Interview
2020.08.06

日本橋発・昆虫食レストランが導く、美味しさの未来。

日本橋発・昆虫食レストランが導く、美味しさの未来。

2020年6月4日(ムシの日)、日本橋・馬喰町の一角にユニークな飲食店が誕生しました。その名は昆虫食レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」。コオロギラーメンや昆虫を使ったコース料理を開発し、オープン前からクラウドファンディングや各メディアで注目の存在だった同店。お店を開業して2ヶ月が過ぎ、彼らは何を感じ、どんな活動をしているのか。株式会社Join Earth代表兼ANTCICADA店長を勤める篠原祐太さんに、その取り組みを通して見据える食の未来について語っていただきました。

昆虫食のカミングアウトから、すべてが始まった。

―はじめに、開業に至るまでの経緯と、現在の活動を教えてください。

レストラン「ANTCICADA」は、2018年に渋谷の100BANCH(オープンイノベーションを支援する施設)で立ち上げた「Cricket Ramen」プロジェクトから、本格的に構想を始めたものです。商品開発や店舗開業に向けた準備を進めながら、ケータリングやポップアップショップ、講演、執筆なども行い、目まぐるしい日々を過ごしてきました。そして昨年、常設店舗開業に向けクラウドファンディングを展開、目標の2倍以上の支援をいただき、今年6月に馬喰町にお店をオープンすることができました。店名の「ANTCICADA」は “ANT=蟻”と“CICADA=セミ”を掛け合わせた造語です。現在お店では金・土曜日に昆虫のコース料理(ペアリングドリンク付き)を、日曜日にコオロギラーメンを提供しており、一部商品は通販でも販売中です。

―昆虫に興味を持ったきっかけはどういったことだったのでしょうか?

僕は八王子の出身なんですが、子供の頃から自然の中で遊ぶのが大好きで、身近な木の実・野草・昆虫などを観察して、あらゆるものを食べたり飼ったりしていました。自然を構成するものは全てが素晴らしいと僕は思っているのですが、反して世の中は昆虫に対してはなぜかネガティブな印象を持っていますよね?幼稚園に虫をたくさん持って行ったら先生に怒られたし、テレビを見ればアイドルの罰ゲームに使われていたり・・・、なんでそんなに悪者扱いされるんだろう?と子供ながらにずっと思っていました。自分が感じる魅力と、世の中のイメージとのギャップが一番あったのが昆虫だったんですよね。そうした背景もあり、昆虫の魅力をもっと伝えたいと感じて、昆虫食を活動の軸にするに至りました。
でもそんな風にポジティブに考えられるようになるまでには葛藤もあったんです。子供の頃は自分の感覚が周りと違うのはおかしいのかなと悩んでいましたしね。昆虫が好きなだけでなく、実は“食べている”なんてとても人には言えず・・・ひた隠しにしていました。

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ANTCICADA代表の篠原祐太さん

―初めて昆虫を食べた時のことを覚えていますか?なぜ食べようと思ったのでしょう。

初めて食べたのは4歳の頃だったのですが、なぜ食べたのかと聞かれれば、「そこに虫があったから」としか言えないです(笑)。深い理由や決意があったわけではなくて、興味の延長で口に入れたんじゃないかなと思います。正確には覚えていないですけどね。

ただ、明確に昆虫食にハマったきっかけはよく覚えていて。ある時公園で毛虫を食べたことでした。口に含んだら桜餅のような甘みがあって、雑味も臭みもないとても上品な味だったんです。見た目のイメージとは全然違って驚きましたね。桜の葉っぱしか食べていないからそういう味になったんでしょうが、毛虫が食べたものや生きてきた環境、つまり虫の“人生”のようなものをダイレクトに感じました。自然を構成しているものが巡り巡って自分に届いたんだなということが色濃く感じられて、感動的な体験でした。

―その昆虫食の魅力を周りにも伝えようと思ったのは、何か経緯があったのですか?

