Interview
2020.06.03

瞬間移動がついに実現!? アバターが生み出す、古くて新しいコミュニケーションのカタチとは。

瞬間移動がついに実現!? アバターが生み出す、古くて新しいコミュニケーションのカタチとは。

新型コロナウイルス感染拡大の影響によって対面のコミュニケーションが制限されている状況下で、日本橋発のスタートアップ企業「アバターイン」が世界中から注目を集めています。各地に設置されたロボット=「アバター」に、パソコンやスマートフォン経由でアクセスし、身体の延長としてこれらを操作できるプラットフォームや、独自のアバターロボットの開発などを通じて同社が目指しているのは、新しい社会のインフラやライフスタイルをつくること。ANA在籍時に、「瞬間移動」を実現させる究極のモビリティとしてアバター事業を構想し、2020年4月に会社化に至った同社の深堀 昂CEOに、アバターが変える人々のコミュニケーション、未来の社会や街のあり方などについて語っていただきました。

10億人の生活を変えるテクノロジー。

ーまずは、アバターインが生まれた経緯から教えてください。

もともと私は、ANAの技術系総合職として働いていたのですが、大きなきっかけとなったのは、2016年にXプライズ財団によるコンテストのために立てた構想でした。そのコンテストは、10億人の生活を変えることをテーマとした国際賞金レース「XPRIZE」の次期テーマを決めるもので、世界中から集まった9チームの中に、私と現在アバターインの取締役COOを務める梶谷ケビンによるチームも入ることができ、そこで生まれたのがアバターという概念です。これをもとに設計した、アバターロボットを活用して社会課題解決を図る「ANA AVATAR XPRIZE」のコンセプトがグランプリとなり、具体的にプロジェクトが動き始めました。

ーアバターというのはどんな概念なのですか?

当初は、よく「どこでもドア」を例に出していたのですが、世界各地に設置されたアバター(=ロボット)にオンライン経由でユーザーが入り込むことで、物理的距離と身体的限界をゼロにするという考え方で、ジェイムズ・キャメロン監督の映画『アバター』に着想を得ているところがあります。この映画では下半身不随になった元軍人が別の生命体に自分の意志を伝送し、仮の肉体で生きていくのですが、これこそが私たちが考えている究極のアバターです。以前から、遠隔ロボットなどを軸にした「テレイグジスタンス」「テレプレゼンス」という概念や言葉はあったのですが、私たちは既存のロボットの定義に縛られず、新しい文化やライフスタイルのようなものをつくりたいという思いがあったので、「アバター」という言葉を使うことにしました。最近では、スタートアップ界隈で遠隔ロボットのことをアバターと言い始めるようになり、少しずつ浸透してきているように感じています。

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アバターインの深堀 昂CEO

ー人類の生活を変えるために、なぜアバターが必要だと考えたのですか?

実は最初のコンセプトはアバターではなく、「テレポーテーション」だったんです。私と梶谷の2人で議論をしている中で、半分冗談でテレポーテーションの話題が出たんですね。その時に、東京大学の古澤明教授が3点間の量子テレポーテーションに成功したという記事を読んでいたことを思い出し、ご本人を訪ねてお話を伺ったりした上で、アイデアをANAの役員会で披露したのですが非常に反応が悪くて(笑)。コンテストに参加している他のチームのメンバーとのネットワーキングの場でもみんなから笑われたのですが、Xプライズの創業者で、後に最大の応援者になってくれたピーター・ディアマンデス氏は大きな関心を示してくれました。もともと財団の人たちは、人類の危機というものと本気で向き合っていて、まさに現在のコロナ渦のような状況において、専門医がロボットに入って診断をしたり、人間が入り込めないような場所の状況を確認できるデバイスが必要だと考えていたようです。そんな彼らの後押しも受けながら、テレポーテーションというアイデアが、アバターという概念へと発展していきました。

究極のモビリティとしてのアバター。

ーアバターインはこの4月にANAホールディングスの事業会社として独立しましたが、どんなメンバーが在籍しているのですか?

