Interview
2020.08.19

地域に根ざして郷土の魅力を発信する。 おむすびスタンド「ANDON」が育む都会と田舎をつなぐコミュニティ。

地域に根ざして郷土の魅力を発信する。 おむすびスタンド「ANDON」が育む都会と田舎をつなぐコミュニティ。

お昼は秋田のお米を使ったおむすびを提供し、夜には秋田のお酒も楽しめるお店として2017年に日本橋にオープンしたおむすびスタンドANDON。五街道の起点であり、郷土の魅力を発信するアンテナショップが点在する日本橋エリアにおいて、主に食という切り口から秋田を伝えてきたANDONは、上層階に本屋やイベントスペースなどを擁し、多様な人たちの交流を育むコミュニティスペースとして地域に愛される存在になっています。この4月には、下北沢の新商業施設「BONUS TRACK」内に2号店をオープンさせたANDONの代表・武田昌大さんに、これまでの歩みや地元秋田への思い、さらに都市と地域をつなぐコミュニティのあり方などについて伺いました。

地元・秋田のお米を届けたい

―まずは、ANDONをオープンされるまでの経緯からお聞かせください。

僕は、ゲーム会社に就職するために秋田から上京したのですが、24歳の頃にシャッター街になっている地元の様子を目にして、秋田のために何かできないかと思うようになりました。そして、青山のファーマーズマーケットで秋田の野菜をボランティアで販売し始めたのですが、もっと農業について知りたいと思うようになり、東京で働きながら3ヶ月かけて秋田の農家さん100人を訪ねたんです。その中で、色々な農家さんがつくったお米がJAに出荷されるとブレンドされてしまうということにショックを受け、単一農家米を販売するために秋田の若手農家3人とトラクターに乗る男前農家集団「トラ男」を結成しました。彼らのお米をECや東京各所で毎月行っていたイベントなどで販売するようになったのですが、徐々に増えていったお客さんたちが集まることができ、自分たちの商品も発信していけるような固定の場所が東京に欲しくなり、お米を主役にしたおむすび屋というアイデアが生まれました。

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農業の担い手が減り続けている中、若手農家が元気に米づくりを続けていけるように流通の変革や販路拡大に取り組むべく、秋田の専業農家3名によって結成された「トラ男」(画像:ウェブサイトより引用)

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武田さんは、トラ男がつくった単一農家米を試食できるイベントを都内各所で定期的に開催してきた(画像:Facebookより引用)

―ANDONはなぜ日本橋にオープンしたのですか?

以前からの知人で、ANDONの共同代表でもある小野裕之さん経由で、日本橋の物件を紹介してもらったこときっかけです。ANDON自体も旧日光街道沿いにあるのですが、日本橋は都市と地方を結ぶ五街道のはじまりの場所で、「旅の最初におむすびを持っていく」というストーリーも良いなと感じました。

―店名の由来についても教えてください。

最寄り駅となる「小伝馬町」という地名が、街道を旅して各地からやって来た人たちの荷物を馬に乗せて運ぶ「伝馬」という江戸時代の制度に由来しているように、かつてこの界隈は地域から東京に入る人たちの入口となる賑やかな場所だったんですね。また、ANDONの所在地である日本橋本町というのはその名の通り、もともと日本橋の中でも中心的な場所だったのですが、商業エリアが昭和通りの向こう側に発展していったこともあり、オフィスの電気が消えると真っ暗になってしまうような街になっていました。とはいえ、この地域には老舗のお店なども多く、ここが日本橋の中心だという誇りを持っている方も多い。だからこそ、本来のらしさが失われつつあるこの街を照らす灯りになりたいという思いから、ANDON(行灯)という名前にしたんです。

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小伝馬町駅から徒歩2分、日本橋の商業エリアにもほど近いオフィス街にあった民家をリノベーションしたおむすびスタンド「ANDON」(画像提供:ANDON)

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ANDONでは、「ライブエンターテイメント」を掲げ、炊きたてのお米を注文が入ってから握る「ネオ寿司屋スタイル」でおむすびを提供している(画像提供:ANDON)

地域のニーズに合わせた店づくり

―ANDONは1Fのおむすびスタンドの他、2Fに本屋、3Fにイベントスペースが入っていますが、なぜこのような業態にしたのですか?

