豊田:TRI-ADは、トヨタ自動車、株式会社デンソー、アイシン精機によって設立された会社で、主に自動運転技術に関するソフトウェア開発を行っています。もともとトヨタ自動車は、シリコンバレーに「トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)」というAIや自動運転技術、ロボティックス技術等の研究機関を持っていて、ここで進めている自動運転技術に関する研究から得られた知見を、トヨタ自動車の量産開発につなげるための橋渡しをすることが、私たちのミッションです。言い換えると、まずTRIが自動運転に関するデモなどを通して「Possibility(可能か)」を追求し、私たちTRI-ADが「Feasibility(実現できるか)」の部分を検証し、最終的にトヨタ自動車が「Profitability(ビジネスとして成り立つか)」の部分を担うという関係性になります。

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TRI-ADのシニアバイスプレジデント・豊田大輔さん。

ーTRI-ADのWebサイトには、「シリコンバレー特有のアジリティと日本の強みであるモノづくりを融合」という言葉がありますが、日本とシリコンバレーの文化や開発環境、ワークスタイルなどの橋渡し役でもあるようですね。

豊田:その通りです。これまで日本のものづくりはハードウェアに強みがあり、クラフトマンシップや匠の技によって品質を高めていくという考え方が強かったように思います。一方でシリコンバレーは、ご存知の通りソフトウェアの開発に強く、スピード感を持って製品をアップデートしていくスタイルが主流です。こうした両者の特性を踏まえた上で、変化に対応しやすい組織体制のもとでデモ開発やシミュレーションを重ねていくシリコンバレー特有のアジリティ(=機敏性)と、長期的な視点からきめ細やかなものづくりを行う日本特有の考え方を共存させることで会社の文化を確立し、次世代につながる高品質なものづくりを実現していきたいと考えています。

ーTRI-ADでは、どんな人たちが働いているのですか?

豊田:現在TRI-ADには、約20ヵ国から優秀なエンジニアたちが集まっています。そのため、社内の公用語は英語です。私たちは、異なる文化を持つ人間が共存できる環境や、世界中のエンジニアがここで働いてみたいと感じ、夢が実現できそうだと思える仕事場を作り上げることがとても重要だと感じています。そのため7月に移転した日本橋の新オフィスでは、プロジェクト担当者たちを中心に、実際にここで働くエンジニアにも参加してもらいながら、オフィスづくりについてさまざまな取り組みを行いました。

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日本橋に移転した新オフィスは、世界各国から集まったエンジニアたちも多数参加したワークショップなどを通して、全社をあげてつくり上げていったという(詳細はインタビューの後編で)

ー職場環境の話とも関係してくると思いますが、自動運転技術などのソフトウェア開発というのは、従来のクルマづくりとはプロセスが大きく異なりそうですね。

豊田:そうですね。従来のクルマづくりというのは、まずターゲットとなるお客様の層にどのようなものが受け入れられそうかということを調査した上で、デザインやスペックを考え、それらが固まった後に初めてソフトウェアを開発するという流れでした。つまり、これまではハードウェア開発の比重が圧倒的に大きかったわけですが、自動運転やコネクテッドなどの潮流が強まる中で、ソフトウェア開発の重要性が日増しに高まっています。そして、今後ソフトウェアに主軸を置いたものづくりにシフトしていくと、既存の開発プロセスや働き方では対応しきれない可能性が高い。このような変化に対してスピード感を持って小さな変化を起こしていけるベンチャー企業を立ち上げる必要があったということが、TRI-ADが生まれた発端になっています。

クルマにおける移動の楽しさとは? 

ートヨタ自動車は、自動車メーカーからモビリティカンパニーへのシフトチェンジを宣言していますが、その上で重要な役割を担う自動運転技術の開発は、どのような思想のもとで進められているのでしょうか?

豊田:私たちは、世界一安全なクルマをつくるということをミッションに掲げ、それを実現するためのシステムや設備の開発を進めています。それを大前提とした上で、これは私個人の考えも含まれるのですが、モビリティカンパニーとして大切なことは、A地点からB地点へと向かう時に、人間が本能的に感じる移動の楽しさというものを提供していくことだと思っています。自分が子どもの頃の記憶はありませんが(笑)、幼い子どもが初めて一人で歩けた時、本人も両親もおそらく笑顔になったはずですよね。モビリティには人間が本質的に楽しいと感じられるものがあり、これは自動運転が実現した世界においても、モビリティに関わる会社として失ってはいけないものだと考えています。

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ークルマにおける移動の楽しさというものを、どのような形で提供していきたいとお考えですか?

豊田:自分が運転している場合も、そうでない場合も、移動すること自体が楽しいと感じていただけると良いなと思っています。渋滞している時は自動運転に任せて何か別のことをしても良いですし、クルマを走らせたくなるような道では自分でドライブができても良いですね。つまり、状況に応じた移動の楽しさというものを大切にしていきたいと考えています。また、自動運転技術を活用することによってドライバーや周りの安全に加えて、ドライバーの運転技術をサポートしたり、運転の楽しさを広げたりできるのではないかと考えています。

ーそれはどのような技術によって実現できるのでしょうか?

