Interview
2021.03.18

東北とのご縁をきっかけに誕生した「わたす日本橋」。6年間の交流の中で紡いできた思いとは。

東北とのご縁をきっかけに誕生した「わたす日本橋」。6年間の交流の中で紡いできた思いとは。

2015年3月に東京・日本橋にオープンした交流と情報発信の拠点、「わたす日本橋」。東北の魅力を伝える企画・催しや、現地との交流、子ども・若者に関する取り組みなど、さまざまな活動を行っています。また、東北の食材を使ったおいしい料理が楽しめる場としても人気を博しています。そんな「わたす日本橋」が、誕生から丸6年となる2021年3月3日、移転プレオープンを迎えました。これまでの歩みを振り返るとともに、新店舗の特徴や今後目指すことなどについて、立ち上げメンバーである三井不動産株式会社ビルディング本部の宮崎さち子さんに話を聞きました。

東北の魅力を発信し、フラットな関係での相互交流を生む場を、日本橋に

―交流と情報発信、そして飲食の場でもある「わたす日本橋」。誕生の背景についてお聞かせいただけますか。

南三陸町には、最初は2011年にボランティアとして訪れたのですが、一度で町の皆さんのことが大好きになり、その後も通うようになりました。そのうちに、そのご縁が会社の仲間にも広がっていき、2014年春に会社の有志で南三陸町にお邪魔する研修がスタート。参加した社員たちは、現地での体験やさまざまな出会いを通して、「大切なのは、“支援する”ことではなく、交流を生み人の輪を広げていくことだ」と考えるようになりました。同年秋にプロジェクトチームが立ち上がり、まずは、東北の情報を発信し相互の交流とつながりを広げていく場所をつくることになりました。そうして生まれたのが「わたす日本橋」です。

旧わたす外観(上部をトリミング) (1)

「コレド日本橋」の隣にあった「わたす日本橋」の旧店舗。2015年3月3日にオープンし、再開発に伴う移転のため2020年9月16日にクローズした(わたす日本橋Facebookより)

―「わたす」という言葉は素敵な響きですね。どのような意味や思いが込められているのでしょうか。

「わたす」は「橋渡し」の意味で、「いろいろな人の橋渡しをする」「東北と日本橋をつなぐ橋渡しをする」「人と未来に心の架け橋をわたす」という思いが込められています。南三陸町ご出身の方に「『わたす』には贈るという意味もあるね」と言っていただいたこともうれしかったです。

―さまざまな思いや願いが込められた「わたす日本橋」ですが、運営にあたって大切にされていること、心がけていらっしゃることは何でしょうか。

「わたす日本橋」が生まれたのは震災後の出会いがきっかけですが、“支援”という文脈・スタンスではありません。現地でのさまざまな出会いを通して私たちが触れた、東北の魅力を伝えることを大切にしています。また、困難の中でも力強く生きる町の方々から、私たちは多くのことを教えていただきました。それらのことをひとりでも多くの人に伝えたい、知ってもらいたい。そして、そこから日本中にたくさんの笑顔が広がっていってほしいという思いで、「わたす日本橋」を運営してきました。また、支援する側・される側という関係ではなく、フラットな関係での相互交流を大事にしています。

風景

沖合で暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合うため、世界有数の漁場となっている南三陸町の志津川湾。ぽっこり浮かんでいるのは、南三陸のシンボルである荒島(あれしま)(わたす日本橋公式サイトより)

―なぜ日本橋に開設したのでしょうか。日本橋ならではのエピソードも教えてください。

日本橋は、五街道の起点であることから“はじまりのまち”とも呼ばれていると聞いたことがあります。そんな場所から、震災後に私たちが出会ってきた東北のさまざまな魅力を発信していきたいという立ち上げメンバーの願いもあり、日本橋に開設しました。かつて魚河岸があった街でもあるので、南三陸町など東北の“魚のまち”とゆかりもあります。また、東北新幹線の通る東京駅から歩けるというアクセスのよさも魅力のひとつですね。私たちがとてもお世話になっている南三陸の女将さんが、「わたす日本橋」の開設後まもなく、「時間があまりないのだけど、どうしても一度来てみたくて…」と、お忙しいなか東海道新幹線と東北新幹線の乗り継ぎ時間に「わたす日本橋」にお立ち寄りくださったことが、今でも忘れられません。

そして日本橋は食の街でもあります。老舗も大変多く、「創業50年でも若造」といわれるほどですから、「わたす日本橋」はまだまだひよっこです。ダイニングスタッフたちの間では、「こんなことを思うのは恐れ多いのだけれど、いつか老舗の旦那衆の皆様にも認めていただけたら…」という気持ちも芽生えているようです。その旦那衆の皆様とは、2015年に実施された「日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会 東北復興視察会」にて、南三陸町の視察でご一緒させていただいたこともあります。このようなご縁も日本橋ならではかもしれません。

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「わたす日本橋」立ち上げメンバーの1人で、南三陸町とのご縁のきっかけとなった宮崎さち子さん

