Interview
2021.04.21

超小型衛星で未来を変える。宇宙ベンチャーのパイオニアが見据える宇宙が「普通の場所」になる日。

超小型衛星で未来を変える。宇宙ベンチャーのパイオニアが見据える宇宙が「普通の場所」になる日。

去る3月22日、カザフスタン・バイコヌール宇宙基地から超⼩型衛星「GRUS」が4機同時に打ち上げられました。今回、日本企業として初めて複数の同型衛星を一度に打ち上げることに成功したのが、日本橋に拠点を構えるアクセルスペースです。代表の中村友哉さんが大学時代に取り組んだ超小型衛星技術を原点とし、2008年に創業した同社は現在、数十機の超小型衛星によって地球のあらゆる場所を観測する「AxelGlobe」の構築を推進しています。日本における宇宙ベンチャーのパイオニアとして、同社のヴィジョンである「宇宙を普通の場所に」するための活動を続けてきたアクセルスペースの中村代表に、これまでの事業の変遷や超小型人工衛星が変える未来、そして日本橋の街との関わりなどについてうかがいました。(トップ画像提供:アクセルスペース)

宇宙への道が開かれた時

—中村さんが最初に宇宙に興味を持たれたのはいつ頃だったのですか?

子どもの頃から宇宙が大好きだったわけではなく、宇宙のことに取り組もうと考え始めたのは大学に入ってからです。もともとは化学が好きだったのですが、大学で勉強をする中で、これは自分がやりたいこととは違うかもしれないと感じ、専攻が分かれる3年生の時に一度リセットすることにしたんです。そのタイミングで色々な学科の先生に話を聞いたのですが、最も衝撃的だったのが、航空宇宙工学科の中須賀真一先生が当時取り組んでいた学生初の超小型人工衛星の打ち上げプロジェクトでした。人工衛星には、莫大な予算のもと、エリート科学者たちが国の研究施設で秘密裏に進めているイメージがあったのですが、それを大学の小さな研究室でつくっていたことに驚いたし、そこにいた学生のみなさんの目がキラキラしていたことも印象的でした。自分もこれをしたいと思い、その研究室に入ったことがすべてのはじまりになりました。

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取材に応じてくれたアクセルスペースの代表取締役CEO、中村友哉さん(画像提供:アクセルスペース)

—衛星づくりに関わってみていかがでしたか?

実際に取り組んでみたら非常に面白くて、衛星開発を続けたい一心で博士課程まで進みました。ただ、研究者になるつもりはなかったので、衛星開発を仕事にしたいと考えるようになったのですが、なかなか良い働き口が見つからなかったんですね。よく考えればそれは当然のことで、我々が学生で初めて手のひらサイズの衛星の打ち上げに成功したような時代に、それを本格的にビジネスにしている会社なんてないんですよね。それなら自分が会社をつくればいい、という軽い気持ちで起業を考えるようになりました。当時エンジニアの卵として衛星開発に取り組んでいた自分は会社経営の大変さなど一切わからず、むしろ衛星づくりを仕事にする道が見つけられたという喜びの方が大きかったことを覚えています。

—もともと宇宙にあまり興味がなかった中村さんを、そこまで駆り立たてた原動力は何だったのですか?

やはり最初は、技術者として衛星づくりの面白さを感じていたところが大きかったのですが、最初に打ち上げた衛星でカメラ開発を担当した時、美しい宇宙の写真を多くの人に見てもらいたいという思いから、配信の仕組みを自らつくったんですね。そうしたら、多くの方たちから感想や激励のメッセージを頂くことができ、それからは自分たちが取り組むことの社会的意義について考えるようになりました。私が卒業する頃には、学生による人工衛星のプロジェクトは非常に増えていたのですが、その多くが技術実証や教育目的のものでした。その中で、学生で最初に衛星を打ち上げた自分たちこそが、実用的なものをつくるべきだという使命感がありました。また、学生が衛星を打ち上げることに厳しい意見を言う専門家の方たちも少なからずいる中で、超小型衛星が世の中の役に立つツールであることを証明したいという反骨精神も原動力になっていたと思います。

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研究室在籍時の中村さん(右から5番目。右上の男性は中須賀教授。画像提供:アクセルスペース)

宇宙を普通の場所にするために   

—当時はまだ宇宙ベンチャーと言われるような企業はほとんどなかったと思いますし、大変なことも多かったのではないですか?

