Interview
2021.02.26

問屋街に突如現れたコミュニティスペース。“場”が作り出す化学反応とは?

問屋街に突如現れたコミュニティスペース。“場”が作り出す化学反応とは?

日本を代表する問屋街、日本橋・馬喰横山。この街の中心部を通る旧日光街道沿いに、新たなコミュニティスペース「+PLUS LOBBY(プラスロビー)日本橋問屋街」が誕生しました。問屋街という一見クローズドな印象のある場所を、多くの人々に開かれた存在にするため、工夫を凝らしたユニークなイベントが行われているこの広場。+PLUS LOBBYが生まれた背景や彼らが目指す未来の街の姿を、運営を手がける合同会社パッチワークスの唐品知浩さんに伺いました。

街や不動産をもっと“面白がる”対象に

―はじめに、+PLUS LOBBYはどんな施設なのか教えて下さい。

+PLUS LOBBYは、日本有数の問屋街である馬喰横山の活性化を目的として作られた期間限定コミュニティスペースです。問屋街は「一般販売お断り」と張り紙がしてあるお店も多く、基本的には街の住人や業界の外の人と関わることが少ない“閉じた”世界でした。しかし、その世界をもっとオープンにしていこうという街の意向を受け、今まで問屋街と関わりのなかった人たちとの接点を作る場として開業しました。テントやキッチンカーを設け、人が集まりやすい空間で日々さまざまなイベントを実施しています。

02

合同会社パッチワークスの唐品知浩さん。同社での肩書きは“アイディア係長”。屋外映画イベント「ねぶくろシネマ」の実行委員長でもある

―唐品さんは不動産業界ご出身だと伺いました。この+PLUS LOBBYを手がけるまではどんな活動をされていたのでしょうか?

もともとはリクルートで15年ほど不動産情報サイト「SUUMO別荘・リゾート」の営業担当をしていました。長年別荘の魅力に触れてきたのですが、次第に富裕層向けで市場が狭い別荘業界の幅を広げたいと感じるようになり、リクルートから独立して2012年に「別荘リゾートネット」という専門サイトを立ち上げました。このサイトでは別荘をもっと身近に一般の方にも楽しんでもらいたいという思いから、手軽に購入できたり、暮らしを豊かにするような特色ある物件を紹介しています。

その後、ミニマルライフやタイニーハウスを通じた豊かな住まい方を提案しているメディア「YADOKARI」と “小屋部”を作って活動したり、鎌倉で斬新なコンテンツ事業をしている「カヤック」(*)と連携しながら“小屋フェス”を開催したりと、別荘から発展したさまざまな企画やイベントを実施しました。それまであまり不動産業界の発想になかったような、新しい暮らし方を提案してきましたね。
(*イベント開催当時は株式会社SuMiKa)

小屋フェスご提供

2015年に開催された小屋フェスの様子。個性的なフォルムとコンセプトの建築が集まった(画像提供:PLUS LOBBY)

―日本橋では2016年から期間限定のイベントスペース「BETTARA STAND 日本橋」の運営にも携わっていらっしゃいました。

はい。僕らの活動に興味を持ってくださった三井不動産からお声掛けいただいて、YADOKARI と一緒にBETTARA STANDのコンセプト策定をしました。さまざまなジャンルのトークイベントやワークショップなど実験的な取り組みを重ねて、多くの交流が生まれました。不動産から始まった自分の活動が、この頃からだんだんと街やコミュニティを作る活動にも広がっていったんです。

BETTARAご提供 (1)
べったら

日本橋本町の駐車場跡地で2016年〜2018年に限定営業していた「BETTARA STAND 日本橋」“街と一緒に創る・コミュニティビルド”をテーマに実験的な取り組みを多数開催し、エリアの活性化に貢献した (画像提供:PLUS LOBBY)

