Interview
2020.03.30

日本最大級のアート密集地で“人生を豊かにする”出会いを作りたい。 東京アートアンティーク、仕掛け人たちの想い。

日本最大級のアート密集地で“人生を豊かにする”出会いを作りたい。 東京アートアンティーク、仕掛け人たちの想い。

※追記:「東京アートアンティーク2020〜日本橋・京橋美術まつり〜」は、このたびの緊急事態宣言の発表を受け、中止となりました。ウェブ上で楽しめるコンテンツとして、空間コーディネーターの佐藤由美子氏による「好きなものに囲まれて〜私にもできるアートのある素敵なコーディネート」シリーズにて美しい空間の中に置かれた美術品をご覧頂けます。また、一部のギャラリーでもウェブサイト上での作品発表等を行っておりますので、ぜひ合わせてお楽しみ下さい。中央区日本橋・京橋地区は、約150の美術品専門店が集まる、日本有数のアート密集地であることをご存知でしょうか?このエリアで、古美術・工芸・日本画をはじめとする多様なジャンルの店舗の多くが参加し開催される、年に一度のアートイベントが「東京アートアンティーク」です。2010年から始まり今年で11回目となるこのイベントは、「アートをもっと身近なものにしよう」という想いのもと始まりました。今年は4月23日(木)~25日(土) に開催を控える同イベント。実行委員である、(写真左より順に)五月堂美術店・上野哲さん、齋藤紫紅洞・齋藤琢磨さん、三渓洞・三谷晴弘さん、古美術 奈々八・上畝文吾さんに、イベントにかける想いや目指すビジョンについて、お話を伺いました。

共通しているのは、美術品が好きだということ。

―はじめに、皆さんの自己紹介をお願いします。

五月堂美術店・上野哲さん(以下、上野):京橋で平安〜鎌倉時代の陶器や古筆・古写経・絵画や仏教美術などを専門に扱う店をやっています。私は2代目で、日本橋の古美術店で約13年修行したあとに、今の店を継いで18年ほどになります。もともとこの世界を志していたわけではなく…たまたま父の修行していた店に私も入り、そこの店主の付き人のような形で現場で勉強を積んでいたんです。3年ほど経ってようやくこの世界の面白さに気づき始めて、店を継いでいく自覚が芽生えた、というのが正直なところです。今は東京アートアンティーク実行委員会のメンバーとしても日々奔走しています。

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五月堂美術店の上野哲さん(写真右)

三渓洞・三谷晴弘さん(以下、三谷):うちも家業なのですが、もともとのルーツは両替商で、そこまで遡ると私で13代目になります。両替商の創業は江戸時代の徳川家綱の時代です。その後質屋として営業していた時期を経て、今は明治以降の比較的新しい時期の絵画を中心に、文化勲章を取られた作家さんの作品などを並べています。親の影響もあり子どもの頃から展覧会が好きでよく行っていましたが、大学時代は法学部で学んでいましたし、特に美術の勉強をしていたわけではありませんでした。ところがちょうど卒業年が就職氷河期に当たってしまい、なかなか就職先が決まらなくて。一方で三渓洞を継いでほしいという親の意向もなんとなく感じており、どうするか悩んだ末、家業に入ることを決めました。
普段は美術品の販売・買取のほかに、売却の仲介や代行、美術品の鑑定などをやっていますが、この時期は年に一度の東京アートアンティークに向けて、店舗を越えた活動が増えています。

齋藤紫紅洞・齋藤琢磨さん(以下、齋藤):齋藤紫紅洞は昭和58年に京橋で創業し、古美術と言われる茶道具や古書画を扱っています。作家がわからないような古い年代のものが中心なので、品物自体の良し悪しで評価される分野ですね。私は大学を出てからしばらくは別の仕事していたのですが、27歳の時に家業に入り9年になります。

奈々八・上畝文吾さん(以下、上畝):うちの店では日本と朝鮮の古陶磁を中心とした古美術品を扱っています。ジャンルや時代は幅広い方だと思いますが、繊細さや優美さ、小品でも力のあるものを集めたいと思って日々努力しています。

―この業界で活動される方には、どんな方が多いのでしょう?

