Interview
2019.08.21

TRI-ADが推進する次世代のものづくり[後編] エンジニアの新しい働き方を実現するオフィスとは?

TRI-ADが推進する次世代のものづくり[後編] エンジニアの新しい働き方を実現するオフィスとは?

トヨタグループの自動運転技術をはじめとするテクノロジーを支えるソフトウェア開発の日本拠点として、2018年に設立されたトヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント株式会社(TRI-AD)。Bridgineでは、各方面から注目を集めるTRI-ADの取り組みを、前後編2回に分けてお届けします。後編では、今年7月に日本橋室町三井タワーに新設されたオフィスについてお届けします。世界中から同社に集うエンジニアたちも巻き込む形で行われたオフィスづくりのプロセスや、日本のものづくりとシリコンバレーのイノベーションを一体化させる次世代のワークスタイルなどについて、前編から引き続きシニアバイスプレジデントの豊田大輔さん、さらにオフィスプロジェクトの中核を担った岩田健雄さん、原田知佳さん、日建設計の萩森薫さんにお話を伺いました。

エンジニアを巻き込んだオフィスづくり

ー今年の7月にTRI-ADのオフィスを移転されましたが、新しいワークプレイスをつくるにあたって、どのようなことを意識しましたか?

豊田:TRI-ADでは、シリコンバレーと日本のものづくりの橋渡しをして、次世代につながる高品質なソフトウェアを開発することをミッションに掲げています。これを実現するために、いかに生産性や効率を高めていくかということを考えた時に、トップダウンによる力技でそれを成し遂げることは難しく、エンジニアの働き方や開発スタイルをみんなで議論し、変えていくことが必要だと考えました。そこで、ここにいるオフィスプロジェクトのリーダーたちを中心に議論を進めていきました。

岩田:私はトヨタ自動車から出向し、現在は総務の仕事をしています。当初は10人くらいのメンバーで、3ヶ月後にやって来る300人ほどのエンジニアたちが働く環境の整備を必死になって進めながら、新しいオフィスの企画も行いました。少人数で会社のルールを決め、オフィスのプロジェクトを推進できるのは、経営層とも近い距離感でコミュニケーションができるベンチャー企業だからこそですし、大きな企業に属していた自分からすると、非常に新鮮でやりがいのある仕事だと感じています。

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TRI-ADで総務などを担当する部署「Tech. Admin. & General Affairs」のManager を務める岩田健雄さん

原田:これまで私は新卒採用など人事の仕事をしていたのですが、TRI-ADに入って総務の仕事に携わることになりました。しかも、新しい会社の立ち上げからオフィスづくりまで、すべてが初めての経験でした。今回のオフィスプロジェクトでは、ここで働くエンジニアたちにしたいことや叶えたい夢などを問いかけ、出てきたさまざまな声をもとにみんなでオフィスをつくっていく「Hello New Office」というワークショップを継続的に行いました。私は、エンジニアのみなさんと直に会話をして、さまざまな要望や困りごとを聞き、チーム内で共有した上で、それらを経営層に伝えるという橋渡し役を担いました。

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同じく「Tech. Admin. & General Affairs」に所属する原田知佳さん

萩森:私は、日建設計で建築設計などの仕事しているのですが、今回は空間デザインとプロジェクト推進のコンサルタントとしてチームに参加することになりました。オフィスなどにおいては、空間だけを用意しても有効活用されないケースも多いのですが、空間をつくる側と使う側の間に距離があると、そうした状況に陥りやすいんですね。これは街づくりなどにも言えることですが、自分たちが住みよい環境をみんなで責任を持って考えていくことが、空間のサステナビリティにつながると考えています。今回のプロジェクトはまさにその最たる例で、トヨタ自動車本社の建築メンバー・ITメンバーや、日建設計のプロジェクトチームとともに議論を重ね、自分自身もワクワクしながら、オフィス空間のあり方について考え、学ぶことができています。

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空間デザインのコンサルタントとしてチームに参画した日建設計の萩森薫さん(右)と、TRI-ADのシニアバイスプレジデント・豊田大輔さん(左)

岩田:今回の大きなテーマは、世界中の優秀なエンジニアたちに、ここで働きたいと思ってもらえるワークプレイスをつくることでした。とはいえ、GAFAのような企業と勝負をしようとしても資金の面などから難しいところがありましたし、シリコンバレーの企業を模倣するのではなく、日本の文化の良いところをいかに取り入れるかということを重視しました。さらに、総務が中心になってオフィスを準備し、エンジニアに提供するという形にしてしまうと必ず不満が出ると思ったので、エンジニア自身にオフィスづくりから参加してもらうという小規模な企業ならではのアプローチを取ることにしました。

豊田:私は、テストドライバーとしてクルマを評価する仕事もしていたのですが、トヨタ自動車は評価の指標として、先味、中味、後味という3つの「味」を重視しています。「先味」とは、クルマを見た時に、乗ってみたいと思わせるような味のことで、「中味」とは、クルマを運転している時に良いな、もっと乗っていたいと思えるような味、そして「後味」は、乗り終えた後に、良いクルマだったな、また乗りたいなと感じてもらう味のことです。TRI-ADのオフィスづくりにおいても、この会社で働きたいと感じてもらう「先味」、この環境で働き続けたいと思える「中味」、また明日もここに来たいという気にさせる「後味」というものを意識しました。

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全社から希望者を募り、計4回にわたって開催されたワークショップ「Hello New Office」には多くのエンジニアも参加し、さまざまな議論が行われた

多様な「WISH」を実現するワークプレイス

ーオフィスづくりのワークショップは、どのようなプロセスで進められたのですか?

