Interview
2022.05.18

クリエイターとともに都市の未来を描く。日本橋を舞台に展開される「クリエイター特区」プロジェクトとは?

クリエイターとともに都市の未来を描く。日本橋を舞台に展開される「クリエイター特区」プロジェクトとは?

現在、日本橋の街で進められている「未来特区プロジェクト」は、この地で創業した三井不動産が多様なメンバーたちとともに都市の“未来”を描く創立80周年記念事業です。都市の本質的な機能を「生存」「コミュニケーション」「文化」の3つと捉え、それぞれのテーマにおいて事業アイデアの公募や、プロトタイプ/作品の制作などが進められてきました。5月にはこれらの成果が発表されるカンファレンスの開催も予定されている同プロジェクトの中から、今回ブリジンはリアル、デジタル(バーチャルギャラリー)、デジタルオンリアル(ARによる都市空間展示)という3つの空間に気鋭クリエイターたちの作品が展示される「クリエイター特区」にフォーカス。本企画をリードするマインドクリエイターズ・ジャパン代表の本田恵理子さんに、プロジェクトのコンセプトや概要、クリエイターと都市の関係性などについてお話を聞きました。

都市における「文化」とは?

ーまずは、本田さんのこれまでの活動について聞かせてください。

私は、シリコンバレーにある高校に留学し、社会人になってからも海外で暮らしていた時期が長かったのですが、2011年に一時帰国している時にちょうど東日本大震災が起きました。その時に、当時私が暮らしていたパリでアニメやアート関連のプロデュースをしている友人が復興支援のプロジェクトを立ち上げ、日本を愛する多くのクリエイターが作品を制作したんですね。それと連動する形で、日本でも森本晃司さんやしりあがり寿さんらに作品制作を依頼し、それらを出版する企画に私も携わりました。これを機にビジネスの世界から転身し、文化やクリエイティブの力で日本を元気にすることを掲げて自分の会社を立ち上げました。現在は京都に拠点を置き、クリエイターや企業の方々と連携しながらさまざまなプロジェクトを行っています。

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「クリエイター特区」の企画を担当したマインドクリエイターズ・ジャパン代表の本田恵理子さん

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震災から1年後の2012年3月に出版された多くのクリエイターによるイラスト集「マグニチュード・ゼロ」。(画像提供:マインドクリエイターズ・ジャパン)

ー今回の「クリエイター特区」プロジェクトもまさに文化やクリエイターの力がカギになっていますね。

はい。三井不動産が進めている「未来特区プロジェクト」では、都市における本質的な機能を「生存」「コミュニケーション」「文化」の3つと捉えていますが、「文化」というのは、「生存」や「コミュニケーション」が担保された後に成熟するものだと思うんですね。アートや工芸などの「文化」がなくても人は生存できますが、文化は都市や生活環境を豊かにするものであり、それは人生の豊かさにも直結します。ニューヨークのソーホーなどが良い例ですが、さまざまな人種、多様な人たちが混ざり合う中でインスピレーションが交換され、そこから醸成されていくクリエイティビティというものが、豊かな都市の文化を形成していくのだと思っています。

ー「クリエイター特区」プロジェクトの概要や企画の意図についても教えて下さい。

10名のクリエイターたちによる描き下ろしのデジタルアートを、日本橋に開設されるギャラリーとオンライン上のヴァーチャルギャラリーに展示します。さらに、仲通りと福徳の森の2ヶ所には公募したアイデアを含むAR作品を展示する予定になっています。このプロジェクトの主催者である三井不動産は、デベロッパーとしてまちづくりをしてきた企業であり、当然「リアル」の場がベースにあります。一方、コロナ禍でオンライン上のコミュニケーションが活発化し、メタバースなどにも注目が集まる中、バーチャルの世界がアートやクリエイティブ領域においても注目されています。その中で「クリエイター特区」では、「リアル」と「バーチャル」、さらに両者が共存する「デジタルオンリアル」という3つの空間でどんなことができるのかということをクリエイターたちと考えていくことを大きなテーマに据えました。

