Interview
2021.03.17

街に新しい人を呼び込む拠点を目指して。 「GROWND」から広がる、新しい飲食店の形。

街に新しい人を呼び込む拠点を目指して。 「GROWND」から広がる、新しい飲食店の形。

2020年12月、日本橋室町1丁目にオープンした「GROWND」。3階建てビルの各フロアにはそれぞれ個性的なお店が入っていますが、実はこのビル全体がとてもユニークなプロジェクトの舞台です。手掛けているのは建築・空間プロデュースを手掛ける株式会社NOD。1階で直営のホットサンド店を手がけながら、これからどんな未来を構想しているのか?代表の溝端友輔さんにお話をうかがいました。

アイディアをすぐに形にできる環境が作りたかった

─まずはGROWNDとはどんなことをやっている場所なのかを教えてください。

この場所は、もともと「蛇の市」という老舗のお寿司屋さんでした。「蛇の市」さんは2020年に同じ日本橋室町の新店舗に移転されたため、この場所をいわゆる遊休不動産として活用すべく、2年の期間限定で食分野のプロジェクトを展開しています。1階には我々が直営でやっているホットサンド屋の「mm(ミリ)」、2階にはD2C業態のカポックノットというアパレルさんが入っていて、ショールームとして利用していただいています。そして3階は和菓子屋の「かんたんなゆめ 日本橋別邸」が入っています。それぞれリアルな店舗だけでなくオンラインストアも展開していて、それぞれの店舗で扱っているものをECで購入することもできます。

─この場所を立ち上げるまでにはどんな経緯があったのでしょうか?

この物件を手がけることになったきっかけは、渋谷の神泉でNODが関わっていたプロジェクトです。神泉の大通りにある一棟ビルのオーナーさんから、期間限定で企画とスペース活用をしてくれないかという相談を受け、半年間だけのフードコート・プロジェクトの立ち上げを不動産企画の領域でサポートしました。東京で飲食店を出すのって、様々な制約やコストなどの面でとてもハードルが高いんです。そこで若い事業者さんでもリスクを低く出店できるよう、NODが独自の賃料の仕組みを作り、キッチンや客席などの環境を整備したうえで場所をお貸しし、出店してもらうという形にしました。その取り組みをきっかけに、三井不動産さんから日本橋のこの場所で何かやらないかということでお声がけをいただいて、GROWNDの企画が始まりました。

ツカノマ

─「GROWND」という造語にはどんな意味がこめられているのですか?

Grow(育つ)とOwn(自分ごと)、Ground(場)と3つの言葉をかけ合わせたものです。主体性や個性が育つ場所、という意味でつけました。デジタルとリアルの2つをシームレスに行き来でき、お店にいても、家にいても、街にいても、その「場」と自分との距離が近くなり、「あのお店に行きたい」という愛着と目的を持って日本橋に来てくださるお客さんを増やしたい。そしてお客さんとともにお店が成長していける環境を作りたいと思っています。

─GROWNDはお店を始めたいと考えている人にとって利用しやすい場所になるよう工夫されているのだとか。具体的にどんなことをされているのですか?

設計の仕事をしていると、お店をやりたいっていう相談をすごく受けます。でもいざ物件情報を送ると「やっぱり高いな、やめておこうかな。」って諦められてしまうことが多い。そこで僕は「最適な環境はこちらで提供するからあとはやるだけの状態だよ、なんでやらないの?」と言えるようにしたくて、この場所を作りました。

飲食店を始めたいと思った時に、ネックになるのは初期コストの高さや、リスクと制約が多すぎることなんです。今、飲食店を始めたいという同世代の方からよく聞くのは、座席数×単価でいくら稼ぎたいということよりも、お店をやることによって社会的な課題を解決したいとか、コミュニケーションの場所を作りたいということなんですね。そんな風にお店をやる目的は多様になってきているのに、不動産の借り方やお店の作り方には柔軟性がない。そういった課題に向き合い、これからの新しい飲食店のあり方を実証する場がGROWNDです。

GROWNDの1階と3階は飲食営業許可と食品の製造業許可も併合で取得していて、設備も厨房機器も手配してあります。ベースの内装も作ってあるので、それをそのまま使えば開店時の初期費用は特になく、すぐにでも始められる環境です。EC用の食品も製造・パッケージングできますから、店舗だけでなくオンライン販売や卸売りもできます。こうして2つのキャッシュポイントを作ることで、自分のやりたいことやブランドにフォーカスした上で運営できる環境を整えました。

