Interview
2021.06.21

「分身ロボットカフェ」が世に問う社会参加の形。日本橋EAST地区の新プレイヤーのビジョンとは?

「分身ロボットカフェ」が世に問う社会参加の形。日本橋EAST地区の新プレイヤーのビジョンとは?

2021年6月22日、日本橋本町交差点に面したビルに「分身ロボットカフェDAWN ver.β」がオープンします。手がけるのは、難病や重度の障害など様々な事情で就労することができなかった人々の社会参加をサポートしてきた、株式会社オリィ研究所。分身ロボット「OriHime」を活用したユニークな就労形態を実現したプロジェクトは国内外の賞を多数受賞、今回の常設実験店舗のオープンに際してはクラウドファンディングで多くの支援を集めるなど、大きなムーブメントとなっています。今回は同社代表の吉藤健太朗さんに、このプロジェクトへの思いや日本橋での可能性について聞きました。

「この人だから」という関係性を作る第一歩として、分身ロボットカフェを。

―このたびは「分身ロボットカフェDAWN ver.β(ドーン バージョンベータ)」オープンおめでとうございます。まずは施設の概要について教えていただけますか?

分身ロボットカフェは、「OriHime」や「OriHime-D」といったロボットを、パイロットと呼ばれるスタッフが遠隔操作で動かして接客するカフェです。パイロットは重度の障害を持っているなどの理由で外出が困難な人たちが務めます。これまで都内各地で計4回の期間限定店舗で実証実験をおこなってきましたが、おかげさまで好評をいただき今回初の常設実験店が実現しました。70席という今までで一番広い空間で、ここをTAILORED CAFEさんと共同で運営し、フードやドリンクを提供していきます。また今回は、元バリスタのパイロットがコーヒーを淹れる「テレバリスタOriHime × NEXTAGE」というコーナーがあったり、時間貸のラウンジ席を設けたりと、いろいろ新しい取り組みもスタートします。

内観
メイン

「分身ロボットカフェDAWN ver.β」の内観と、「テレバリスタOriHime × NEXTAGE」のイメージ(画像提供:オリィ研究所)

―このプロジェクトの根幹である、“ロボットを遠隔操作して働く”というアイディアは、どのような経緯で生まれたのでしょう?

もともと病気で不登校だった自分の体験から“もう一つの身体”を作りたいとロボット工学を学んでいたのですが、構想に至る直接的なきっかけは、24歳の時に親友・番田雄太(事故により20年間寝たきりの入院生活を経験。2017年逝去。)が社会参加できる方法はないかと考えたことでした。当時は寝たきりの彼が仕事に就くことは難しい状況でしたし、プライベートでホームパーティーに招いても、彼は手伝いたくても手伝えず、頼める仕事もなかった。それらは彼にとって疎外感を感じる場面でしたし、“動けないから何もしなくて良い”というのは、障害を持つ人が社会との壁を感じる考え方なのではないかと思いました。

そこで番田と「寝たきりでも働けるカフェを作ろうぜ」ということになり、2016年に実際にプロジェクトとして動き出したのが分身ロボットカフェでした。秘書でもあった彼に冗談で「コーヒー持ってきてよ」と言ったら「じゃあ持って来られる身体を作ってよ」と言い返されたので(笑)、大型で移動のできるOriHime-Dを開発し、遠隔で操作してカフェスタッフとしての“肉体労働”ができる状況を作り出したのです。

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株式会社オリィ研究所代表の吉藤健太朗さん

―身体が動かないけれどカフェスタッフという肉体労働を職種としたのがユニークだと思いました。そこには何か意図があるのでしょうか?

