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2019.10.23

街角に突如現れる「紋」の巨大レーザーショー。 異分野クリエイターたちのインスタレーション制作秘話。

街角に突如現れる「紋」の巨大レーザーショー。 異分野クリエイターたちのインスタレーション制作秘話。

“日本橋の資産をコラボレーションによってアップデートする”を共通のテーマとする、さまざまなコンテンツが楽しめるイベント「NIHONBASHI MEGURU FES」が開催中です。そのメイン企画のひとつとして、10月22日(火)から10月31日(木)までの期間、COREDO室町テラス大屋根広場にて、インスタレーション作品「紋照-mon terrace-」が展示されます。
日本の伝統的な表現手法である“紋”に、レーザーとプロジェクションによる演出を組み合わせた斬新な表現で、紋の新たな魅力が引き出された今回の作品。このコラボレーションについて、紋章上繪師の波戸場承龍さん・耀次さん、レーザーを手がけたアートチーム・MESの谷川果菜絵さん・新井健さん、そして全体のディレクションを担当した株式会社バスキュールの和田教寧さんにお話を伺いました。「紋とレーザーには実は多くの共通点があった」と語る皆さんの、今回の表現に至るまでの試行錯誤や制作プロセスなど、共創の裏側に迫ります。

レーザーで演出する、という発想が生まれるまで。

―まずはじめに、この作品の概要を教えて下さい。

和田教寧さん(以下、和田):今回のインスタレーション「紋照-mon terrace-」では紋とレーザーという一見対極にある2つの要素を掛け合わせ、伝統表現をテクノロジーでアップデートさせる試みを行いました。波戸場さんが描いたいくつかの紋をベースに、MESさんのレーザーで演出を施した、光と映像の作品です。COREDO室町テラスのメインエントランス前で幅9m×高さ3mの大きな暖簾に見立てたスクリーンに投影するので、見応えがありエンターテイメント性の高い作品になっていると思います。

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株式会社Basculeエンジニア / テクニカルディレクターの和田教寧さん

「紋照-mon terrace-」のイメージムービー

―紋にレーザーを組み合わせるという構想は、初期からあったのでしょうか?

和田:いえ、途中からですね。波戸場さんには「めぐるのれん展」という別企画で“麒麟”の紋の素晴らしい暖簾を作って頂いており、それをベースにインスタレーションに発展させようという話は当初からありました。ただその紋をどんな風に見せて、今までにない新しい表現をしていくかという演出手法までは固まっておらず、レーザーに決まるまでにはかなりの紆余曲折がありました。

波戸場承龍さん(以下、承龍):私たちも初期の企画段階から参加していたのですが、いろいろなアイディアが出ましたよね。

―どんなアイディアから議論がスタートしたのですか?

承龍:私はもともと紋章上繪師(もんしょううわえし)として手書きで紋を描く仕事をしていて、10年前にIllustratorで紋をデザインする仕事にシフトしたのですが、手描きでもデジタルでも紋は円と直線だけで表現されるという部分は同じです。なので、初めの頃は紋を構成する“円”に着目してインスタレーションの軸にしようとしていました。

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紋章上繪師の波戸場承龍さん(左)、耀次さん(右)

和田:そうですね。私が波戸場さんの作る紋でもっとも面白いと感じているのはその制作プロセスで、無数の円の軌跡を作品にした「紋曼荼羅」という独自の表現もお持ちです。円が重なって紋ができていく過程を見せたいという思いがあったので、円の軌道をベースに作品を表現しようとしたのが初期の頃ですね。 最初のプランは、紋が円で構成されているということを体感してもらうべく、お客さんが自分の腕を動かして描いた円をもとに、その場で紋を作るというインタラクティブなものでした。センサーで腕の動きを感知して解析し、動いた軌道に合わせてスクリーン上に円が描かれるという仕組みで、円の描き方や数によって出来上がる紋のデザインが変わっていきます。

初期プランのラフイメージ

さらに、ただ腕を動かすだけだと手応えを感じにくいので、アクションに太鼓や鈴の音を掛け合わせて紋を作る感触を味わえるようにバージョンアップするなど、細かな工夫も重ねていましたね。

―こうしたプランからレーザーとのコラボに方向転換したのには、何かきっかけがあったのですか?