この界隈はオフィス街のイメージが強かったので、最初は飲食だけできれば良いと考えていたのですが、いざ来てみると日本橋には住まわれている方たちも結構いることがわかりました。そこで、ワーカーだけではなく、住民の方たちもフラッと立ち寄れるようにするために、「食べる」だけではなく、「読む」「学ぶ」といった要素も兼ね備えた多機能な場所にしようと考えたんです。

―実際にお店にはどんな人たちが足を運んでいるのですか?

周辺のオフィスで働いているワーカーからこの地域で暮らしている人たち、さらに僕らスタッフのつながりで日本橋の外から来る人たちがそれぞれいます。小さなお店ということもあり、カウンターに座ると隣同士ですぐに仲良くなりますし、日本橋の住民やワーカー、よそ者がどんどん混ざり合う状況があり、そこから新しいプロジェクトなどが生まれるようなこともあります。また、これまでにかなりの数のイベントも開催してきました。例えば、3階で農家さんの話を聞き、2階でお米屋さんに美味しいお米の炊き方を教わり、1階でみんなでおむすびを握るといった全館を使うイベントから、本の著者やローカルプロデューサーなどを招いたトークショーまで、イベントごとにさまざまな層のお客さんが足を運んでくれることで、多様なコミュニティができているように感じています。

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ANDONでは、各地の生産者やローカルビジネスに従事する人、書籍の著者などを招いたさまざまなイベントが頻繁に開催されている(画像:Facebookより引用)

―秋田のお米を売ることからスタートした活動が、気づけば地域のコミュニティづくりにまで広がっていたのですね。

はい。お店を持つということは、その地域に入っていくことだと思いますし、いかに地域に馴染み、必要とされる存在になれるのかということが大切です。単に自分たちのお米をアピールしたり、秋田という地域を発信するのではなく、地域のニーズに合うお店をつくるということを心がけてきましたし、それがローカルビジネスというものだと考えています。

コロナ禍でオープンした下北沢店

―今年の4月には下北沢に2店舗目をオープンされましたが、こちらは「お粥とお酒」がテーマになっていますね。

これも地域の人たちに必要とされる存在になるという話とつながるのですが、ちょうどこのお店は下北沢駅と世田谷代田駅をつなぐ道沿いにあるんですね。通勤のためにここを通る人たちが多くいることが想定されたので、駅に向かう途中で食べてもらえる朝ごはんが提供できると良いなと考えました。とはいえ、ここも小さなお店なので、テイクアウトしやすいものの方が良いだろうということで、これまでのおむすびに加えて、アジアの朝ごはんの定番であるお粥を提供することにして、さらに夜にはお酒も出し、いつ来てもほっと温まるような場所にしようと。

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日本橋のANDONのオープンから間もない頃、後のBONUS TRACKの事業責任者となる小田急電鉄の担当者がお店を訪れたことが、下北沢店誕生のきっかけになったという(画像提供:ANDON)

―オフィス街にある日本橋店に対して、こちらのお店は住宅街の真ん中にあることも大きな特徴ですね。

そうなんです。ちょうど新型コロナウィルスの感染拡大によって地域の外から人が来られなかった状況もあり、地域住民の方との距離感が非常に近く、まだオープンから数ヶ月しか経っていないのですが、早くも常連さんだらけです(笑)。また、この辺りは夕方になるとワンちゃんのお散歩をしている方が多いということも日本橋とは違う点で、開店初日にそれに気づいて翌日にはワンちゃん用のおむすびを試作し、3日目から販売したらよく売れました。

―凄い観察力と実行力ですね!

それが地域に馴染むということなのかなと思っています。いまではワンちゃんの常連さんもいますよ(笑)。

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―お話にあったように新型コロナウィルスの感染拡大期にお店をオープンされましたが、そこにはどんな思いがありましたか?

