Interview
2020.09.16

老舗黒板メーカーを引き継ぐ4代目が挑む、デジタル教育ツールという新領域。

老舗黒板メーカーを引き継ぐ4代目が挑む、デジタル教育ツールという新領域。

2019年に創業100周年を迎えた老舗黒板メーカー・株式会社サカワ。愛媛に本社を持ちながら、今年7月に東京オフィスを東神田に拡大移転しました。ショールームを兼ねる新オフィスには、黒板のほか、これからの教育現場を支える同社オリジナルのICT機器が並びます。「真剣に未来を変えたい人に“最強の武器”を提供する」を理念に、課題山積の教育業界を変えるべく、次々と斬新な企画を打ち出す同社。4代目の坂和寿忠社長に、その活動の背景にある思いを語っていただきました。

100年間受け継がれてきた、“挑戦しつづけ、社会に貢献する”という姿勢

―はじめに、これまでの会社の歩みを教えてください。

サカワは1919年愛媛にて創業し、もともとは漆塗り業にルーツがあります。初代がその漆技術をほかに応用できないかと考えていたところ、当時需要が増えていた学校の黒板に、漆の技術が応用できることがわかったんです。そこから弊社の前身である「坂和式黒板製作所」がスタートしました。時代とともに漆を使った製法はなくなりましたが、新しい技術を取り入れながら黒板製作に注力し、1988年に現在の社名「株式会社サカワ」となりました。その後東京や広島にも進出して拡大を続け、現在は黒板事業、ICT教育関連事業、木造事業を事業の3本柱としています。

★昔の社屋
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サカワの前身、坂和式黒板製作所の外観とカタログ(画像提供:サカワ)

―黒板事業を軸に、教育領域全体に事業を広げられているのですね。長い歴史の中で会社として大切にされてきたことはありますか?

大きく二つあって、一つは“挑戦し続けること”ですね。僕ら、100年の歴史の中でも時々皆が驚くようなぶっ飛んだチャレンジをしてきた会社なんですよ。創業時の漆を使った黒板作りも当時誰もやっていなかったことへの挑戦でしたし、その後も時代に合わせて技術をアップデートしながら、業界内でもいち早く新しい切り口の商品を出してきたと思います。

そしてもう一つ大切にしてきたのは、“会社をやるなら利益を上げるだけでなく、社会に貢献する存在であろう”というスタンスです。そもそもの黒板作りも、未来を担う子供たちの教育環境に貢献したいという思いからスタートしているので、その精神を受け継ぎながら、自社のノウハウを生かしてさまざまな社会貢献活動に取り組んできました。カンボジアでの学校建設と黒板の寄付をしたり、工場の敷地をお貸しして岡本太郎の「明日の神話」という巨大壁画の修復のお手伝いをしたこともありましたね。

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2008年カンボジアに建設されたサマキ・サカワ小学校。当時は一企業が社会貢献活動として学校建設するのはまだ珍しかった(画像提供:サカワ)

―社会貢献活動のスケールも大きいですね。その活動自体が挑戦でもあるように思います。

そうですね。会社を長く続けるコツはいろいろあるのでしょうが、 “社会貢献”と“挑戦”との両軸があったから今のサカワがあるんだと僕は思いますね。社会に貢献したいという軸は持ち続けながらも、その形はどんどん変えていくということを繰り返して、100年の時を積み重ねてきたんです。

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株式会社サカワ代表取締役の坂和寿忠さん

社長としてまず取り組んだ、事業拡張とリブランディング

―2018年に坂和さんに社長を交代されてからは、ICT 教育の分野を特に強化されていますよね。

はい。代替わりするにあたっては、僕の代で会社の事業領域を広げていかないといけないという意識を強く持っていました。少子化・機械化の中で黒板は言わば斜陽産業ですし、放っておけば業界内で価格競争になって収益性も下がっていってしまう。だから社長に就任する数年前から、今後市場の拡大が見込まれるICT教育分野に特に力を入れて取り組んできました。先代の方針を素直に引き継ぐやり方もあったのかもしれませんが、今思い切ってガラッと変えないと会社を存続できないかもしれないという危機感と、僕がこの会社の未来を作るんだという使命感がありましたね。そして会社を変革させていくにあたっては、社内の意識も変えていく必要があると思ったので、企業理念の刷新にも取り組みました。

―それはどんな内容だったのでしょうか?具体にお伺いしたいです。

もともと<教育と文化の向上に尽くす>という企業理念があったのですが、僕はこの理念に共感する一方で、やや抽象的で活用しにくい印象も持っていました。これまでの挑戦・社会貢献の精神を受け継ぎつつも、この理念をさらに一歩進んだものにできないかと考えていて。それで100周年を機に、思い切って理念の刷新・ロゴ・ウェブサイトリニューアルなどのリブランディングをすることにしたんです。刷新にあたっては、社内外のメンバーを集めて、サカワは「どういう会社か」「どういう会社になりたいのか」といったことを話し合い、改めて会社と向き合う機会を設けました。結果、導かれたのが<真剣に未来を変えたい人へ“最強の武器”を提供する>という現在の企業理念。“武器”という言葉は少々尖りすぎかなとも思ったのですが、ここには僕らの本気度を込めたくて、思い切って強い言葉を選んでみました。