─そんなGROWNDのコンセプトに共感して現在入居されている2階・3階のお店についても教えてください。

2階にはD2C業態のカポックノットというアパレルさんが入っていて、ショールームとして利用していただいています。試着をしていただいたり、スタッフが商品を説明したりする場所です。基本的な販売経路はオンラインで、ここで実物を確かめて気に入ったらオンラインストアで買う(店頭での決済も可能で後日配送)という形になっています。

カポック

3階には渋谷で人気の和菓子店「かんたんなゆめ」さんに新業態として入っていただきました。「かんたんなゆめ」さんは夜にお茶とお酒と和菓子が楽しめるバーとして営業しながら、並行してオンラインストアで和菓子の販売もしています。3階は製造業許可も取ってあるので、バータイムの営業終了後は夜な夜なEC用の和菓子を製造されているんですよ。

和菓子

ホットサンドをメディアに、街の魅力を発信していく

―1階のホットンサンド屋「mm」は、NODさんが直営で営業されているとのこと。ここはどんなお店なのですか?

「mm」はその時々でメニューが変わるホットサンド屋です。現在、地方の食材を取り入れたメニューが3種、地元日本橋のお店とのコラボメニューが1種の計4品を提供しており、毎月2品が入れ替わります。会計は完全キャッシュレス決済で、アプリから事前注文してお店では受け取るだけ、というサービスも提供しています。アプリを通してお店の情報を来店前に知っていただくことで、購入時のノイズが極力少なくなるような設計にしているんです。

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地方コラボ・鹿児島県指宿産の鰹節を使ったバインミー風サンド

─もともと建設や設計が専門のNOD が、どうして飲食店をやってみようと思ったのですか?

NODで飲食の企画・設計に携わる機会も多いのですが、より運営者側の視点を持って設計したいなとずっと思っていたんです。運営側のことをわかっていない人間が設計しても、ユーザーにとって本当に使い勝手のいい施設にはならない。僕は20代前半の頃に新築の一軒家の設計をやったことがあるのですが、結婚もしていないし子供もいないのに家族向けの一軒家を設計するのはすごく苦しかった。なので、飲食店の設計をするなら一度自分でも飲食店をやってみないといけないなと。もともとは1階も他のテナントさんに入ってもらおうと考えていたのですが、これは自分たちで飲食店をやる良いチャンスだと考えて、「mm」を始めました。

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NOD代表の溝端さん。mmのカウンターにはお寿司屋さんの面影が残る

─とはいえ老舗寿司店の跡地にホットサンド屋がやってきたとなれば、驚きで迎えられたのでは?

たしかにこのあたりでは異色の店舗なので、最初は怪訝な目で見られたりはしました(笑)。でもホットサンドは日本でも馴染みのあるサンドイッチに近いメニューなので、すぐ受け入れていただけましたね。蛇の市さん時代のカウンターを残しておいたことを喜んでくださる方も多いです。もともとのお寿司屋さんだった面影を大切に残しつつ、ホットサンドを提供しているということで街にも受け入れてもらいやすかったのかもしれません。最近は、周囲のお店の店主さんたちがよく来てくれるんですよ。コロナの影響もあって街に人が少ないので、僕らみたいな「日本橋に人を呼び込んで盛り上げていきましょう」っていうスタンスをみなさん前向きに捉えてくださって。集客のアイディアをブレストしながら、一緒にランチを食べたりしています。

─お店の顔となるメニューにホットサンドを選んだのはなぜでしょうか?

このプロジェクトで僕らにお声がけいただいた理由は、オーナーさんに「この日本橋の街で日本橋らしくないことをやって、新しい世代を呼び込んでほしい」という想いがあったから。それで若者にうけるコンテンツはなんだろうというリサーチをして、出てきたアイディアの一つがホットサンドでした。

あとは食自体がメディアとなっていろいろなことを伝えられたらいいなと考えた時に、ホットサンドというメニューは一番カスタマイズ性が高かったんです。日本橋の老舗のお店とコラボしてその味を伝えたり、日本の地域の名産品の美味しさを伝えたりするために、ホットサンドの具材としてそれらを挟んだら面白いんじゃないかと。具材というコンテンツを挟むためのメディアとしてホットサンドが機能する、つまりをメディア化のための“手段”としてホットサンドを選びました。

―ホットサンドをメディアとして活用するというのは面白いですね。具材のセレクトはどのようにやっているのでしょうか?

僕らがこの「mm」を通してやりたいことの一つは、日本橋の豊かな食文化を知ってもらうきっかけを作ることなんです。ホットサンドの具を提供してくださるコラボ先は、基本的に僕らからお声掛けします。自分が実際に食べに行って美味しいものを見つけたら、「これをホットサンドに挟みたいです、ぜひお店で紹介させてください」と先方に営業をかけていきます。

リアルとオンラインを繋ぐことの意義

─もう一つ注目したいのは、オンラインストアです。リアルとウェブどちらでもGROWNDという場所とそこで扱う商品が楽しめるようになっていますね。

コロナで街に人が減っていることもあって、エリア全体をまとめたDXに取り組み、たとえば共通のECサイトを作るようなことができないかという相談をしていたこともありました。しかし街として、面として取り組むことにはハードルもあるので、まず自分たちがやってみせようということでGROWNDをやっている部分もあります。ここがロールモデルとなって、他の日本橋の飲食店さんにもDXが普及していけばいいなと思っています。

ECサイト

ECサイトからは店頭で購入するものの予約ができるほか、物販品を自宅に送ることもできる(GROWND EC サイトより)

─街という単位でのECがたくさんあったら楽しそうですね。

普通の飲食店がデジタル化したところで、オンライン専用のECサイトには絶対に勝てないと思うんです。どうしてもお店で作りたてを食べるより味は落ちるし、ECの専業でもないのでコスパも悪い。そう考えると、エリアごとキュレーションして売っていくのが正解な気がして、日本橋の街をオンライン上に再現してフードアソートを作ったらどうだろう?と。

NODは社内にエンジニアもいますから、スピード感を持って開発ができます。先ほどもお話した通り、GROWNDは製造業許可も取得しているので、参加したい店舗のEC商品の開発をサポートし、2年後には数十店舗の店舗が入るオンラインストアになればと思っております。

日本橋の個性を最大限に引き出すために。GROWNDの今後

─これから飲食をやろうと思っている人にとって、日本橋という街はどんな場所でしょうか?

どんどん街に人が新しく入ってくる、いい意味で変わっていく街だと感じています。アクセスの良さの割に商業ビルのテナント賃料も安いし、オフィスビルも多いので街自体に人がちゃんといて、渋谷などより挑戦しやすいはずなので、出店場所としてはおすすめです。今、若い人がお店に行く動機や導線ってSNSやウェブ、つまりオンラインじゃないですか。最近日本橋におもしろい店舗が増えている理由もまさにそれで、本業のある方が副業として飲食店を作ったりしているのをよく見聞きするんです。そういう人たちはPRが上手でオンラインからのしっかり入口を作れるので、必ずしも渋谷のような人通りがあるところに店舗がなくても構わない。街自体のトラフィックに依存しない業態が集まる街としても、とてもおもしろい場所だと思います。

─溝端さんご自身は日本橋のどんなところに魅力を感じますか?

特に食の領域の老舗が多いのが、他の街と比べた時の魅力の一つではないかと思います。ホットサンド屋では130年続く蛇の市さんとか、170年続く山本海苔さんとコラボさせていただいていますが、いずれも素晴らしい商材を持ちつつ時代に合わせた柔軟性もあるお店だなと思っていて。ホットサンド屋でコラボしたいとご提案した時も、すごく協力的でアイディアもたくさん出してくださり、同世代と話しているのかと思うくらい柔軟な考え方をお持ちの方が多い。だからこそ時代が変わっても支持される老舗なんだなと思いました。事業をやりながら僕自身もこうして街の方々から学びを得られる環境であることが素晴らしいですね。

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日本橋の老舗・山本海苔店とコラボした「鶏そぼろの海苔巻きサンド」

─ご自分でお店を始めてみて、この街の今後の伸びしろはどんなところにあると感じていますか?

日本橋っていいコンテンツがたくさんあるので、お店同士でそれをうまく紐づけられたらもっと面白くなりそうだと感じますね。いいお店は点在しているけれど、街を巡ることを促進する要素があまりない。そこをうまく繋ぐことができれば、エリアを目的に来てくれる人が増えるのではないかな、と。正直、ホットサンドだけを目当てにお客さんにここまで来てもらうのはなかなかハードルが高いと思うんです。いくつかの良い店、行きたい場所がないと来ていただく理由にならないと思うので、その連携をどう構築して魅力的に見せるのかが今後の課題であり伸び代ではないでしょうか。

─最後に、今後の活動計画を教えてください。

僕らはこのGROWNDをきっかけに、これまで日本橋に来たことがないような方に日本橋に来てもらって、この街のファンを増やし、他の店舗さんにも相乗効果を生むような、新しい人の流入を生み出していけたらと思っています。飲食店にチャレンジしやすい場所を提供するという短期的な魅力とともに、長期的にも街にとって価値のある場所を運営していけたらいいですね。2年後にGROWNDという場所はなくなりますが、2年間でアーカイヴされたオンラインストアは続くので、リアルには存在しないけどオンライン上では盛り上がっているという状況になっていたらおもしろいですね。長いスパンで日本橋という街と関わり続けていきたいと思っています。

取材・文:中嶋友理 撮影:岡村大輔

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