正直、何が正解なのかわからない中で準備を進めていたのですが、地域の方たちもこのBONUS TRACKという施設に対して期待してくださっていましたし、住宅街にあるからこそ、地域の方たちが散歩などに出られた時にテイクアウトできるお店が必要なのではないかとも思ったので、予定通り4月1日にオープンしました。いざお店を開けてみると、当初はテイクアウトのみの短縮営業だったにもかかわらず、1ヶ月で1200人ほどのお客様に来て頂くことができました。

―奇しくもこのコロナ禍によって、「地域に必要とされる」ということが飲食店にとってますます重要になっているように感じます。

これからは自宅から歩いていける範囲での消費活動が活発になり、言わば「ウォーカブル経済圏」というものが注目されるのではないでしょうか。その時に飲食店として重要なのは、毎日足を運んでもらえる場所であるということで、そのためにもいつ来ても新鮮で、常に何か新しいことが起きている状態にしておきたいと考えています。それもあって最近は2、3日に1回は新しいことをすることを自分に課していて、お店のメニューがどんどん増えています(笑)。下北沢店で最近始めた「爽やかなヤツ」という冷やし麺も、暑いから麺が食べたいというお客さんの声を聞いてすぐにつくりましたし、このお店では200m圏内であればお米の配達もしていて、近くの人たちに愛されるお店になるということを強く意識しています。

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秋田産の“トラ男米”を使うことはもちろん、秋田の名産「比内地鶏」の出汁を使ってつくられる旨みたっぷりのお粥(画像提供:ANDON)

「地域発信」の新たなカタチ

―一方で、住民やワーカーが入り交じる日本橋の「おむすびスタンドANDON」を、これまで以上に地域から愛されるお店にしていくために考えていることがあれば教えてください。

ワーカーの方たちに対してお昼ごはんを提供していくということはこれからもしっかりやっていきたいですが、イベントの開催が難しくなってきている中で、2、3階については使い方を変えていくことも検討中です。例えば、3階で整体などをできるようにして、まずは疲れている体を整え、1階で美味しいものを食べて帰ってもらうというように、心身ともに元気になれる場所としての機能を高めていくなど、いまの時代に合わせて少しずつ変えていきたいと考えています。また、最近は小伝馬町界隈にも面白いお店が増え始めているので、これらが点から面になれるような取り組みを通して、街全体を活気づけていくようなこともしていきたいですね。

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新型コロナウィルスの感染拡大を受け、しばらく営業を停止していた日本橋のおむすびスタンドANDONは、換気、アルコール消毒、スタッフのマスク着用などの対策を取りながら、7月6日より営業を再開している(画像:Facebookより引用)

―日本橋には全国各地のアンテナショップが点在していますが、お店を通じて秋田の魅力を発信していくという点に関してはいかがですか?

もともと日本橋のお店では、空間全体を通して自然に秋田というものを感じてもらいたいという思いが強かったので、自分たちから進んで秋田のことを語らないようにしていたんです。どこかで「秋田の郷土料理のお店です」とか、「秋田の魅力を発信するアンテナショップです」と言うことがカッコ悪いと思っていたところもありました。でも、下北沢店の方は僕が店長をしていることもあり、色々なことを全部説明してしまうので、結果的に「秋田推し」全開のお店になっていて(笑)。でも、ここで秋田のことを語っていると、お客さんが喜んでくれていることを感じるんです。それなら日本橋の方でももう少し自分たちから伝えていこうかなと思うようになったし、日本橋にも世田谷にも秋田のファンを増やしていけると良いなと。

―地域の日常に溶け込み、顔が見えるコミュニティに対して郷土の魅力を伝えていくANDONのあり方には、従来のアンテナショップ的な地域発信にはない可能性を感じます。

ANDONのメニューには、「ぼだっこ」や「だまこ汁」など秋田の家庭料理もあるのですが、これだけ聞いても何のことだかわからないですよね(笑)。でも、常連さんたちは普通に「ぼだっこ、ひとつ」と注文してくれて、そういうことに日々感動しています。お客さんに秋田の言葉を使ってほしくて、あえてこれらをメニューに入れているところがあるのですが、それまでは知らなかった言葉を日常的に口にしてもらうということがとても大事だと思っているんです。また、僕はよく「おむすびはメディアだ」と言っているのですが、中に入れる具材を通して地域の魅力を伝えられるこの媒体をうまく使って、このお店から秋田に限らず、全国の良いものを集めて発信していけると良いなと考えています。