―BETTARA STANDの過去のイベントレポートを見ると、衣食住やカルチャーなど幅広いテーマに対し、多くの人たちが意見を交わす姿が印象的です。

BETTARA STANDは“神社の境内”をコンセプトに、コミュニティが醸成される起点となることをイメージしました。わたしも当時は「○○を面白がる会」というアイデア出し飲み会を多く開催していましたね。ブレスト会議というものがありますけど、何か課題を解決しよう!と意気込んで議論すると、妙に構えてしまって良いアイディアが出なかったりしませんか?それよりも飲み会で出るアイディアの方がずっと面白いと僕は思っていて。お酒の席の話は忘れてしまいがちというデメリットはあるのですが(笑)、皆が打ち解けて自由に会話する場からは、クリエイティブな意見が出やすいんです。トークテーマも、重く捉えるよりも“面白がる”くらいのスタンスがちょうど良い。課題が共有できると街に一体感が生まれやすいので、いろんな業界の課題をお題にしていました。ここ数年は、課題を抱える街の自治体と一緒にその街を“面白がる”イベントをやるケースも多いですね。

問屋街の出会いの場所「+PLUS LOBBY」

―その流れで馬喰横山の問屋街の活性化にも取り組むことになったんですね。手がけることになったきっかけは何だったのでしょう?

馬喰横山は江戸時代から栄えてきた歴史ある問屋街で、日本一の問屋街と言っても過言ではありません。
多くの建物が街道に面した問屋であり特色ある街並みを作ってきましたが、時代の流れとともに問屋ビルがホテルやマンションなどに建て替えられるケースも増えてきているのが現状です。問屋街としてはこの状況に危機感を抱きつつも共存の道を探っており、街の将来ビジョンとして「豊かなライフスタイルを創造し進化し続ける、問屋を核とした商工住混在都心」を掲げています。とくにここ数年、乱開発を防ぐという意味合いでUR都市機構とまちづくり会社がタッグを組んで、積極的に土地の取得や利活用に取り組んでいます。ただ、問屋以外の人々を受け入れ共存しようにも、なかなか間を繋ぐ人がいない。そういうことで“繋ぎ役”として我々に声がかかったようです。もともとBETTARA STANDのイベントで日本橋横山町町会の町会長さんをゲストにお呼びしたこともあったので、ご縁がつながった形となりました。

―+PLUS LOBBYという名称も特徴的ですが、ここにはどんな意味が込められているのですか?

ホテルの“ロビー”はパブリックとプライベートの中間的な空間で、さまざまな人が出会う場所です。問屋街にロビーのような場所をプラスすることで、問屋街の中と外の人たちに繋がりが生まれていくように、との願いを込めて「+PLUS LOBBY」としました。このあたりはまちづくり会社やUR都市機構とかなり検討を重ねました。結果として、初期コストをかけずテント+キッチンカー+小屋というシンプルな場の構成要素で、開放的な空間を作ることができました。この場所で街に影響度の高い打ち手を考えていきたいと思っています。

―+PLUS LOBBYでは昨年のプレオープンからすでにさまざまな取り組みをされていますが、この街の印象はいかがですか?

まず、すごく良い人ばかりで驚きました。いろいろなところで街づくり団体の方と活動をしてきましたが、馬喰横山は新しいことに前向きな方が多く、僕の提案も好意的に受け取ってくださるのでとても楽しく活動しています。商売人の街だからチャレンジングな気質があるのかもしれませんね。過去にCET(*)という大きなアートイベントを成功させている街でもあるので、“本業の商いをやりながら街のことも考える”という理想的な街づくりの風土がある場所だなぁと思っています。
(*CET:Central East Tokyo 。2003年~2010年にかけて馬喰横山周辺で実施されていたアート・デザイン・建築の複合イベント。地域の協力のもと空きビルなどが展示空間として開放された。)

03

+PLUS LOBBYは、UR 都市機構が所有する土地を地元の街づくり会社が借り受けた場所にある。三者の議論により現在の活用方法が見出され、街への思いが詰まった場所となっている

コミュニティから生まれる数々の街づくりアイディア

―これまで+PLUS LOBBYで開催されたイベントの中で、印象深い企画はありますか? 