僕が昆虫を食べていると“カミングアウト”したのは、大学一年の終わり、19歳の時で、その年の春に公開されたFAO(国際連合食糧農業機関)のレポートがきっかけでした。そのレポートには、昆虫食が①栄養価が高く②省資源で生産でき持続可能性が高い、という2点において将来に期待が寄せられていると書かれていたんです。国際的に権威のある団体が正式に報告したということで、このレポートは当時インパクトのある情報として報道されたんですよね。それで僕は、なんだか急に最強の後ろ盾ができたように感じて、勇気を出して「昆虫を食べている」ということをカミングアウトしようと思ったんです。

―ドキドキしますね。どんな反応が返ってきたのですか?

直接打ち明けるような親しい友達もいなかったので、Facebookで昆虫食の取材記事を紹介しつつ「昆虫食が注目されているらしいですよ。僕も食べてますが。」とちょっと他人事っぽい感じで(笑)、さらっと投稿したんです。そうしたらそれを見た人たちから「どうしたの?」とか「意味がわからない」、「気持ち悪いから載せないで」といった、ネガティブなコメントが多くついてしまって。ある程度想像はしていましたが、これには結構傷つきました。
でもその中に「興味があるから、今度一緒に採りに行って食べよう」とメッセージを送ってくださった方がいて。それでその方と一緒に山に行き、採取した虫をその場で簡単に調理して食べてもらったら、「昆虫ってこんな美味しいんだ!」と驚いてすごく喜んでくれたんです。これはとても嬉しかったですね。僕の人生で初めて、自分が好きなものを共有して人に届いた瞬間でしたから。今思うと、このことがその後の活動の原点にもなったように感じます。

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幼少期の篠原さん(画像提供:ANTCICADA)

お店はお客さんと作り上げる“実験場”。

―その経験が、昆虫食をお客さんに提供するという挑戦につながったんですね。

そうですね。その後昆虫食に興味を持ってくれる人がポツポツ現れて、その人たちの期待値を超える昆虫料理を届けたいと思うようになりました。でも自分には料理の知識はなかったので、「この虫はこんな味です」「こうやって食べると美味しいです」などとSNSでつぶやくくらいしかできない。そんなもどかしさを抱えつつSNSでの発信を継続していたら、そのうちそれを見た料理人の方が連絡をくれたり、協力者を繋いでくれたりするようになったんです。コオロギラーメンの開発に協力頂いた「ラーメン凪」もその一つです。「ラーメン凪」では美味しいラーメンの作り方を一から勉強させていただいたりもして、大変お世話になりましたね。
そうした経験を経て、ようやく“昆虫食のレベルを一段上げられる”と思える料理に達しました。そして悲願だった常設店舗を出す決心をしたんです。

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ANTCICADAの運営メンバー。全員20代でそれぞれの得意分野を活かし合う(画像提供:ANTCICADA)

―店舗では「コオロギラーメン」に加え、「コース料理」もメニューの柱になっていますよね。提供メニューはどのように決めたのでしょうか。

お店を出したいと考えた背景には、当然「昆虫食の魅力を多くの人に知ってもらう場所をつくりたい」という想いがありました。けど、昆虫食レストランとして普通に営業するだけでは“昆虫好きな変わり者が集まる店”になってしまう気がしたんです。なので、まずは多くの人に興味を持ってもらえるわかりやすいメニューを提供し、昆虫食の第一歩を踏み出しやすくしたいと思いました。
そしてそのメニューには、これまでもイベントなどで提供してきた「コオロギラーメン」がピッタリだったんです。

そして、ラーメンをきっかけに興味を深めてくれた方向けに、より深く昆虫食を楽しめるメニューとして「コース料理」もご用意しました。

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編集部も試食したコオロギラーメン。エビ出汁のような香ばしさのある上品なラーメンでとても美味しかった

―お店がオープンして1ヶ月強(取材当時)ですが、お客さんの反応はいかがですか?