和田:実は大きな課題が二つありまして、それに向き合う過程で生まれた一つの解がレーザーだったんだと思います。

課題の一つは「デザインあ」というNHKの人気番組の存在。この中に「もん」という波戸場さんが出演・作品提供されているコーナーがあるのですが、これがとても有名で完成度が高いために、紋の世界を表現しようとするとどうしても引っ張られてしまうんです(笑)。またこのコーナーでは“紋が出来上がる過程”が映像で表現されているので、円を組み合わせることに着目すると「デザインあ」の表現に近づいていってしまう。だから何か新しい切り口を見つける必要がありました。

そしてもう一つの課題は今回の展示場所です。「紋照」が展示されるのはCOREDO室町テラス前の広場という目立つ場所ではあるものの、大通りからは少し奥まっているため通行客に気づかれにくい可能性がありました。だから少し離れたところからでもインスタレーションをやっていることがわかるような演出にしたかった。それには光を組み合わせたら良いのでは?という話になり、「光は光でもレーザーを使ったら面白いんじゃないか」という案が出たんです。

そこから紋×レーザーという方向性が定まったのですが、せっかくなら新しいレーザーの使い方を模索したくて、次にレーザー演出の事例研究を始めました。

その中で目に留まったのが、カリフォルニアのディズニーランドのショーの動画で、パフォーマーがレーザー光線を折り曲げたり掴んだり自在に動かしているように見える、イリュージョンのような内容でした。パフォーマーとレーザーがシンクロしているのは、驚きもあるしワクワクして、この感覚を今回の作品を見た人にも味わってもらいたいと思いましたね。そして紋=パフォーマーと見立てて、そこにレーザーをシンクロさせて二者の関係性を再現できないかと考えたんです。

今回の作品は、紋の“変化”のストーリー。

―それでMESのお二人に声がかかったのですね。お二人は普段はどんな活動をされているんですか?

谷川果菜絵さん(以下、谷川):私たちは2015年に東京芸術大学在学中に結成したアートチームです。もともと新井が制作していたレーザーアートの作品を応用して、VJとしても活動するようになったことが、レーザーを展覧会の外で表現するようになったきっかけです。そしてVJ活動の延長でファッション・エンタメ方面からさまざまなお仕事の相談を頂くようになり、今はレーザーをメインに彫刻やインスタレーションなど幅広く制作しています。

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MESの新井健さん(左)・谷川果菜絵さん(右)

和田:普通はレーザーというと、ライブ演出などで使われるレーザー光線のイメージがありますが、MESのお二人は光線そのものだけでなく、レーザーを照射した光の先でアニメーションを描くという手法が特徴的です。だから紋とレーザーをシンクロさせて細かい表現をするのにまさにぴったりなアーティストだったわけです。

―制作チームのメンバーが揃ったところで、具体的にはどのようなプロセスで作品作りはおこなわれたのでしょうか?

和田:大まかな流れはこんな感じです。

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承龍:①の紋の選定は熟考されてましたよね。紋帳(数千もの家紋が載っている家紋集)にある候補の中から、複数のモチーフが組み合わされたデザインの紋を多く選ばれていました。

和田:もともと紋の知識があるわけではなかったので、初めはどんな紋が今回の作品に適しているのか全く見当がつかず…困りました(笑)。でもよく紋帳を見ていくと、動物や植物、道具などの基本形のモチーフのほかに、同じモチーフを複数組み合わせた紋や、違うモチーフが合体した紋があることに気づき、これが独特で面白いなと。中でも特に興味深かったのが、異なる別のモチーフに擬態したような紋があることでした。

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紋帳の一部。一つのモチーフに対しいくつものバリエーションがある

承龍:江戸時代の「見立て紋」の考え方ですね。位の高い人が使っている紋と同じものは使えないので、いろいろと組み合わせて別の似て非なる紋にするという、庶民が生み出したパロディーのような紋です。規制の中で抜け道が生まれ、そこから新しいものができている例ですね。このあたりに紋の世界の面白さがあります。

和田:まさにその、制限の中から生まれる紋の面白さを表現できたら良いなと思いましたね。結果、“シンプルに絵として面白いこと”と、“見立て紋の考え方で作られた、変化のある紋であること”の2点を重視して選んでみました。

―素材となる紋を選んでから、この部分にレーザーに使おう、こんな流れにしようという作品の構成はどう考えていったのでしょうか?