豊田:TRI-ADのエンジニアたちは、経験豊富なプロのドライバーの運転技術などを参考にしながら、自動運転のアルゴリズムの精度を高めていくためのシミュレーションやツール開発も日々行っています。その中で開発が進められているGuardianという考え方があるのですが、これは、道路の状況やドライバーの反応を見守り、わずかな変化や違いを察知することで作動するシステムです。これによってドライバーの状況認識力や、運転技術を高めることができるんです。

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ドライバーや同乗者を常に安全に守ること、ドライバーとクルマを一体化させることを目指す自動運転技術「Toyota Guardian ™」

安全な運転を実現するTRI-ADの技術

-「世界一安全なクルマ」というミッションの話に戻りますが、それを実現するための自動運転技術の開発は、現時点でどのくらいまで進んでいるのですか? 

豊田:現状に関して言うと、すでに現在の自動運転技術でもかなりのことができるようになっています。しかしながら、安全性に関する人間の能力というのは非常に高く、それを100%担保できるところまでは到達していないというのが正直なところです。ただ、それを実現するために日々エンジニアたちが開発を進めていますし、TRI-ADが開発しているドライバーモニタリング技術は、ドライバーの姿勢や顔から、視線や眠気、感情、意図を読み取って安全なドライブをサポートすることができるので、将来的にはより安全性を高めることができると考えています。

ー自動運転技術の普及を待望している人も多いかと思いますが、実用化の目処についてはいかがですか?

豊田:モビリティは人の命を預かるので、自動運転においても安全性という部分に関しては石橋を叩いて渡るような慎重さが求められます。その中で、実現可能なところから始めていくというのが私たちのスタンスであり、2020年にはHighway Teammateという自動車専用道路における自動運転技術を実用化する予定です。これによって、高速道路、自動車専用道路の入口から出口までの間、高速道路本線への合流、安全な車間距離の維持、車線変更、出口への分岐などが自動で行われるようになります。さらにその先を見据えて、Chauffeurという考え方のもと完全自動運転の開発も進めています。

ー未来におけるクルマと人の幸せな関係とはどのようなものだとお考えですか?

豊田:幸せの定義は人それぞれなので、一言で表現することは難しいですが、共に成長でき、良い時も悪い時もそばに寄り添っている存在だと思います。

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モビリティが変える街の風景

ー自動運転技術や、セグウェイあるいはトヨタ自動車が開発したウィングレットなどの新しいモビリティが普及していくと、未来の街の風景もだいぶ変わっていきそうですね。

豊田:そう思っています。ただ、自動運転技術や新しいモビリティをお使い頂くのはお客様なので、まずはこれらがいかに社会に溶け込んでいけるかということが重要です。新しい技術やモビリティを開発する側である私たちが、一方的に未来の街の姿を思い描き、それを押し付けるということはしたくありません。地域社会にいるみなさまと一緒に話し合いながら、クルマに限らず、陸海空あらゆるフィールドで使える未来のモビリティというものについて考えていきたいと思っています。

―拠点を置く日本橋をはじめとする街での取り組みや、新オフィスの中での実験的な取り組みなども増えていくのでしょうか?

豊田:もちろん、そういうことも検討しています。例えば新オフィスでは、データを取るということを目的に、オフィス内でウィングレットなどが使える環境を整えています。まずは自分たちが実際に新しいモビリティを体験することで、エンドユーザーとしての感覚を磨いていくことも大切だと考えています。

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TRI-ADの新オフィスは、ウィングレットやセグウェイで走行できるようになっている

ー移転したばかりのTRI-ADのオフィスづくりでは、日本橋の街からインスパイアされた部分もあるそうですね。

豊田:はい。モビリティの会社として日本橋が日本の道路の起点になっているということを意識したオフィスづくりを行いました。オフィスにあるすべての会議室に世界各国の道路の起点になっている街の名前をつけ、日本橋からの距離なども記しています。また、大通りだけでなく、路地裏も賑わっているところが日本橋のユニークな特徴なので、現在建設中の会議室エリアの外にピットと呼ばれる路地裏のような空間を設け、そこで会議の前後にちょっとしたディスカッションなどができるようにしました。

ー日本橋を拠点に選んだ理由についても教えて頂けますか?

豊田:日本橋はオフィス街であると同時に、日本の古き良きものが残っている非常に魅力的な街です。日本とシリコンバレーの架け橋としてこれ以上の場所はないですし、海外からやって来る多くのエンジニアにとっても魅力を感じられる街だと思っています。せっかくこのエリアで働かせてもらえることになったので、私たちも日本橋という地域社会の一員として、この場所をより良くしていくことに少しでも貢献できればと考えています。そうした思いから地域のお祭りなどにも積極的に参加させて頂いていますし、機会があれば日本橋に拠点を置く企業とのコラボレーションなどにも取り組めたら良いですね。

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インタビュー後編では、世界各国から集うエンジニアたちも参加したTRI-ADのオフィスづくりや、日本のものづくりとシリコンバレーのイノベーションを一体化させる次世代のワークスタイルなどについて、オフィスプロジェクトの中心メンバーの方々に伺います。

取材・文:原田優輝(Qonversations)  撮影:岡村大輔

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