日本橋の砂糖問屋発・アパレル高機能素材「光電子®」の挑戦。遠赤外線技術を活用し、繊維からブランドまで
日本橋の砂糖問屋発・アパレル高機能素材「光電子®」の挑戦。遠赤外線技術を活用し、繊維からブランドまで

“遠赤外線”と聞くと、専門的な研究分野を思い浮かべる方も多いかもしれません。けれど、日本橋蛎殻町に拠点を構えるファーベストが開発・製造する高機能繊維「光電子®」は、より私たちの営みに近い場所で使われています。
食品の鮮度保持のために開発された「光電子®」は、現在では「ザ・ノース・フェイス」のダウン製品をはじめ名だたるブランドに採用される高機能素材へと進化しています。
今回は、取締役営業部長・菅原謙吾さん、女性向け生地ブランド「efe by KODENSHI」を立ち上げた舩木麻鈴さん、「光電子®Re:nsulation(リンサレーション)」の開発を担う高林浅弥さんに、自然科学を応用した高機能素材が生み出す共創についてお話を聞きました。
食品をロスさせないために始まった遠赤外線研究
―まずはファーベストの創業背景について教えてください。
菅原:ファーベストは1989年に設立され、もともとは「株式会社福谷」(以下、福谷)という砂糖問屋の事業開発部から派生しました。初めは食品鮮度保持のために遠赤外線技術を研究し、後に健康管理にも応用されました。創業者はもともと福谷で営業を担当しており、たまたま出会った遠赤外線の開発について見識がある方とお互い意気投合し、研究開発を始めたそうです。食品の会社だったので、食品をロスさせないための技術と、この遠赤外線素材が一致したというわけですね。
―創業時から現在にも通ずる共創姿勢を感じるエピソードです。研究開発を進めながら、どのような発見があったのでしょうか?
菅原:遠赤外線は高い温度域で効果的と言われていたのですが、実は適切なセラミックを使用することで、温度帯に関わらず効果を得られることがわかりました。そこで肉や魚、野菜も、適正な温度に早く到達させるために遠赤外線を活用することを突き詰めていったのです。

(右)取締役営業部長・菅原謙吾さん
―それから人体への応用という大胆な発想の転換がありましたね。
菅原:人間の体温は36℃近辺なので、その温度域で最も効果的に遠赤外線を放出するセラミックスの配合を、大学の先生や都立産業技術センターの先生方のアドバイスをいただきながら開発しました。それが完成したときに福谷が持っていたビル内に、別会社として独立したのが1989年で、以来ずっとこの場所で営業しています。
というのも、かつてこの辺りは福谷のような食品系の問屋や砂糖の問屋が多く、兜町には取引所があって、商社の精糖会社も大手町や日本橋界隈に集まっていました。さらに東日本橋の方に行くと繊維の問屋が多いですよね。食品業界にも繊維業界にも近しいエリアで、立地的に非常に恵まれていました。
入社当時の私は問屋を重要視していたので、日本橋の大手の問屋さんに飛び込みで伺って、私たちの素材を提案し、意見をいただくことがありました。そのときの会話の中で情報をもらい、別のものづくりするときに役立てることもありました。社員にとっても、日本橋という土地はいい影響があったと思います。
―事業の成長を語るうえで、特に象徴的なエピソードはありますか?
菅原:2013年の冒険家・三浦雄一郎さんのエベレスト登頂は大きな出来事でした。当時80歳だった三浦さんが、光電子®を使用したザ・ノース・フェイスのアイテムを着用しての3度目のエベレスト登頂に成功されたのです。冒険家は準備に際し、細部まで徹底的にこだわるものですが、特にエベレストは命に関わる場所なので、専用の装備が用意されます。そのときのダウンジャケットに光電子®ダウンを使っていただいたんです。

「光電子®Re:nsulation(リンサレーション)」の開発を担う高林浅弥さん
高林:三浦さんからいただいたコメントが「光電子アイテムは着る温泉のようだった」というものでした。エベレストは昼夜で40度ほどの気温差が出ますが、全身光電子®アイテムにより、ご自身の体温を適正に保つことができたそうです。極限の環境下で、その効果を実感していただけたことは、技術への大きな自信につながったと思います。
“加温”ではなく、“保温”。トップランカーが注目する技術
―あらためて、光電子®の技術とネーミングの由来について教えていただけますか?
高林:光電子®は遠赤外線を用いて体を保温する繊維で、心地よい温かさをキープするのが役割です。体温を上げる“加温”ではなく、“保温”であることが重要なポイントです。
人間の体から出ている遠赤外線が体温を運び、それが光電子®の生地や中綿に吸収され、蓄熱・輻射の繰り返しサイクルによってジンワリとした温もりが生まれます。製品が肌と触れていなくても遠赤外線の効果で温もりを感じられるのが特徴です。つまり光電子®は、自然科学を応用した高機能素材になります。自分の体温を利用して身体をあたためるため、熱くなりすぎず自然に快適に過ごすことができます。
菅原:厳密に言うと、遠赤外線は量子力学の領域の話です。量子はいわゆる光の粒で、ある種のエネルギーを与えることによって、遠赤外線から光子が出るとされています。それをもじって「光電子」と名付けました。

