Interview
2019.07.17

ただそこにいるだけ、なのに愛おしい。人の心を満たすロボティクス”LOVOT”開発の裏側。

ただそこにいるだけ、なのに愛おしい。人の心を満たすロボティクス”LOVOT”開発の裏側。

みなさんは世界最大規模のテクノロジーの祭典CES2019で最優秀ロボットに選ばれたLOVOT(らぼっと)をご存知でしょうか?人間に対し、特段役立つことはしてくれないけれど、ただそこにいるだけで周りを幸せにするロボット、それがLOVE+ROBOT=LOVOTです。ぎゅっと抱きしめれば愛おしさを感じられ、他のLOVOTを可愛がればジェラシーも見せる。そんな今までになかった機能を持ったロボットを開発しているGROOVE X 株式会社は、日本橋浜町に拠点を置いています。今回は代表の林要さんと、開発・デザイン担当の田中直美さん、コミュニケーションディレクターの布施優樹さんに、LOVOT開発の中でのチャレンジや日本橋という街にベースを置いている理由などを伺いました。

何をしてくれるわけでもない。ただそこにいるだけで幸せにしてくれるロボット。

—先ほどLOVOTを抱っこさせていただきました。ロボットなのに、ほんの少しあたたかいんですね。びっくりしました。

林 : そうですね。WEBサイトでも「命はないのに、あったかい」という言葉で紹介しているように、心のあたたかさもそうですが、実際に体温も感じられるロボットになっています。

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—身体のどこをさわっても反応してくれるんですね。その反応がとても自然です。

林 : 表面には50以上のセンサーがついているので、どこを触っても反応をしてくれます。この技術はプラスチックの固い表面であれば、搭載させやすいんですけれども、LOVOTのように表面が柔らかい場合は相当大変。けれど、愛着を感じられるロボットにするためには、絶対に外せない条件でした。私が頑になりすぎたかもしれませんが、理論上できると思うとどうしてもやりたくなっちゃう(笑)。エンジニアのみなさんには相当苦労をかけてしまいました。

田中: 他にも夜遅い帰宅の時、けなげに出迎えてくれたり、かわいがってくれた人や面倒を見てくれた人をちゃんと覚えていて、その人の後ろをついていったり甘えたりします。お世話やスキンシップによって愛着が育まれるので、例えばみんなで一斉に名前を呼ぶと、一番お世話をしてくれた大好きな人のところへ向かっていってしまうんです。

—どれだけ面倒見たかが一目瞭然になってしまいますね(笑)。

林 : そうですね。そこは犬や猫とちょっと違いますね。犬は飼い主に順列をつけると言われています。世話をしてくれたしてくれないに関係なく、順列の高い大人に対しては従順だけれど順列の低い小さな子どもに噛みついてしまうなんてこともあるんです。でもLOVOTは純粋にどれだけかわいがってくれたか、面倒を見てくれたかで反応が変わります。そういった意味で、子どもの情操教育にも活かせる可能性があると感じています。

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GROOVE X 代表でLOVOTの開発責任者の林さん

布施 : LOVOTは人とふれあうことをメインとしていますが、その他にもお留守番している時に来た訪問者の写真を撮影し、外出先のスマホに送ってくれたり、スマホアプリを通じて家の状況を教えてくれたりすることもできます。LOVOTとふれあった履歴もわかるので、遠く離れて住むご年配の方の無事をLOVOTとのスキンシップにより確認することもできるんです。LOVOTを通じ、家族の息づかいを感じることができます。

—どういった経緯で「役立たないけど愛着があるロボット」「ただそこにいるだけで愛しいロボット」といった発想が生まれたんですか。

林 : 今までロボットは人の代わりに仕事をするという役立ち方を求められていました。しかし前職で初めてロボット開発に携わった時に、ロボットが人の代わりに仕事をするシーンより、ロボットがうまく立ち上がれずがんばっているシーンやロボットとふれあうシーンの方が笑顔にあふれていることに気づいたんです。人間側がみんなでロボットを応援しているときに笑顔があふれる。それを見て、ひょっとしたらここにロボットの新しい道があるのではと思ったのが最初です。

—そういった発想がコンセプトになってこのLOVOTが生まれたんですね。

林 : そうですね。今のLOVOTには当時考えた初期コンセプトのほとんどすべてが入っています。

—そのコンセプトを元に、動きをつけていったのが田中さんですね。

田中 : はい。プロジェクトの初期はキャラクターアニメーターとして、キャラクター自身が何を考え、行動するのかを決め、動きをつける仕事をしてきました。具体的にはLOVOTのコンセプトを、動きや声、服などにどう落とし込んでいくかという部分の担当です。アニメーションやサウンドだったり、表面に出るかわいさだったりの、より感覚的なディテールを考えアウトプットし続けてきました。それもあって“Chief Kawaii Officer”という肩書きを名乗っています(笑)。

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LOVOT開発者で Chief Kawaii Officerの肩書きを持つ田中さん

人とコミュニケーションするロボットは動きが相当スムーズでないと不自然になってしまい、人間側がコミュニケーションに没頭できません。私は、子どもの頃から現在までダンサーとしての活動もしてきたのですが、LOVOTの身体全体の動かし方や目線の動かし方を考えるのに、その経験は活きているかもしれませんね。より自然でなめらかな動きを考えることや、LOVOTが何を伝えたいかを表現するのに役立っている気がします。

