肩のり分身ロボットが街を案内。オリィ研究所と三井不動産が拡げる、新しい観光体験と社会参加の形とは?
肩のり分身ロボットが街を案内。オリィ研究所と三井不動産が拡げる、新しい観光体験と社会参加の形とは?

2025年9月11日、日本橋で新たな観光体験「OriHime日本橋ガイドツアー」がスタート。参加者の肩に小型分身ロボット「OriHime」をのせ、遠隔地にいるパイロットが街を案内する取り組みです。世界で類を見ない同プロジェクトを手がけたのは、株式会社オリィ研究所代表の吉藤オリィさんと三井不動産株式会社 日本橋街づくり推進部 事業グループの小沢鷹士さん。外出が困難な「移動困難者」約3,400万人の就労機会創出と、急増するインバウンド観光客への対応というふたつの社会課題を同時に解決しようとする挑戦について聞きました。
視覚障がいの知人をきっかけに着想した“肩のりOriHime”
─4年前のBridgineでのインタビューで吉藤さんが「OriHimeの街案内やトラベル事業への参画」という構想をお話しいただきましたが、ついに一つのかたちに実現されました。まずは企画概要と経緯について教えてください。
吉藤:「OriHime日本橋ガイドツアー」は、OriHimeというロボットを肩にのせた参加者が、自宅などの遠隔地にいるパイロットの案内で日本橋の街を歩くものです。オリィ研究所が運営するこの「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」から出発し、60分間で日本橋の魅力を体感できるツアーになっていると思います。
小沢:福徳神社などの日本橋の名所での観光や、日本橋らしい老舗商店での買い物を楽しむ内容で、週3回、1回につき1〜6名が参加可能です。英語でのガイドにも対応しています。遠隔地から体を動かさずにガイドできるため、病気・障がい・子育て・介護など様々な理由で外出が難しい移動困難者でもOriHimeのパイロットを務めることができます。
吉藤:私の研究テーマは一貫して「孤独の解消」です。小中学生の頃、学校に通うことができなかった経験から、たとえ体が動けなくなっても孤独にならずに生きていく方法を18歳の時から研究してきました。その一つの答えとして「もう一つの身体」=分身ロボットを作ってきましたが、今回の肩のりOriHimeという発想の源泉は、視覚障がいの知人がきっかけでした。
彼は街を歩くときに白杖を使うのですが、「最後は、勘と勇気で横断歩道を渡っている」と言っていて。視覚障がい者は、誰かが横にいてくれれば安心できるけれど、常にその状況があるわけではありません。そこで思いついたのが、視覚障がいの方の肩に、寝たきりの方が操作するOriHimeがのれないかということでした。ふたりで一つになれば、営業活動や今回のツアーガイドなど、ひとりではできなかった仕事もできるようになるかもしれないと。

移動困難者3400万人時代への処方箋
─このツアーが解決しようとしている社会課題について、詳しく教えて下さい。
吉藤:「移動困難者」は全国で3,400万人にのぼると言われています。こうした移動困難者は、ある意味で私たちの先輩でもあります。なぜなら、彼らと一緒に考えることで、将来私たち自身が移動困難になった際の対処法を学べるからです。コロナ禍で私たちも移動制限を経験しましたが、再び同様の状況になる可能性は十分にあります。
このツアー体験は日本橋の魅力を発信し、楽しい時間を過ごして頂くということがメインですが、その裏にある価値の一つは、参加者が「未来の働き方の体験」を得られることです。自分が何らかの事情で家から出ることができなくなっても、このような働き方がある、社会に参加し、街の一員になれる将来を体験していただけるので。
小沢:移動困難の方は、障がいのある方に限定されません。健常者であっても、家族の介護や小さなお子さんの世話などの事情で外出できない方は数多くいらっしゃいます。この企画は、そうした方々への就労機会提供という観点から、ダイバーシティ&インクルージョン推進や、観光業の人材不足解決にも寄与することを目指しています。
─今回の協業は、どのようなプロセスで実現に至ったのでしょうか?
吉藤:私たちは2021年から日本橋で分身ロボットカフェDAWN ver.βを運営してきましたが、いつかカフェからOriHimeを飛び出させ、街を歩かせたいという思いがありました。ただ、日本では道路交通法上、大型の自走するロボットが街に出るのは困難です。そこで、先ほどの肩のりOriHimeのアイデアを実現したのが今回のツアーです。
さらに考えてみれば、視覚障がいの方だけでなく、私たちも海外に行けば言語の壁があり、知らない土地では情報不足に陥ります。しかし、もしその土地に詳しい友人が一緒にいてくれれば、「ここがおすすめ」「あそこは避けた方が良い」といったアドバイスを受けられ、旅がより豊かになります。そのような価値を、インバウンドの方にも提供できるのではないかと考えました。