繊維や糸を構成する光電子®セラミックス(写真右)
―技術の核心となる光電子®セラミックスについても教えてください。
高林:こちらが光電子®セラミックスです。数種類のセラミックをブレンドし、体温の36.5℃という低い温度域でも効率よく使えるようにしたものです。
舩木:他社の高機能素材にもセラミックは練り込まれていますが、どの種類を練り込むかによって体温域で効果の出方に違いが生じます。セラミックの量や種類の選択において、私たちは最も体温域に効果があるレシピを作り、世界10数カ国で特許を取得しているんです。
―なるほど、セラミックのブレンド具合にファーベストの知見がつまっているわけですね。では、主力製品について教えてください。天然素材とのミックスも行われているとか?
高林:主力商材は光電子®ダウン、光電子®中綿、光電子®の糸の3つです。中でも、光電子®ダウンは、三重県松阪市明和町にある河田フェザー社の高品質な羽毛と光電子®のレーヨンをミックスした特許製品です。これに加えて、舩木が担当する生地ブランドも開始しました。

女性向け生地ブランド「efe by KODENSHI」を立ち上げた舩木麻鈴さん
―素材の源流から最終製品まで、幅広い工程に関わっていらっしゃるんですね。
菅原:ファーベストはいわば知財を扱う企業です。光電子®セラミックスを樹脂に練り込んだものから短繊維や長繊維を作ったり、テキスタイルを作ったり、羽毛の加工があったりと、どんどん枝葉が分かれていって、最終的な製品になります。光電子という技術を持っていることで、色んな商品ができるんです。
フェムテックやエココンシャスな切り口へ拡大
―「ザ・ノース・フェイス」のような有名ブランドとの取り組みをはじめ、フェムテックなどの先進的な切り口での、アパレルへの業界のアプローチもユニークです。舩木さんのefeプロジェクトはどのように立ち上がったのでしょうか?
舩木:efeは、女性の冷え症などの体の悩みに対応するために2021年に立ち上げたブランドです。私が入社2年目のときに女性3人のチームで始めました。光電子®という機能を勉強する中で、「この機能は、女性のヘルスケアにこそ有効ではないか」という発想が生まれたんです。
機能としては光電子®のままで、ロゴデザイン、言葉やクリエイティブ表現を女性に訴求するように変えました。ロゴをはじめとする仕様変更は会社としてもきっと大きなことでしたが、サブブランドとしての立ち位置で任せてもらっています。

「efe by KODENSHI」のロゴデザイン
菅原:それまでファーベストは男性メンバーが中心で、女性は事務の方が数名いらっしゃる程度でした。舩木をはじめとする女性社員が入社して、私たちに不足していた女性のヘルスケア分野の開拓であることを指摘してもらったおかげで、早速さまざまな取り組みを始めました。
舩木:生地開発の際は、自分の実体験を男性上司にも率直に話しました。例えば生理時の吸水ショーツの課題など、女性特有の悩みに対して光電子®がどう役立てるのかを議論しました。何の偏見もなく、真摯に受け止めていただき、ご家族に女性がいらっしゃる社員には、その方からのフィードバックも共有してもらいました。女性メンバーだけでなく、男性メンバーも寄り添ってくださり、孤独感を感じずにプロジェクトを進められましたね。

「efe by KODENSHI」
―高林さんは入社1年目からRe:nsulationの開発に関わられたそうですね。
高林:従来、光電子®の糸だけをお見せしても、ブランドの方にとっては製品になったときのことが想像しづらく、「製品を持ってきてほしい」と思われてしまうような空気がありました。そこで二次加工品の中綿を開発し、ブランドに直接提案するスキームを構築することを目指したんです。
開発には1年を要し、中でも風合いに着目しました。硬い風合いだと可動域が狭くなり、重く感じてしまいますが、Re:nsulationは柔らかくて着心地が良く動きやすいため、女性のお客様にも安心していただけます。特徴として、リサイクルポリエステルを95%以上使用し、わた全体にシリコンコーティングを施し復元性の高いふんわりとした心地よい風合いを実現しました。