原田:参加者を募り、今年の2月から計4回にわたってワークショップを行いました。先ほど申し上げたワークショップを始めるにあたり、社員全員から集めていた「WISH」(=実現したいこと)が計339個もあったので、これらを「コラボレーション」「集中」「リラックス」「健康」「学び」など11のカテゴリに層別していったのですが、この作業が非常に大変でした(笑)。そこから各カテゴリごとに具体的なアクティビティを絞り込んでいったのですが、こうしたワークショップのプロセスをポスターを通して視覚化するということも行いました。

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ワークショップを通して抽出されたテーマなどを視覚的に表現したポスターも制作された

岩田:やはり管理部署の人間とエンジニアの感覚はだいぶ違うので、ワークショップでは「社内にラボのような実験場をつくる」「小さな自動運転のモビリティを走らせる」など、我々の想定を超えるアイディアがたくさん出てきて面白かったですね。特に外国人のエンジニアはワークショップに積極的に参加し、さまざまなアイディアや実現したいことについて話してくれましたね。

萩森:出てきた「WISH」を見てみると、ひとつの大きな傾向があるという感じではなく、むしろあらゆるベクトルに尖った意見が分散していた印象を受けました。例えば、リラックスすることに強い関心を持っている人から、集中して仕事をし続けたいと考えているような人まで関心領域が多岐にわたっていたので、どうすれば個別の「WISH」を叶えていけるオフィス環境をデザインできるのかを考えることがカギになると感じました。

豊田:異なる文化を持つ人間が世界中から集まってくるわけですから、当然文化や趣向の違いを感じることはあるはずです。ある研究では、カルチャーショックには、異文化を新鮮に感じる「Honeymoon」、異文化と現実的に向き合った時に不安や苛立ちを感じる「Anxiety」、お互いを理解し、歩み寄る「Adjustment」、そしてカルチャーショックを乗り越える「Acceptance」という4つのフェーズがあることが示されています。最後の段階のことを「文化の融合」などという言葉に言い換えることもできるかもしれませんが、「融合」という言葉には、集まっているバラバラの個性を平均化していくようなニュアンスがあるように感じています。我々が目指している方向性を示す言葉としては、「融合」よりも「共存」の方が的確だと感じており、一人ひとりのパーソナリティを認め合い、個々の強みを活かしながら化学反応が起こるような「共存」状態をつくっていきたいという思いを持っています。

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日本橋室町三井タワーの16〜20Fの計21,500㎡のフロアを占めるTRI-ADの新オフィス

3つのテーマを具現化するオフィスの設備

ーオフィス全体のコンセプトのようなものがあれば教えてください。

豊田:メインコンセプトは「AI PALETTE」です。「AI」は、愛、人工知能を意味し、最先端でありながら、どんなに技術が浸透してもあくまでも人間が中心であることを示しており、「PALETTE」は多様な社員が共存している状態を表しています。このコンセプトを実現するためのコアとなる要素として、「Inspiration」「High Productivity」「Happy Work」という3つのテーマを掲げました。例えば、一見遊んでいるようにしか見えない取り組みが、実は生産性を高めるインスピレ―ションになることもありますし、何かを思い立った時にすぐにチームで議論をして開発を進められる環境も必要です。そして、長期的に良いものをつくっていくためには、健康であること、笑顔で働けることが何よりも大切だと私たちは考えています。

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オフィスには1周約200mの「ストリート」を設置され、社員たちはパーソナルモビリティロボット「ウィングレット」や、「セグウェイ」に乗って周遊できる

岩田:一見遊んでいるようにしか見えない取り組みという話がありましたが、TRI-ADでは、「TRI TIME」という自らのスキルアップのために集中する時間が認められています。エンジニアたちはこれらの時間を通して自分たちがやりたいことや夢の実現に取り組めるのですが、中にはオフィス環境やワークスタイルの改善に関わることに時間を使う人間もいます。ウィングレットなど新しいモビリティを導入するといったアイディアはこうした活動の中から生まれています。

ーオフィスの施設概要についてもご紹介をお願いします。

岩田:先にご紹介した3つのテーマを実現する場をオフィス内に用意しています。まず、「Inspiration」に関しては、フロアをぐるりと一周できるようなおよそ200メートルの「ストリート」をつくるなど、オフィス内を歩きたくなるような仕掛けをつくり、さまざまな発見やコミュニケーションを促すことを意識しました。その一環として、祭りの山車のようにチームで自由に活用することで個性を表現できる「山車ボード」を用意し、他のチームの取り組みからも刺激を受けられるようにしています。2つ目の「High Productivity」については、思い立ったらすぐにチームで議論し、アジャイル開発を進めることを可能にするために、ハニカム構造のデスクレイアウトと昇降式デスクを備えた「スクラム」テーブルをつくりました。