「コラボ10」という、企業担当者と一般の方10人の企画会議飲み会をやっているのですが、この初回などはたくさん意見が出て面白かったですね。コロナの影響もあり入居が止まってしまった複合商業施設をどう盛り上げていくか?というのがお題だったのですが、運営会社やビルオーナーも思いつかないようなアイディアが、一般のお客さんや街の人たちから出てくるんですよね。

コラボ10ご提供

「コラボ10」イベントの様子。企業担当者と一般の方が入り混じりフランクに意見が交わされる (画像提供:PLUS LOBBY)

―たとえばどんな意見が出たのでしょう?

お題になった商業施設は、スタートアップや個人がやりたいことを始める場を提供するというコンセプトで、小さな区画を複数の利用者に貸し出す想定でした。これに対し「いきなり借りるのはハードルが高いから、週○日からなど段階的に使える場所にしては?」「ネットショップがリアル出店するためのアドバイスが聞ける場所になったら良い」「ビル自体に特色をつけて、たとえば建築資材のお店だけがたくさん集まる場所にしては?」など、さまざまな角度からのアイディアが出ました。
当日は地元のマンションの住人の方からFacebookの告知を見て来た方、不動産関係の方々など多様な方が出席してくれたのですが、皆が企画側に回ってワイワイ話し合うのはやっぱり楽しいですよね。企業担当者側としても、外からの客観的で率直な意見を取り入れることができることができると好評でした。

―問屋街の街づくりに対する意見を募る場もあるのでしょうか?

「日本橋問屋街を面白がる会」としてこれまでに4回実施してきました。街のにぎわいを作るための策として、問屋街のイベントで所縁のあるジャズやサンバの音楽流そうとか、”商売人の街“として子供たちが物を売ったりお店を手伝ったりする体験を提供しようとか、アイディアは尽きませんね。面白かったのは、花火の掛け声である“玉屋~鍵屋~”でおなじみの「鍵屋」という花火師・鍵屋六代目弥兵衛さんが、かつてこの馬喰横山で活躍していたという話。ちょうど鍵屋の拠点があったのが+PLUS LOBBYの向かいあたりだったということで、いつか「鍵屋ー!」って掛け声掛けながら花火の鑑賞会を開催したいねと盛り上がりました。

全景ご提供

気候が良ければ外のスペースも交流の場に。さまざまな立場の人がやってくる(画像提供:PLUS LOBBY)

―歴史ある街だけに、それぞれの問屋さんのストーリーを遡っていけば、この街ならではの切り口が出て来そうですよね。

そう思います。歴史の中で業態が変わってビルだけ残っている場所もあったり、何代にも渡って街の変遷を見てきているオーナーもたくさんいるので、彼らの話をたくさん聞いていきたいですね。そういう話をする場を作るためにも、念願だったキッチンカーでのお酒やおつまみの提供設備を整えました。これで心おきなく話し合える“飲み会”ができます(笑)。

―実際にイベント後に何かアクションは起きているのでしょうか?

「日本橋問屋街を面白がる会」に参加した人同士で仕事が生まれた事例もありましたし、ほかにもアクションの芽のようなものがいろいろ出てきています。イベントを通して繋がることで、思いも寄らない化学反応が生まれる確率がグッと上がるんですよね。
今はまだ問屋街同士も繋がりきれていないので、「こんなことをしたいけど、誰に相談したら良いのか?」というような状態。彼らを、最近このあたりに増えてきたクリエイターとも繋げることができればきっと面白いことが起きると思うので、+PLUS LOBBYがその出会いの場になれたら良いですね。仰々しく名刺交換するのではなく、クリエイターが打ち合わせしてたら問屋さんたちが飲みに来て、気づいたら両者が意気投合していた、みたいな感じでネットワークが広がっていったら嬉しいです。

街の思いをデザインで翻訳して伝えたい

―今後馬喰横山で計画している取り組みを教えて下さい。

問屋という商業形態自体に何か変革を起こすと言うよりは、本業以外の部分でどんなことができるのか、その可能性を探っているのが今の段階だと思っています。そのために今やろうとしていることは“発信”と“ネットワーキング”。まず発信のための第一歩は、問屋街の空きスペースの活用を促進するための専用サイト作りです。使いきれなくなったビルの一室や、店舗の中を通らないと入れないような場所等も含めて紹介して、たとえば服飾系の学生さんがミシン作業に没頭できる場所として貸す、など問屋街ならではのユニークなユースケースを生みたいですね。

それと、街全体だけでなく個々の問屋さんの発信力も高めるために、SNSの発信の仕方や写真の撮り方をレクチャーするような場も設けたいと思っています。傘問屋やタオル問屋など各分野のプロフェッショナルが集う街なので、発信するネタには事欠かないはずなんですが、今はまだそうした個性が前に出てきていない状態。どう見せるか、どう発信するかは街の新たな魅力を引き出すために重要なので、そこをサポートしたいです。

もう一つのネットワーキングに関しては、まさに今+PLUS LOBBYでやっているようなイベントを重ねて、街の繋がりを強く広くしていくことを目指しています。問屋街の中の人だけでは見出せなかった街の側面が、ネットワーキングによって浮き彫りになると思うので。

―なるほど。唐品さんが所属するPATCH WORKSのビジョンである「まちをリデザインする」にも通じる、問屋街を新たにデザインしていく取り組みのように感じます。

デザインにもいろいろなアプローチがありますが、僕たちはアーティスト的に新たなものを生み出してそこに街を巻き込んでいくというやり方ではなく、いかに街の情報を吸い上げて皆がやりたいことをお手伝いするか、というスタンス。言い換えれば、デザインはあくまでデザインで、街の人々の思いの“翻訳”でしかないと思っています。問屋街の思いをどうデザインしてどう多くの人に伝わるようにするか、そのことをいつも考えながら活動しています。

いっぴんバイヤーご提供

地方↔︎都市を繋げる取り組みも。「地域バイヤーの日」には各地の逸品を持ち寄って紹介する、商いの街らしいイベント(画像提供:PLUS LOBBY)

―多くの街を見てこられた中で、日本橋という街全体のデザインに対してはどのような考えをお持ちですか?

BETTARA STAND の時から感じていたことですが、日本橋には「今の家業を○十年間やっています」みたいな歴史の深いバックグラウンドを持つ人が多いですよね。そこに新しく入ってきた人がうまく共存していて、他にはない独特のデザインを形成していると思います。その魅力を残していきたいと思うし、いかに残すかを考えるサポーターとして僕たちも協力していきたいです。
一方で、どんな街にも課題はあります。メディアなどでは地方の課題が取り上げられることが多いですが、実は東京だって困っている。僕が関わっている日本橋も神田も調布も、コロナ渦の影響もあり万事順調とは言えない状況です。でも、こうありたいと願う街のデザインがなかなかその通りにはいかない中でこそ、街の人たちがコミュニケーションをとって意見を交わすことは大切だと感じています。オンラインの生活が中心になったことで、リアルで会って話すことの圧倒的な情報量に気づかされた方も多いのではないでしょうか。そういう意味では、このタイミングで+PLUS LOBBYというリアルな「場」をもったことは意味深いことだと思っていて、直接交流できることを価値に変えていきたいと考えています。

―最後に、これから挑戦してみたいことを教えて下さい。

馬喰横山をチャレンジしたい人を受け入れる街にしていきたいです。何かをやりたい!と思っている人を応援して、一緒に歩んでいくような場所にできたらと。このあたりは交通の便も良く都心の一等地なのに、地価は比較的安く空きスペースもある、新しい拠点を持つのにちょうど良い街です。たとえば東京に初めて進出してきたスタートアップや、オンラインからリアルに拡大していきたいショップなどにはぴったりかと思いますので、気軽な挑戦の場になっていったら良いですね。街の人もそれを望んでいますし、協力を惜しまない人たちばかりなのできっと良い相互作用が生まれると思います。
そしてゆくゆくはこの街で培ったノウハウを他の街にも広げていって、あちこちに+PLUS LOBBYを作っていくことが目標です。もし少しでも興味を持った方がいらしたら、 “街のロビー”とはどんな場所なのか、ぜひ実際に足を運んでみて下さいね。

取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine