2018年、多くの老舗が拠点を置く日本橋の街に、1890年創業のイトーキが本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK」を開設しました。イトーキといえば、オフィス家具をイメージする人も多いかもしれませんが、同社は近年、「明日の『働く』を、デザインする。」をミッションステートメントに掲げ、家具に限らず、オフィス空間や働く環境などワークスタイル全般の提案を行ってきました。新しい働き方「XORK STYLE(ゾークスタイル)」を実践・発信する新オフィスや、地域との共創から生まれたリモートワーク家具など、持ち前の開拓精神で時代に即した数々のチャレンジを行っている同社のマーケティング戦略企画室・藤田浩彰さんに、これからの働き方やオフィスのあり方、地域との関わり方などを伺いました。
ワークスタイルをデザインする企業
―まずは、イトーキのこれまでの歩みについてお聞かせください。
イトーキは、1890年に創業した会社で、創業者の伊藤喜十郎が特許品を販売したことが事業の始まりでした。社会に新たな価値を生み出すことを理念とし、1900年代に入ってからゼムクリップやホチキスなどの輸入販売を本格的にスタートし、戦後はオフィス向けスチール家具の製造・販売が事業の核になっていきました。1970年代以降はオフィス空間のレイアウトやプランなどをご提案するようになり、やがて社内コミュニケーションの円滑化や、環境や健康に配慮したオフィスづくりを行うようになりました。イトーキは、創業者の開拓精神を会社のDNAとして受け継ぎ、輸入販売、ものづくり、空間設計と事業を広げてきました。そして、現在はワークスタイルをご提案する企業として、「明日の『働く』を、デザインする。」をミッションステートメントに掲げています。
取材に対応してくれたマーケティング戦略企画室の藤田浩彰さん
―空間のデザインやプランニングから、ワークスタイルへと事業の領域を広げた経緯を教えてください。
このミッションステートメントができたのは2016年なのですが、時間や場所に縛られない働き方が広がっていく時代において、オフィスのあり方も大きく変わっていくだろうという考えがありました。そして、イトーキとして自分たちがありたいこれからの姿を考えた時に、空間のみならず、ワークスタイルの提案をしていくことが必要だろうという結論に至りました。翌年には、まずは自分たちが新しい働き方を実践してみようということで、社内の働き方や制度などを変革するための取り組みがスタートしました。全社を上げた議論を通じて、従業員一人ひとりの裁量を高めることで能力を解放し、パフォーマンスを最大限高めていくというコンセプトが定まり、そうした新しい働き方を示すものとして、「XORK STYLE」という言葉も生まれました。
―「XORK STYLE」は具体的にどのような働き方なのですか?
オランダで生まれた「ABW(Activity Based Working)」という考え方がベースになっています。「ABW」というのは文字通り、個々のワーカーの活動に合わせて、最もパフォーマンスが発揮できる環境を自ら選択していくという考え方です。ABWではこの「活動」を、主に1人で行う「高集中」「電話」、2人以上で行われる「対話」「情報整理」「アイデア出し」など、10のふるまいに分類しています。そして、オフィス空間においては、それぞれの活動にふさわしいワークプレイスを、ワーカーが自律的に使い分けることが推奨されています。このABWの考え方に基づいた機能と、心身の健康を保つ品質を兼ね備えたオフィスとして、2018年に東京・日本橋に「ITOKI TOKYO XORK」を開設し、それまで数カ所に分散していた都内の拠点を統合することになりました。
イトーキが取り入れているワークスタイル戦略「ABW」の考え方に基づく「10の活動」(画像提供:イトーキ)
「10の活動」が実際のオフィスレイアウトに連動している
新しい働き方を実践するオフィス
―「ITOKI TOKYO XORK」は、「XORK STYLE」の実践の場となっているのですね。
はい。ここは新しい働き方を実践する場であると同時に、それを世の中に発信をしていく拠点でもあります。創業当初、輸入販売という形で先進的な知見を海外から持ち込み、社会に新しい価値を提供してきたように、今回も我々は新しいワークスタイルの考え方を海外から取り入れました。そして、まずは自分たちで実践した上で、その価値をお客様にも発信しているわけですが、何事もまずは試してみるというスタンスもイトーキのDNAなのだと思います。
―「ITOKI TOKYO XORK」はどんなオフィスになっているのですか?