社会で働くというのは、困難にぶつかったり周囲とのトラブルを経験したりしながら成長していく、総合的な経験ですよね?そのプロセスにおいて、多くの人は最初に肉体労働をします。子供のお手伝いやアルバイト、偉い人のカバン持ちなど、身体を動かすところから始まって、後輩が入ったり知識がたまってくるとだんだんと知的労働に移行していくケースが多い。たとえ身体が動かなくても、これと同じプロセスを踏むべきだと思ったんです。「動けないなら家でできるようなネットで完結する仕事をすれば良いじゃないか」という考え方もありますが、それでは彼らにだけ別の道を用意することになってしまい、世界が分断されてしまうと思います。

―なるほど、たしかに飲食店のアルバイトでもホールスタッフから始まって、徐々に後輩や部下ができて仕事の難易度が上がり、関わる人も増えていきますね。

そうです。さらに言えば、仕事の能力が評価されるようになると、周囲との間に“あなただからお願いしたい”という深い関係性ができてくるんです。これは分身ロボットカフェに置き換えるとOriHimeすら不要となってその人が必要とされ続けることであり、私たちが目標とするところでもあります。

障害があってもなくても、人間は機能的な能力だけで評価され続けるのは限界がありますよね。年を取ればできることは減っていきますから。でも一度“その人だから”という代替不可能な関係性ができてしまうと強いし、誰かの役に立つという生きがいにもつながる。そこに至るまでの最初のステップやプロセスを提供するのが分身ロボットカフェだと思っています。このカフェはそうした豊かな関係性の構築がどこまでできるか、という実験でもあるんです。

オリヒメ

「OriHime」と「OriHime-D」。操作しているパイロットはロボットの顔にあるカメラを通して周囲の様子がわかり、自由にコミュニケーションが取れる(画像提供:オリィ研究所)

―その考えは、「リレーションテックで人類の孤独の解消を目指す」というオリィ研究所のビジョンを象徴するものですね。

はい。我々はリレーションテックの会社であって、コミュニケーションテックではありません。後者は用件を伝えるという目的を果たす技術で電話などがそれにあたりますが、それでは足りない。コミュニケーションでもインフォメーションでもない、その先の人と人との関係性を構築するところまでを叶える方法を提供する会社でありたいと思っています。
現代では“コミュ力”がやたらと重視されていますが、これはその人の本質に触れるための入り口にある要素です。私はそのコミュ力を発揮するのが苦手なタイプで苦労してきました。学生時代に演劇をやるなどして自己表現を学びましたが、それもなかなか大変で(笑)。そんな苦労をするよりも、 “メガネをかけたらよく見える”のと同じような感覚で、コミュ力に頼らずもっとラクに関係性(リレーション)を築ける方法を作れたほうが良いと思っていますし、それがないなら我々で作りたいと思っています。

―リレーションテックの一つであるOriHimeを操作させていただきましたが、とても簡単で、楽しい体験でした。この手軽な体験設計にもその“メガネ”に近い考え方が反映されていると感じます。

OriHimeはすでに浸透しているスマホアプリを介した感覚的な操作にすることで、多くの人に受け入れられやすいよう設計しています。そもそも新しすぎると世の中に受け入れられないんですよね。技術を使いこなせる人とそうでない人の隔たりはどうしても存在するので、両者の間にスロープを作っていかないといけない。数段飛びで斬新なことをしても、世の中はついてきてくれませんから。

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筆者も操作体験をした「OriHime」。右のタブレットのような端末を遠隔から操作し、指一本でロボットを動かし会話することができる

未完成であること・失敗することを、新たな価値に。

―今回の分身ロボットカフェは“実験常設店”という位置付けですが、この呼び方にしているのには何か理由があるのでしょうか?

常設ではあるけれど、常に実験を重ねて変わり続ける場所でありたいという思いがあります。私は“未完成”であることはひとつの価値だと考えていて。大手のカフェのような施設には完成された価値がありますが、そこには参加する側が工夫や干渉する余地はほとんどありません。これに対し私たちは、未完成だからこそ誰もが「もっとこうしたら良いんじゃないか?」「次はこうしてみよう」と干渉できる、関われる場所を作りたいと思っています。

一方で、常に変わり続けていると失敗のリスクは高くなります。このカフェはロボットの動かし方だけでも手動操作や視線操作など多様なケースがあるうえに、お客さんとのやり取りもさまざまであり、ただでさえ想定外のことが起きやすい環境です。その上で営業しながら実験・改良をしていくので、トラブルが起きて当然の状態になってしまいます。でも、このカフェで起こる失敗は、おそらく人類初の失敗であることがほとんど。そこに立ち会えることをお客さんもエンターテイメントとして楽しめるような場所にしたいんです。「すごい!こんな失敗があるのか!」と。ここではコーヒーも提供しますが、一番の目玉は失敗もあるパイロットとの出会いや発見なのかもしれません。

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「分身ロボットカフェ」ではさまざまなパイロットが活躍する(画像提供:オリィ研究所)

―ワクワクするお話ですね。未完成や失敗が価値になるというスタンスがあると、パイロットの方々にとっても挑戦のハードルが下がるのではないでしょうか?

