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2019.11.19

伝統的な暖簾に若者の感性で挑む。nihonbashi β2期クリエイターが語る「めぐるのれん展」制作秘話。

伝統的な暖簾に若者の感性で挑む。nihonbashi β2期クリエイターが語る「めぐるのれん展」制作秘話。

江戸時代の日本橋を描いた縦43.7cm、横1232.2cmの長大な絵巻「熈代勝覧(きだいしょうらん)」。当時の繁栄を後世に残す目的で制作されたと伝えられ、江戸一の問屋街であった日本橋通とそこを行き交う人物が克明に描かれています。日本橋通で商いをする店の屋号や商標が書かれた暖簾が連なる日本橋、その賑わいを現代に再現すべく、全長160m以上にもおよぶ大規模な暖簾の展示イベント「めぐるのれん展」が、COREDO室町テラス地下のプロムナードにて開催されました。

著名なクリエイターや日本橋に本拠地を置く企業とともにオリジナルの暖簾制作に挑んだのは、若手クリエイターと日本橋をつなぎ、日本橋の未来をつくる共創プロジェクト「nihonbashi β」のデザインコンペで入賞を果たした5組の若手クリエイターたち。「めぐるのれん展」への参加を通じて日本橋の街をどのように表現し、そしてこのプロジェクトを通じてクリエイターとしてどのような飛躍を目指しているのでしょうか。参加クリエイターの皆さんに作品のコンセプトや制作過程についての質問にお答えいただきました。

異なるモチベーション、異なる視点で「日本橋」を表現したクリエイターたち。

―まずは、皆さんの自己紹介と制作された作品のコンセプトについて教えてください。

Color Fab大日方伸さん(以下、大日方): 私たち「Color Fab」は、慶應義塾大学田中浩也研究室に所属するデザインエンジニアリングチームで、高盛竜馬、木下里奈とともに“3Dプリンターを活用してどのように新しい色彩表現を生み出すか”を研究テーマに掲げて活動しています。 今回制作した作品『藍から藍へ』は、表面の凹凸と特殊なデジタル着色によって、左右どちらから見ても白→藍へ向かうグラデーションののれんとして、3Dプリンターで制作しました。インスピレーションのもとになったのは、江戸時代の頃の日本橋の賑わいを描いた絵巻物「熈代勝覧」です。これを初めてみたとき、藍色一色に染まったのれんが連なる様子に、お店同士のつながりや街全体のつながりを感じ、通常はお店の中と外を繋ぐものとして認識される暖簾には、横のつながりを生み出す機能もあるんじゃないかと思いました。そこで、藍の部分と白い部分が横方向にグラデーションすることによって横のつながりを強く意識できるような暖簾、新しい日本橋の街のつながりをイメージできるような暖簾を制作したいと思い、この作品に行きつきました。

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Color Fabの作品『藍から藍へ』

西川礼華さん(以下、西川):普段は画家として滋賀県を拠点に活動しています。今回制作した暖簾『降りつむ色』では、自分自身が色に対して思っていることを表現しようと思いました。生まれ育った土地の「色」というのは人々の根底に刻み込まれているような気がしているんです。私自身、無意識に描いていた色彩が、故郷の自然の色ととてもよく似ていたという経験があって。そういった感覚をもとに、日本橋にも、同じように“根付く色”が必ずあるのではないかと考え、日本橋に暮らしている人々、日本橋で働く人々の中に刻み込まれている色や空気感を表現したいと思いました。日本橋を訪れて強く印象に残ったのは、川を中心とした景色でした。日本橋をずっと見守ってきた川にこそ、“土地に根付く色”が蓄積されているのではないかと考え、街に反射した色や、水・空気の揺らぎを暖簾に表現しました。暖簾の色を通じて、人々の奥底に眠る色の記憶に響いてくれたらと考えています。

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西川礼華さんの作品『降りつむ色』

鈴木智子さん(以下、鈴木):普段はグラフィックデザイナーをしています。今回の作品『軌跡』は、企画段階で参加した、日本橋の街歩きでうかがったお話が元になっているんです。日本橋は上空に首都高速道路が掛かっていて、その首都高速道路の側面に「日本橋」という銘板がついているのですが、それによって「首都高自体を日本橋だと勘違してしまう人が多い」という話を伺ったことがとても印象に残っていました。