そうですね。当初、いくつかの企業に自社で衛星を持たないかと営業したのですが、物珍しさから話こそ聞いてくれるものの、当然ながら衛星をどう使えばいいのかというアイデアは誰も持っていないんですよね。1年以上良い反応が得られずに焦っていた頃、研究室の先生に紹介してもらったのがウェザーニューズさんでした。当時ちょうどウェザーニューズさんが、北極海の氷の状況を観測し、航路をナビゲーションする方法を考えられていて、自社で衛星を持つことを検討されていたんです。そこから半年ほどディスカッションを重ねた末に衛星をつくることが決まり、2013年に民間が所有する世界初の商用超小型衛星を打ち上げることができました。ウェザーニューズさんは、我々が学生上がりのベンチャー企業だということをご理解頂いた上で暖かく見守り、時にアドバイスまでして頂きました。さまざまなご迷惑をおかけしながら、実践で学ばせて頂いたことがたくさんありましたね。

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世界初となる民間所有の商用超小型衛星として開発された「WNISAT-1」。後継機となる「WNISAT-1R」と同様に北極海域の海氷の観測を目的とした衛星で、ウェザーニュース社とともに開発が進められた(画像提供:アクセルスペース)

—その後、企業向けの衛星開発事業は順調に広がっていったのですか?

そうもいきませんでした。超小型化によってコストが劇的に下がり桁が2つ減ったとしても、億単位の予算がかかる衛星の開発というのは、企業にとって気軽に意思決定できるものではないんですね。開発スタートから打ち上げまで最短で2年かかり、さらに打ち上げ失敗のリスクなども考えると、自社で衛星を持つという選択を企業がすることはなかなか難しいということが徐々にわかってきました。また、我々は創業初期から、「宇宙を普通の場所に」ということを掲げていて、「夢」や「ロマン」という文脈で語られがちな宇宙ももっと身近なものにして、暮らしに役立つ情報やツールを提供したいという思いをずっと持っていました。こうしたヴィジョンを実現させるという意味でも、特定の企業のための衛星を何年もかけてつくる事業だけでは、スピード感が圧倒的に足りないと感じていました。

—そうした問題意識から生まれてきたのが、現在注力している地球観測網「AxelGlobe」のアイデアだったのですね。

はい。ウェザーニューズさんとのプロジェクトを振り返ってみても自社で衛星を持つという選択をされたのは、衛星そのものを欲しかったからではなく、衛星を活用することによって得られるデータや情報に価値があったからなんですね。つまり、このビジネスの本質的な価値というのは、衛星から得られるインサイトやインテリジェンスにこそあるのだろうと。そして、我々自身がリスクを負い、衛星から得られるデータの提供をビジネスにすることで、より多くの方たちに超小型衛星の恩恵を得てもらえるだろうと考え、AxelGlobeを立ち上げることにしたんです。

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数十機のGRUS衛星から成る新しい時代の地球観測インフラ「AxelGlobe」。2018年に最初の衛星が打ち上げられて以来、20232年の完成を目指して計画が進められている(画像提供:アクセルスペース)

超小型衛星ならではの価値

—AxelGlobeというプロジェクトについて詳しく聞かせてください。

超小型衛星は、性能の面で大型衛星に敵わないところがありますが、だからといって単なる廉価版になるのではなく、超小型衛星ならではの価値をつくり出したいと考えていました。その中で生まれたAxelGlobeは、低予算で数を多く打ち上げられるという超小型衛星の利点を活かし、数十機単位の衛星によって世界中のあらゆる場所を高頻度にモニタリングするという考え方に基づいた新しい地球観測のインフラです。地球上の変化をつぶさに観察していくことによって、いま起こっていることが把握できるのはもちろん、その次に起こることまで予測できるようになるんです。

—3月22日には量産衛星「GRUS」の4機同時打ち上げに見事成功されました。これは、AxelGlobeにとってどんな意味を持つのですか?

