Interview
2021.01.27

宇宙を目指すテクノロジーが、地上のイノベーションに。 産・学・官の多様なプレイヤーが集う「X-NIHONBASHI」の展望

宇宙を目指すテクノロジーが、地上のイノベーションに。 産・学・官の多様なプレイヤーが集う「X-NIHONBASHI」の展望

三井不動産が推進する、宇宙ビジネスにおけるエコシステム創造プロジェクト「X-NIHONBASHI(クロスニホンバシ)」が、2020年12月、日本橋三井タワーの新たな施設「X-NIHONBASHI TOWER」とともに始動しました。宇宙ビジネスの関係者であれば誰でも参加できる間口の広さだけでなく、多様なプレイヤーと出会える貴重な場としても注目されており、“宇宙の街・日本橋”を盛り上げるための起爆剤となりそうです。「X-NIHONBASHI」の支配人も務める三井不動産株式会社/日本橋街づくり推進部の川瀬康司さんに、宇宙ビジネスの最前線をはじめ、今後の展望、そして街づくりと宇宙の関係についてもお伺いしました。

ライフサイエンス拠点を作ったノウハウから生まれた、宇宙ビジネスの発信地

―「X-NIHONBASHI TOWER」のオープン、おめでとうございます。この場所は宇宙ビジネスの拠点とされていますが、なぜ日本橋でこのような拠点を運営することになったのか、その経緯を教えていただけますか。

三井不動産では「日本橋再生計画」という官・民・地元が一体となった街づくりの長期プロジェクトを推進しています。
2014年には街づくりのキーワードのひとつに「産業創造」を掲げまして、そこからまずはライフサイエンスビジネスの拠点としての街づくりが始まりました。私は当時、オープンイノベーション創出のための組織であるLINK-J(一般社団法人ライフサイエンス・イノベーション・ネットワーク・ジャパン)の立ち上げメンバーだったこともあり、幅広い領域のプレイヤーが集積して新たな活動が生まれる場をたくさん見てきました。このような特定の産業領域とディベロッパーが手を組んで街を盛り上げていくという事例は、不動産業界でもあまり事例として多くないのですが、このノウハウがあったからこそ「X―NIHONBASHI」のプロジェクトが立ち上がったと言えると思っています。

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三井不動産株式会社/日本橋街づくり推進部:事業グループ統括の川瀬康司さん

※関連記事:人をつなぎ、組織をつなぐ。 ライフサイエンス産業に共創を生み出すLINK-J

―ライフサイエンスの成功が背景にあったのですね。次の重点産業領域として、宇宙ビジネスが候補にあがったのはどういった流れだったのでしょうか?

私個人はそこまで宇宙に興味がある方ではなかったんですが(笑)、当時の上司が「これからは宇宙だ!」と豪語していたこともあり、数年前からよく耳にしていた話題ではありました。そんな中、とあるコンサルタントの方と全く別分野の雑談をしている時に「この街で宇宙ビジネスをやるのはどうか?」とアイディアをいただきました。初めは唐突に思ったのですが、改めて考えてみると、宇宙ビジネスにふさわしいと言える要素がこの街には揃っているかもしれない、と思ったのが始まりでしたね。

日本橋にはアクセルスペースさんという超小型衛星を作るベンチャー企業や、理化学研究所さんが拠点を構えていて、宇宙ビジネスのプレイヤーが集まる土壌が備わっていましたし、街のストーリーとの親和性も感じられました。日本橋は五街道の起点として日本全国から人・もの・ことが集まり、交流することで新たな産業や文化を生み出してきた街です。多様なプレイヤーが交わり化学反応を起こすことで宇宙への道も開けるのではないかと思いました。のちに「五街道の次、六街道目は”宇宙”だ」とおっしゃった方もいたのですが、まさに新たな道を切り開く街になればと感じていましたね。

また、我々の街づくりの観点から見ても、メリットがあるだろうと考えていました。後ほどお話しますが、宇宙ビジネスはそこで得られた知見が地球のイノベーションにも繋がるという特性があり、ビジネスとしての拡張性も高いんです。そう考えると街づくりに活きる点も多いだろうと思ったんです。