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「クリエイター特区」プロジェクトでは、5月22日から6月19日まで日本橋室町の福島ビルに開設されるリアルギャラリーとオンライン上のバーチャルギャラリーでのデジタルアート展示、日本橋室町の仲通りおよび福徳の森を舞台にしたAR作品の展示が行われる。デジタルアート作品は世界最大規模のNFTマーケットプレイス「OpenSea」で販売される予定だ。(画像提供:未来特区プロジェクト)

見えないものを形にする力。

ー「クリエイター特区」のコンセプトに掲げられている「UN/BUILT」についても教えて下さい。

これは、プロジェクトのメインヴィジュアルを制作して頂いたゲームクリエイターの上國料勇さんと日本橋でお茶をしている時に教えて頂いた言葉です。「アンビルト」というのは建築用語で、建てられることのなかった建築のことを指します。これらの中には、何かしらの理由で建設できなかったものだけでなく、最初から完成を目指さずに構想やコンセプトだけが設計されるものもあるそうで、それが非常に面白いと感じました。まさに上國料さんのような方たちは、ありえないような情景や物語を想像して作品にしてきたわけですし、もともと日本人には古くは百鬼夜行の時代から、歌川国芳らの浮世絵、現代の漫画やアニメーションにいたるまで、目に見えないものを見る力があると思うんです。今回のプロジェクトにおいても、まさに「アンビルト」と言える作品をつくってきたクリエイターたちと新しい世界観をつくっていくというのが面白いのではないかと考えました。

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@2021 ISAMU KAMIKOKURYO (ラフ画イメージ) 「ファイナルファンタジー」シリーズのアートディレクションなどで知られるゲームクリエイター・上國料勇氏が描いた「クリエイター特区」プロジェクトのメインヴィジュアル。(画像提供:未来特区プロジェクト)

ー参加アーティストはどのように決められたのですか?

アーティストの選定は、世界中で愛されている数々のアニメ作品の製作に携わってきた植田益朗さんにご協力頂きました。今回はリアルとバーチャル双方の空間に作品を展示し、デジタル作品をNFTで販売することも当初から決めていたのですが、こうした企画の内容に賛同してくれる方たちをキュレーションして頂きました。参加アーティストの中には長く業界で活躍しされてきた著名な方たちが多いですが、そうした方たちに新しい挑戦をして頂きたいという思いがありました。アニメやゲーム、キャラクターデザインなど活動領域はさまざまですが、過去・現在・未来という時間軸を意識した上で作品を制作されている点が皆さんに共通しているように感じています。仮に普通ではありえないような突飛な世界観やストーリーをつくられていたとしても、「これまで」と「これから」の世界に想像を膨らませながら表現しているところがあるように思います。

ー「デジタルオンリアル」の展示では、作品アイデアの公募も行ったそうですね。

はい。ARの展示では、AR三兄弟の川田十夢さんに音頭を取ってもらいました。こうした公募には年齢制限などがあることも少なくないのですが、今回は制約を一切設けず、実現可能性なども気にせず自由にアイデアを出して頂きたいという思いがありました。結果的に予想を上回る500以上の応募があり、審査員たちによって選ばれた2つのアイデアをAR三兄弟が実装し、AR作品として展示します。また、AR三兄弟には、能をコンセプトにしたオリジナル作品も制作して頂きました。伝統的な能を現代の舞台に再現するという意味で、非常に日本橋らしい展示と言えるのではないでしょうか。これらのAR作品はスマートフォン越しに見ることができ、日本橋の街中にストリートギャラリーが現れたかのような感覚を抱ける展示になるはずです。

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AR三兄弟による「能」をテーマにしたAR作品のコンセプトイメージ。(画像提供:未来特区プロジェクト)

リアル/バーチャルを行き来する実験場。

ー作品の制作依頼をするにあたって、特定のテーマなどは設けたのですか?