今回の打ち上げによってAxelGlobeは5機体制になりました。まだ途中段階ではあるのですが、これによって観測頻度はこれまでの2 週間に1 度から、2~3日に1度へと向上します。例えば農業の分野では、大規模農場における農作物の生育具合を判別し、状況に合わせて肥料をあげたり、農薬を撒いたりというアクションが取れるようになります。これまで農家さんの勘と経験に頼っていた農業に科学を導入する意味は非常に大きいと思いますし、他にも港の物流の状況から景気動向を推測したり、世界的に関心が高まっている環境問題の状況などについてわかることも多いはずです。さらに都市計画や災害時の活用などさまざまな可能性が考えられますし、AIなどのテクノロジーのさらなる発展によって、衛星画像からより多くの情報が抽出できるようになるはずです。

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3月22日にカザフスタン・バイコヌール宇宙基地から打ち上げられた日本初の量産衛星「GRUS」4機(アクセルスペース公式サイトより)

—今後、AxelGlobeを社会に浸透させていくためにはどんなことがポイントになりそうですか?

衛星画像は特殊なものだと思われがちで、利用シーンをイメージしにくいところがありますし、我々もなかなか各業界の事情を把握しきれない中、ニーズをつくり出していくことの難しさがあります。だからこそ、バイアスや偏見なしにお客様と向き合い、各産業や業界における現状の課題について伺った上で、そこに衛星画像がどう貢献できるのかということを共に考え、実践していくことが大切になります。今回5機体制になったことを機に、我々自身が汗を流しながらお客様と一緒に衛星画像の新しい使い方をつくり、事例を提示するという動きを加速させていくつもりです。そうした事例を積み重ねた上で、例えばユーザーカンファレンスなど衛星データの活用による成果を広くアピールできる機会をつくり、展開を拡大していきたいと考えています。

超小型衛星は暮らしをどう変える?  

—AxelGlobeは2023年の完成を目指しているそうですが、今後の具体的なプロセスについても聞かせてください。

当面の目標は、10機体制を確立することです。それによって提供できるデータの種類を増やし、さらにデータ解析、情報抽出までをワンストップでできる仕組みを構築することで、AxelGlobeを新しい社会のインフラにしていきたいという思いがあります。今後はさまざまなパートナーと連携し、それぞれが持っている情報や技術を掛け合わせることで、新しいサービスが生まれてくるような状況ができるといいですね。それを実現させるためにもより多くの衛星が必要となり、50機、100機という数の衛星を当たり前のように飛ばせるような技術が我々には求められます。先日の打ち上げ時には大々的なイベントをしていましたが、将来的にはわざわざイベントを開く意味がないほど衛星の打ち上げを日常茶飯事にしていくことで、「宇宙を普通の場所に」という我々のヴィジョンを実現させていきたいですね。

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GRUS衛星4機のロケットへの組み込みを終えたチームのメンバーたち(アクセルスペース公式サイトより)

—AxelGlobeは主に企業向けのプラットフォームだと思いますが、今後は生活者に向けたサービスの提供なども視野に入れているのですか?

そうしていきたいと考えています。例えば、インターネットというのは軍事目的の通信手段として生まれ、それがやがて企業に広がり、いまでは我々の生活に欠かせないものになっていますよね。BtoG(政府)からBtoB(企業)、そしてBtoC(消費者)へと広がっていったインターネットと同じような道筋を宇宙という領域も歩んでいるように思いますし、AxelGlobeにおいても遠くない未来に、そうした広がりが生まれるはずだと期待しています。

—すでに衛星技術は、GPSや衛星放送などを通じて生活者に恩恵をもたらしていますが、超小型衛星はこれからどのように生活者の暮らしを変えていくのでしょうか?