従来型のオフィスというのは、主にデスクスペースとミーティングスペースによって構成され、これらを行き来しながらすべての業務をこなすことが基本でした。ただ、このようなオフィスでは、一人で集中したい時でも、周囲の声を我慢して作業するしかなかったり、ブレストをする際には会議室に別の場所からホワイトボードを運ばなくてはならないというようなことがしばしば起きていたと思います。「ITOKI TOKYO XORK」は、こうした課題を大幅に改善する空間になっています。例えば、電話や私語を一切禁止し、徹底的に作業に集中できるスペースや、周囲のメンバーと空間を共有し、息遣いや雰囲気を共有しながら、必要に応じて短い話などもできるデスクスペース、Web会議専用のスペースなどを活動に応じて使い分けることができます。また、デスクスペースが部署ごとに分かれているようなこともなく、むしろデスクトップPCや固定電話など、ワーカーの居場所を縛り付けてしまうようなものは極力なくしています。
首都圏に点在していた拠点を集約した本社オフィスとして、2018年に開設された「ITOKI TOKYO XORK」。「XORK(ゾーク)」とは、これまでの働き方「WORK」を次の次元へと進化させるという思いを込め、アルファベットの「W」に続く「X」を掛け合わせた造語
―このオフィスに対する社内からの反応はいかがですか?
以前の働き方に戻りたいと言っている社員はほとんどいないですね(笑)。ただ、難しい面が色々あることも事実です。まず、このオフィスを使いこなすには、従業員が自分の仕事を「活動」ベースでとらえることが必要になるので、そのためのトレーングなども並行して行っています。また、これは我々に限らずコロナ禍における課題のひとつになっていると思いますが、何のためにオフィスに行くのか、オフィスに行った時には何をするべきなのかということをより深く考える必要性が出てきています。チームの一体感の醸成、従業員の教育や管理業務など、これまで無意識にオフィスで行っていたことに、意識的に取り組んでいかなければならないと感じています。
日本企業の働き方は変わるのか?
―コロナ禍によってオフィスや働き方に対する価値観は変わりつつありますが、イトーキとしては現在の状況をどのように捉えていますか?
大きな変化が訪れていることは間違いないですが、我々が事業を展開してきた時間軸で考えると、今回が初めて変化ではないんです。歴史を振り返ってみると、1900年代初頭に建築技術の発達によって大型ビルがつくられるようになり、そこに多くの人を集約した方が効率良く働けるという考えのもとで、オフィスという概念が生まれました。戦後には、GHQの指導や内需拡大などの目的から、木製だったデスクがすべてスチール製に変わり、80年代になるとOA化が進み、ワープロやパソコンを置く場所がオフィスに必要になりました。このようにオフィスというのは時代とともに変化し続けていて、我々もそれに合わせてビジネスを展開してきたので、今回も新たなチャンスなのではないかと感じています。
戦後、イトーキの主力事業となったスチール家具が、日本の近代オフィスをつくったと言われている(画像提供:イトーキ)
―イトーキの働き方は、コロナ禍によってどのように変わりましたか?
2020年2月下旬から在宅ワークが中心となりましたが、およそ1年半にわたってABWに基づいた働き方を実践し、自立分散して働くトレーニングが積めていたことで、スムーズに移行できたと感じています。1回目の緊急事態宣言が解除され、オフィスに人が戻ってくるようになってからは、物理的な距離を取ることはもちろん、スマートフォンで従業員の位置情報を見える化して密を避けたり、ログを取ることで陽性者が出た際に濃厚接触者が特定できるようにするなど、あらゆる対策を行っています。ABWにもとづくワークスタイルは、さまざまなスペースをシェアするものなので、感染リスクが高まるのではないかという懸念も当初はありました。ただ、だからといって従来の固定的な働き方に戻すとパフォーマンスは著しく下がってしまうし、それこそオフィスに出てくる意味というものがわからなくなってしまいます。徹底的な感染症対策を取り、安全に働ける環境を整備することは、オフィスでコラボレーションすることの重要性を伝えるメッセージでもあるんです。
―日本企業の働き方やオフィスに対する意識の変化について、日々のお仕事を通して感じていることはありますか?