改めて調べてみると、首都高は日本橋の景観を壊しているという意見も多く、あまりいい印象を持たれていないんですよね。しかし、江戸時代から続く日本橋の長い歴史の中で、この“首都高が掛かる日本橋の景色”も日本橋の歴史のひとつではないかと思ったのです。そう考えて日本橋の空を見上げたとき、“首都高を走る車のライトの光跡が日本橋を照らしている景色”を想像し、その光景を暖簾で表現したいと思いました。

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鈴木智子さんの作品『軌跡』

NO/SE中野拓朗さん(以下、中野):私たちは同じ空間系の会社の同期で、今回の企画をきっかけにクリエイティブユニットを結成しました。制作した作品『結び街」は、日本橋を代表する老舗店を地図上にプロットし、それらを線で結んだものを暖簾のデザインとして採用しました。線と線を結ぶとできる新しい交点が、新しい賑わいを生み、未来の日本橋が作り上げる。そんな風に考え、デザインに落とし込んでいます。中央部分の丸い透かしの穴は、エリアとしての日本橋を表しながら、暖簾の内と外を繋ぎたいという考えも反映させています。

NO/SE勢古口遥さん(以下、勢古口):暖簾は、お店の看板、お店の広告的存在であり、街の人に見つけてもらうための機能をもつものなのではないかと考えていました。加えて、暖簾そのものが、おもてなしの表現として、新しく街にいらっしゃる人やアイデアを受け入れる、というメッセージも持っていると思いましたので、この作品が日本橋という街が外と繋がるための暖簾になればという思いも込められています。

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NO/SEの作品『結び街』

―今回、なぜデザインコンペに参加されようと思ったのでしょうか。「nihonbashi β」のどのような点に共感できたのかについて教えてください。

鈴木:仕事としてグラフィックデザインをしている中で少しマンネリを感じていて、自分自身で自由に表現をしてみたいと思ったときにクリエイターの友人伝いで「nihonbashi β」を知ったのがきっかけです。私は、出身地である秋田をデザインで盛り上げられるような人になりたいと思っており、“暖簾をデザインして日本橋という街を盛り上げよう”という、「街」と「クリエイティブ」をテーマとした今回の企画に強く共感して、参加しようと思いました。

西川:東京に住んでいる友人から“あなたの描いた絵が暖簾になったら面白いんじゃない?”と、この企画を紹介されたのがきっかけです。普段は紙に絵を描いているので、「暖簾に描く」ということへの好奇心と、「人が行き交う空間に置かれる作品を作る」ということへの興味から参加を決めました。実際に展示作品を見た時、人が潜ったり風によって揺れる様子がとても綺麗で、作品に動きが加わることでこんなにも印象が違うんだとハッとさせられました。

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西川礼華さん

大日方:「暖簾に対する興味関心」と「単なるモノづくりで終わらない面白さへの共感」という二つの理由があります。普段は大学の研究室で新しいテクノロジーを駆使したモノづくりを研究しているのですが、個人的に、新しいテクノロジーだけでは面白いものは生み出せないと常々思っていて…。古くから受け継がれてきた文化と、新しいテクノロジーが結びつくことによってはじめて面白いものが生み出せるのではないかと考えていました。なので、暖簾という伝統的なモノと私たちが研究しているテクノロジーが結びつくと、面白いことができるのではないかと。加えて、一般的なデザインコンペは企画提案で終わることが多いのですが、今回は制作・展示ができるということで、その点も大きなモチベーションになりました。多くの企業やクリエイターが参加し街ぐるみで盛り上がっている中で、自分の制作したものも街の一部として調和していくというところにも、強く興味を抱きました。

中野:もともと私が仕事で日本橋と関わりがあったというのがきっかけです。日本橋の街にとって暖簾が大切な存在であることは日頃から感じていたので、今回の企画を聞いて勢古口を誘って参加することにしました。