例えば、天気予報ひとつとっても、気象衛星の「ひまわり」だけでは把握しきれなかったような局所的な予測などが可能になると思います。Googleマップがリアルタイム化するようなイメージを持ってもらえるといいのですが、近所の公園の桜の開花状況がすぐに確認できたり、畑のリンゴの生育状況を確認した上でECで購入するということもできるようになるかもしれません。さらに、地球上の同じ地点を撮りためていくことで街の変遷や歴史を学んでいくような使い方もできるはずです。AxelGlobeの事業を始める際、アップルのようなポジショニングを意識していたのですが、要はハードウエアやOSを我々が提供し、その上で色々な開発者たちがさまざまなアイデアとともにアプリケーションを開発し、エンドユーザーにサービスを提供していくという形がつくれると良いなと考えています。

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2019年より公開されているAxelGlobeのWebプラットフォーム。ユーザー登録をすれば、地上の車も判別できる解像度の衛星画像データの提供が受けられ、農業や林業、インフラのモニタリングなどに活用することができる(画像提供:アクセルスペース)

老舗の技術を宇宙とつなげる  

—アクセルスペースは日本橋にオフィスを置かれていますが、この街に拠点があることについてはどのように考えていますか?

必ずしも日本橋でなければビジネスができないということはないのですが、歴史がある街ですし、日本の道路の起点であることも良いなと感じています。まさに宇宙ビジネスというのもこれから本格的に始まっていくものですし、五街道に続く6本目の道が宇宙に伸びていくというイメージには純粋にワクワクしますね。宇宙ベンチャーとしてものづくりをする場合、コストが高い都心を避け、郊外に拠点を構えるということも当然選択肢としてあるわけですが、都会のど真ん中で衛星をつくっているということは、社員にとっても魅力や誇りになっているところが大いにあるんです。現在アクセルスペースは、およそ1/3くらいのスタッフが外国籍なのですが、彼らにとっても都心で衛星をつくることは大きなアトラクションになっているようですし、結果的に優秀な人材を集めやすくなっている側面もあるように思います。

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日本橋本町にある「Clipニホンバシ」の2、3階に位置するアクセルスペースのオフィス。無垢材にこだわり、打ち合わせスペースの畳の部屋や日本古来の色彩を取り入れた外壁など日本発ベンチャーであることが空間を通じて表現されている(画像提供:アクセルスペース)

—近年の日本橋は、X-NIHONBASHIを中心に宇宙ビジネスのベンチャー企業なども集まってきていますね。

そうですね。日本橋に宇宙関連の企業が集まり、「宇宙の街」というイメージがつくられていくのは良いことだと感じています。宇宙に少しでも興味を持ってくれている方たちが日本橋に足を運び、この街で行われる宇宙関連のイベントなどに参加してくれることで新しいつながりが生まれる可能性もあるはずですし、それは今後AxelGlobeを推進していくにあたっても大きなことだと思います。

—日本橋には老舗の企業や飲食店なども多いですが、こうした街のプレイヤーとのコラボレーションの可能性についてはいかがですか?

老舗の企業やお店で培われてきた技術が宇宙とつながることを想像すると非常にワクワクしますし、それを実現させていくことによって我々が日本橋にいる意味もより大きくなると思っています。以前に我々は日本橋で行われた「めぐるのれん展」に参加し、老舗の企業などと並んでのれんを展示させて頂きましたが、こうした取り組みを通じて日本橋に宇宙の企業があるということを街の人たちにもイメージしてもらえたらと考えています。日本橋には、確かな技術を持ち、我々も強く共感しているブランドや企業がたくさんあります。食領域の老舗をはじめ、すでにアプローチしている企業もあるのですが、これからも積極的にコラボレーションを進めていきたいですね。

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中國名菜「孫」日本橋店

コレド室町1の3Fにある中華料理の店。奥の丸テーブル席だとゆっくり話せるので、大事なゲストや新入社員をランチによく誘います。私の定番は麻婆豆腐のセット。本場の辛さに汗をかいていると、議論にも熱がこもってきます。アクセルスペース社員のお気に入りランチスポットで、一部では「AxelChina」という愛称で呼ばれている?とか。
http://www.son-seijun.com/

取材・文:原田優輝(Qonversations)  

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