旧日光街道の賑わいを令和に。 新感覚フードコート「COMMISSARY」の立役者が語る。
旧日光街道の賑わいを令和に。 新感覚フードコート「COMMISSARY」の立役者が語る。
2020年9月、日本橋本町にオープンしたフードコート「COMMISSARY(カミサリー)」。もともとオフィスだったという建物をリノベーションした店内には、カフェ、ベーカリー、ピザ、タコス、そしてクラフトビールと個性豊かな5店舗が軒を連ねており、若い女性客を中心に連日賑わいを見せています。その仕掛け人のひとりが、日本橋エリアで厚い支持を得るレストラン「北出食堂」と、タコス・スタンド「北出TACOS」のオーナーを務める北出茂雄さん。ニューヨーク・ブルックリンのレストランで修行を積んだ経験も持つ北出さんは、新感覚のフードコートとも呼べるCOMMISSARYをどんな想いでつくったのでしょうか?
江戸の歴史が残る街に、NYのエッセンスを
―まず最初に、COMMISSARYとはどんな場所なのか教えてください。
日本橋の東エリアを対象とした再開発のプロジェクト、「日本橋イースト」の一環として立ち上がったフードコートです。「工場(ファクトリー)」というコンセプトが軸になっていて、生地などの製造から調理、お客さんへの提供までほとんどの工程がこの場所で完結するのが特長です。もともと僕らの頭の中には、「工場の中にお客さんが迷い込んじゃったくらいが丁度いいよね」というイメージがありました。そうしたコンセプト作りはコロナ禍よりも前の話でしたが、自然とソーシャル・ディスタンスを取れる空間レイアウトや、完全セルフサービス&キャッシュレスに対応したことも、結果的にニューノーマルの時代に合っていたような気がしています。
―COMMISSARYには、タコスからクラフトビールまで個性的な5店舗が揃いました。北出さんはどのように立ち上げやショップの誘致に関わってきたのでしょうか。
北出食堂にもお客さんとしてよく来てくれていた、三井不動産の担当者さんから誘われたんですよ。「旧日光街道に江戸時代のような賑わいを取り戻したいんです。だから、北出さんの力を貸してください!」って熱弁されて。彼らのような大手企業が、僕たちみたいな“個人”のパワーや人脈を頼ってくれたのは素直に嬉しくて、引き受けることにしました。他のテナントさんが決まるまでは紆余曲折はありましたが、「PIZZA SLICE」の猿丸(浩基)くんが参加してくれてからはスムーズでしたね。彼もまたNYで修行していた経験があるし、北出食堂とオープン時期も近いから勝手に縁を感じています。
COMMISSARY立ち上げの経緯を振り返る北出さん
―なるほど。それぞれのショップについて簡単にご紹介いただけますか?
カフェ「mind spa」は、奥原宿のコーヒースタンド「HOTEL DRUGS」の姉妹店です。お客さんだけでなくスタッフにとっても“憩いの場”が欲しいよね、ということでマストな存在でした。ドーナツにもファンが多い「Chigaya bake&coffee shop」は辻堂にあるベーカリーで、蔵前に続く3店舗目として入っていただきました。そして「OurCraft」は、「NIHONBASHI BREWERY」で店長を努めていた下田和幸さんが独立してスタートしたクラフトビールのブランド。僕個人も好きだったショップばかりなので、ここに来れば全部楽しめちゃうのはありがたいですね(笑)。
―近頃新しいジャンルのお店が増えている日本橋小伝馬町エリアでの出店ですが、COMMISSARYの役割はどんなところにあると感じていますか?