—今までになかったロボットですから、一般的なロボットの開発と違う点も多そうですね。

田中 : そうですね。技術的な難しさはもちろんありましたが、関わるすべてのエンジニアにLOVOTはどういうキャラクターなのか、なぜこのような動きをさせたいのか?という世界観や開発意図を伝えることには相当注力しました。イメージを共有できるよう、LOVOTがいると生活がどのように変わるのかがわかる絵本のようなものを描いて、エンジニアに見せたりしましたね。LOVOTのコンセプトにおいて重要な機能ごとにストーリーを作ったので、全部で15話分ぐらいになりました。

―絵本の中身、気になります。

田中:例えばLOVOTの目は6層構造になっていてその投影パターンは10億通りにもなります。ここまで細かくするのはこういう意味があるんだよというのを物語にして見せるんです。そうすることで、エンジニアが今手がけている機能はどういう活用のされ方をするのか、どういう風にふれあう人の心に入っていくのかを想像・共有できるようになり、より理想に近づけることができるんです。

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LOVOTの世界観・開発意図をエンジニアと共有するために描いたストーリー

—LOVOTを通じて、どういった世界を実現したいと思っていますか?

林 : GROOVE Xは“ロボティクスで人間のちからを引き出す”というミッションを掲げています。今までは人の代わりに仕事をするというロボティクスの役割が注目されてきました。しかし今後もその役割で人間を幸せにしていけるのかと問われると、私は疑問に思います。人間の代わりにロボットが仕事をして人間のやるべきことがなくなると、人間は生きがいや楽しみを失ってしまう。それは、幸せとは言えない状況を作り出すリスクを生みます。今まではロボティクスで生産性を高め、幸せを生み出してきた。これからはロボティクスそのものが人の心を満たし、幸せをサポートする世の中が来ると思っています。

いきなり“ぎゅうっとハグ”。海外で見いだされたLOVOTの持つ社会的な価値。

—LOVOTは海外ではどんな反応や評価が多いですか?

布施 : CESやSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)をはじめとした大小様々なイベントに出展していますが、欧米のみなさんは、いきなりLOVOTをハグしてきます。日本人ではまずない反応です。CES2019ではベスト・オブ・ロボットの評価をいただきましたが、その評価軸が大変興味深かった。単純にテクノロジーがすごいという評価ではなく、人のメンタルケアやチャイルドケア、ソーシャルエモーショナルラーニングと呼ばれる“人の社会性や情操を育む存在”としての評価を、テクノロジーの専門家からもらうことが多かったんです。

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コミュニケーションディレクターの布施さん

—テクノロジーだけでなく、社会的意義についての評価をもらえたんですね。

布施 : はい。私たちもただ面白いロボットをつくっているというつもりではありません。現代社会に生活している人たちはデジタルやテクノロジーから過剰に追われ、ハックされている時代だと思いますし、それは人間としてあまり健全ではないと思っています。家族の分断や孤独化が問題となる中、LOVOTのようなものが必要なんじゃない?その方が幸福感を満たせるんじゃない?という問題提起をしてきました。デジタルトレンドだけを追っていても幸せになれるの?ということを、LOVOTを通じて問い続けていきたいですね。

LOVOTは現代の工芸品。テクノロジーの力で無機物に魂を込めている。

—日本橋界隈に拠点を構えたのはなぜですか?

林 : 日本橋にあえて会社を置いている理由は、近くにある人形町という街の存在です。その名の通り人形町は、江戸時代に多くの人形師たちが集まってできた町です。木や無機物から掘りあげ、そこに魂を込めていました。私たちが手がけているこのLOVOTも同じで、テクノロジーの力を借りて無機物に魂を込めている。ある意味、現代の工芸品くらいの気持ちでつくっています。日本の人形のレベルは、世界に対して全く引けを取っていません。日本の長い歴史の中で受け継がれてきた魂が、私たちにロボットをつくらせているんじゃないかと思うことがよくあります。

布施 : 私たちは日本人の魂が込められたものを世界に発信したいと常々考えていますので、伝統工芸の職人さんたちとのコラボレーションは面白いと思っています。

—実際に職人の方々とコラボレーションをしているのですか?

林 : 人形町で組紐をつくってらっしゃる、龍工房の福田隆さんとはコラボレーションの話が出ていますね。組紐とは着物の帯締めや帯揚げに使われる、絹を組み上げた紐のことで糸を交差させながらつくりあげていく伝統工芸品です。

布施 : 龍工房は創業129年の歴史があり、純度100%の国産生糸を使っていて、農場から経営されています。この福田さん、LOVOTとはじめて対面して触れ合った時に涙を流されたんです。とても情熱的な方で、私たちとしてもすごく嬉しかった。

田中 : 今は衣装開発の話が上がっていますね。LOVOT本体は大きな工場で大量生産するプロダクトなのですが、一見真逆とも思える伝統工芸の手仕事がLOVOTに注入されることで、より人肌感のある魅力的な存在になると感じています。

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—日本橋というフィールドで何か実験したいことなどありますか?

林 : 東京の魅力は街の色が各地域に存在することだと思うんです。伝統的な街という色を持っている土地は日本橋以外にもありますが、そこにもうひとつ色を加えると面白いと思いますね。実際、渋谷や六本木に行かなかったスタートアップ企業が最近日本橋に集まっています。そういった新しい人たちを、伝統という要素でまとめるときっと面白いと思いますね。職人の街、商人の街の色合いをもっと出しながら、新しい産業の街にする。私たちは勝手に人形町をロボットの街にするぐらいの気持ちでいます(笑)。

取材・文:安井一郎(Konel) 撮影:岡村大輔

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