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俊敏かつ柔軟なソフトウェア開発を実現する手法「アジャイル開発」を可能にする「スクラム」

萩森:3つ目のテーマである「Happy Work」に関わるものとしては、さまざまなエンジニアの「WISH」を、共感するメンバーたちとつくり込み、実装できる場として「ステージ」という余白のようなスペースを用意しました。エンジニアたちの「WISH」は、ワークショップなどを通して、7月のオフィス開設に向けて絞り込んでいったのですが、まだチャレンジできていない「芽」の状態の「WISH」もたくさんあります。これらをしっかり育て、オフィスを継続的に発展させていくことが大切だと思っています。今後は個人の「WISH」がAIによって自動的にカテゴライズされ、さらに社員が投票できるようにするなど、多くの共感が集まっている「WISH」に優先的に取り組めるような仕組みを構築したいと考えています。また、現在は完成していませんが、12月までにはエントランス、カフェテリア、リラクゼーションスペース、リフレッシュスペースなどさらに自由な働き方を支える場所が稼働する予定です。

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さまざまな「WISH」を実現する空間として設けられた「ステージ」のイメージ

オフィスづくりに現れる企業の文化

ー一連のオフィスプロジェクトを振り返ってみて、どのようなことを感じていますか?

岩田:私はもともとエンジニアだったのですが、だからこそ、今回のようなプロジェクトにトヨタのエンジニアたちが積極的に参加していることにまず驚いています。おそらくその背景には、オフィスの環境や日本橋という街の存在も大きいはずで、刺激的な環境に触れることで明らかに意識が変わっているように思います。そういう意味で今回のオフィスプロジェクトがここまでうまく進んでいるのは私たちの力だけではなく、場所の力というものも大きいのではないでしょうか。

豊田:この会社には、トヨタ自動車をはじめとする日本の大企業を経験してきたメンバーや、シリコンバレー他海外から来たメンバーなど、様々なバックグラウンドを持ったエンジニアが集まってきています。ロジカルに物事を考えることが得意なエンジニアもいれば、とてもイノベーティブなエンジニアもいて、個性豊かなメンバーが揃っています。 そうした面々が集うことは非常に大切だと思いますし、明確なミッションやテーマのもと、共存して働ける環境というものをつくり上げていきたいと考えています。

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萩森:そうした環境を実現するためには、ワークショップというものが非常に大きな役割を果たすと感じています。それこそ、「ここにお砂糖が欲しい」という小さな要望から、「こういう働き方を実現したい」「もっとパフォーマンスを発揮したい」という思いまでがワークショップをハブとして共有・実現されていくという流れが確立できると良いなと思っています。ワークショップというのは、手法としては目新しいものではありませんが、経営層、エンジニア、総務がフラットな関係のもとで思いを共有し、ここまで透明性のあるコミュニケーションを醸成しているプロジェクトに関わることは個人的にも初めてです。

豊田:こうしたワークショップでは、回を重ねるごとに参加者が減っていくということもよくあると思いますが、ここにいるメンバーが中心となって社内に広く声がけし、どのタイミングからでも参加できるような環境を整えてくれたことも非常に大きかったと感じています。実際にワークショップに参加してくれたエンジニアたちも非常に高いコミットメントを示してくれています。通常の業務だけでも忙しい中、オフィスのプロジェクトに時間や労力を費やしてくれている人がこれだけいることに感謝していますし、働く場所を一緒につくり上げていこうという絆がしっかり育まれつつあるように感じています。

萩森:自分たちが働く環境をつくるために、オフィスを使う側がここまで能動的に関わっている事例を僕は他に知りませんし、ゆくゆくこの場所は本当に新しいワークプレイスになっていくのだろうと期待しています。今回のようなオフィスづくりのプロセスは時間も手間もかかりますし、明快な道筋があるわけでもありません。その中でトライアンドエラーを続けてここまで来たわけですが、正解を決めずにみんなで模索してきたことが結果的にとても良かったと感じていますし、私自身、TRI-ADという土壌の上で非常に貴重な体験をさせてもらえています。自分たちの思いをしっかり見せ合い、お互いに高めていけるということがこの会社の文化だと思いますし、それはおそらく本業であるソフトウェア開発にも良い影響を与えるはずです。世界一安全な自動運転技術を開発するというミッションを起点にさまざまな喜びが発掘され、それらが一つずつ実装されていくことになるのだろうなと感じています。

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インタビュー前編では、シニアバイスプレジデントの豊田大輔さんに、TRI-ADの自動運転技術や、未来の人とモビリティ、そして街との関係性について伺いました。今回の記事と併せてご覧ください。

取材・文:原田優輝(Qonversations)  撮影:岡村大輔

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