Re:nsulationの中綿は、近年の暖冬の影響でアウターも薄くなったことを背景に、デザイナーの要望に応えて薄いもので30g/㎡、厚いもので200g/㎡まで5ラインナップを展開するそう
自分自身もアパレルが好きでしたし、上司の打ち合わせに同席させてもらいながら、服にはこういう素材を使ったら良いのではないかという意見も出させてもらいました。そうした中で、この事業を担当することになったんです。
―知財企業として、アパレル業界への参入に対してどんな思いがあったのでしょうか?
菅原:アパレルの世界では「色、柄、風合い」という言葉があり、どちらかというと見た目やデザインが重視されがちです。でも、それ以外のところで、本来の人が求めている機能やエッセンスを入れた方がより可能性が広がるのではないかと考えています。繊維を通じて、ファッションに高機能を融合させることを目指しています。
16名の組織が生み出す高機能素材イノベーション
―お話を伺っていると、若手の方が大きな役割を担っているんですね。
菅原:繊維業界自体が変化していく中で、会社の既存メンバーも年齢が上がってきました。自分たちの業界の変化についていくためには、若い世代の感性が必要です。凝り固まった考えを解きほぐす視点は本当に重要で、若手の意見や希望を積極的に聞くようにしていますし、企業が存続していくために必須だと感じていますね。
高林:ファーベストは少数精鋭で、全従業員が16名、うち20代が8名という構成です。私の上司は舩木で、菅原とも隣の席という距離感でコミュニケーションを取りやすく、すぐ相談できる環境があります。また、開発にはお金を惜しまず、工場に行って新素材を開発するようなことも後押ししてくれます。上下関係に関係なく、良いアイデアは前向きに採用され、失敗を恐れずにチャレンジできる雰囲気が自慢です。
舩木:そうですね。私は意見が言いやすいところがありがたいです。繊維業界や会社のことに対して「違うのではないか」という意見に対しても、理由を説明してくれるか、あるいは「変えてみよう」と言ってくれるか、必ず答えが返ってきます。それが安心感につながり、意見を言いやすい環境をつくっています。

直接肌に触れずとも、心地いい温かさを体感できる光電子®繊維
―社員の皆さんが自分の仕事を生き生きと語られる姿が印象的でした。最後に、今後の展望をお聞かせください。
菅原:ファーベストは「素材で世界を変える」と常に申し上げていますが、私たちが関わる領域に縛りはないと思っています。生活で当たり前に使われているところに、繊維を組み込むことで、きっと新たな価値を生み出せるでしょう。ですから、異業種とのコラボレーションは常に求めています。
それから海外市場、特に欧米への展開を視野に入れており、2年前からイタリアミラノ・ウニカという展示会に出展しています。ただ、日本と海外では商売の形態やリスクの取り方が全く違うため、その点を理解した上でアプローチ方法を見直しながら進めています。
舩木:ミラノ・ウニカには若手として送り出してもらいました。efeについては、立ち上げ当初はちょうど日本でフェムテックが提唱され始めた時期で、吸水ショーツなどに参入しました。ただ、日本ではフェムテックへの社会の理解がまだ追いついていない部分があり、現在は女性のヘルスケア全般へと幅を広げています。今後はより広範に、女性が抱えるさまざまな悩みに寄り添える製品を開発していきたいです。
高林:私がリーダーを務めるSDGsチーム「チームロンド」では、使用済みの羽毛製品を回収し、河田フェザー社で洗浄してリサイクルする循環システムを構築しています。企業として、2025年までに製品の80%以上を環境配慮型素材にするという目標も掲げているため、それにも注力しています。
また、昨年、りそな銀行の日本橋支店へ羽毛布団の職域販売も実施しました。光電子®を用いた寝具の市場価格は高額ですが、より多くの方にその価値を体感していただきたく、社員の方に1年後に使用感をフィードバックしていただいています。日本橋地域との関わりも増やしていきたいですね。

異業種とのコラボレーションを積極的に求めています。あらゆる営みの中でも、ホテルの寝具や椅子・ソファなどの家具分野、最近注目のゲーミングチェアなど、人が長時間接触する製品での活用にも可能性を感じています。私たちが想像もしていなかった分野でのアイデアをお持ちの企業や人との出会いを楽しみにしています。(菅原)
取材・文:皆本類 撮影:岡村大輔
株式会社ファーベスト
遠赤外線素材「光電子®素材」を製造・販売する、日本橋発の高機能素材メーカー。食品保存技術に端を発し、アパレルやヘルスケア領域まで展開。少数精鋭で異業種共創にも挑む。
https://firbest.co.jp/