―そうして始まった宇宙領域での「産業創造」プロジェクトの一環として、2018年11月に「宇宙ビジネス拠点 X-NIHONBASHI」をオープンされたのですね。

はい。この拠点を企画していた当初は、会社からもやや異端扱いだったようにも思いますが…(笑)。でも、個人のエネルギーと情熱さえあればチャレンジする機会が与えられる、という風土があるのは三井不動産の強みですね。そのチャレンジの成果としての「宇宙ビジネス拠点 X-NIHONBASHI」は人々が宇宙に関心を持ちはじめた時流にうまく乗れたと思いますし、短期間で多くの宇宙ビジネスのプレイヤーに存在を認知してもらえました。三井不動産がライフサイエンス分野での産業創造の実績があったことで、このプロジェクトのメインパートナーの一つでもあるJAXAさんにビジョンが共有しやすかったことも非常に大きかったですね。

その成功があったお陰で、2つ目の拠点となる「X-NIHONBASHI TOWER」は比較的スムーズにプロジェクトが進められたと思います。

内観クロス日本橋

2018年11月にオープンした「宇宙ビジネス拠点 X-NIHONBASHI」(画像提供:X-NIHONBASHI)

※関連記事:宇宙開発は新たなフェーズへ。五街道の起点・日本橋からJAXAと共に歩む「宇宙への道」

―宇宙ビジネスの拠点ができたことに対して、業界の人々の反応はいかがでしたか。

すごく歓迎してくれましたね。宇宙領域には「ニュースペース(*)」という言葉があって、いわゆる宇宙ベンチャーとか、新たに宇宙ビジネスに参画する企業を指すのですが、彼らには総じて喜ばれました。そんなニュースペースの人たちが集まる場所がまだ存在しなかったので、「宇宙ビジネス拠点 X-NIHONBASHI」は非常に強力な「場」として機能したんだと自負しています。この場所についてよく耳にした評判が、「日本で活躍するニュースペースのプレイヤーは、大体ここに来れば会える」ということ。それをきっかけに、「X-NIHONBASHI」をただの拠点名ではなく、「街づくりを通じて宇宙ビジネスをアクセラレーションしていくプロジェクトの総称」として定義し直すこととなりました。

*政府系機関や伝統的な航空宇宙産業以外の、民間企業が進める宇宙開発。ANA宇宙事業化プロジェクトや、Sony Space Entertainment Projectなどが有名。

では、ここからは再定義された「X-NIHONBASHI」プロジェクトの新拠点、「X-NIHONBASHI TOWER」についてお伺いさせてください。こちらはどのような用途を想定した施設なのでしょうか。

元々の「宇宙ビジネス拠点 X-NIHONBASHI」でもイベント・カンファレンスは行われていたのですが、キャパシティ的に80名くらいが限度なので、もう少し広いスペースが欲しいというニーズが高かったんです。そういった経緯から、コワーキング&カンファレンスという形で「X-NIHONBASHI TOWER」を設けることになりました。たとえば昨年末も、日本最大規模の宇宙ビジネスカンファレンスであるSPACETIDEさんの「SPACETIDE YEAR-END」というイベントや日本航空宇宙学会さんの産学連携シンポジウムでもご利用いただきました。キャパシティの大きさに加え、ハイスペックな機器を備えたスタジオもとても好評でした。このスタジオスペースは今回新たに取り入れた用途なのですが、ウェビナー等の開催要望が増加する中で、利用したいというお声を非常にたくさんいただいていますね。

内観

今回訪問した「X-NIHONBASHI TOWER」には、最大150名規模のイベントが開催できるカンファレンススペースとコワーキングスペースが共存(画像提供:X-NIHONBASHI)

スタジオ

動画やオンラインイベントにも対応したハイスペックなスタジオも完備 (画像提供:X-NIHONBASHI)

「非宇宙」のプレイヤーとともに、宇宙を地上のイノベーションにも活かしたい

この「X-NIHONBASHI TOWER」を拠点にどのようなネットワークを構築されていきたいとお考えでしょうか。

日本の宇宙ビジネスの課題だと考えているのが、プレイヤーの数がまだまだ絶対的に少なくて、ムラ社会になりがちだということ。それを打開し、業界の外とつなぐことが「X-NIHONBASHI」の目的のひとつでもあります。そして、実際に「非宇宙」の企業が宇宙ビジネスに参入・協業することになった時には積極的にサポートしています。ここで繋がったネットワークをきっかけに、多くの分野のプレイヤーが「宇宙を使う」みたいな視点を持つようになると、宇宙ビジネスはもっと面白くなるんじゃないかと思います。実は、宇宙のように「極限環境」を目指すテクノロジーって、地上のイノベーションにも繋がるんです。

―と言いますと?