役割という意味では、“この地域を盛り上げていく手助けをすること”でしょうか。でも、すでに日本橋にたくさんある和食や居酒屋をやるのはちょっと違うよなって思っていたし、江戸の歴史が残る街に“南蛮”的な感じでNYかぶれの人たちがゾロゾロやって来てお店を出したらすごく面白いんじゃないかって(笑)。結果、この界隈ではこれまでにあまりなかった雰囲気の場所を作ることができました。
―神田金物通りに位置する北出食堂はファンも多く、特にタコスの美味しさには定評があります。2020年から運営されているタコスを主役とした「北出TACOS」の2号店も出店されて、このCOMMISSARYでも目玉のひとつとなっていますね。
タコスは北出食堂のオープン当初から提供していたメニューなんですが、ずっとトルティーヤを国産の生地で作りたいという想いがあったんです。今までは「マサ」という粉を海外から輸入して使っていたんですけど、「これ、なんとか国産にできないかな?」という野望があって。そんなことを周囲の人にも話していたら、たまたま北海道のとうもろこし農家さんと出会って、さらに三井不動産さんからCOMMISSARYの立ち上げにも誘われ、「工場」という施設のコンセプトを知って……。思わず「それならトルティーヤの工場を作ってもいいですか?」と聞いてました(笑)。かれこれ4年前くらいのことですね。そこから「タコスに特化したサブ・ブランド」としてスタートしたのが北出TACOSのプロジェクトなんです。
「北出TACOS」のロゴデザインは、チョークを使ったアートの第一人者CHALKBOYさんが手がけている
―構想からオープンまで、非常に時間をかけたプロジェクトだったんですね。
長かったですねえ(笑)。でも、僕が長らく思い描いていた「国産トルティーヤ」と「自社工場」という2つの夢が、こんなにタイミング良く重なったのは幸運なことでした。プロジェクトが本格的に始動してからは、COMMISSARYをコーンからトルティーヤを作る工場であり、直売所でもあり、北出TACOSのセントラルキッチンとしても位置づけられるお店にしようと決めました。コロナで海外からのやりとりが混乱する前から「もしマサ粉が輸入できなくなったら、商売道具がなくなっちゃう!」という焦りは感じていたので、そういう意味でも自分たちの手でトルティーヤが作れて、自給自足できることは強みですね。
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運命的だった物件との出会いと、街の人々の心意気
―少し遡りますが、北出さんと街との関わりについても聞かせてください。2013年にオープンした北出食堂は、どんな経緯で神田金物通りに拠点を構えることになったのでしょうか?
とにかく、物件が良かったんですよね。最初に見に行った物件がたまたまあそこだったのですが、あれを超えるものは無かった。あまり人通りの多い場所ではないので、オープン当初はお客さんも少なくて結構キツかったんですけど、色んな人々がはるばる食べに来てくれたのがありがたかったですね。タコスをメインにした珍しいタイプの飲食店だったからか、近所の同業者の方々も興味を持ってくれたみたいで、ちょくちょく顔を出してくれて。本当に、この街の飲食店の繋がりと街の人たちの心意気には助けられましたね。新参者にも“仲間”みたいな感じで接してくれる。たぶん、これが渋谷だったら、今も孤立していたかもしれません(笑)。
神田金物通りにある「北出食堂」の内観(画像提供:北出食堂)
―北出食堂のオープンから少し後ですが、ブルーボトルコーヒーの日本上陸をきっかけに清澄白河が「ポートランド」、蔵前が「ブルックリン」なんて呼ばれていましたよね。北出食堂のある街はどんなイメージの街でしたか。
面白いなと思ったのは、馬喰町周辺って小さなアートギャラリーが30個くらい乱立しているんですよね。NYに住んでいた頃に、友達のHiro Kurataくんというアーティストが「日本で個展やるんだ」って言うから、「どこでやるの?」って聞いたら「馬喰町」って返ってきて驚いた記憶があります。なぜなら、馬喰町って正直ゴーストタウンみたいな印象だったから(笑)。でも、ブルックリンだって後から徐々に盛り上がってきたわけだし、馬喰町だって10年後には面白い街になっているかもな……という期待感はあって、今実際にそうなりつつあるので興味深いですね。
COMMISSARYが売っているのは「カルチャー」
COMMISSARYの店内は常に多くのお客さんで賑わっている
―北出さんは、2007年からブルックリンの「Bozu」で約6年修行されたそうですね。欧米ではこういったお洒落なフードコートが根付いていますけど、このCOMMISSARYにはモデルとなった場所があるんでしょうか?