小沢:三井不動産としては、オリィ研究所の「人類の孤独の解消」という企業理念に共感し、「日本橋ライフサイエンスビルディング3」でのオリィ研究所の本社開設や分身ロボットカフェの開業を支援してきました。今回のツアーでは、OriHimeの活用フィールドをこれまでの「場」から、日本橋全体という「街」へと大きく広げることができると考えています。今回は、私たちの長年の街づくりから得た知見を、ツアー作りやパイロットの方への情報インプットに活かしていただきました。
「良い街×好きな街」で描く日本橋の未来像
─小沢さんが所属される日本橋街づくり推進部では、どのような街づくりを目指していらっしゃるのでしょうか?
小沢:私たちは「界隈創生」「産業創造」「地域共生」「水都再生」という4つのキーワードのもと、ソフトとハードが融合した街づくりを推進しています。日本橋がより「行きたくなる街」になることで、街がさらに賑わっていくと考えているのですが、その「行きたくなる街」は、「良い街」と「好きな街」の2つの要素が掛け合わさることで実現すると思っています。
その中で「良い街」とは、日本橋の良さを残しながらも施設や機能を拡大することで、多くの方に評価される街だと捉えています。私のチームでは、デジタル技術を活用しながら「良い街」の基盤強化を目指しています。例えば、三越前駅周辺で展開する、視覚障がいのある方や車いす、ベビーカーを使う方に向けて快適な移動ルートを案内する歩行支援アプリ「インクルーシブ・ナビ」などがそれにあたります。
一方、「好きな街」は、多様な活動を通じて充足感を得られ、愛着があるので選ばれ続ける街。「好きな街」を育成する活動拠点として、「+NARU NIHONBASHI」というコミュニティラボを日本橋で運営しています。街とのつながりや市民共創といったコミュニティを広げる活動を行うことで、一人ひとりにとって新しい人・もの・ことと出会う居場所となり、日本橋が「好きな街」になると考えて活動しています。(https://www.bridgine.com/2024/04/01/naru_1/)
そして、この「OriHime日本橋ガイドツアー」は「良い街」と「好きな街」の両方を実現できるものだと考えています。OriHimeを活用して、移動が困難なパイロットと一緒に街歩きをしながら日本橋を知ってもらう。そうすることで、参加者に「日本橋でロボットを肩にのせて街歩きをした」という初めての思い出を作ってもらうと共に、「また日本橋に来たい」と思ってもらいたいと考えています。
吉藤:小沢さんがおっしゃった「行きたくなる街」というのは、極めて重要な視点だと思います。移動困難になった方たちとよく話すのですが、ALSなどの病気で体が動かなくなってしまったとき、家族や友人に家に来てほしいと強く思うそうです。それで、来てくれたことを後悔してほしくないから、美味しいコーヒーを用意したりする方も多いのです。つまり「来たくなる家づくり」をするのです。
今やこのカフェには、インバウンドの方々も含めて年間約6万人が訪れています。私たちがカフェを始めたときは、みんなで徹底的に「来たくなる理由」を考えました。そこで思い至ったのは、人がそこに行きたくなる理由の大きな部分に「人の魅力」があることです。だからこそ、OriHimeはAIではありません。それ自体が魅力的なロボットの外観を持ちながらも、その先にはパイロットという人の魅力もあります。そのうえで、一緒に街を歩くパートナーとして機能するのです。


「居場所がある」という感覚が築く新しい関係性
─小沢さんは実際にツアーも体験されたそうですが、この企画ならではの価値は何でしょうか?
小沢:とにかく唯一無二の体験だと感じました。パイロットの方と目線を共有し、コミュニケーションをとりながら街歩きができるのは新鮮でしたし、目に見えている街の景色についてガイドしてもらうのはもちろん、パイロットさんご自身のお話を聞くのも楽しいものです。自分からOriHimeに話しかけたくなる気持ちになったのは、操作するパイロットの方々の素敵な人柄があってこそだと思います。
また技術面でも驚きました。OriHimeを肩にのせて1時間歩いても、重さを感じないんです。さらにOriHimeがうなずいたり、手を振って「バイバイ」という仕草を交えたりすることで店員の方とコミュニケーションをとります。道ですれ違う人もOriHimeに手を振ってくれて、街の中で自然に人とOriHimeとの交流が発生する様子を目の当たりにしました。
吉藤:肩のりOriHimeには人同士の距離を縮め、日本人特有のシャイな側面を解消する効果もあると感じます。ふだんは街ですれ違った人に話しかけない人が多いと思いますが、OriHimeを肩にのせていると「何だろう」と興味を持って話しかけてくれるんです。
さらに興味深かったのは、ツアーの実証段階中に、日本橋のお店の方々とパイロットが、外からいらした方を楽しませようとしていく中で、関係性が生まれてきたことです。何度もデモのツアーを行っていく中で、街の方がロボットの姿でもその仕草でパイロットの方を識別し、「(パイロットの)◯◯さん」と挨拶してくれるまでになっていました。

