都心ビルの屋上で“いのち”を見つめる。日本橋茅場町の菜園教育が街にもたらすものとは?
都心ビルの屋上で“いのち”を見つめる。日本橋茅場町の菜園教育が街にもたらすものとは?
2022年春、日本有数の金融街・日本橋茅場町の一角、東京証券会館の屋上にオープンした「Edible KAYABAEN(エディブル・カヤバエン)」。米・バークレー発の菜園教育を日本の風土に適した形で伝えるエディブル・スクールヤード・ジャパン(以下、ESYJ)と、同エリアの再活性化プロジェクトを進める平和不動産との共創から生まれた、街のあらたな“居場所”です。今回は、ESYJのガーデンティーチャーである山本竜太郎さんと、開園当初からガーデナーとして携わる土屋泉さんにESYJとEdible KAYABAENの歩みについてお聞きしました。
子どもから大人まで「自分が主役になって学べる」菜園教育の可能性
―エディブル・スクールヤード・ジャパン(ESYJ)* に参画された経緯と、Edible KAYABAENでの役割について教えてください。
山本:僕は埼玉県の戸田市で生まれ、虫を取って田んぼ遊びをするような子ども時代を過ごしました。ただ、成長するにつれて街で開発が進み、自然環境を喪失していった感覚が原体験にあります。
大学卒業後、島根県雲南市の「教育魅力化コーディネーター」という仕事に就き、地元の高校生と関わりながら、地域の皆さんとお米を育て、夜は集会所で共に飲み食いする日々を送りました。その中で、食と農がもたらす豊かさと、そこにある教育的可能性を感じるようになったんです。そして2020年、“育てる、食べる”ことを通して生きる力を育む菜園教育を広げているESYJに合流しました。
*「エディブル・スクールヤード」は、 1995年米カリフォルニア州バークレー市の公立中学校で始まった取り組み。オーガニックの母と呼ばれる食の活動家、アリス・ウォータースが 「必修科目+ 栄養教育 + 人間形成」を柱に、体験的な学び 「エディブル・エデュケーション (エディブル教育)」を考案。時を経て世界の約 5,800 もの学校、大学、 幼稚園、 市民菜園、 農場などそれぞれの風土文化と溶けあいながら子どもたちをガーデンに迎え入れている。「エディブル・スクールヤード・ジャパン」は2014年12月に設立。エディブル教育を全国の学校、地域活動に普及するべく、日本の教育風土に合わせたカリキュラムの開発・実践や、指導者育成、ネットワークの構築に取り組んでいる。
エディブル・スクールヤード・ジャパンのガーデンティーチャーである山本竜太郎さん
山本:2022年にオープンしたEdible KAYABAENでは、教育プログラムをつくることを担っています。メインは週末に一般公募している、子どもたちの自然学校「アーススコーレ」と、日本橋兜町の阪本小学校の2年生と3年生の授業づくりで、そうした年間のカリキュラムを組み立てるプロセスでは、コーディネーター時代の経験が活かされているかもしれませんね。
土屋:8年前、息子の発達障害をきっかけに、新しい教育のあり方を探していたことと、自分自身も家庭菜園をやっていたことでESYJにマッチングしました。最初は会社員をやりながら東京都多摩市の愛和小学校でのエディブル授業のボランティアとして参画していたのですが、現在は専任メンバーとして活動しています。
茅場町のEdible KAYABAENには当初からガーデナーとして関わっていますが、実は私の住まいは隣駅の門前仲町なんです。大都市で生活する者として、こうした場所に菜園があることは、とても貴重でありがたいことだと感じながら通っています。
―エディブル・スクールヤードの考え方について、特におふたりが惹かれている点はどこでしょうか?
山本:「食べられる校庭」を意味する、エディブル・スクールヤードは1995年、カリフォルニア州バークレーにあるオーガニックレストラン『シェ・パニース』のオーナーシェフ、アリス・ウォータース氏が公立中学校の校庭で始めた菜園教育です。各家庭の価値観や親御さんの興味関心に寄らず、野菜を育て、収穫し、調理を行い、みんなで食卓を囲むといった一連の営みにおいて、色んな教科や人との関わりについて学べる、ひらかれた姿勢に共感しました。
また先月、本場バークレーでのエディブル・スクールヤード研修に初参加したのですが、常に「あなたが主役ですよ」というメッセージと共に、参加者が主体的に取り組めるようにデザイン設計されているのが印象的でした。
子ども向けのプログラムでも、ツール類は分かりやすく色分けされつつ、ナイフひとつとってもさまざまなものが用意され、子どもたちがチャレンジしたい度合いによって、自分で選べるようになっているんです。これは今後のプログラムにも取り入れたいと思ったエッセンスでした。
土屋:子どもはもちろん、大人にも変化が生まれる教育であることに惹かれています。私自身ESYJに参加し、菜園の植物に触れることですごく解放されて、気持ちがほぐれたんですよね。日々オフィス街で忙しく働く方々にも、ぜひ菜園教育を体験してもらいたいと感じ活動しています。
内気な子どもが、気づけば「友だちの輪」に入っているような場所
ーESYJが現在注力されている活動の事例を教えていただけますか?
