Interview
2024.06.03

いつもの街がもっとおもしろくなる新学問「てく学」の視点で日本橋を歩く

いつもの街がもっとおもしろくなる新学問「てく学」の視点で日本橋を歩く

いつも素通りしてしまう日常の風景に着目して、街を歩く。「てく学」はそんなことを目的にした、新しい学問です。提唱しているのは飛田瞭さん。「てく学」のイベントはこれまでに日本橋でも数回開催されており、街の中に潜む新しい面白さを参加者と一緒に見つけているんだそう。今回は実際に日本橋の街中を“てくてく”歩きながら、イベント発起人である飛田さんにお話を伺いました。

いつもなら通り過ぎてしまう何気ない景色に新しさを見つける

—まず「てく学」とはどんなものなのか教えてください。

てく学は街をてくてく歩きながら学ぶ学問で、「哲学」とかけた言葉になっています。イベントとして開催する時は二つのやり方があって、一つは専門家をお呼びして、参加者と一緒に街を歩いてその人から街の見方を教えてもらうパターン。もう一つは僕が講師となり、普段あまり考えないような問いかけを持って街に出て、参加者にその答えを探してもらうというパターンです。後者のやり方だと、過去には「目の前に広がる風景の心拍数を測ってきてください」というお題を決めて、メトロノームのアプリを使って好きな場所のBPMを計測してきてもらったり、「街の中で好きな色を見つけて、その色に名前をつけてください」というお題を出したこともあります。

—いつ頃から「てく学」を始められたのですか?

初めてイベントを開催したのは2023年9月です。日本橋ではこれまで5〜6回開催していて、ゲストをお呼びしたのが3回、僕が講師でお題を出したのが3回ほどです。日本橋以外では、川崎市の高津区で官民一体となった地域活性化イベント「まちの企画室」の一環として開催したり、僕が今岡山と東京の二拠点生活をしているのもあって、岡山の海側の児島というエリアでも開催しました。

参加者に渡されるシート。裏面には9つのお題が書かれており、飛田さんが講師のパターンの時はその日選んだお題の答えを探しに探索へ出かける

—なぜ「てく学」を始められたのですか?

僕は今30歳なんですけど、こういうことをやりたいなと考え始めたのは実は10年前のことなんです。20歳の時にカナダに1年間留学に行ったんですが、正直あまり楽しめなくて。留学を終えて1年ぶりに地元である東京の三鷹市に帰ってきたら、行く前と同じ街に帰ってきたはずなのになんだか全然違う街に見えて。まるで日本に留学してきた、みたいな感覚になったんですよ。毎日歩いてた通学路がすごく新鮮に見えて、草や花が自分に話しかけてくるような感じ。それまでは全く気にならなかったのに、その土地を離れてみることによってもう一回三鷹市と出会い直すみたいな体験でした。それで「毎日通学路を新鮮に歩けるようになったら楽しいだろうな、楽しく散歩ができる人間になりたいな」と思うようになりました。その後、日本橋にあるオープンスペースの+NARU NIHONBASHIのディレクターの方と知り合う機会があり、「とりあえず何かイベントをやってみたら?」とお声がけをいただいてイベントとしてスタートしました。

たとえば美術館で作品を見る時は、その作品の裏側に何があるんだろうとか、色づかいはどうなってるんだろうとかを考えながら真剣に見ると思うんですけど、通学路みたいに毎日毎日通る場所って何も意識せず、特に何か見ることもなく通り過ぎていっちゃうことが多いですよね。でもそういう景色も見方を変えれば教材になるし、自分次第でいくらでも面白がれる方が楽しい。そこからてく学は「日常を鑑賞する」をテーマに、美術作品を鑑賞するみたいに日常を鑑賞できれば散歩してるだけでも毎日楽しいよね、という趣旨でやっています。

エリアごとに表情を変えるのが日本橋の魅力

—てく学のイベントは岡山や川崎の方でも開催されているとのことですが、他の地域と比べて日本橋ならではの面白さやスペシャルなところはどんなことでしょうか?