地域を超えた相互交流から多くの笑顔が生まれ、つながりが広がる

―「わたす日本橋」のこれまでの活動の中で、特に力を入れてきたことは何でしょうか。

どの活動も大切にしていますが、特に印象深いのは子ども・若者たちとの交流ですね。震災当時南三陸町の中学3年生だった方が「自分たちの町は首都圏に比べてさまざまな選択肢や国際交流の機会などが少ない。生まれる場所は選べないのにズルい。いつかそのギャップを埋めるような仕事がしたい」と話してくれたことがありました。彼女の強い思いが私の原体験のひとつです。以来ずっと「未来を担う若者たちが、住む場所に関わらずさまざまなチャンスを得られるよう、地域間のさまざまなギャップが埋められたら…」という思いで、たとえば、南三陸町立志津川中学校の教室と「わたす日本橋」をテレビ会議システムで結び、交流を続けています。その一環で、生徒たちが撮影したふるさとの写真を集めてコンクールを開催し、選ばれた作品を「わたす日本橋」などで展示しました。

南三陸パネル

「わたす日本橋」で行われた、志津川中学校写真コンクールの写真展示会の様子(わたす日本橋Facebookより)

また、同じく南三陸町の歌津中学校とも交流してきました。2016年10月には、歌津中学校で行われた避難所運営訓練に、「わたす日本橋」のプロジェクトメンバーと三井不動産の防災対策チームが参加させていただきました。その際、先生方から「修学旅行で上京する際に、防災の取り組みについて情報交換をさせてもらえないか」という相談がありました。そして翌年、3年生の生徒16人が「わたす日本橋」を訪問してくださり、三井不動産の防災の取り組みと歌津中学校の防災教育について、情報交換を行いました。その後、2018年・2019年にも修学旅行の一環で歌津中学校の生徒たちが訪れてくれて、私たち「わたす日本橋」の仲間にとって、とてもうれしいご縁が続いています。

集合写真

2018年、「認定NPO法人底上げ」との協働で、「日常をよりよく変化させる“創り手”を育てることで、一人一人の豊かな生き方を実現できる社会をつくる」ための「自分と未来を創る探求所」というプログラムがスタート。東北に縁のある社会人や大学生たちが参加している(「自分と未来を創る探求所2期報告書」より)

―「わたす日本橋」に対する南三陸町の方々の反応はいかがでしょうか。

南三陸町の皆さんが「わたす日本橋」に来られて、「ホッとできる場所だ」「地元の食材がこんな素敵な料理になってうれしい」と喜んでくださったことが印象に残っています。手を取り合って一緒に泣いてきた皆さんにとって、少しでも笑顔が増えるきっかけになれたら…という思いで「わたす日本橋」をつくってきたので、皆さんが「わたす日本橋」にいらっしゃって素敵な笑顔を見せてくださることはとてもうれしく、そして私たちの支えでもあります。

―東北の皆さんとよい関係性を維持する秘訣は何かあるのでしょうか。

秘訣など考えたこともなかったのですが・・・。大事にしているのは、関わってくださる方々をできる限りがっかりさせないこと、そして約束を守ること、でしょうか。今でも心に残っているのが、当時私がお世話になったボランティア団体のスタッフの方々から、「被災された町の皆さんは、これまでもう何度もがっかりしてこられた方々。だから期待だけさせて約束を守らず、がっかりさせるようなことは絶対にしないように」と言われたことです。「また来るね」という約束を守りたくて、そしてそれ以上に、私が魅了された皆さんに会いたくて、気が付けば毎月のように南三陸町に通っていました。

移転オープンした「わたす日本橋」の姿と、今後への思い

―開設から7年目を迎える2021年3月3日に、移転プレオープンを果たされました。新店舗の概要や特徴を教えてください。

新店舗は大きく5つのゾーンに分かれており、目的に合わせてご利用いただけます。エントランスを入ると、東北の逸品が並ぶとともに、さまざまな情報に触れられる「わたすマーケット&ギャラリー」があります。こちらでは、お買い物をしていただいたりギャラリーをご覧いただいたりと、お食事をされない方も自由にご利用いただけます。

入り口

「わたすマーケット&ギャラリー」の様子。エントランスを入って右側のマーケットでは、スタッフが東北で出会った逸品を紹介し、左側のギャラリーでは、これまでの活動の記録や「わたす日本橋」に関わる人々から寄せられたメッセージを展示している(わたす日本橋公式サイトより)

そして東北をはじめとする全国各地の厳選食材を使ったお料理やお飲み物を楽しんでいただけるのが「わたすダイニング&バル」。「東北の魅力を伝えたい」という思いで「わたす日本橋」を開設しましたが、東北の魅力を伝える要素のひとつが“食”です。新店舗でも、東北の海の幸・山の幸を通して、生産者さんの思いやご苦労、一生懸命さなども感じ取っていただけたら…。「わたす日本橋」での食事が、東北に行ってみたくなるきっかけになったらうれしいです。

ダイニング

「わたすマーケット&ギャラリー」を進むと「わたすダイニング&バル」へ。「居間」をコンセプトとしており、南三陸杉を多く用いた内装は温かみを感じさせる(わたす日本橋公式サイトより)