お伝えしたのは公序良俗に反しないものということくらいで、基本的にはいま描きたいものを自由に描いてほしいとお願いしました。テーマがないことに苦しんでいた方もいらっしゃいましたが、最終的には各クリエイターの持ち味が発揮され、“異世界”を思わせる作品が出揃ったと感じています。

ーリアルとバーチャルの双方に展示されるということ自体もクリエイターの着想源になったように思います。

そうですね。特に顕著だったのは加藤直之さんの作品です。作中には「未来の三越」を想定した不思議な世界の宮殿のようなものが描かれていたのですが、バーチャルギャラリーではこれを現実世界の日本橋三越本店と同じ向きに展示してほしいというご要望もありました。他にもクリエイター側の要望は多岐にわたり、これらに対応するのはなかなか大変でした(笑)。いまは技術的な障壁によってデジタル上の表現が制限されてしまうこともあるのですが、クリエイターの方々は決して諦めることなく、代替のアイデアをどんどん出されていたのが印象的でした。今後技術がさらに発展し、バーチャル上でもクリエイターが思い描いているものがイメージ通りに表現できるようになると、デジタル世界での体験はより進化するのだろうと感じました。

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SFイラストレーター・画家として知られる加藤直之さんによる展示イメージ。(画像提供:未来特区プロジェクト)

ークリエイター側にとってバーチャルの世界は新しい実験の場になっているのかもしれないですね。一方で、展示を訪れる人たちはどんな体験ができるのでしょうか?

リアル会場にお越しになる方たちは、デジタル作品を鑑賞できることはもちろん、その場でQRコードを読み取って頂くと、バーチャルギャラリーの展示もご覧頂くことができます。リアル会場ではVRヘッドセットを装着してバーチャルギャラリーの世界観を体験できるセクションも設ける予定なので、リアルとバーチャルをボーダーレスに行き来する面白い体験ができるはずです。バーチャルギャラリーの方は海外からでもお楽しみ頂けますし、個人的にはバーチャルの世界で触れたものをリアルでも見てもらうという流れをつくっていきたいという思いもあります。今回の企画チームの中に、休日に街に出かけてもお子さんはスマホでポケモンを探していると話されていた方がいたのですが、これからはそうした世代に向けて、デジタルの世界で好きになったもの、関心を持ったものに現実世界でも触れてもらえる導線をつくっていくことが大事になってくるのではないかと思っています。

クリエイティブクラスを惹きつける街。

ー過去・現在・未来のつながりを意識されていることが参加アーティストの共通点だというお話がありましたが、これはプロジェクトの舞台である日本橋の街の特徴にも通じるところがあるように思います。

そうですね。日本の「文化」の歴史を紐解いていく上で、やはり日本橋というのは重要な場所だと思います。もちろん、私の拠点がある京都もそういう場所なのですが、京都が都だった時代は仏教をはじめ海外から入ってくるさまざまなものを取り込みながら文化が形成されていったんですね。一方で鎖国下にあった江戸時代は、ある種閉じられた世界の中で日本ならではの文化が醸成されていったところがあります。そして、五街道の起点としてさまざまなものが集まり、洗練された文化が育まれてきた日本橋はまさにそれを体現する街だと思っています。そういう場所で今回のようなプロジェクトを行うことには意義があると思いますし、私自身この取り組みを通じて、江戸や日本の文化の歴史を知る機会がとても多かったです。

P1「福徳の森」全体の様子

クリエイター特区プロジェクトの会場のひとつとなる福徳の森。福徳神社、コレド室町に隣接し、地域住民や団体、企業などに開かれたコミュニティスペースの役割を果たしている。(画像提供:三井不動産)

ー本田さんが日本橋に抱いている印象についても教えて下さい。

ビルが立ち並ぶ日本橋には、他の東京の街と同様に人工的なイメージを持っていました。でも、今回のプロジェクトを機に街の奥に入ってみると、老舗の小さなお店などが新しいビルと混在していて、多様性があって懐が深いユニークな街だということが見えてきました。展示の舞台のひとつでもある福徳の森に隣接する福徳神社などにしてもしっかり伝統が守られているということを聞きましたし、街の人たちも頻繁にお参りをしていますよね。東京の中心にあるビル街の中にあってもこうした場所が大切にされていることがとても日本橋らしいと思いますし、街として非常に豊かで素敵なことだなと感じます。