現在20数名いるメンバーは、世界中から集っているエンジニアをはじめ、ANA出身ではない人間がほとんどです。私たちがトライしようとしているテレコミュニケーションやロボット、AIというのは従来のANAの事業領域とは異なり、言わばテック系スタートアップのようなものなので、内製できる体制を整備する必要がありました。グローバルに人材を集めるための人事規定や、スピーディな意思決定ができる企業構造ということを考え、新たな事業会社をつくる運びになりました。

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2018年にスタートした「ANA AVATAR XPRIZE」には、80カ国以上から800を超えるチームが参加。アバタームーブメントの活性化に大きく貢献している。(画像提供:avatarin)

ー航空会社であるANAグループの一員として、アバター事業に取り組む意義についてはどのようにお考えですか?

私は趣味でパイロットライセンスを取得しているほどの飛行機好きで、ANAに入社した動機も緊急時における飛行機の操作手順などをつくる仕事がしたかったからなんですね。ただ、ANAの歴史を紐解いてみると、前身はヘリコプターの会社で、大勢の人たちの移動をサポートするための手段として、航空機の事業を広げてきた経緯があります。とはいえ、飛行機というのは全世界の6%の人しか利用していない、言わば豊かな人たち向けのモビリティなんですね。飛行機に乗る上では、健康面をはじめ身体的な制約も少なくないですし、台風や災害、あるいは今回のような感染症拡大などによって機能しなくなってしまうこともある。だからこそ私たちは、航空機をはじめとした既存のモビリティの脆さを補い、移動の制約が強いられる時に役立つツールとして、アバターが必要だと考えているんです。

ーアバターは、身体を瞬間移動させる究極のモビリティと捉えることもできるのですね。

はい。デジタル技術を用いてリアルの空間にスムーズに入り込み、身体の延長であるアバターを使うことで、既存のモビリティが機能しなくなった緊急時などにおいても身体や空間、時間の制約を受けずに人とつながり、自らのスキルをシェアできます。また、平時でも離島で暮らしながら、都心の大学の講義や企業セミナーなどに参加するようなことができるはずです。ちなみに、私たちが会社名をアバターインにした背景には、この言葉を「ログイン」などと同じ「動詞」として浸透させたいという思いがあります。最近は、オンライン会議のためにZOOMを使うことを示す「ズームイン」という言葉も浸透しつつありますが、これらに並ぶものとして「アバターイン」という行為を新しいライフスタイルにしていきたいんです。

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アバターインが独自に開発した普及型アバターロボット「newme(ニューミー)」。スマートフォンやパソコンからこのロボットに「アバターイン」することで、自宅にいながらショッピングを楽しんだり、会議に参加できるようになる。(画像提供:avatarin)

アバターがもたらす豊かさとは?

ーサービスやプロダクトを開発する上で大切にしていることを教えてください。

いまの話ともつながりますが、我々は「アバターを、すべての人の新しい能力にすることで、人類のあらゆる可能性を広げていく」を理念に掲げ、アバターを通じて人とつながり、支え合える社会をつくっていくことを目指しています。それを実現するために、すべての人がスマホのように気軽に、簡単に使えるサービスを実装するということを大切にしていますし、実際にアバターというのは他の多くの個人用ロボットと異なり、自らを所有しなくても使えることが大きな特徴です。そういう意味でも我々は、新しいロボットやシステムを設計するということ以上に、インターネット、スマートフォンに続く新しいライフスタイルや社会インフラをつくっていくという意識を強く持っています。

ーこれまでにさまざまな場所で実証実験もされていますが、どんな反応がありますか?