三谷:共通しているのは、やはり皆美術が好きだということではないでしょうか。良い作品に出会うと目がキラキラするような人が多いですね。あと、うちの店のように金融業に近いルーツがあるという意味では、比較的お金儲けが好きな人も多いかもしれません(笑)。

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三渓洞の三谷晴弘さん

■2012_三溪洞-ギャラリーツアー

三渓洞の店内の様子(画像提供:東京アートアンティーク実行委員会)

―東京アートアンティークにおける皆さんの役割はどのようなものなのですか?

上野:もともとこのイベントは、1998年から「日本橋・京橋美術骨董まつり」として開催されていたものを引き継いだものです。2010年に「東京アートアンティーク」と名称を変更し、今年で11年目を迎えました。我々はその実行委員会の主要メンバーで、10人ほどが中心になって運営しています。主要メンバーと言っても、役職や上下関係があるわけではなく、唯一役割が決まっているのは齋藤くんの担当する経理だけです。イベントを引き継ぐ際に、責任者を決めないフラットな組織にしようという話になり、実際に和気あいあいと活動しています。

気軽に店舗を巡り、お気に入りに出会う楽しさを伝えたい。

―東京アートアンティークの概要、魅力についてご紹介ください。

上野:東京アートアンティークは日本橋・京橋地区の97軒の美術店・画廊が参加して、各店舗を巡りながらアートに身近に触れていただくためのイベントです。年々参加店舗も増えて今年は過去最多になり、企画展やトークイベント、ワークショップなどを開催する店舗もたくさんあります。

近年アート業界は盛り上がってはいるものの、こと老舗の美術店や画廊となるとなかなか敷居が高いかと思います。中に入ったら高額な美術品を売ろうとふっかけられるんじゃないか、なんて思われているかもしれませんし(笑)。我々はそのイメージを払拭したいんです。春先のイベントですし、店舗の扉を開けるなど開放的にして、気軽な雰囲気作りができたら良いなと思っています。美術館のようにガラス越しに見るだけの鑑賞方法だけでなく、実際に作品を手にとって店主と話しながら楽しめるのが店舗の魅力。このイベントを通して、そういった部分を知ってもらいたいと考えています。

三谷:そうですね。僕は美術店や画廊を“お気に入りの洋服屋さん”のような感覚で気軽に入れる場所にしたくて。その思いがあるので、東京アートアンティークでは地図やガイドを作り、より入りやすく、わかりやすくなるよう改良を重ねています。100店舗近くが参加していて、とても期間中には周りきれませんから、イベントが終わっても思い立ったときにそこを訪ねられるように、ガイドを活用してもらいたいです。

■08_店舗地図 差し替え

パンフレットの地図の一部。多くの美術店が集まるエリアであることがわかる(画像提供:東京アートアンティーク実行委員会)

上畝:東京アートアンティークの魅力という意味では、僕はこのイベントには2つの“世界一”があると思っています。ひとつは、このコンパクトなエリアにこれだけの数のアート関連の店舗が集積しているのは、世界最大級だということ。もうひとつはおそらく世界一信用力のあるアート展だということ。アンティークの世界は「これ本物かな?」と疑うところから始まるのが普通なのですが、この界隈の店舗は由緒正しく信頼のおけるところばかりなので、安心して作品と向き合えるのは素晴らしいことだと思います。

それと、“美術品は買える”という当たり前なのにあまり認知されていないことも知ってもらいたいですね。美術館に並んでいるものと同じレベルの作品が、日本橋・京橋の信頼できる店舗で買えるんです。実際うちで5個で30万で売っている器と同じものが美術館に展示されていたということもありました。

■2019_井上オリエンタルアート
■2019_日本橋ガレリアコミュニティスペース

昨年の東京アートアンティーク期間中の様子(画像提供:東京アートアンティーク実行委員会)

―初めて東京アートアンティークに行く人は、どのようにこのイベントを楽しめば良いでしょうか?