たとえば、防災食は宇宙食の技術を転用して作られていることが多いのですが、そんな風に宇宙を見据えたテクノロジーが地上でも役立つという事例がたくさんあるんです。たとえば宇宙での「食市場」を開拓する「一般社団法人SPACE FOODSPHERE」という組織があるのですが、ここでの活動などはまさにそれを体現していますね。同組織のメンバーである「WOTA(ウォータ)」(完全循環型浄水器を開発するベンチャー)は宇宙環境における水の循環技術導入を目指していますが、これは同時に災害時や水が限られたエリア、つまり地上向けのソリューションにも応用できるのです。

WOTA

「WOTA」は、昨年7月の豪雨で被害を受けた被災地に水道がなくてもシャワーや手洗いができるWOTA災害用パッケージ(「WOTA BOX」+屋外シャワーキット+手洗いシンクキット)を無償提供した(画像:PR TIMESプレスリリースより)

―なるほど。宇宙と地上でテクノロジーが循環するような取り組みができるんですね。

他にも、ANAホールディングスからスピンアウトしたアバター開発の会社「avatarin(アバターイン)」との共創プロジェクトが進行しています。ここでは昨年「都市におけるアバターの活用」というテーマと同時に、宇宙に「space avatar(スペースアバター)」を飛ばして地球からアバターを遠隔操作するという画期的な実験がなされました。このように、地上と宇宙両方を舞台に展開する、活用フィールドの広さが宇宙関連ビジネスの特徴なのかもしれません。

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アバターの都市実装共同事業の一環として、2019年に日本橋「コレド室町3」に期間限定でオープンした世界初のアバター専用店舗「avatar-in store」(画像提供:avatarin)

―宇宙ビジネスには、「非宇宙」も含め様々なフィールドの人々が活躍できる可能性があると思えてきました。

はい。宇宙関連の技術開発をしている“中の人”だけでなく、色々な方面から発想を広げることが重要だと思います。たとえばアートやデザインの視点から可能性を提示することも効果的かもしれません。私個人としても、「アートの力で宇宙ビジネスをアクセラレーションしていけないか?」ということに関心があるので、アートやデザインから宇宙ビジネスがインスパイアされるようなプログラムができないかと試行錯誤しているところですね。「自分もこれにコミットできるんじゃないか?」と思ってもらえるようなきっかけを作ることで「非宇宙」のプレイヤーたちの巻き込みを図りたいんです。

―最近ではSF映画や漫画など、フィクションで見てきた世界が現実となりつつあることを感じる機会も増えましたよね。

宇宙業界では『機動戦士ガンダム』に影響を受けたプレイヤーがたくさんいますね。ジェフ・ベゾスの宇宙企業「ブルーオリジン」が提唱した宇宙コロニーのイラストって、『ガンダム』のスペースコロニーにそっくりだったんですよ(笑)。これは宇宙に限らずですが、イノベーション・ビジネスの領域って、SF作家をメンバーに加えて世界観を描く……というのが実は常套手段だったりするんです。現実の常識に囚われないメンバーがジョインすることで、可能性を押し広げているという話は本当によく聞きます。「想像力」の時代なんだと思いますね。想像力が先を行って、それを技術が追い抜いていくというか。我々が宇宙ビジネスの外にいるプレイヤーを求めているのは、彼らの想像力に期待している部分が大きいです。

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宇宙ブームの中でも慎重に、息の長いビジネスとしての視点を

