Interview
2020.10.23

Omnipollos Tokyoが溶かす固定観念。創業70年の鰻屋が、北欧の最先端ブルワリーに生まれ変わるまで。

Omnipollos Tokyoが溶かす固定観念。創業70年の鰻屋が、北欧の最先端ブルワリーに生まれ変わるまで。

スウェーデン生まれのクラフト・ビール「Omnipollo(オムニポロ)」が、2020年8月、再開発の進む日本橋・兜町にアジア初の直営店をオープンしました。ほんのり毒のあるポップなデザインと、「ビールそのものの概念に、常に変革を起こし続ける」というコンセプトから作られる独創的な味わいは、若者を魅了しています。元老舗の鰻屋という物件との出会いから、兜町ならではのハシゴ酒プラン、そして今後の展望まで、店長の澤本佑子さんにお話をうかがいました。

Omnipolloと出会って、自分の中でビールの常識が変わった

―Omnipolloといえば、日本ではIKEAでしか買えない知る人ぞ知るクラフト・ビールだと聞きました。既にビール・ファンの間では人気を博していたデンマークのミッケラーなどと比べて、Omnipolloはどんなところが魅力だと思われますか。

Omnipolloはデザイナーのカール・グランディン(Karl Grandin)と醸造家のヘノク・フェンティ(Henok Fentie)が立ち上げた、スウェーデン生まれのビールブランドです。その魅力をひとことで言えば、「ビールに対するイメージを根底から覆すブランド」だということですね。ボトルにもロゴではなくグラフィック・アートが描かれているように、とてもクリエイティブで、味も個性的。お菓子みたいな素材の組み合わせのレシピもあるし、いい意味でぶっ飛んでいるというか(笑)、飲んだ瞬間に「何か違う!」と感じられるブランドです。私自身も、Omnipolloと出会ってビールの可能性がすごく広がりましたし、ビールとデザインどちらが欠けても成り立たないので、本当に2人は奇跡の出会いだったんだなと思います。飲み終わったボトルも取っておきたくなるデザインなので、私も花瓶にして使っていますね。

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ついコレクションしたくなるボトル・デザイン(画像提供:Omnipollos Tokyo)

―今回アジア初の出店に至ったわけですが、澤本さんが店長として参加されることになった経緯を聞かせてください。

2018年に、表参道の「COMMUNE」でOmnipolloのポップアップ・イベントを開催したことがあるんです。その少し前に関連イベントでOmnipollos Tokyoの現共同代表でもある松井(明洋さん)と知り合っていたのですが、彼がスウェーデンと東京の2都市を拠点として活動していたこともあって、このイベントに際してビールの仕入れからお店のコーディネートまで全面的に手伝ってくれて。松井はブランディングやプロモーション事業を手がける「Media Surf Communications」の代表でもあって、今年2月に同じく兜町にオープンした「K5」(ホテルと飲食店の複合施設。松井さんの以前のインタビューはこちら)の立ち上げメンバーなんですよ。

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兜町の「K5」もまた、スタイリッシュでデザインへの強いこだわりのある施設(©︎K5)

―松井さんは、以前『Bridgine』にもご登場いただきましたね。そのときも「一年の半分はヨーロッパに住んでいる」と語っていましたが、スウェーデンを拠点にしているというのは初耳でした。

Omnipolloのカールとヘノクも、もともと現地の友人だったみたいです。「COMMUNE」でのイベントがすごくお客さんから評判が良かったのもあって、松井とも「また何か一緒にやれたらいいね」なんて話してはいたんですが、こんなに早く実現するとは思ってもいませんでした。

―なるほど。そのご縁もあって、いきなり日本一号店の店長に任命されたわけですね。

そうですね(笑)。でも、松井もMedia Surfも「ビジネスの成功を狙って」とか、「アジア一号店にこだわって」みたいな気持ちは全然なくて、友人同士としての「独創的なビールを日本に誘致したいよね」という話題が盛り上がって始まった感じで。当時、私はシェアオフィスの運営に携わりつつデザインの仕事をメインでしていたのですが、お酒好きが高じて、社会人大学で「焼酎学」のキュレーターもしていたんです。焼酎以外にビールも大好きだったので、シェアオフィスのメンバー専用のビールを作ったり、先のようなビールのイベントを開催したりしていました。とにかく、好きが高じていまに至る……という感じですね。ただ、私は飲食をお仕事にするのはまったくの初めて。松井やスタッフたちなど、チームのみんなにはいつも助けてもらいながらやっています。

―では、Omnipolloが東京の、それも日本橋に出店することになった理由は何だったのでしょうか?