和田:先ほどのディズニーのショーのように、紋とレーザーが相互作用していくような作品にしたかったので、紋が変化していく過程で、レーザーを“変化を起こすトリガー”のように使って演出できたら面白いんじゃないかと考えました。

またこのことが、課題だった「デザインあ」との差別化にもつながりました。「デザインあ」が紋の出来上がっていくプロセスを“説明する”面白さだとしたら、今回の私たちは紋が“変化していく”面白さを見せる作品です。「デザインあ」とはまた違う角度から紋の魅力を表現できたのではないかと思います。

―紋が変化する重要なタイミングでレーザーが出てくるんですね。

和田:そういうことです。たとえば今回の作品の中でも取り上げた、この雁金(かりがね)の紋は、もともと1羽だけで構成されていた紋だったのですが、1羽から3羽、3羽から8羽と数を増やして別の紋へと変化していった一例です。その増えて変化していく様子を映像で表現したかったのですが、そのためには増える分のスペースを空けるために、一旦もとの雁金を移動させないといけない。でも、何もないところで突然雁金が動いても、前後関係がないのでなんだかよくわからない動きになってしまうんです。そこで動きに理由をつけるために、雁金はレーザーに狙われていてそれを避けるために動く、という流れにしたら、ちょっとユーモラスなアニメーションになりました(笑)。つまり、レーザーがあるからストーリーが成立するという関係ができたわけです。

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雁金のモチーフが変化していく様子

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アニメーションとレーザーをぴったり合わせるため、入念な確認を行う

“限界値を超える”という二者の共通点。

―MESさんはこれまでさまざまな方と組んできたと思いますが、紋のような伝統的な表現とのコラボレーションは珍しいのではないでしょうか?

谷川:たしかにこういうケースは初めてですね。ただ、紋自体は伝統的な世界のものかもしれないけれど、こと波戸場さんたちに関しては革新的な活動をされている現代のクリエイターだと思ってご一緒させて頂いています。だからあまり伝統の壁のようなもの感じていなくて、“今”新しいことをしている皆さんとさらに新しい作品を作っているという意識です。

波戸場耀次(以下、耀次):そのように言っていただき嬉しいです。私たちのターニングポイントは、やはり手描きが当たり前だった紋制作の世界にIllustratorというデジタル手法を取り入れた時で、このことをきっかけに紋をデザインやアートとして広げていけるようになりました。おっしゃる通り、伝統表現の枠にとらわれず、どんどん新しい見せ方にトライしていきたいと思っています。今回MESさんとコラボすることになってお二人の作品の動画を見せて頂いた時には、あまりのカッコ良さに「超やりたい!」と食いつきました(笑)。

MESの作品の一例 Sh0h feat. MES "Re:Humanize" (2017)

新井健さん(以下、新井):僕らが紋とすごく相性が良いなとまず思ったのは、レーザーも紋も曲線と直線で構成されていること。バックグラウンドに親和性があるんです。

谷川:それと、紋を円で描く時、全く同じ円を描くことはできないと波戸場さんに伺ったのですが、それは実はレーザーも同じで、二度と同じ軌道は描けません。照射されて消えてという一瞬の儚さがあり、一回性が強くて、機械で作っているものの“手作り”の要素が強いんです。

承龍:紋も制作手法としてデジタルツールを使ってはいますが、もともとはひたすら円を組み合わせていく、とてもアナログな世界です。

―真逆にも思えた2つの表現ですが、意外と共通点があるんですね。

新井:マインド面でもとても共感する部分がありましたね。僕たちは既存のミニマルなレーザー表現をもっと複雑にしたり立体的にしたり、どんどん限界値を上げてバキバキにカッコいいグラフィックにしたいという思いがあって活動してきました。紋ももともとミニマルな表現のはずなのに、波戸場さんたちはありえない複雑さの紋に挑戦されていたり(笑)、常に限界値を超えようとしていて。同じ方向を向いている気がするし、僕らも負けずにいたいなと思いました。