また、企業理念と一緒に<まずやる。じっちょく。あたらしく。>という行動指針も設定したので、あるべき姿に向けて一人一人がどう動くべきかがクリアになったように思いますね。

ビジョン

サカワの新しい企業理念(画像提供:サカワ)

―事業拡張とリブランディングを同時期に行うのは会社としても大きな変革だと思いますが、ご苦労もあったのではないでしょうか?

そうですね、やはり簡単なことじゃないですよね(笑)。年配のベテラン社員も多かったですし、大きな変革というのはすぐに皆に理解してもらえるようなものではありません。でも、新しく会社を引き継ぐ者は、自分にしかできない分野を会社の中に持ち込むべきだと僕は思うんです。代替わりして同じことをやっていると先代と単純比較されるうえに、なんとなく過去の方が良く思えるという心理もあって「先代の時の方が良かった」って必ず言われるんですよね。だったらそれまで誰もやってこなかったことにチャレンジした方が違う土俵で戦えるし、会社が変わるチャンスも作れる。一石二鳥なんだと思って、突き進もうと思っています。

黒板屋がICT教育ツールの開発分野へ

―ICT教育分野の事業についても詳しく聞きたいのですが、この分野を強化しようと思われたきっかけは何かあったのでしょうか?

ICT教育分野をやろうと思い始めた2014年頃はスマホが一気に普及した時期で、子供たちの身近にもパソコン・タブレット・スマホといったICT機器が当たり前のようにある環境になっていました。でも学校では、黒板はもとより授業のスタイルもこの数十年間ほとんど変わっていない。これは早くどうにかしないと、「学校で得られる情報は、家よりも少ないし遅いしつまらない!」ということになりかねないと不安を感じたのが、この分野を強化するきっかけだったように思います。もっとデジタル時代に合ったツールの開発を模索しなければならないと考えました。

―そのお考えのもと、坂和さん企画で最初に商品化されたのが、黒板を活用するアプリのKocri(コクリ)だったのですね。

はい。現場の先生に手軽に活用してもらうためには、スマホのアプリを作ってみるのが良いんじゃないかと思って。<ハイブリッド黒板アプリKocri(コクリ)>という名称の通り、スマホ内の文字や画像をそのまま黒板にプロジェクションして使い、黒板とスマホをハイブリッドさせるという発想のアプリでした。

―黒板屋さんがアプリ開発をするとは、きっと珍しい取り組みですよね。

めちゃくちゃアナログな会社がいきなりアプリを作るんですから(笑)、何もかも初めてでけっこう大変でしたよ。社内の説得も苦労したし、開発を依頼する会社もゼロからネットで探したりして、やっとのことで出来上がったサービスです。でも先生たちのアプリへの反応は上々で、ICT分野を強化していくうえでの手応えを感じましたね。

―その後も次々と新しい商品やサービスを打ち出していらっしゃいます。

そうですね。代表商品でもある超単焦点プロジェクターの<ワイード>などは、横長の黒板に対応する使いやすいプロジェクタが欲しいという声から生まれた商品ですが、おかげさまで多くの学校に導入いただいております。そして今も新しい企画をいろいろと温めているところです。

板書とデジタルを融合させる機能が好評で、現在全国に2000台以上が導入されている<ワイード>

―お話を伺っていると、現場の先生の立場になって商品開発されているのを感じます。

そうですね。先生方の声を聞いて、“現場で使える”ものを作ることは大切にしています。せっかく立派な商品を作っても、使い方が難しかったり操作性が悪かったりで使われなければ意味がない。教育業界ではプロダクトアウト的な発想で商品づくりをするケースがまだまだ多いですが、僕たちは教育現場というマーケットのニーズを地道に吸収して、先生が「欲しい!」と思うものを作っていきたいですね。

―商品化までのスピードも早いように感じますが、これには何か秘密があるんでしょうか?