Omnipolloはスウェーデンに3店舗、ドイツに1店舗を展開しているんですが、その次の展開として創業者のカールとヘノクの頭の中には漠然と「東京」というインスピレーションがあったみたいです。そこに松井から彼らへのアプローチを経て出店計画がスタートし、東京だとしたらエリアはどこが良いんだろう?と、「伝統的なものと革新的なものを掛け合わせる」という彼らのコンセプトに共鳴する場所を探すことになりました。たとえば、彼らは本国のスウェーデンだと古い教会をリノベーションしてブルワリーを作ったりしているんです。そういう意味では、日本橋という街はまさにそのコンセプトにピッタリで、カールとヘノクもこの街をすごく気に入ってくれました。

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Omnipollos Tokyoの店長を務める澤本佑子さん

ビールとデザインがつなぐ温故知新

―鰻屋「松よし」さんの跡地を活かしたこの物件も、すごくシンボリックですよね。

取り壊しになることなく、そのまま残っていてくれたことも運命的でした。店舗デザインは「Dissolving Borders of Perception(認識の境界線を溶かす)」というコンセプトに則って進められたんですが、Omnipolloというブランド自体が「ビールに対する人々のイメージを根底から覆すこと」という信念を持っているので、デザイナーのフレドリック・ポールセン(Fredrik Paulsen)もそれを意識して設計に落とし込んでいたと思います。それを裏付けるように、天井の古い木材で「地面」を表現し、インテリアデザインとしてはかなり珍しいんですが――床と壁を同じブルーで塗りつぶすことで、どっちが天地かわからないフワフワとした酩酊感を表現していますね。また、ガラスやメタリックな異素材を古い木材と組み合わせることの対比、鰻屋の要素を強く残した外観からは想像もできない内装との対比、そういったバランス感覚も面白いなと思います。

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どこか懐かしい天井は、鰻屋時代の木造建築をそのまま残しているという

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くり抜かれた雲のような壁も内装のスパイスになっている(画像提供:Omnipollos Tokyo)

―スウェーデンの店舗は古い教会をリノベーションしたというお話がありましたが、古き良き建造物/空間を現代に引き継ぐことについて澤本さんはどうお考えですか?

すごく良いことだと思います。空間も建築も全部そうですけど、一度壊してしまうともう作れないものじゃないですか。私は古いものをそのまま残すことも素晴らしいと思いますし、古いものに少し手を加えてまったく新しいものに生まれ変わらせるという方法も、どちらも素敵なアイディアだなと感じます。この店舗は後者の考え方で作られていますが、なんだかお婆ちゃんの家に帰ってきたみたいで居心地が良いんです(笑)。

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古い教会をリノベーションしたという、本国スウェーデンのブルワリー(画像提供:Omnipollo)

目標は、アートやファッションも複合した「ライフスタイル・ブランド」

―澤本さんはグラフィック・デザイナーとしても活動されていたので、ブランドに共感するポイントも多いのではないでしょうか?

ビールの味ももちろんですが、やっぱりカールの手がけるデザインとブランドの持つコンセプトがすごく好きですね。よく見ると政治的なことや文化的なことの問題が定義されていたり、さりげなくストーリーが込められていたり……。何かを「解決」するというよりは、捉え方をあくまで受け手に委ねるというデザインのスタンスが素晴らしいですね。

―それを特に感じるビールはありましたか?

今は店舗に置いてないんですけど、「Yellow Belly」というスタウト(黒ビール)があるんです。ボトルを白い紙で包み込み、黒丸で目を2つ表現した、パッと見はKKK(アメリカ合衆国の白人至上主義を唱える秘密結社)の白装束みたいなデザインで。ラベルに書かれているのは「ピーナッツバター・ビスケットスタウト」なんですが、ビスケットもバターもナッツも入っていないのに、なぜかその味がするという。型破り、かつコンセプチュアルなアプローチで人種差別問題に対して声をあげているのが、とてもカッコ良いと思いました。見た目で判断したり、偏見を持つことはナンセンスだっていうことを、デザインとビールで表現しているのが最高ですね。

澤本さんが衝撃を受けたというOmnipolloの「Yellow Belly」(画像提供:Omnipollo)

―そうしたデザイン面に関して、いまOmnipollos Tokyoで予定している企画はありますか?

いま本国チームと話しているのは、日本のどこかのブランドとコラボレーションして、新しいアイテムを作っていくというアイディアです。ビール・ブランドではありつつも、アートやファッションも複合した「ライフスタイル・ブランド」でもあるんだということを日本でも広めていきたいなと思っています。

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Omnipollo創業者の2人、左がカール・グランディン、右がヘノク・フェンティ(画像提供:Omnipollo)

日本橋兜町の魅力と可能性

―Omnipollos Tokyoやパティスリーの「ease」など、このエリアに開業した新店舗は「K5」に続く「日本橋兜町・茅場町再活性化プロジェクト」の第2フェーズとして大きく注目されています。この街にどんな魅力と可能性を感じていますか?

まだ散策しきれてはいないんですけど、昔ながらの定食屋さんがあったり、証券会社のビルが点在していたり、個人的には「建築」が面白い街だなと感じています。その中に次世代のキープレイヤーとなるクリエイターが次々と集まってきて、昔ながらの下町感とうまくミックスしている。それに、この周辺は土日にわざわざ人が遊びに来る街ではなかったんですが、最近は昼も夜も人が増えて兜町の風景そのものが急速に変わってきた印象もありますね。

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店内のアシッドカラーにちなんで『アシッドドッグ』と名付けられたホットドッグも絶品

―なるほど、平日の客層はいかがですか?

そこは兜町らしく、金融系の方々がスーツ姿のまま一杯飲んでから帰宅されるという光景をよく見ます。遠方からお越しになるビール・ファンのお客様もいますし、シャーベットを乗せたデザート・ビールは若い女性の方々から人気で、たびたびInstagramにアップされていますね。もちろん、近所の飲食店で働いてる方たちも沢山いらっしゃって、本当にさまざまなお客さまが混在しているのが面白いですよ。

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ソフトクリームマシーンでサーブされたデザート・ビールはInstagramでも映えると人気(画像提供:Omnipollos Tokyo)

―お酒好きな澤本さんがオススメする、兜町のハシゴ酒プランを教えてください。

やはりまずはうちで飲んでいただいて(笑)、「K5」のレストラン「CAVEMAN」などで食事をし、ワインショップの「Human Nature」でワインを嗜むというのが良いのではないでしょうか。あとは、Omnipollos Tokyoの隣にあるコーヒースタンド「SR」でもスウェーデン現地のジンだったり、最近トレンドのコーヒー・カクテルも扱っていますよ。そこのコーヒーネグローニというカクテルがめちゃくちゃ美味しいのでオススメです。また散歩が好きな人でしたら、日本橋まで足を伸ばせばパブの「CRAFTROCK BREWPUB&LIVE」がありますし、神田の「ミッケラー」も徒歩20分くらいですから、ちょっとしたブルワリー巡りも楽しめますよ!

Omnipollos Tokyoが思い描く未来

―最後に、Omnipollos Tokyoの今後の展望について聞かせていただけますか?

本当は毎年このエリアで夏祭りをやっているらしいので、そこで自己紹介を兼ねて地元の方々に飲んでいただければ良かったんですけど……。コロナ禍が落ち着いたら、地元はもちろん各地のビアフェスタなどのイベントにも出店していきたいですね。他には、アート関連のイベントが開催されたときにOmnipolloのビールを提供したりとか。ブランドの意思を尊重して、これまでのクラフト・ビールではやってこなかったような打ち出し方ができたらと思います。 

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店長の澤本佑子さんが着用しているTシャツや、ビアグラスなどのオリジナルグッズも店頭で購入可能

―地元・兜町でのご近所付き合いもあるのでしょうか?

実は先日、兜町町会の副町会長さんがお店に来てくださって。私と同じで、もともと大のお酒好きなんだそうです(笑)。会長さん曰く、若い世代のお店や会社がどんどん増えているのが嬉しいそうで、「一緒に盛り上げていきたいね」と激励してくださいました。日本橋って、この会長さんのように街全体がすごくオープンマインドな気風に溢れていて、排他的な感じが無いところも素敵ですよね。

この間、「CAVEMAN」で八重洲にある老舗「鰻はし本」さんとのコラボでポップアップダイニングというイベントを開催されていたですよ。そのときも地元の飲食店界隈のみなさんが沢山来ていて、ご年配の方も「実はここ(K5)気になってたんだよ~」って話していましたね(笑)。この物件も70年近く親しまれてきた鰻屋だったので、建設中も道行く人たちに「ここはどうなるの?」って良く質問されてり覗かれたりしていました。新しいことに関しても目線がフラットで人情味溢れるというか、下町感がありますね。

―いつか、Omnipollos Tokyoと鰻屋さんがコラボしたら、すごくエモーショナルだなと思いました。

それいいですね! 実は、鰻屋時代に長年通われていたというご年配のお客さんが先日いらっしゃったんですよ。「久しぶりに鰻を食べに来たらビール屋さんになっていてビックリ!」って(笑)。鰻とクラフト・ビールって意外と相性良さそうですし、古き良きものと新しいものが共存するOmnipolloの思想ともピッタリなので、そういうお客さんにも喜んでいただけるかもしれませんね。

取材・文 : 上野功平(Konel) 撮影 : 岡村大輔

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