谷川:そうですね。ライブ演出などで使われるレーザー光線は、その先にあるはずのアニメーションが切り捨てられがちなんです。私たちはそこに着目して、レーザーで何が表現できるのかを模索しながら、限界値を少しずつ上げているつもりです。日本ではまだアニメーションとしてのレーザーという考え方が珍しいようで、レーザー業者さんもまずやらないですね。

―珍しい表現だということは、何か特殊な手法を使っているのでしょうか?

新井:もともとレーザーの線の軌道を描くソフトを使っていて、ある時その軌道で絵が描けるんじゃないかと思ったんです。それで自分で描いた絵のデータで取り込んだら、ああ描けるじゃないかって気づいて、レーザーのアニメーションとしての表現が始まりました。だから、最初はレーザー業者さんも驚いてましたよ。このソフトにこんな使い方があったんだ、って。

承龍:え、それってIllustratorなのにひたすら円ツール使って紋を描いてる僕らと一緒じゃないですか(笑)!こんな便利なソフトをなんでこんな面倒くさい使い方してるんだってよく言われるんですよ…(両者握手)

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谷川:もともとあるツールの、想定された使い方にとらわれないというのも、新たな表現を見出す上では大事かもしれないですよね。まさかそんなところまで共通しているは思いませんでしたが(笑)。

日本橋でやるから面白い。新たな表現のスタート地点に。

―波戸場さんは今回コラボされてみていかがでしたか?

耀次:多くのインスピレーションを頂きました。紋の表現にもこれからもっと広がりが出てくる気がします。たとえば私は紋をいつか立体で表現してみたいと考えているのですが、レーザーと組み合わせたらできるかもしれないと思いましたね。

谷川:たしかに、光を透過する幕にドーンと紋を映して、それを何枚も重ねることで立体に見えるようにするなど、できそうですね。動きをつけたり、見る視点をあえて変えたり、紋のアピールの仕方やレーザーマッピングの仕方はまだまだあるはず。どんどんアイディアが湧いてきます…。

和田:今回入れられなかった紋もあるので、次はもっと複雑な紋をレーザーで表現することにも挑戦したいですね。波戸場さんは常に作品をアップデートされているので、次回やる時にはもっとすごい紋が出てきたりして(笑)。

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新井:僕たちとしては、波戸場さんたちと新しい表現をすることでレーザーをフィーチャーして頂けることが、とても意味のあることだと思っています。と言うのも、日本のレーザー表現はまだまだ遅れていて、ライブでの演出くらいでしか知られていないのが現状なんです。でも世界に目を向けてみると、ヨーロッパやロシアでは「レーザーショー」というショービジネスが成立しているほど表現方法が幅広い。だから今回レーザーでこんなにいろんな表現ができるんだということを、多くの人に見てもらい注目されることで、日本の業界を変えるきっかけになればと思います。

―今回の作品を見る方に、どのように楽しんで頂きたいですか?

和田:インスタレーションやアート作品である前に、この空間をひとつのショーとして見てもらいたいです。土地柄、大人が多いとは思いますが、子供たちや紋のことをよくご存知ない外国人の方など、幅広い方にワクワクする時間を提供したい。通りすがりに音や光が気になって見てみたら、面白いショーをやっている!となったら良いですね。

承龍:紋はテレビの影響もあって親子のファンが多いんです。でも今回の会場は和田さんもおっしゃるようにビジネスマンを含めて大人の方が多い街。そういう今まで紋に接点がなかった方々にも興味を持ってもらいたいです。

谷川:周辺に紋の暖簾が掛かっている老舗店がたくさんあるのも印象的ですよね。そういう文化が当たり前にある場所で、新しい紋の表現をするという対比が興味深いですし、日本橋でやる意味がある企画になったと思います。そしてレーザーは写真だとなかなかうまく映らないので、ぜひ会場に足を運んで、実際に見て楽しんで頂ければと思います。

取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:坂本恭一 (LUSH LIFE

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