まず日本橋は五街道の起点で日本の中心とも言える場所なので、そこから歩き始めるのはすごくいいなと思いました。あと一口に日本橋と言っても室町、人形町、馬喰町とエリアによって全然顔つきが違うので、そういうところは実際に歩いていて楽しいと思いますね。以前サウンドスケープデザイナーの方をゲストにお迎えした時も、通りが一本変わるだけでかなり街の音が違うという話になりました。絶えず高速道路を走る車の音がしている通りもあれば、ちょっと入っただけですごく静かな通りもあって。

普通の街歩きでは講師の方に参加者全員でついていくと思うんですけど、てく学を日本橋でやる時にはお題を出したら一度解散して、再集合して見つけたものを共有するという形のイベントも行っています。なので街の個性にもばらつきがあった方が面白いんですよね。そういった点でも日本橋はやりやすいと言えるかもしれません。

着物風にスニーカーという装いが飛田さんのてく学イベント開催時の定番スタイリング。日本橋の街並みにもよくマッチしている

—(今回は実際に日本橋を歩きながらインタビューを実施)今私たちは人形町エリアを歩いていますが、これまで人形町で見つけたおもしろいものはありますか?

過去にお笑い芸人の方をゲストに呼んで、「街にツッコミを入れながら散歩する」という回を開催したことがあるんですが、その時は事前のロケハンを人形町でやって、いろいろな気付きを得ました。芸人の方と一緒に歩いてみると「ボケになってくれるもののパターン」が見えてくるんです。落とし物とか看板などの人の手が介入してるもの、年月が経ってるものってボケになってくれることが多いんですよ。実際にその回をやってみた後は、「街のこっちの方に行くと何かボケてる物があるんじゃないか」みたいなものを感じるようになりました。

通りに置かれた裏返しのゴミ箱。芸人さんからは「ゴミ箱として機能しとらんやんけ、ちゃんと仕事せい」というツッコミが入ったそう

—人形町は商店が多いエリアなので、室町周辺のビジネス街とはまたちょっと空気感が違いますよね。

そうですね。あ、この歩道脇にある四角い鉄の箱って何のためにあるかご存知ですか?

—知らないです。TEPCOのマークがついてるから電気関係でしょうか……?

地中電線の変圧器がここに入ってるそうです。では、この箱の表面がでこぼこしてる理由は?

歩道の脇に置かれている四角い大きな箱の正体は? 答えを知ればきっと目につくようになるはず

—雨対策か、放熱しやすいようにとか?

正解はチラシを貼られにくくするためです。この凹凸があるとくっつきにくいし、落書きもされにくそうですよね。

—なるほど! 確かに街中でたまに見かけますが、これの正体が何なのか気にしたことはありませんでした。

先程お話しした芸人さんゲスト回で印象的だったのは、最初はみんな恥ずかしがってあまり自分のネタを出せないんですけど、時間が進むにつれてだんだんノリノリになっていったことでした。パート募集という貼り紙に「お元気係」って書いてあって、何の係なんだってツッコミが入ったり、1階から10階まで全部お酒関連の名前が書いてあるビルがあって、「見てるだけで酔ってくるわ」というツッコミが入ったり。そういう意識で見ないとただ古いなと思って見過ごしちゃうものも、「ツッコミ」という視点を入れるだけで目につくようになるのはすごくおもしろいと思います。

「ツッコミ」が入ることで、何気ない日常もユニークな一場面に

他の人の知覚を通して見える世界、“環世界”を知りたい

—飛田さんにとっててく学をやる楽しさ、醍醐味とはどんなところにありますか。

僕はいろいろな人の発表を聞くのが好きなので、僕自身が街を歩いて何を見つけるかよりも、参加者の発表タイムを聞くのが楽しくてやっているところがあります。街にまつわる知識や雑学よりも他人の感性にすごく興味があるんです。てく学の参加者も「私は街灯が気になるんだよね」とか「道端の落とし物ばっかり見てます」とか、興味や着眼点が人によって全然違うんです。