分身ロボットカフェではこれから50名のパイロットが活躍しますが、皆が挑戦を楽しみながら働いてくれています。これまでも彼らには私たちの方が助けてもらうことが多くて、ロボットが誤作動した時にマニュアル操作で軌道修正してくれたり、トラブルが起こりそうになった時にアドリブで切り抜けてくれたり。優秀で前向きに試行錯誤してくれる人ばかりです。

―どんなきっかけで応募されてきた方々なんでしょうか?

応募の動機はさまざまですが、ひとつ共通しているなと感じるのは、彼らは自分が働きたいというだけでなく、ここでの挑戦を世の中に事例として広げていきたいと思っていること。つまり、“再現性”を作っていこうという姿勢があるということです。
世の中には番田のようなパワフルな人間や、重度障害者で初めて参議院議員になった舩後靖彦さん、メディアでも有名な乙武洋匡さんらスーパースターもいますが、そうした人たちはある意味特別で、多くの人にとっては身近なロールモデルには感じにくい。でももしそうなるための具体的なステップ・方法があれば、皆が“自分ごと”として挑戦してみよう!となりやすいはずです。だから、自らが挑戦することで再現性を作ろうとしているパイロットの皆さんにはすごく共感しますね。私は再現性のない「気合・根性・我慢」が嫌いなので、そうしたアプローチには頼らずに、誰にとっても挑戦しやすい環境が作れたらと思います。

―これまでのパイロットのお仕事がきっかけで、他の企業への就職が決まった方もいらっしゃると聞きました。

分身ロボットカフェでの接客が評価されてヘッドハンティングされていった方は、これまでで延べ20名にのぼります。中には、本人は島根で寝たきりなのにも関わらず、午前は大阪の会社に出勤、午後は東京の分身ロボットカフェに出勤などというケースも出てきていて。この段階まで至る方は周囲との強い関係性が出来上がっているので、大阪の就職先に東京のお客さんがわざわざ“会いに”来たこともありました。このような事例がどんどん増えていったら嬉しいですね。

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世の中の“多様性の許容度”は上がっている

―吉藤さんが代表を務めるオリィ研究所が会社化されてから、来年で10年になります。この間で感じてきた社会の変化や手応えがあれば教えてください。

世の中はかなり寛容になってきたと思います。多様性という言葉が浸透してきましたが、障害を持っているからといって特別ではない、という考え方が今は主流ですよね。10年前は全然違いましたよ。かつて障害の“害”の字を“がい”と開くかどうかなどの議論があったように、腫れ物に触るような感じがありました。でも今は障害の有無だけに関わらず、あらゆる違いに対して「そういう人もいるよね」という雰囲気がある。これはつまり“多様性の許容度”が上がってきているということだと思います。私はずっと全身黒の服を着ていて、今でこそ何も言われなくなりましたが、昔はこの格好のせいで口もきいてもらえなかったり警察に職質されたりしてましたから。異質なものへの世の中の風当たりを肌で感じてきたから、変化がよくわかるんです(笑)。

―今はコロナ渦で移動が制限される世の中になりましたが、このことで遠隔でのコミュニケーションを助けるOriHimeの捉えられ方も変わってきているのではないでしょうか?