料理

ランチメニューのひとつ「三陸産銀鮭とほうれん草の豆乳キッシュ バーニャカウダソース」(税込み1200円)。旨みが強く脂がのった南三陸産銀鮭、ほうれん草、豆乳でつくったホワイトソースをパイ生地にのせて焼き上げたグラタン風のキッシュは、ボリュームたっぷり(画像提供:わたす日本橋)

さらに、東北をはじめ、食材やお酒に関する本、笑顔になれる本などをセレクトした「わたすライブラリー」、最大12名でご利用いただける個室「わたすプライベートルーム」、大型プロジェクターとスクリーンを備えたイベントスペース「わたすLOOP⁺」があります。新型コロナウイルス感染症が落ち着きましたら、さまざまイベントを開催できればと考えています。

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旧店舗にもあったライブラリーコーナーを拡大した「わたすライブラリー」。南三陸町で出会った株式会社Plot-dとの協働でセレクトした東北に関する本や楽しい絵本、笑顔になれる本、などが並ぶ

また、南三陸町で受け継がれている切り紙細工「伝承キリコ」を守り続けてこられた上山八幡宮禰宜・工藤真弓さんに、「わたすマーケット&ギャラリー」の灯りキリコをデザインしていただきました。そのデザイン原画は「わたすLOOP⁺」に展示されています。キリコの美しさ、南三陸町をはじめとする東北の文化や空気を、「わたす日本橋」で味わっていただけたら、とてもうれしいです。

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「わたすダイニング&バル」の奥の神棚に供えられた上山八幡宮の宮司による伝承キリコ。三陸沿岸部では、天災や飢饉などで神様へのお供え物が用意できないときに、紙を切って作ったお餅やお酒などを代わりにお供えし、祈りを捧げてきた。その切り紙細工を「キリコ」という。中央にあるのは豊漁を願って鯛をあしらった「鯛飾り」で、向かって右がお餅、左がお神酒のキリコ

そして「わたすライブラリー」の向かい側には、南三陸町ご出身の画家・外立とし江さんの絵を飾っています。外立さんは、国内外で多数の賞を受賞されるなどご活躍されており、また南三陸町の復興応援大使でもあります。東日本大震災当時は、町会議長で防災対策庁舎で陣頭指揮をとられていた弟さんをはじめ、7名ものご親族を亡くされました。一時は海の絵を描くことができなくなりましたが、大きな葛藤を感じながらも描き続け、南三陸町の公共施設へ100点以上の作品を寄贈し、これまでに開いた個展の収益を「南三陸町病院・総合ケアセンター」の医療機器購入のために寄附されました。また「わたす日本橋」の開設をたいへん喜んでくださり、絵画を3点寄贈いただきました。描かれた時期によってその色調が大きく変化していくことに、外立さんのお気持ちの変化を感じ、とても心が揺さぶられました。

作品

「わたす日本橋」に飾られている外立とし江さんの作品、『生きる』(画像提供:わたす日本橋)

―移転にあたり、「日本橋から、未来へ、わたそう。世界中へ、笑顔を、わたそう。」という新たなコンセプトメッセージを打ち出されましたね。どのような思いが込められているのでしょうか。

根本にある思いは当初と変わりませんが、これまでの東北をはじめとする各地との交流をルーツとして大切にしながら、さらにその幅を広げて国際的な交流も積極的に行っていきたいなと。排他的にならず、より多くの人々に向けた発信を行い、たくさんの笑顔のために、未来や世界へつなぐ橋渡しとなれたらうれしいです。

―「わたす日本橋」がこれから目指すこと、やってみたいことなどをお聞かせください。

先ほど、南三陸町は首都圏に比べてさまざまな選択肢や国際交流の機会などが少ない、という声を紹介しましたが、逆に、南三陸町でしか体験できないこともあります。仮設住宅の子どもたちと一緒に遊んでいると、町中を流れる川で魚を手づかみするなど「豊かだなぁ。うらやましいなぁ」と思うことがたくさんありました。きっと東京の子どもたちが目を輝かせるであろう楽しいことが、南三陸町にはあふれています。同じ国の中に、都会ではなかなか経験できない日常があるということを、東京の子どもたちにも知ってもらえる機会を、いつの日か「わたす日本橋」でつくることができたら…と思っています。

そのような相互交流に力を入れていく一方で、日本橋という地域に根差した拠点になりたいとも思っています。おかげさまで開設から6年が経ちましたが、日本橋という歴史と伝統のある町では、まだまだ赤ちゃんのような存在です。日本橋の大先輩方にいろいろと教えていただきたいですし、ありがたいことに「一緒に何かやりましょうよ!」というお声がけをいただくこともあるので、もし今後、日本橋ならではのコラボレーションが生まれたら素敵ですね。

新店舗外観(四方トリミング)

日本橋三井タワー2階にある「わたす日本橋」の新店舗。開放的なエントランスが特徴だ(わたす日本橋Facebookより)

取材・文:小島まき子 撮影:岡村大輔

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