お店を“楽しい”と言ってくれるお客さんが多く、総じて好評です。お店という“場”があると、思っていた以上にお客さんとの会話が生まれるんだなぁなと実感していますね。僕は料理が美味しいことと同じくらい、その料理の背景にあるストーリーを知ることが大切だと思っていて。だから、お客さんには会話の中で虫のことを丁寧に伝え、そのイメージが変わるきっかけを作れたらと考えています。

実際、コオロギラーメンを毎週食べに来るようなリピーターのお客様でも、もともとは虫が苦手だったという場合が多いんですよ。でも苦手なほうが、食べた時やストーリーを知った時のイメージの変わり方が大きいですね。あるお客さんは恐る恐る食べたら「あれ、美味しいぞ?」となって、一品料理やお酒なども少しずつチャレンジされ、結果「虫、めっちゃ面白いですね。」とハマってしまいました。今では道端にいる虫をかわいいと感じるまでになったそうです(笑)

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岐阜県郡上にある辰巳蒸留所と開発した、タガメを使ったクラフトジン(画像提供:ANTCICADA)

―お客さんとのコミュニケーションがあることで、より深く昆虫食の魅力を伝えることができるんですね。

そうですね。ゆくゆくはここを一方的にシェフが料理を提供するレストランではない、お客さんからも提案をもらいながら一緒にお店を作り上げるような場所にしたいんです。次の可能性に向けた余白を持ちながらトライアンドエラーを繰り返す、オープンな実験場のようなお店が理想です。たとえば今、コオロギラーメンのスープを作る時に出る1日9000匹ものコオロギの出し殻をいかに活用するか、という課題があるんですが、これについてもお客さんにいろいろアイディアをもらっています。煎餅にしたら良いのでは?とか、チョコレートにクランチのような形で混ぜ込んだら?とか、ユニークな案が出ていますね。
そんな風にコミュニケーションを深めていったら、昆虫に興味をも持ってくださったお客さんたちと、お店の外でも交流するようになってきました。直近では、お客さん15人くらいと山梨の養蚕農家さんのところに遊びに行く企画があるので、楽しみにしています。そうしたゆるやかなコミュニティができていく兆しがあるのは、とても嬉しいことですね。

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多くの協力者とともに昆虫の可能性を探る日々(画像提供:ANTCICADA)

昆虫食の未来に、美味しさの視点を。

―篠原さんたちの活動もさることながら、昆虫食は業界としても盛り上がってきているように感じます。

人口爆発によって食料問題の深刻さが年々増していますが、その中で昆虫食が救世主になるのではという見方は強まっていますね。たとえば肉を生産するには膨大な飼料・水・土地・人件費、そして時間がかかりますが、昆虫ならそれらの負担を大幅に軽減でき、コオロギなら卵から1ヶ月程度で食べられる状態になる。少なかった生産者も徐々に増えてきていますし、商品開発の分野は少しずつ盛り上がっています。

―今年は無印良品も「コオロギせんべい」を発売して話題になりましたよね。

そうですね。あの商品には僕らが徳島大学と共同研究しているコオロギを使っていただいているんですが、やはり無印良品のような会社が一般向けに商品として販売したのはすごいインパクトでした。190円という手軽な価格も、昆虫食が一般に普及していく大きな転機となったと思いますし、僕らにとってもありがたいことでした。

ただ、業界全体として今ひとつ盛り上がらないのが“昆虫を食材として生かす”という論点なんです。社会的に意義のある食材として注目されているのは素晴らしいことなんですが、今はまだ、虫という異質な食材を“いかにして虫だとわからない状態にするか“という発想が基本で、一つの食材として認められていないような気がします。色や香りでごまかしたり、他の食材の代替物として仕方なく食べるというスタンスなんですよね。
だからこそ僕らは、この昆虫食の世界に“美味しさ”の視点を加えたいと思って日々研究しています。せっかく食べるんだから、他の食材と同じようにいかに美味しく食べるかを追求する方が、作る側も食べる側も幸せですからね。

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コース料理の一例。ビジュアルも美しい、アイディア溢れる料理がいただける(画像提供:ANTCICADA)

古いものをリスペクトし、新しい視点で光を当てる。

―日本橋・馬喰町を開業の地に選んだのには、何か理由があるのでしょうか?