直接的なモデルというわけではないんですが、北出食堂のビジネスパートナーでもある鈴木誠さんが立ち上げたブルックリンのフードラボ、「BBF(Brooklyn Ball Factory)」と想いは一緒だという自負があります。北出食堂は「安心・安全」を柱に、フードロスをしない、化学調味料を使わない、遺伝子組み換えを使わない……といったことを「当たり前にやっていこう」という姿勢でやってきていて、そのフィロソフィーはBBFから受け継いだものですね。最近はどの企業もサスティナブルやSDGsを謳っていますけど、僕らの発想は至ってシンプルで「食べ物を粗末にするとバチが当たるぞ!」ということ。子どもの頃に皆さんざん怒られたじゃないですか(笑)。
―COMMISSARYがオープンして数ヶ月、どんな客層の方が多いですか?
意外と若い女性の方がたくさん来るんだなって感じますね。日本橋ってもっとお年寄りとかオフィスワーカーが多い印象でしたし、江戸っ子の兄ちゃんたちが来て「何だコレ!?」って言いながらピザとかタコスを食べるのかなって思ってたんですけど(笑)。今はSNSの時代ですし、このエリアにしては珍しいショップばかりですから、そうなるのも必然だったのかもしれませんね。
―今日もインスタグラム用の写真を撮っている2人組が目立ちました。この場所をきっかけに、それぞれのショップのファンになってくれるお客さんも多いでしょうね。
そうですね。理想としては、若い子たちが大人になっても残るものであってほしい。たとえば小さいお子さんたちが北出TACOSで初めてタコスを食べて、その後の食習慣でもタコスがもっと身近で「当たり前のもの」になってくれたら良いなって。タコスってまだ日本だと馴染みが薄いし、安いのか高いのかもよく分からないじゃないですか。そういう意味では、COMMISSARYにあるショップはみんな「カルチャー」を売っているとも言えますよね。「PIZZA SLICE」のピザだって、いわゆる日本のデリバリーピザではなくって、半分に折って頬張るNYスタイルのピザを提示している。COMMISSARYに来てくれたお客さんには、食事はもちろん、そういう背景まで楽しんでもらえたらなと。
タコスは多様性と可能性を秘めている!
―北出食堂/北出TACOSとしては、食を通して今後どんなことを発信していきたいですか?
やっぱり、念願だった自社生産のトルティーヤが完成したので、今後はもっと全国の生産者さんや農家さんとも繋がっていけたらと思っています。タコスの具材って意外に自由度が高いので、“トルティーヤで生産者さんを包む”みたいなことができれば良いなと思っています。タコスには色んな多様性と可能性を秘めているんですよ。
―この街でいつかチャレンジしてみたいことはありますか?
飲食店じゃないんですが、ずっとボウリング場をやりたくて。日本橋・本町エリアってそもそも娯楽がなさすぎるんですよね。ブルックリンにある「The Gutter(ガター)」っていうボウリング場はご存知ですか? いつも人気で3~4時間待ちはザラなんですが、隣にバーが併設してあるので、みんなゲームの順番が来る頃には泥酔しちゃってるんですよ(笑)。でも、それがすごくいい雰囲気を醸し出していて好きだったんです。「日本にもこんな娯楽空間があったらいいなあ」と思ってました。
―いいですね(笑)。日本橋であればスーツ姿のビジネスマンと、アート系の若者たちが一緒にボウリングする光景が目に浮かびます。
たとえば「笹塚ボウル」では音楽イベントなども開催されていますけど、ボウリング場って社交場でもあるんですよね。そこから、さっきもお話したような「カルチャー」が生まれたりする。そんなボウリング場で北出のタコスを食べてもらえたら最高ですね!
取材・文 : 上野功平(Konel) 撮影 : 岡村大輔
北出食堂
2013年12月、NYブルックリンにあるレストラン「Bozu」の姉妹店としてオープン。店主がNY滞在中に惚れ込んだメキシカンタコスを主軸に、和・洋を融合した自由な発想の料理とお酒を提供している。2020年からは、タコスに特化したサブ・ブランド「北出TACOS」を東京駅構内・グランスタ東京と、COMMISSARYの2店舗で運営。
※最新の営業時間は公式サイトをご確認ください。
https://www.kitadeshokudo.com/
COMMISSARY NIHONBASHI
東京都中央区日本橋本町3-11-5 マルサンビル 1F