先日、二子玉川の蔦屋家電で、我々が開発したアバターロボット「newme(ニューミー)」にアバターインして、コンシェルジュと一緒に本選びを楽しめる企画を1日限定で行ったのですが、以前からの常連で、コロナ禍で店舗にいけなくなってしまったというお客様がこれを体験されたんですね。その方は普段はお店に行っても店員さんと話すことはあまりなかったそうなのですが、アバターを通じてコミュニケーションをする中で、自分では知らなかったけどとても欲しいと思える本をリコメンデーションしてもらえたと喜ばれていて、店員さん側も自分の知識がこんなに感謝されたことはないと感動してくださいました。このように、アバターだからこそ引き出せる、人間味のあるコミュニケーションや空間の価値というものがあると感じています。

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1日限定の企画として、5月3日に二子玉川 蔦屋家電で開催されたイベント。ユーザーは、アバターインした「newme」で同店のコンシェルジュとともに店内を移動しながら、テーマに合わせておすすめの本の紹介などを受けた。中には、VTuberとしてアバターインする強者もいたとのこと。(画像提供:avatarin)

ー失われつつある人間らしい豊かなコミュニケーションというものが、アバターというテクノロジーによって取り戻されたとも言えそうですね。

そうですね。昨今のデジタルツールというのは、基本的には効率化を前提に開発されていますが、目的がフォーカスされ過ぎてしまうところに、現在のテクノロジーの限界があるように感じています。例えば、いまも私たちはオンライン会議ツールを使ってお話をしていますが、取材など目的が明確な場合は無駄なく話ができて良いのかもしれません。ただ、本来人間というのは一見無駄だと感じられることからさまざまなアイデアを得たり、新しい発見や出会いがもたらされたりすると思うんです。これらはAIにはない人間の強みですし、我々はアバターというテクノロジーを使って人間の豊かさを増やすということを実現したい。いまアバターインにジョインしてくれているメンバーたちも、こういうところに魅力を感じてくれているではないかと思っています。

コロナ渦で見えてきたリアルなニーズ。

ーアバターは、まさに対面のコミュニケーションが制限されている現在のような状況下にこそ求められるテクノロジーだと思いますが、周囲からの反響はいかがですか?

このような環境になったことで、問い合わせの解像度が飛躍的に高まりました。毎週のように会っていた90歳を超えるご両親に会えなくなった、奥さんの出産に旦那さんが立ち会えなくなった、有料セミナーが開催できなくなったという方などから多くの問い合わせがあり、これらはすべてリアルなニーズですよね。現在の状況において、遠隔でできることすべてにアバターの可能性があると感じているのですが、我々がソリューションを提供するというよりも、むしろ周りの方たちが色々な使い道を提案してくれているところがある。そして、重要なことはそれらのほとんどがロボットを動かすこと自体を目的にはしていないことなんです。これまでアバターインはテクノロジー業界やアーリーアダプターのような人たちの間で注目されるようなスタートアップだったと思いますが、最近では、ロボットやテクノロジーに馴染みがないご高齢の方などから、「良いタイミングで事業を立ち上げましたね」と言われることもあります。

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新型コロナウイルス感染防止のためにオンラインで行われたビジネス・ブレークスルー大学・大学院(BBT大学)の卒業式では、卒業生の分身として「newme」が卒業証書を受け取った。(画像提供:avatarin)

ー新型コロナウイルス感染拡大という非日常的な現在の状況が、アバターという存在を日常に浸透させる大きな契機になるかもしれないですね。

これまでも台風などの災害時にアバターのニーズが高まることはありましたが、世界中の人たちが同じような状況に置かれ、大きくマインドセットが変わりつつあるいまこそ、生活や社会のインフラを見直し、アップグレードするタイミングなのだと感じています。だからこそ、世界中の人たちが支え合い、人間らしくつながるための新しいインフラやライフスタイルとして、アバターというものをしっかり世界に発信していかないといけないと考えています。

ーアバターというインフラを普及させていく上で、今後課題になりそうなことは何ですか?