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ANDONでは、「ぼだっこ」(秋田の塩鮭)や「いぶりがっこ」など秋田ならではの食材や料理にも出合える(画像:Instagramより引用)

都市にいながら地域とつながるコミュニティ。

―武田さんは、秋田県五城目町にある古民家を「村」に見立てて再生するプロジェクト「シェアビレッジ」も進められていますよね。ANDONのように都市で地域の魅力を発信していくことにとどまらず、都会と田舎をつないでいくことが武田さんの大きなテーマになっていそうですね。

はい。秋田県は人口減少率、高齢化率ともに日本一で、これから圧倒的に人が減っていく中で、外の人たちとつながらなければ成り立たない地域なんです。そういう場所に生まれ、いまは東京で暮らしている僕にできるのは、秋田と東京のブリッジになること。東京に拠点を置いて秋田を発信することと、秋田に戻って外から人を呼ぶことを両方やっていくことが大事だと思っています。秋田でつくったお米をANDONで食べてもらい、それをきっかけに秋田で稲刈り体験をしてもらうなど、都会と田舎を行き来し、循環が生まれるようなコミュニティをつくっていきたいんです。

―ANDONには、シェアビレッジの村民(会員)が集える「村役場」という位置づけがなされていますよね。

そうなんです。逆にANDONの常連さんがシェアビレッジの村民になってくれて、秋田に行くというようなことも起こっています。最近は秋田に限らず日本各地で移住促進、観光振興が叫ばれていて、あらゆる地域がラブコールを送っている状態ですが、これに応えるための選択肢はこれまで、現地に足を運ぶことしかありませんでした。でも、それはなかなかハードルが高いですし、都市にいながらにして地域と関われる機会がもっとあってもいいと思うんです。シェアビレッジでは、都会で暮らしながら「村民」になることを「ゆるいスタート」にしてもらいたいという思いがあったし、ANDONにしても秋田に行ってみよう、移住してみようという行動につながる入口となるような場やコミュニティでありたいんです。

シェアビレッジ2

秋田県五城目町にある解体寸前の古民家を再生した「シェアビレッジ町村」。年間 3000円の「年貢」を払えば誰もが村民になることができ、現地に「里帰」してさまざまな田舎体験や宿泊ができるほか、村民同志が集まる都市部での飲み会「寄合」も開催されるなど、ユニークな制度で都会と田舎をつなぐコミュニティづくりを行っている(画像:ウェブサイトより引用)

―都市で暮らしながら特定の地域を身近に感じられたり、愛着を抱いている地域を支えていくという考え方や仕組みは、コロナ禍で移動が制限されているいま、ますます注目されそうな気がします。

シェアビレッジでは、村に関わる人たちを全国各地に増やし、「100万人の村」をつくることを目指してきたのですが、次第に最適なコミュニティの大きさは100人くらいなのかなと感じるようになりました。コロナ禍で一旦ストップしている香川県の「シェアビレッジ仁尾」などもそうですが、各地域を熱量のある100人くらいがそれぞれ支えていくような仕組みをつくっていくことで、より濃い都会と田舎の関係がつくっていけるのではないかと考えているところです。

―急速に普及しているオンラインのコミュニケーションツールを活用していくことで、より可能性は広がりそうですね。

そう思います。今年はコロナの影響で秋田の夏祭りが軒並み中止になってしまったので、8月からはANDONの2つのお店で過去の「竿燈まつり」などの映像を流しながら、秋田のお酒と料理を楽しむイベントをしようと画策しています。また、コロナ禍でスタートしたオンラインショッピングの定期便でもお米や食材のみならず、秋田の風景を収めたカレンダーなどをセットでお届けしていて、現地に行かずとも秋田を体験できるような企画に積極的に取り組んでいきたいと考えています。

ネットショップ

ANDONのオンラインショップ「なまはげ印のお米やさん」。秋田のお米をはじめとするさまざまな食材が楽しめる定期セットをメインに、店頭で扱っている海苔や味噌などの個別販売も行い、オンライン配信イベント「なまはげショッピングチャンネル」も開催している(画像:ウェブサイトより引用)

取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔

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