山本:大きく3つあります。1つ目が先ほどお伝えした、子どもたちに向けた教育プログラム。2つ目が、2021年から始まったエディブル・スクールヤードの手法や考えを学んでいただくためのセミナーや研修を実施する、指導者育成プログラム。3つ目が、2024年からの5年でエディブル・スクールヤードの実践校を日本全国に100校増やしていくため、メンバーで知見を交換し、成長し合うことを目的にした、エディブルネットワークです。
2024年7月に開催された、子どもたちの自然学校「アーススコーレ」の様子。「きみは、都会の屋上に食べられる森をつくれるか!?」をテーマ、この日は夏の植物や生き物の観察、収穫した夏野菜で「冷や汁」の調理などが実施された(編集部撮影)
ー指導者育成プログラムやエディブルネットワークには、どんなメンバーが集まり、どういった課題感で参加されていることが多いのでしょうか?
山本:多彩な方々に参加いただいていますが、小学校の先生、学校との取り組みを行う農家さん、大学の先生、もともと学校の先生で今も教育に関心がある方、地域の小学校でエディブル・スクールヤードをやりたい保護者の方など、学校の先生は特に多いですね。
その背景には、最近増えている不登校の生徒や、コロナで窮屈な思いをしてきた子どもに対するアプローチが求められていることがあると思います。また、近年は学習指導要領において、教科連携やリアルな文脈の中での学びが求められる傾向があることも関係しているかもしれません。先生たちはヒントを求めて、ESYJにアクセスされているのではないかと。
地域内外のコミュニティに、エディブル・スクールヤード・ジャパンの活動についてシェアすることも多い山本さん
ーESYJでは、ブルーベリーの粒を数えて足し算の勉強をしたり、野菜の品種を書くために漢字を覚えたりすると伺いました。食や農を起点に既存教科の勉強と連携できるのが素敵だと感じます。
山本:既存教育もそれぞれ良さがあって、どっちが良い悪いではないと思います。ただ、教育現場にもっと多様性がもっとあってもいいと思いますし、それを叶える手段の一つが、学校菜園や菜園教育なんじゃないかと考えているんです。
学校の教室は、ちゃんと机が並び、黒板があって、先生がいて、子どもたちの空間がはっきり区切られていますよね。菜園はそれと対照的で、友だちとの境界もないし、明確なしきたりもないし、色んな植物や生き物が育っていて、観察の仕方もそれぞれのペースに委ねられている場所です。
そんな菜園は、ふだんは内気な子がいつの間にか子どもたちの輪に入って、最後に感想を尋ねると真っ先に手を挙げて発言するような、うれしいサプライズが起こる場所なんですよね。
子どもたちの自然学校「アーススコーレ」では、子どもたちがじっくり見たり、絵を描いたり、遊んだりしながら、思い思いに菜園の自然と関わっている(編集部撮影)
阪本小学校との取り組みでも、子どもたちの色んな表情や反応が生まれました。2年生が学校からEdible KAYABAENにやってきて、秋冬野菜を育てるプログラムに参加し、2023年は大根だけでも6種類を育てました。一方、3年生は学校の方の屋上菜園で大豆を育てる授業を行いました。
2年生に関しては、みんなで育てた大根をなますにして給食に添えて食べるということも実施しました。子どもたちが地域で育てたものを、学校で食べる機会をつくれたことはささやかだけど、Edible KAYABAENにとって大きな一歩だった気がします。
屋上菜園を通して、肩書きや会社の垣根を超えて人とつながる
ーESYJが阪本小学校とつながったきっかけは何だったのでしょうか?
山本:Edible KAYABAENのプロジェクトの声をかけてくださった平和不動産がきっかけです。同社は「日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト」における地域貢献の観点から、小学校との連携についても引っ張ってくださいました。
Edible KAYABAENに携わるまでは兜町・茅場町に対して、都心の金融街のイメージが強かったのですが、こんな人情味あふれるやり取りがあるんだと知りました。きっと江戸時代から続く、この地域の人たちならではのきっぷの良さも感じていて。2024年は地域のお祭りにも参加し、どんどんこの街が好きになっています。
ーオフィスビルの屋上に菜園をつくり、エディブル・スクールヤードの教育プログラムを提供するという試みは、日本で初めてのことだそうですね。
山本:そうなんです。ESYJにとっても、今回学校菜園以外のフィールドを持てたことは大きな意義となり、チャレンジにもなりました。平和不動産との共創においては、「子どもたちの生きる力を育む」「本物のコミュニティをつくる」というミッションをいただきました。街全体を盛り上げようとする姿勢やその規模感には、すごく刺激を受けました。
土屋:その流れもあってか、最近Edible KAYABAENに、どんどん近隣の企業の方が訪れるようになってきましたよね。「本物のコミュニティをつくる」が、徐々に現実化してきたように思います。例えば1年目は、パーマカルチャー(人と自然が共存する社会をつくるためのデザイン手法)やエディブル・スクールヤードに関心があって、視察・見学にいらっしゃる地域外の方々が多く、地域内のゲストに関しては各企業で決まった方に固定されている印象がありました。
それが2年目には、参加者の畑仕事のスキルがアップして、より本格的に関わるようになったり、3年目には、それぞれの参加者が企業で菜園について広めてくださって、また新たな方たちが訪れるような“人の循環”が始まっています。
最初は半ばいやいや連れてこられたような人も、土に触るうちに、会社員としての顔を忘れて楽しまれているような場面にもよく出くわします。そして、一度この世界に面白みを感じたら、いもづる式に「コンポスト(生ごみから堆肥を作ること)ってどうやるの?」「潅水システム(農作物などの植物に水を与えるための装置)って何?」と菜園全体を感じてくれるようになっていくんです。そんなとき、菜園教育の効果は子どもに限らないのを実感しますね。
屋上菜園内には、ビオトープや3層の本格的なコンポストステーションも点在
Edible KAYABAENによくいらっしゃる企業の方々からは、社内外でコミュニケーションの質が変わったという声も聞きます。社内で菜園で摘んだハーブを同僚にプレゼントしたり、菜園で出会った社外の方々と誘いあって食事に出かけたり…。菜園では肩書きや会社の垣根を超えて、フラットにつながれるようです。
植物も生物も人間も、多様性に満ちた場所を目指して
―都心のビルの屋上に菜園を作る初めてのチャレンジを経て今、感じられていることはありますか?
土屋:実際に測ってみたのですが、太陽に近いビルの屋上は、地上よりも3度ほど高いんです。そのため作物の栽培が通常の動きと1ヶ月ほど早まるなど、まさに試行錯誤をしながら菜園作りをしています。それでも色々工夫しながら、今ではここに150品種以上の植物が育っています。
バジルだけでも、スイートバジル、ホーリーバジル、オパールバジル、レモンバジル、シナモンバジル、ブッシュバジルの6種類があるんです。また、熱帯の気候に適したパッションフルーツも、この菜園では育ちがいいことが分かりました。
Edible KAYABAENのパートナー企業にはお砂糖を扱う会社があり、この屋上ならではの環境をむしろ活かしてさとうきびの育成にも挑戦してみようと思っています。
子どもたちが屋上菜園で観察したものを、各々自由に描いたイラスト。Edible KAYABAENの生物多様性がカラフルに見てとれる
山本:この場所は植物だけでなく、生き物の多様性も高いですよね。ダンゴムシ、ミミズ、カナブン、さまざまな鳥類など、本当にたくさんのいのちが生息していると感じます。それに負けないように、ここに集う人間も多様な個性が集まれば楽しいですね。
アーススコーレにやってくる子どもたちも色んな個性が集まっていて、しかも自然と触れ合う中で、それぞれの個性がさらに伸び伸びと発揮されているような感覚があります。そんな場所であり続けることを、これからもプログラム作りの中で大事にしていきたいです。
土屋:唯一、大切にしたい“決まり”だよね。植物も生き物も人間も、色んないのちの多様性を受け入れるというのが。私もEdible KAYABAENを通じて、人と自然がつながること、人と人とがつながること、そして、この場所の開放感の中で、大切な自分自身とつながることの素晴らしさを、今後もこの街でシェアしていけたらいいなと思います。
屋上菜園の植生の、箱庭的な再現を試みるモバイルガーデン。日々、さまざまな実験が繰り広げられている
取材・文:皆本類 撮影:岡村大輔
「旬を過ぎた素材も調理してくれる、レストランシェフ」
あくまで菜園教育を目的にするEdible KAYABAENでは、一般に出回る作物のように、ベストな状態で収穫できるわけではありません。そのため、旬の“はしり”や“なごり”を含めて、旬以外のタイミングで取れた素材をみて、楽しみながら調理してくださるシェフの方との出会いを求めています!(土屋さん)
辰巳
日本橋茅場町に、昭和26年創業の老舗割烹。このお店のアジフライが大好きなんです。この街に関わるようになって最初の頃は証券会社しか目に入りませんでしたが、兜町にできた「KABUTO ONE」の開業などをきっかけに、飲食店も開拓し始めています。(山本さん)
Edible KAYABAEN
平和不動産株式会社、株式会社ユニバーサル園芸社、一般社団法人エディブル・スクールヤード・ジャパンが連携し、2022年4月に東京証券会館屋上にオープンした屋上ファームガーデン。建物の屋上を有効活用することで、「食」についての持続可能な地域循環の実現と教育の実施、豊かな地域社会に向けた貢献に寄与する場となることを目指す。
アーススコーレでは現在参加児童募集中!9月から12月までの4回、暑い季節から寒い季節への移ろいを感じながら、秋冬野菜を育てていきます。多様な生命と繋がりあいながら、ともに育て、つくり、恵みをいただく時間をすごしていきましょう。
詳しくはPeatixリンクよりご確認ください。
https://peatix.com/event/3893890
Edible KAYABAEN
https://ediblekayabaen.jp
一般社団法人 エディブル・スクールヤード・ジャパン
https://www.edibleschoolyard-japan.org/