それは主に二つあります。まず一つは、この物件のオーナーの「馬喰町に面白い人をたくさん集めて盛り上げていきたい」という強い思いに惹かれたことです。そしてもう一つは、街を歩いてみた時に、僕らとも親和性がありそうな仲間がいるのを肌で感じたこと。オーナーが望むとおり、魅力的なスタートアップや飲食店が実際に集まってきていたので、この街と積極的に関わっていきたいと思いました。

この馬喰町のじわじわと街が進化している雰囲気は、昆虫食を中長期的に“カルチャー”として広める場所を求めていた僕らにとって、ぴったりだったんですよね。それに日本橋はかつての五街道の起点なので、ここから世界に向けて新しいことを発信するというストーリーも僕らに重なるところがあり、すごく気に入ってます。

―日本橋は食の街として栄えてきた歴史がありますが、そこに皆さんが昆虫食という新ジャンルで入られることで、この街の食文化に新しい流れが生まれそうです。

そうですね、まさにそういう流れを作る存在でありたいと思っています。ただひとつ前提としてあるのは、昆虫食は新しく思われがちなんですが、実は昔からある原始的な食文化だということ。人類の初期のタンパク源は昆虫でしたし、郷土料理として知られる虫の佃煮も、日本各地で食べられてきました。でも、今は昆虫食が昔ながらの形ではなかなか選ばれなくなってきているのも事実で、地方の佃煮屋さんなどの話を聞いても人気があるとは言い難いようですね。
ただ、現代においては今までの佃煮とは違うアプローチで照らしてあげることはできると思うんです。いかにその食文化をリスペクトして良さを引き継ぎ、“歴史の延長線上で”新しい側面を見せるかで、伝統食は必ずアップデートできるはずだと考えています。

―具体的に考えていることはありますか?

たとえば、佃煮づくりにはまさに力を入れて取り組んでいます。実は佃煮は中央区の佃島が発祥で、そこに縁を感じていて。でも、僕らには歴史がないので昔ながらの製法や販売ノウハウはわかりません。だからたとえば、この日本橋の歴史ある佃煮店の方々にもご協力いただいて、佃煮の次の可能性を一緒に考えていけたら嬉しいです。新しい見せ方を入り口にして、その伝統の本質を伝えていくような取り組みができたらと思います。

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ANTCICADAオリジナルの昆虫の佃煮。コオロギ、カイコ、イナゴの3種がある(画像提供:ANTCICADA)

食は作業ではない、冒険だ。

―これからの時代に、食が果たす役割や理想の形について、お考えをお聞かせください。

僕はどんな美しい自然を見ることも、珍しい体験をすることも、食がもたらす感動には勝てないと思っています。 “食べる”ということは五感で自然とのつながりを感じる行為であり、自分自身や自然界と向き合う“個人に帰属するもの”です。でも現代では周囲の価値観に影響されやすい“社会に帰属するもの”になっている気がします。たとえばお店の口コミサイトの評判や点数などで、自分は美味しいと思うのに、点数が3.0だったから、「あれ、やっぱり美味しくないのかな?」と思ったり、逆に評判が良いから美味しく感じられてしまったりすることは、その表れだと思います。

美味しさの感覚は人によって違って良いものだし、先入観を捨てて自分の尺度で楽しむのが理想だと思います。そして既存の尺度がないのがまさに昆虫食なので、僕らが自由な食の楽しみ方のきっかけになれたら良いですね。「食は作業ではない、冒険だ」が僕らのスローガンなのですが、食にもっと自由さや冒険の要素が加わり “世界を見る視点”が増えると、人生が少し豊かになると思うんですよね。
このことは僕らの活動を通じて時間をかけてじっくり広めていきたいと考えています。

―最後に、今後挑戦してみたいことを教えてください。

これからやりたいのは、地元の皆さんとのコラボレーションです。お客さんとのつながりは徐々に生まれつつあるので、次は日本橋の地域の方々と一緒に何かを生み出していきたくて。食業界に関わらず、ファッションとしての昆虫、アートとしての昆虫などいろいろな可能性がある気がしています。日本橋エリアは新旧・多種多様な業種の方がいらっしゃるので、この地にお店があることを最大限活かした活動がしたいですね。「この頃なんだか斬新な切り口がないなぁ」などと思っている日本橋の方がいたら、僕たちがお役に立てるかもしれません。ぜひお声かけください!

取材・文:丑田美奈子(Konel) 撮影:岡村大輔

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