上野: 10年やってきましたが、まだまだ「初めて来た」というお客様も多くいらっしゃいます。普段は店舗に入らないような方、古美術のことをよくご存知ない方も多いので、まずは安心して気軽にいらして頂きたいです。お天気の良い日にふと思い立っていくつか巡ってみようかな、というくらいの感覚で。今の上畝くんの話のように、美術館に比べれば我々のような店舗はずっと気軽だし、作品を買える身近な場所ではあるんですが、それでも古美術はその日のうちにパッと買うような類の単価ではありません。だからまずは“見るだけ”、店主と“話すだけ”で十分なんです。

三谷:はじめから買う気がある方は、すでに古美術に親しんでいる方なんですよね。そうではなく、このイベントでは10店舗巡って1店舗でもお気に入りを見つけてもらえたら。仮にその場で気に入ったものがなくても、何度か来て頂く中で少しでも身近に感じてもらえたらいいなと思っています。そしてその中から少しでも買う気になる人が出てきてくれたら嬉しいですね。私の店の前に“遠慮なくご覧下さい”と看板まで立てているのはそういう理由もあってのことなんです。まずは「敷居が高い」と感じているお客さまに、店舗にお越しいただくことから始めたいと考えているんです。

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三渓洞の店頭にある看板

上野:今はネットでササっと価格比較をして買い物をするような時代ですが、古美術の世界はその真逆で、人と人とのおつきあいの流れの中で作品が受け継がれていくもの。「商品だけでなく“人”も買って頂いているのだ」という教えもあるほどで、私たちはお客様との交流を大切にしています。そのコミュニケーションの積み重ねで、こんなものに出会えた、こんなものを紹介された、と世界が広がっていく醍醐味を知ってほしいですね。

―なるほど、時間をかけて関係性を築いていくものなのですね。東京アートアンティークを続けてきたことでのお客さまの変化はありますか?

齋藤:私の店舗は二階にあるので、よく窓から通りを歩いている人を眺めるのですが、期間中にパンフレットを持って街歩きをしている人を見かけるようになったし、地道にやってきた成果が出てきているなと感じます。

また東京アートアンティークに来た若い方が後日ふらっと訪ねてくれたりして、新しいお客さまとつながる良い機会になっていると感じます。友人にも「面白そうなことをやってるね」と言われますし、若い世代への認知も徐々に広がっているんじゃないかと思っていますね。

江戸の旦那衆から現代の観光客まで。日本橋はアートの街として愛されてきた。

―日本橋・京橋地区は日本最大級のアート密集地とのことですが、どんな背景があってそのような街になったのでしょうか?

三谷:日本橋・京橋は昔から商いの街として知られていますが、美術品関連の商人たちがこの地で根を下ろしたタイミングは大きく二度あったようです。一度目は江戸時代に伊勢商人が多く流入し、街が繁栄した頃。現在もこのあたりの百貨店や食品店は伊勢商人の流れを汲む企業が多いですが、美術業界も同様なんです。そして二度目は、明治元年に天皇が京都から東京への遷都で引っ越しをされた頃。遷都に合わせて多くの美術商も東京へ上京してきました。

上野:昔は日本橋のあたりに魚河岸がありましたし、日本橋本町は薬の街、馬喰町は衣類問屋と、とにかく街中に商いをする“旦那衆”がたくさんいました。そうした旦那衆は夕方になると店を使用人に任せて、ふらふらと集まってきて美術品を愛でるような文化を持っていたようです。特に戦前まではそういう旦那衆が得意客になって、多く美術店が賑わっていた。それで現在のようなアート密集地域が形成されたわけです。

―現在のこのエリアの美術店・画廊の特徴は何かありますか?

三谷:店舗同士の横の結びつきが強いことは大きな特徴だと思います。お互いライバルでもあり、お客さまにもなる。修行していた方がその近くで自分の店舗を出すこともあったりして、結びつきを保ちながら受け継がれているイメージです。

上野:このエリアにはたくさんの美術店・画廊があるものの、あまり押し出しが強くないという地域性もあるので、美術の街というイメージはまだまだ薄いですよね。銀座の華やかなアートの街というイメージとは対照的かもしれません。でも実際はレベルの高い良い店舗がたくさんあるので、それを東京アートアンティークをきっかけに知ってもらうことも我々の役目だと思っています。

■2019_青木先生ワークショップ3

東京アートアンティークでは幅広い世代に向けたワークショップも開催(画像提供:東京アートアンティーク実行委員会)

―年々規模が拡大する中で、このエリアのギャラリーに変化があれば教えてください。 

上野:現在は骨董好きが高じて店舗を立ち上げる方や、女性が運営する店舗も増えるなど、ギャラリーの幅も広がっていますね。ありがたいことに東京アートアンティークに参加したいと言ってきて下さる方も増えているので、日本橋・京橋地区のイベントと言いつつも、実は銀座二丁目の店舗まで入っています(笑)。パンフレットの地図をまとめるのも正直大変になってきているのですが、これも嬉しい悲鳴ですね。