私は2003年入社なのですが、働く環境を見直そうという機運がここまで高まっている状況は、過去に経験したことがありません。オフィスの移転やリニューアルのご相談も増えており、その多くは働き方を抜本的に変えることを目的としています。これまで、オフィスに自席をなくしたり、分散して仕事をするような働き方というのは、メリットよりも懸念点の方が優先されてしまい、なかなか実行に移せる企業は少なかった。でも、新型コロナによって懸念点よりも従業員や家族の安全が優先されるようになったんです。そして、半ば強制的に新しい働き方を経験した結果、意外にできるという感覚を抱いた人が多かったのだと思います。これは希望的観測でもありますが、コロナ収束後に完全にもとの働き方に戻そうとする企業は少ないのではないでしょうか。コロナ禍に経験した働き方の良かった点、難しかった点を振り返りながら、新しい働き方をデザインしていくというフェーズに、これから入っていくのではないかと感じています。
ニューノーマル時代の働き方を見据え、2020年11月にイトーキがリリースしたシステム「akimiru」。会議室、食堂の混雑状況などをスマートフォンやサイネージで把握することができ、XORKでは、リモートワークで利用が増えた「Web会議ブース」にて利用している(画像提供:イトーキ)
オフィスは「体験」を共有する場に
―コロナ禍によってオフィスの必要性を疑問視する声も一部では囁かれています。
進化のプロセスの中で、オフィスが拡大・縮小することはあるかもしれませんが、決して不要ではないと考えています。オフィスの役割は大きくふたつあると思っていて、まずは情報やアイデアを共有し、効率良く業務を遂行するための空間であるということです。そしてもうひとつ、これは案外意識されてこなかったことかもしれませんが、組織の連帯感を醸成するという非常に重要な役割があると私たちは考えています。既存のビジネスを効率良く回していくということに関してはリモートワークでもできたかもしれませんが、新たなビジネスをつくり、成長させていくというダイナミックなプロセスにおいては、チームの連帯感というものが何よりも大切になるはずです。今後テクノロジーのさらなる発展によって状況は変わるかもしれませんが、少なくとも現時点では、チームワークを促進したり、企業や組織への帰属意識を高めたり、あるいは自己研鑚では得られない学びの機会をつくっていくことは、オフィスが担うべき重要な役割だと考えています。
―今後のオフィスにおいては、そうした「体験」をいかにつくっていけるかということがポイントになりそうですね。
はい。ワークライフバランスという言葉がありますが、コロナ禍によって新しいワークとライフは融合しつつあります。これはコロナ以前から社内で議論してきたことですが、今後オフィスというのは義務的に出勤する場所から、さまざまな体験を共有する場に変わっていくというのが私たちの考えです。そしてこれは、イトーキが日本橋という場所を拠点に選んだことにも密接に関係してくる話だと個人的には思っています。従業員のみならず、お客様やビジネスパートナーがさまざまな体験を共有する場所としてオフィスをとらえた時に、さまざまな人が集う日本橋という街が持つ求心力は重要になりますし、自分たちがこの街にいる意味というものがより明確になってくるのではないかなと。
(画像提供:イトーキ)
(画像提供:イトーキ)
(画像提供:イトーキ)
ABWの10の活動にもとづいた空間設計がなされている「ITOKI TOKYO XORK」。1人で集中できる作業スペースや、2人による対話、3人以上のディスカッションができるスペースなどがそれぞれ用意されている。さらに、従業員の心身の健康を保つために用意された瞑想スペースなども
―日本橋の街にはどんな印象をお持ちですか?