―川瀬さんが今後、特に期待しているアイディアやテクノロジーについて聞かせてください。

「水素」ですね。いま世界各国が月を目指しているのって、月に水があることが分かってきたからという要素もあるんですよ。そこでまず月を拠点とし、現地の水を水素エネルギーに変換して、火星まで飛んで行こうじゃないかと。これはアルテミス計画(NASAの有人宇宙飛行・月面基地建設計画)の延長線上のプロジェクトでもあって、民間月面探査プログラム「HAKUTO-R」を有する宇宙ベンチャーであるispaceさんも月面の「水素都市」という構想を描いています。また、2029年にはトヨタさんがJAXAさんと共同研究を進める月面でのモビリティ「LUNAR CRUISER(ルナ・クルーザー)」を打ち上げる予定で、これも水素都市での移動手段としての可能性を秘めています。そして水素はクリーンエネルギーでもあるので、こうしたプロジェクトが地上都市のエネルギーの在り方における大きなヒントになるとも言われていますね。

―昨年11月には「クルードラゴン」が打ち上げに成功、12月には小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に帰還と、宇宙に関しての明るいニュースがコロナ渦の日本に元気を与えているように感じます。この世間での盛り上がりをどのように捉えていらっしゃいますか?

「X-NIHONBASHI」としては、非常に追い風です。個人的には、宇宙ビジネス担当ということで社内ではアウトサイダー化していたんですが(笑)、宇宙の話題がマスメディアに多く取り上げられることになってきたことで、社内的な理解が得やすくなりました。ただ、一方で宇宙ビジネスが盛り上がるほど、一過性のブームに終わらないよう、注意を払う必要があるようにも思います。技術の進化は早いものの、どうしても長期の設備投資や研究を要する領域ですから一朝一夕に成果は出ません。盛り上がりの中でも浮足立たずに、地に足をつけて目の前のことをできるのか?きちんとマネタイズできるのか?という論点を忘れないようにしたいですね。

日本橋ならではの文化形成と、次世代との向き合い方

―日本橋では、昨年11月から今年の1月まで「宇宙」をテーマにしたエンターテイメントイベント「NIHONBASHI THE SPACE」が開催されていました。そのようなBtoCの領域では、今後どんな展開を考えていらっしゃいますか。

宇宙に関して良いなと感じているのは、すごく「接点」が多いことなんですね。ビジネスだけじゃなくて、アート、エンターテインメント、教育など様々な分野との接点が持てますし、その接点の多さはライフサイエンス以上だと思っています。いっぽう、街づくりもまた「切り口」が多いので、実は宇宙との親和性も高いんです。宇宙ビジネスをアクセラレーションする街づくりは、裏を返せば、街づくりに宇宙というコンテンツをどう取り込んでいくか……ということでもあります。そんな接点や場を、日本橋を起点に提供していければと考えています。

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「NIHONBASHI THE SPACE」の一環で開催された「こども宇宙教室」の様子(画像提供:三井不動産)

―今回のイベントは幅広い世代に好評で、子どもたちに向けた企画もありました。日本橋をきっかけに宇宙へ興味を持った子が、将来の宇宙ビジネスのプレイヤーになるかもしれませんね。

そうなったら最高ですね。「大人の街」という印象が強い日本橋ですが、子どもたちに対して宇宙教育を行っていくのであれば、より長期的なビジョンをもって考えていくことが必要です。次の世代に日本橋と宇宙ビジネスの良き関係を伝えていくためにも、「日本橋らしい子どもとの向き合い方」を考え、彼らの好奇心を刺激してあげたいです。

―今日のお話を伺って、日本橋と宇宙ビジネスはまだまだ面白くなりそうだと感じました。

昨年8月には、ソニー、東京大学、JAXAが連名で「宇宙感動体験事業」の創出に向けた協業を発表しました。カメラシステムを搭載した衛星を打ち上げて、地球から自由にリアルタイムで遠隔操作できるというプロジェクトで、大きな注目を集めています。そしてJAXAさんはすでに、そうしたドキドキ、ワクワクして好奇心を掻き立てるような類の“宇宙”の先に、「新しい文化をつくりたい」ということを考えています。宇宙がアクセシブルなものになって、「宇宙を使って何かする」というのが一般的になっていったときに、そこから生まれる文化をどう作っていくのか?と。それこそ異分野の宗教家、茶道の先生、漁師などの方々を招いて一緒に考えたりしていくのも面白いですね。一見関係がなさそうなもの同士が結びつき、文化が形成されていく――という姿は、日本橋の歴史や文脈とも馴染むのではないでしょうか。

取材・文 : 上野功平(Konel) 撮影 : 岡村大輔

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