ー近年は界隈にクリエイターなども集まりつつある日本橋は、伝統と革新が融合する街でもあります。

そういう部分は京都にも似ているように感じますね。最近、友人のクリエイティブ集団などが日本橋界隈に集まってきていることを横目に見ながら、色々なことが起きていそうな雰囲気を感じていました。京都でも、私たちがリニューアルに関わった京セラ美術館がある岡崎というエリアに最近クリエイターが集まっていて、注目のシェフたちが話題のお店を次々とオープンするような動きもあるんですね。日本橋にもそれに似た盛り上がりを感じますし、そうした街は日頃からアンテナを張っているクリエイティブな人たちを惹きつけます。そして、冒頭にもお話ししたように、街の中でインスピレーションの交流が活発に行われるようになることが、都市の豊かさにもつながっていくのだと思います。

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都市に生まれる新たな「余白」。

ー人々の意識や欲望が具現化されたものとも言える都市は、クリエイターのインスピレーションを刺激する存在でもありますよね。

そうですね。例えば、海外のクリエイターの中には日本のアニメーション作品などで描かれている東京の街並みに刺激を受けてきた人が多いですし、日本のクリエイターにも東京らしい都市のあり方を描きたい、世界に発信したいと考えている方がいらっしゃいます。クリエイターたちが描く作品には、時代の鏡のように街や都市の風景が映し出されている側面があり、非常に興味深いと感じます。また、今回の展示に参加されている森本晃司さんが、「都市にはもっと余白があっていい」と仰っていたのですが、どんどん区画が整理されていく現代の都市において、あえてそうした余白をつくるということも大切なことなのかなと思います。

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怪獣やロボットのイラスト作品などを手がける参加アーティストのひとり、開田裕治さんによる展示作品のラフスケッチ。作品のテーマは、氏にとって最も魅力的なモチーフであるという「怪獣と都市」。(画像提供:未来特区プロジェクト)

ー今回のプロジェクトで用いられているARなどは、都市に新しい「余白」を生み出す技術と言えるかもしれません。

まさにAR三兄弟の川田十夢さんが、「このキャンパスは空き地だらけだ」と仰っていました。デジタル上のキャンバスはまだほとんど絵が描かれていない状態だと思いますし、今後スマートグラスなどのデバイスが発達すると、街の新しい見方も生まれるような気がします。今回の展示をご覧頂くクリエイターの方などにも、自分ならこういうことをしてみたいというアイデアを持ってもらえると嬉しいですし、ぜひ自分ごととして参加して頂きたいですね。

ーこうした新しいキャンバスに、クリエイターたちと都市の未来を描く「クリエイター特区」プロジェクトには、大きな可能性があるように感じます。

ありがとうございます。私は、マインドクリエイターズ・ジャパンを立ち上げるまではアートやクリエイティブに高い関心があったわけではないんです。でも、パリで暮らしている時、多くのアーティストやアートの存在が街の力になっていることを実感したことがとても大きな経験になりました。それ以来、そうした存在にもっと触れ合い、楽しめるようなライフスタイルが日本でも根付いていくといいなという思いで活動を続けてきました。例えば、ルーブル美術館には日本人の観光客が多く訪れますが、一方で会社の行き帰りに近所のギャラリーなどに立ち寄る習慣が日本にはほとんどないですよね。海外から見ると日本にはすばらしい文化がたくさんあり、これらは世界中の人たちから愛されています。そうした文化を日本人が知る機会や、日常的に楽しめる環境をこれからも提供していきたいと考えています。

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「デジタルオンリアル(AR)」展示では、約500の案から採択された2つのアイデアが、AR三兄弟との共創により街に実装・展示される。(左) 飯島泰昭・本山貴大「dpN dots per Nihonbashi」、(右) 臼倉拓真「Nihonbashi Ad Parade」(画像提供:未来特区プロジェクト)

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福徳神社

日本橋に来る際には、プロジェクトの成功を祈って毎回足を運んでいました。隣接する福徳の森も高層ビルに囲まれているのに窮屈な感じがしない非常に居心地の良い空間です。

取材・文:原田優輝(Qonversations) 撮影:岡村大輔

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