─パイロットの方からは、どのような感想が寄せられているのでしょうか?
吉藤:まず「日本橋に行きたくなった」という声をたくさんもらいます。それから、ツ
アーのお客様と1時間ほど一緒に歩く中で関係性ができ、ツアー後もSNSでフォローし合って交流が続くケースもあるそうです。自分は家から出ることができないけれど、肩のりOriHimeを通じて街に出られて、しかも知り合いもできた。まるで日本橋の住民になれたような気がするという声もありました。
─“関係性”という言葉がキーワードであると感じます。
吉藤:私たちはリレーションテック企業であり、単なるコミュニケーションテック企業ではありません。コミュニケーション技術は情報伝達という機能的な目的に留まりますが、孤独の解消を目指すうえでは、その先にある「関係性の構築」こそが重要です。
どうすればより人と友人関係を築きやすくなるのか、どうすれば人同士がつながれるのか。今回のツアーでも、単純に街の美しい景観を案内するのではなく、そこにいる人々との交流や相互承認を通じて、「居場所がある」という感覚を提供することを重視しています。

世界でも評価される、OriHime発の“新しい働き方”
─オリィ研究所では海外も含めて事業展開もされていますが、どのような成果が出ているのでしょうか?
吉藤:デンマークで運営する期間限定のカフェでは、13人のデンマーク人がOriHimeで接客しています。そのうち1人が「ソーシャルフィア」という、身体的には問題ないものの、精神的に外出困難な状態。そのスタッフはカフェでの勤務で自信を得て回復し、最終的に一般企業への就職を果たしました。この日本橋のカフェでも、これまで150人ほどのパイロットが勤務し、現在も100人ほどが現役で活動しています。多くの方がここでの経験をきっかけに企業や自治体への就職を実現しており、OriHime以外の働き方を広げていらっしゃる方もいます。

「街の今を共有する」、OriHimeガイドツアーの可能性
─日本橋という街だからこそ、このプロジェクトの可能性を感じますね。
小沢:日本橋エリアでは、江戸時代から続く共助の精神や、企業や商店、人が互いに尊重・連携する共創の文化が根付いてきました。何世代も前から日本橋で活動している方もいれば、新しく活動を始める方もいて、そういった方々が頻繁に交わっています。そのため、新しい人や文化を受け入れる土壌があると思っています。
このツアーも長い日本橋の歴史から見ると「ロボットを肩にのせて街歩きをする」というのは革新的なことです。このツアーが街に関わる皆さんに受容されることで、「だれもが活躍できる街」の実現に向けた新しい形として定着し、その結果より多くの方が日本橋の街に魅力を感じてもらえると嬉しいです。
吉藤:最近、オリィ研究所も日本橋の町内会に呼ばれるようになり、OriHimeのパイロットも参加させていただいています。当初は、ロボットを肩にのせている人が街を歩いてくるというのは、伝統のある日本橋に似つかわしくないと言われてもおかしくないと感じていました。しかし、これまで否定的なことを言われたことはなく、皆さん面白がってくださいます。こういった前例のない実験を受け入れてくださるのはありがたいことです。
─今後、このツアーをどのように発展させていきたいとお考えでしょうか?
小沢:まずはオリィ研究所と力を合わせて、街にツアーを根付かせていくことです。ツアーの回数が増えれば、パイロットさんへのニーズが高まっていき、より一層その方々の社会参画の機会や就労機会が増えていくと思います。ですから、私たちから紹介したい場所だけでなく参加者のニーズに沿って、数多ある日本橋の魅力をご提案できればと考えています。
吉藤:私の持論として、現在、人類史上最も、今の人類と会話していない時代が来ていると思っています。私たちは大体家にいて、テレビやYouTubeを見ていますが、それらはすべて過去のアーカイブです。本を読んで面白いと言う場合も、それも全部過去との対話です。貴重な資源を、過去のアーカイブとそれを学習したAIに取られているともいえます。
人とロボットの共生というよりは、人と人が今、もっとつながれるように、出会い方を工夫したり、一緒に何かができるような、そういう体験設計をしていきたいと思っています。OriHimeを活用したカフェやツアーガイドは手段であり、「あの人に会いたい」、「あの街に行きたい」と思ってもらうことが本質です。
小沢:街も日々変わっていきますからね。その変化を含めて、今という瞬間をパイロットの方と一緒に共有し、楽しむことをぜひ味わっていただきたいです。

取材・文:皆本類 撮影:岡村大輔(幽玄舎)
株式会社オリィ研究所
「人類の孤独を解消する」を理念に掲げ、障害・病気・介護・子育て等の理由で外に出ることが難しい「移動困難者」の選択肢を豊かにするサービスを研究開発・提供しています。
展開サービス:
·テレワークに特化した障害がある方のための人材紹介サービス「FLEMEE」
·遠隔操作でありながら「その場にいる存在感」を共有できる分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」
·テレワークでの肉体的社会参加を可能にする分身ロボット「OriHime-D(オリヒメディー)」
·重度障害があっても目や指先などの僅かな動きだけでコミュニケーションを可能にする意志伝達装置「OriHime eye+Switch(オリヒメアイプラススイッチ)」
·外出困難者が”パイロット“として分身ロボットOriHime・OriHime-Dを遠隔操作し、オーダーや配膳、お客様との会話など接客を行う「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」