アバターロボットの数をもっと増やしていかなくてはいけません。我々はロボットメーカーではなく、サービス開発会社という立ち位置から、これにチャレンジしていく必要があり、端的に言うといかにロボット版のUberのようものを設計できるかということが大きな課題です。そのために、社会インフラとして大量にアバターロボットを操作できるようなシステムの設計や、アバターの魅力的な活用事例などをつくっていくことが今後のミッションです。その一環として、近いうちにアバターへの接続を常時体験できるような機会をつくっていくことなども考えています。

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ゴールデンウィーク期間中に、大分市の府内五番街商店街で行われた実証実験。事前に予約した人たちが、自宅などから商店街内の店舗に設置された「newme」を操作し、各商店の店主やスタッフの接客のもと、遠隔での買い物を楽しんだ。ちなみに、ユーザーの酒屋での購入率は100%だったという。(画像提供:avatarin)

アバターが変える街のコミュニティ。

ー話は変わりますが、日本橋にオフィスを構えた理由もお聞かせいただけますか?

現実的なコスト感で、地に足の着いた場所が良いと考えていたのですが、現在ANAホールディングスとともに日本橋におけるアバターの都市実装共同事業を進めている三井不動産さんからお声がけ頂き、現在の場所にオフィスを構えることになりました。日本橋にはこれまでにタイアップしてきた日本橋三越本店や理化学研究所などがありますし、ロボットや宇宙関連のスタートアップも多く、非常に相性が良いエリアだと感じています。また、世界に打って出ようとした時にも、歴史ある老舗も多く、日本文化の粋が集まっている日本橋のブランドは大きな力になると思っています。

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昨年12月、日本橋「コレド室町3」3Fに期間限定でオープンした世界初のアバター専用店舗「avatar-in store」。(画像提供:avatarin)

ーアバターというテクノロジーがもたらす、人間味のある「古くて新しいコミュニケーション」は、老舗とスタートアップが混在する日本橋という街のあり方にも通じるものがありそうです。

そうですね。人間の豊かさや良い意味での無駄というものをデジタルで伝送しようとした時に、人情深さやニッチなこだわりなどに付加価値を見出している人たちが多いエリアというのは相性が良いと思っています。以前に大分市のアーケード街で実証実験をしたのですが、アバターというのは中に人が入って動くものだから、ちゃんとお客さんとしてもてなしてもらえるんですよね。最新のテクノロジーと言うと、パソコンなどの機器を用意しなければいけないと思われがちですが、アバターの場合はそれらが一切必要ないということもあって、意外と高齢者の方からの受けも良いんです。

ーアバターが普及することで、街におけるコミュニケーションのあり方も変わっていきそうですね。

そう思います。アバターというのはインプットツールにもなるので、さまざまなデータを取りながら街をアップグレードしたり、スマートシティの実現を推進するなど、まちづくりに有効なツールにもなるはずです。だからこそ、どんな街で実証実験をしていくのかということが非常に大切になりますし、例えば来年のオリンピックの時期に数百台のアバターが日本橋の各所で動いているような状況がつくれたら素晴らしいなと思っています。また、アバターが普及することで、地方や海外に住んでいる人が日本橋のまちづくりやコミュニティに関わることも可能になるはずです。仮にデジタルテクノロジーがさらに発展した結果、あらゆることがバーチャルの世界で完結してしまうようになったら、日本橋をはじめとする東京の街に住んだり、足を運ぶ意味はなくなるでしょう。その時には人類が培ってきた都市や街の文化も失われてしまうことになりますが、我々が考えている未来はそういうものではありません。これからの時代には、リアルな街の上にバーチャルのコミュニティが重なることで、都市の価値がアップグレードされていくような状況が求められると思いますし、リアルとバーチャルをつなぐ媒介としてアバターが機能できると考えています。

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『宇宙アバター事業』の創出に向け、JAXAとともにスタートした実証プロジェクト「space avatar」。同アバターは2020年5月21日に打ち上げられた宇宙ステーション補給機「こうのとり」9号機に搭載され、国際宇宙ステーション日本実験棟「きぼう」に無事到着した。今後「きぼう」の窓にアバターを設置し、地上の特設会場から操作することで、宇宙や地球の景色などを配信する予定だという。© avatarin / Clouds Architecture Office

取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔

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