それはありますね。コロナでリアルに人に会えないという状態を皆が経験して、zoom飲みなどの工夫も経たうえで、やっぱりそれでは物足りないということを世の中が実感したんです。これは今まで「外に出られないならテレビや電話で済ませれば良いじゃないか」と言われ続けてきた、寝たきりの人たちの気持ちがようやく理解されたということ。情報さえやり取りできれば良いのではなく、そこに身体性を伴うことの大切さが広く伝わったのは、ある意味コロナのおかげだと言えます。

―その身体性があるコミュニケーションの具体的な方法を、カフェを通して公開していくということなんですね。

分身ロボットカフェでの営業=公開実験は、私たちの研究を広く知ってもらうための場でもあります。研究者にとって一番つらいのは、頑張って研究して世の中に新たな選択肢を提供しても、それがユーザーに届かないことです。「あと半年早く知っていれば」などと言われてしまうのはとにかく悲しい。だから私たちの技術を必要な人に届けるためにこの場所を最大限機能させたいし、訪れるお客様にも障害を持つ方の気持ちを知ってもらう場所になればと思います。時代的にもそうしたことが受け入れてもらいやすくなってきたので、この追い風を受けていきたいですね。

分身ロボットカフェを通じて、日本橋と世界をつなげたい

―改めて、今回の新店舗「分身ロボットカフェDAWN ver.β」での目標を教えてください。

今回私たちが一番やりたいのは、この分身ロボットカフェが持続可能なものなのかどうかを検証することです。今までの実験店舗は総じて満足度が高かったとはいえ、それは一過性のイベントだったからなのではないか?という疑問もありました。なので目新しさだけでなくこだわりのあるカフェとして、OriHimeたちが通常の飲食店と変わらない形でサービスを提供するということも目標にしていきたいです。そこをクリアして営業が継続できれば、初めて社会に受け入れられ定着したということになりますから。

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分身ロボットカフェで提供されるオリジナルフード(画像提供:オリィ研究所)

―今回の店舗を日本橋に出店することになった経緯はどのようなことなのでしょうか?

冒頭で我々は関係性を作る会社でありたいという話をしましたが、今回の出店もまさに関係性の中で生まれたお話だと思っています。常設店に向けて東京中の物件を探してきたのですが、この物件を管理する三井不動産の担当者さんとはすぐに意気投合し、日本橋でのさまざまなアイディアや可能性について話し合ったんです。伝統と活気のある日本橋西エリアと、今どんどん発展している東エリアの境目に位置するのも、これからの変化を予感させる場所で気に入っています。当初想定していたより広い物件だったのですが、この人たちとなら本気でやれると思って、ここに決めました。

―日本橋では今後どんなことをやりたいですか?

日本橋は日本を象徴する街なので、OriHimeを活用した海外の方向けの観光体験「OriHimeトラベル」をぜひ実現したいですね。日本橋にいるスタッフがOriHimeと一緒に歌舞伎を観に行ったり、街歩きをしたり、老舗の名店で食事をしたりすることで、さまざまな体験を届けることができます。実際の移動を伴わないのでコロナ渦のような状況でも実施できますし、一度体験してもらってこの土地との関係性ができれば、次は実際に行ってみたいと思っていただけるはずです。

―「OriHime トラベル」、楽しそうです!分身ロボットカフェが良い拠点になりますね。

カフェで気軽にOriHimeを借りていただき遠方のご友人と街を散策するとか、ただ飲食するだけでない利用方法も拡張していきたいです。OriHime自体のカスタマイズをされる方も増えているので、たとえばOriHimeに着物を着せて楽しむのも、日本橋の街並みと合いそうですよね。人形町には人形作りの伝統と相まってロボット界隈のプレイヤーが集まっていますし、ロボットの身体表現を絡めて何か一緒にやるのも良いなと思っています。

―街との親和性がありますし、コラボレーションの幅も広そうです。

障害のある方の視点は、バリアフリーな街づくりに役立つとも思っています。車椅子利用者の街歩き情報を登録・共有する「WheeLog!」というアプリサービスの立ち上げから関わっているのですが、このサービスを使いながら皆で日本橋を回る「WheeLog!街歩き@日本橋」をいつかやってみたいですね。普段車椅子に乗ったことのない方も含めて大勢で回ると意外な発見もありますし、街に親しみを持つきっかけになります。アイディアは尽きませんが、日本橋にあるからこその特色を打ち出していきたいですね。

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「WheeLog!」による街歩きイベントの事例。分身ロボットカフェの設計には「WheeLog!」のメンバーによる監修も入っているそうだ(「WheeLog!」ウェブサイトより)

取材・文:丑田美奈子(Konel)/撮影:岡村大輔

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