齋藤:大きなビルやホテルなどが増えて、街の風景も大きく変わっていますよね。個人のビルや小さい店舗が次々なくなったり建て替えられたりしているのはちょっと心配ではありますが…。

三谷:逆にそうした街の再編で、今まであまりいなかったお客さまが増えているのも事実です。アジア圏の方の旅行客や仕入れ需要のバイヤーに加え、マンダリン オリエンタル 東京などに泊まるような旅行客も多くなった。そういう方にも日本美術の魅力を伝える努力をしていきたいですね。

日本美術の魅力をもっと身近に、そして世界に。

―皆さんの今後の目標やビジョン、チャレンジしたいことを教えてください。

三谷:私はやはり海外に目を向けて、日本美術をどう世界に広めていくか、ということを考えながら取り組んでいきたいと思っています。世界で知られる日本美術には、浮世絵などが有名なものもありますが、近現代のアートとなると知名度も評価もあまりない。草間彌生さんなど一部の大御所はいらっしゃるものの、日本発で広がっていると言うよりも、海外からの逆輸入的に有名になっているケースがほとんどです。そうではなく、日本発で価値ある作品をアジアや欧米で発信していきたいし、そうあるべきだと思っています。だから、三渓洞では若い作家さんの企画展をやったり、海外のアートフェアに参加したりと、自分のできるところから日本人作家のプロモーション活動をやっています。

「昔の日本美術は良かったけど今はちょっとね…」と言われないように、歴史と現代性を併せ持つ日本橋で時代の転換点に立ち会った者として、自覚を持って役割を果たしていきたいですね。

齋藤:私は日本の中で特に若い世代に目を向けて、もっと“生活に密着した美術”というものを突き詰め、その素晴らしさを発信していきたいです。海外だと家の中にさりげなく絵や彫刻が飾られていることが多いじゃないですか?でも日本は生活様式の変化の中で、だいぶ日本の美術品が遠い存在になってしまった。もともとは掛け軸・茶具などの文化もあるこの国で、本来は身近にあるはずの日本美術の魅力が再認識されるようになったら良いなと思います。

上畝:日本美術だけでなく、文化・音楽文化全般を通して私が思うのは、“知らないよりは知っていた方が絶対に面白い”ということ。私は自分たちの活動でそれを一番伝えたいです。アートの力で人生がずっと豊かになるものですから。

上野:本当にそうなんですよね。美術品は、興味のない方からすると、あってもなくても変わらないものなのかもしれません。でも、500年1000年の時を経て人の手から手へ伝わりながら、人々の生活に寄り添ってきたものを、今この瞬間に手を触れて自分のものにすることができるのが古美術なんですよ。そのロマンがどれほど人生の潤いになるか、ということです。繰り返しになりますが、その魅力を皆さんに知ってもらうきっかけを作ることが今後も大切ですし、東京アートアンティークをやる目的でもあります。

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イベント期間中は共通のフラッグが街を彩る(画像提供:東京アートアンティーク実行委員会)

―勇気を出して骨董品店に入ったら、とても楽しかったことがあります。知らなかったこともいろいろ教えて頂いて、豊かな気持ちになりました。

上野:入ってみるとけっこう楽しい人がいるでしょ?それもこれも行ってみないとわからないんですよね。

上畝:実を言うと同業者でもちょっと入りにくかったりするんですよ。今日は三谷さんの店に行きたかったからこのインタビューに参加したという面もあります(笑)。

三谷:いや、だから「ご遠慮なくご覧下さい」って看板出してるじゃないですか・・・(一同笑)。でも真面目な話、用がないと入れないという状態が続くとこの業界も日本美術も廃れていってしまいます。東京アートアンティークのようなイベントをきっかけに、日本美術をもっと気楽に考えてほしいですね。

上野:古美術店って偏屈なおじさんがやっていそうなイメージあるかもしれませんが、意外と女性も多いですし、世代交代を機に美術品の選定も現代的に変わってきたりして、新しい楽しみ方も増えていると思います。この街をのんびり散歩しながら気の合う店舗や店主を見つけて頂き、人生が豊かになるような体験を、一人でも多くの方に味わってもらえたら嬉しいですね。

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取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:岡村大輔

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