勢古口:日本橋という街は元々“大人の街”という印象が強くて学生時代には来たことがなかったのですが、今回の企画に参加するにあたって改めて日本橋を歩いてみて、街の人たちはとても寛容だし、面白いことに挑戦しようとしている人も多いし、そういう一面を知ることができて少し街が身近になりました。

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NO/SEの中野拓朗さんと勢古口遥さん

試行錯誤を繰り返しながら完成を目指した、初挑戦の暖簾づくり。

―暖簾を制作するにあたって、苦労した点やチャレンジした新しい工夫などがあれば教えてください。

Color Fab高盛竜馬さん(以下、高盛):暖簾のような大きなものを3Dプリンターで出力したことがこれまでなかったので、チャレンジの連続でした。一般的に暖簾は布を使って制作されると思いますが、私たちの暖簾はプラスチック樹脂を使って作っています。全てが規格外なので、吊るして風に晒されたときに強度が確保できるのか、実際に吊るすときにどのように支えればいいのかなど、試行錯誤を続けてきました。強度をシミュレーションして実際に3Dプリンターで出力して吊るしてみたら、強度不足で壊れてしまったということもありました。ですが、実際に展示してみたら暖簾そのものが重すぎてしまって、全く風に揺れなかったんです。ちょっとした誤算でしたね(笑)。

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Color Fabの大日方伸さんと高盛竜馬さん

西川:今回、素材に選んだのはちりめん(絹)や染料といった、初めて使用するものばかりでした。描き直しができない一発勝負の制作だったこともあり、扱いに苦労しましたね。薄い色を一筆一筆とても慎重に重ねていきました。作品が非常に大きいので、少し描いたら離れた場所から全体を見渡してという作業を繰り返していきました。ちなみに、制作途中に一度絵皿に乗せた染料をポタッと布に落としてしまったことがあって、それは慌てましたね(笑)。布に染料を塗り重ねながらどのように色の深みや、原画で使用した岩絵具の透過性を生み出していくかというのは、とてもチャレンジングな作業でした。

鈴木:選考の際は企画コンセプトを評価いただいて入選となったので、実際の作品のデザインについては大幅なブラッシュアップを必要とされていました。そのような状況の中で、どうすればコンセプトを体現し、自分が表現したい作品を生み出せるのかとても悩みました。nihonbashi βのスタッフの皆さんにもデザインの詰めの作業や素材選びなどで色々とアドバイスをいただいて、完成させるまで、かなりハードなスケジュールになってしまいましたが、なんとか最後までやり切ることができました。

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鈴木智子さん

勢古口:私たちの暖簾は、生地の中を丸く切って透かしを入れるというデザインだったので、その透かし部分をどう実現するかという点が一番苦労したポイントです。

中野:どうやって透かしを暖簾の中に組み込んで、生地を歪ませずに暖簾としていくか、ということを検討するのはなかなか大変な作業でした。布を切り抜くという作業からして職人さんでも経験のない作業だということで、ヒートカッターを使って自分たちで切り抜きました。そこに制作した木枠と機構を入れて。ただその状態でつるすと布が歪んでしまうので、枠と暖簾は別々の紐で吊るす形をとりました。このアイデアはnihonbashi βスタッフの皆さんからいただいたのですが、その考えがなければ完成させられなかったといっても過言じゃないくらい、助かりましたね。自分たちだけではなかなか発想のジャンプが起きなかったのではないかと感じています。

―ちなみに、今回「めぐるのれん展」に展示されていたすべての暖簾の中で、印象深い作品があれば教えてください。

高盛:NO/SEさんの「結び街」はとても印象深かったです。私たちは3Dプリンターの研究をしているだけあって日頃からモノの形や物質には関心が高いのですが、暖簾とほかの素材が混ざり合って作品を生み出しているところが非常に興味深くて…私たちのチームの中でも話題になっていました。

大日方:四六時中、作品としての暖簾のことばかり考えていたので、ふと街に出たときに目に飛び込んでくる、実際の店舗にかかる暖簾の素晴らしさに改めて気付くきっかけになりましたね。特にCOREDO室町の大暖簾は本当にかっこいいなと。