すでにオフィスを移転してから2年以上が経ちますが、歴史の中で培ってきたことを大切にしながら、革新を追い求めるイトーキの企業文化は、日本橋の街にフィットしていると感じています。海外のお客様やビジネスパートナーをここにお招きすると、「なぜあなたたちのオフィスは日本橋にあるのか?」と聞かれることが多いんですね。彼らは自分たち以上に日本橋という街のポテンシャルや文化的背景を敏感に感じ取っていて、毎回ドキッとさせられます (笑)。私たち自身もこの街にいることの思いや自分たちなりの信念のようなものを、もっとしっかり持たないといけないなと感じています。
街が高めるオフィスの価値
―今後、ワーカーたちがオフィスに出社することを自律的に選択できるようになっていくとしたら、オフィス空間はもちろん、オフィスがある街の魅力というものもより重要になりそうですね。
そう思います。出社することの意味が問われる時代においては、ワーカー一人ひとりにオフィスに行きたい、行った方が良いと思ってもらうことが大切になります。それをオフィスの力だけで成し遂げるのは難しいと感じていて、オフィスが入っているビルや建物、そして何よりも街や地域全体の力というものが大きくものを言ってくるはずです。今後企業が、従業員一人ひとりに本来持っている力を十分に発揮してもらおうとするなら、地域というファクターも考慮に入れたオフィスやファシリティの戦略が求められると感じています。
鎌倉市役所、東京大学、地域住民、イトーキが協働する「鎌倉リビングラボ」の取り組みから生まれた、折りたたみ可能なリモートワーク家具「ONOFF(オノフ)」(画像提供:イトーキ)
製品開発は、テレワークを推奨している鎌倉市の住民たちとともに行われた(画像提供:イトーキ)
―イトーキは、自治体や地域住民、大学などと進める共創プロジェクト「鎌倉リビングラボ」でテレワーク家具を開発されましたが、こうした地域とのコラボレーションにも可能性がありそうですね。
はい。2017年に始まった鎌倉リビングラボでは、超高齢社会によって生まれる課題を見据えて、テレワークという働き方の可能性について考えてきました。その中で、テレワークに関するニーズ調査を地域住民に対して実施し、さらに開発プロセスにも参画頂くことで、生活者目線で製品をつくっていくことができたと担当者から聞いています。在宅ワークとオフィスワークを併用するハイブリッドな働き方が広がり、地域で過ごす時間が大幅に増えています。その中で地域住民や自治体と企業が手を組み、それぞれの街が持つ魅力を再発見しながら進めていく商品やサービスの開発手法は、日本全体に良い影響を与え得るものだと私たちは考えています。
―日本橋には多くの企業がオフィスを構えていますし、老舗の企業や飲食店もたくさんあります。この街ならではのコラボレーションにもぜひ期待したいです。
そうですね。働く環境を提案する我々のビジネスは関わる領域が広く、非常にポテンシャルが大きな仕事だと感じています。オフィスが体験を共有する場だと考えると、そこには人と人をつなぐコンテンツが必要になってきます。健康や食、アートなどの要素を持ち込みながら、ワーカーの感性を刺激したり、健やかに働ける環境をつくっていきたいと考えていますし、日本橋にいるさまざまな専門領域の方たちとのコラボレーションの可能性を模索しながら、このエリアでしか生み出せない価値というものを発信していけるといいですね。
取材・文:原田優輝(Qonversations) 写真:岡村大輔
イトーキ
1890年創業。『明日の「働く」を、デザインする。』をミッションステートメントに掲げ、オフィス家具、物流機器、ICT・映像音響機器、建材内装設備など幅広いラインアップで、さまざまな「空間」「環境」「場」づくりをサポートしている。2018年10月には、自らの「働く」を変革し、新たな価値を創造するために新本社オフィス「ITOKI TOKYO XORK」を東京・日本橋に開設。「自由」と「自律」の両立をキーワードに、一人ひとりが自らの働き方の自己裁量を最大化し、自律的にデザインする新しい働き方に挑戦している。
https://www.itoki.jp/
https://www.itoki.jp/xork/