僕らがスピーディーな理由の一つは、社員が若返ったということです。<Kocri>のリリースから5年になりますが、その間に若い社員がたくさん入って、会社の平均年齢は30歳くらいになりました。社員が若いとやることが早いし発想も柔軟です。たとえばYoutube好きな営業社員を社内Youtuberに任命して、うちの商品を使って何か面白い動画作ってよと任せたら、パパッと何本か作ってくれたんですが、これが案外再生されるんですよ。一件一件営業に回るより実は効率が良い営業方法なんじゃないか?と気付かされましたね。

それと、先ほどご紹介した、<すぐやる。じっちょく。あたらしく。>という行動理念があることも早さの理由だと思います。今年5月から、商品開発のプロジェクトチームが3つ活動しているんですが、各チームとも良いアイディアが出たので、年内には全て商品化しようと思っています。果たして売れるのかはわからないですが・・・良いと思ったらとりあえず“すぐやる”という文化は根付いてきていると思います。

―コロナ渦にあって世の中の状況がどんどん変わる中では、ますますスピード感が大切になりそうですね。

そう思います。日本の会社は全般的に意思決定に時間をかけすぎているように思いますね。机上で話し合っていてもわからないことは、早く形にして世の中に問うべきなんですよ。その上でユーザーから受けたフィードバックを元に改良を繰り返せば良い。そのことを僕らが率先して実行していければと思います。

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コロナ渦においてはオンライン学習のプラットフォーム「SCHOOM~子どもたちと学ぶ場」をいち早く立ち上げた(画像提供:サカワ)

これからのオフォスには、“行きたくなる理由”が必要

―7月に東京オフィス兼ショールームを東神田に移転されましたが、その経緯を教えて頂けますか?

まず、前のオフィスがあった品川にちょっと疲れたというのがあって。駅前の大きなオフィスビルの一角を借りていたんですが、街もオフィスも無機質だなぁと思いながら働いていました。そんな中コロナ渦によって出勤を自粛する風潮が出てきた時に、社員がみんな会社に来なくなったんですよね。もちろんコロナ対策でリモートワークを推進してはいましたが、その後も出社する習慣が戻らなかったので、行く価値がないオフィスだということに皆が気づいてしまったんだと思います(笑)。

―新オフィスにショールーム機能を持たせたのも、行く価値のあるオフィスを作るためということでしょうか?

以前から東京にショールームを持ちたいという考えはあったのですが、コロナ渦によって“人が行きたくなる理由がある場所”でないと、これからの時代に拠点を持つ意味がないとわかったんです。だからなおさら、社員もお客さんも、訪れる人が心地良い場所を作りたいと思うようになりましたね。わざわざ時間をかけて来たいと思うような街と不動産をいろいろ探す中で、しっくりきたのがこの日本橋エリアでした。秋葉原方面から続くものづくりの雰囲気があって、問屋街からは商いの香りもする。そんな街に道路に面した開放感のある物件を見つけたので、ここなら良い拠点になるだろうと思い、決めました。

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大通りに面した、開放感のあるショールーム

―移転オープンされて1ヶ月ほどですが、この街に来て何か感じることはありますか?

まずここに来て驚いたのは、街に多様な人々がいること。品川の頃はネクタイとYシャツのサラリーマンばかりでしたが、東神田にはスーツの人、私服の人、作業着の人、外国人、地元の住民・・・とさまざまな方がいる。川が近くて高層ビルが少ないせいか街に開放感がありますし、流れる空気もどこかゆったりしているのも気に入っています。

―ショールームに対するお客さんや社員の方々の反応はいかがでしょうか?

お客さんの滞在時間が以前と比べて長くなりましたね。リラックスしてお茶を飲みながらカフェでおしゃべりしているような感覚で、打ち解けた雰囲気が作れるようになりました。社員にしてみても、取引先に重い商品を持って行くより世界観のあるショールームに来て頂いた方がずっと効率的ですし、内容の濃い営業ができるので、総じて好評です。

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黒板や<ワイード>などの実機のデモ展示は、木製の雛壇に腰掛けて見ることができ、 堅苦しさのないレイアウトになっている

未来に向けて一歩ずつ。まずは板書とノートのアップデートから

―この街でやりたいことや、一緒に取り組みたいお相手がいたら教えてください。

まだまだ街のことは詳しくないのですが、近所に黒板の塗料を作っている会社さんがあったり、文具メーカーのキングジムさんがあったり、教育関連のお仲間は意外といらっしゃるような気がしています。それに教育関係に限らず、ものづくりやクリエイティブ関連の方々とは協業できる可能性は大いにありますし、まずは職種関係なしに地域の人たちと集まって飲み会がしたいです(笑)

また、ゆくゆくは街にある学校や教育機関とも連携してみたいですね。これからの時代は学校=勉強する場所というだけではなく、公共の場所として僕らみたいな地元の会社がもっと関わりをもつべきだと思っています。イベントやワークショップなどで、地元ならではの協業ができたら良いなと思います。

―最後に、今後の教育業界でサカワとして挑戦したいことを教えてください。

日本の教育業界の問題は本当に幅広くて根深いので、一朝一夕に変えることは難しいんですが・・・、僕らができることとして、まずは“板書とノートを教育現場からなくす”ことを目標に取り組んでいきたいです。学習意欲や探求心を育てるという、本来もっと学校で割くべき時間を確保するためには、先生が板書する時間や、ノートに書いたことを発表するために黒板に転記する時間といった“当たり前”だった時間をなくしていく必要があります。その時間の使い方のアップデートに、僕らのアイディアやテクノロジーで貢献したいですね。

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取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:岡村大輔

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