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COREDO室町のエントランスを飾る大暖簾

西川:皆さんの暖簾はどれも素晴らしく、同じ日本橋というテーマでこんなにも異なる発想の暖簾ができるものなのかと驚かされました。デザインをされる方が生み出す存在感の強さ、デザインの持つエッジの強さはどれも興味深かったです。実は私も大日方さんと同じで、太陽の光を透かしてなびくCOREDO室町の大暖簾がカッコいいと感じていたんです。商業施設の入口に暖簾があることで空気感が変わるというか、古くからある日本らしさが感じられました。

鈴木:私が刺激を受けたのは、矢後直規さんの「縞暖簾」、にんべんさんの「めくる花のれん」、Colliuさんの「幕開け」の三作品です。「縞暖簾」と「めくる花のれん」は、素材を活かした暖簾ですが、まさに私が作品の中でやりたかったことを全てやりきられていて圧倒されました。「幕開け」は、裏から見ると暖簾をくぐる江戸時代の人、表から見ると暖簾から出てくる現代の人という視点がとても興味深く、また、暖簾が持つ特徴も活かした作品となっていて、とても面白いと感じました。

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Colliuさんの作品「幕開け」では表は現代の人々、裏は江戸時代の人々が表現されている

中野:私はJAXAさんの「きぼうの窓(実寸大)」が好きですね。真ん中に紋の代わりに窓をあしらって、裏と表で異なるメッセージを表現されているところが素晴らしいと思いました。

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JAXA「きぼうの窓」では、表は実物と同じ大きさのISS日本実験棟「きぼう」の窓が、裏は「きぼう」内部の様子が描かれている

nihonbashi βで見えた可能性や課題を、これからの挑戦の原動力に。

―今回の経験を今後のクリエイターとしての活動にどう活かしていきたいか教えてください。

勢古口:私たちは二人で作品作りをするのが今回初めてだったのですが、この企画をきっかけにして「クリエイティブユニットNO/SE」として本格的に活動していきたいと考えています。今回日本橋の皆さんと接点を持つことができ、また元々まちづくりに興味があったこともあるので、継続して街に関わるデザインに挑戦していきたいと考えています。

鈴木:多様なクリエイターの方々の暖簾と一緒に私の作品が展示されて、「わたし、まだまだだな」と感じたのが正直なところで、これからもっと頑張りたいと、改めて思いました。ほかのクリエイターの皆さんが作られた素晴らしい暖簾にたくさんの刺激をいただきました。今回、素材選びからグラフィックの表現を考えるというのも初めての経験でしたし、モノづくりのプロセスを考えることもとても勉強になりました。今回の経験で増やすことができたアイデアの引き出しをこれからの仕事やデザインに活かしていきたいですね。

西川:普段はひとりで制作をすることが多い中、今回はnihonbashi βのスタッフの皆さんからアドバイスをいただきながら制作してみたことで、コラボレーションワークの楽しさを実感することができました。これからも、異なる価値観を掛け合わせたコラボレーションワークに挑戦できたらと思っています。それによって仕事のダイナミズムも広がりますし、作品のスケールも大きくなると思いました。また、今回暖簾を制作してみて、空間を彩る作品を作る面白さを体験することができたので、自分自身に限界を設けずに大きな作品、色々な環境での創作活動にも挑戦していきたいと思います。

大日方:普段は研究室でモノづくりをしていて発表の場が校内だったり学会だったりするので、公の場に展示して多くの人に観て触れてもらうという機会は今回が初めてでした。色々な苦労がありましたが、可能性もたくさん感じることができました。これからも色々なモノづくりを世の中に提案していければと考えています。3Dプリンティングの技術が世の中で注目されたときには「形を作る」という観点からの研究が発達しましたが、「色彩を生み出す」という着眼点で研究している人は世界的にもほとんど存在していません。これからも3Dプリンティングの可能性に挑みながら色々な面白いアイデアを実現して世の中に送り出していければと思います。

取材・文:井口裕右  撮影:岡村大輔

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