生物学に「環世界」という言葉があって、すべての生物は自分自身が持つ知覚によってのみ世界を理解しているという概念のことなんですが、例えばマダニには知覚機能が3つしかない。マダニは嗅覚で哺乳類の匂いを感知し、触覚で動物の毛のない場所に辿り着き、温覚で37度前後の体温を感知して噛みつくそうなんです。聴覚も視覚もない状態で世界を知っている。それって人間の知覚と全然違うし、何なら人間同士でも知覚って違うんじゃないかと思うんです。僕が見ている街とお笑い芸人に見えている街、小説家に見えている街、建築家に見えている街ってたぶんすべて違うんですよね。だから他の人の知覚を通して見える世界、環世界を知りたいというのが、僕がてく学をやっている理由かも知れません。てく学を通して他人の知覚を借りるというか。

—他の人の感性の受容体を分けてもらう感じですね。

そうです、それで1000人の受容体をインストールすれば、散歩に出かける時でも「今日は583人目の受容体で街を楽しんでみよう」ということができるようになるわけです。そうすればずっと楽しい状態が続きそうだなって。

以前岡山で開催した時に「好きな色を見つけて新しい名前をつけてください」というお題を出した時も、天才だなと思うような色の選び方・名前の付け方をしている人が何人もいて、人間ってすごく創造的だなって思いました。専門家と一緒に歩くのも一つの視点を借りることだし、お題を決めることで視点を定めてあげるとその人の中に潜んでいるクリエイティビティが引き出される。てく学をやっていると、絶対にみんな何かしらの角度で天才であるというのをすごく実感します。

「あなたの好きな色を見つけて、その色に名前を付けてください」というお題に対して参加者が持ち寄った回答。色・言葉選びにそれぞれのセンスが光る

—今回この記事を読んで、てく学に興味を持った方はどうすればいいでしょうか?

イベントの開催告知はてく学のインスタグラムアカウントで発信しているので、そちらをチェックしていただければと思います。

—必要な持ち物などはありますか?

お題の答えとして写真を撮ってもらうことが多いので、スマホがあれば大丈夫です。あとは街を歩き回るので、履き慣れた靴がおすすめですね。てく学では街で見つけたものを写真に撮ったりしてみんなで発表し合いますが、「おもしろいものを出そう」みたいな気負いは必要ないし、誰のが一番おもしろいかを競うものでもありません。他の人はどうやって物事を見ているのかをおもしろがる姿勢、これがとても重要だと思います。ゲスト講師のことを「てく学者」、参加者のことを「てく学生」と呼んではいますが、基本的な概念は「誰もがてく学者であり誰もがてく学生である」ということ。講師も参加者に教えてもらったり、参加者同士で教え合ったりと、そういう関係を楽しんでもらえればと思います。

—今後、こんな人をゲストに呼んで日本橋でてく学を開催したいという希望はありますか?

どうやって繋がりを作ったらいいのかわからないんですけど、一つは探偵と一緒に街を散歩したら楽しそうだなと思っています。名探偵に尾行の仕方なんかを教わりながら歩いたら楽しそうだな、と。それから小説家。日本橋を舞台に小説を書かれた方に、街の風景や人物を見た時にどう考えて描写しているのかというお話を聞きながら歩いてみたいですね。そうそう、植物学者にその辺に生えている植物の解説をしていただきながら歩いてみるのもいいですね。

tekugaku

+NARU NIHONBASHI

「好奇心をベースに繋がろう」がテーマのオープンスペースです。てく学をイベント化することになったのも+NARU NIHONBASHIのプロデューサーの方と知り合ったのがきっかけですし、自分にとって居心地のいい場所ですね。

取材・文:中嶋友理 撮影:岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine