Interview
2020.08.07

日本橋のレストランが橋渡し。 生産者とお客様をつなぐ料理に込められた想い。

日本橋のレストランが橋渡し。 生産者とお客様をつなぐ料理に込められた想い。

日本橋にあるミシュラン一つ星獲得のフレンチレストラン「Lapaix(ラペ)」。生産者から直接仕入れる新鮮な旬の食材を使い、シェフ独自の日本のエッセンスを加えたフランス料理にはファンも多く、予約がとりづらい人気店としても有名です。お店が起点となり、生産者とお客様を料理で繋ぐという、まさに“五街道の起点”日本橋らしいレストランの現在、そして未来に向けたビジョンを、シェフの松本一平さんにお伺いしました。

新旧多様な文化が交わる街・日本橋から“日本のフランス料理”を発信。

―松本シェフのご経歴を教えていただけますか。

実家が和歌山でおでん屋を営んでおり、小さい頃から食べることも料理を作ることも好きだったので、料理の道に進むのは自然なことでした。料理の専門学校に進学して、卒業後は都内のフレンチレストランで5年ほど働き、その後知見を広げるために1年間ベルギーの一つ星レストランで修行を積みました。そして帰国後は実家のおでん屋を手伝いながら、お店の営業時間前を利用してフレンチのランチを出していたんです。おでん屋でフレンチという異色な組み合わせもあってか、お客様から好評をいただき、取材を受けるまでになって。僕自身はそのまま和歌山でお店をやろうと考えていたのですが、色々な方から「せっかく海外で修行までしたんだから」と言っていただいたこともあり、声をかけてもらった麹町のフレンチレストランで二番手のシェフとして働くことにしました。二年後に、そのレストランが、姉妹店「オーグードゥジュール メルヴェイユ」を日本橋に立ち上げることになり、そこでメインのシェフとして10年間勤めた後、2014年に独立し、「LaPaix(ラペ)」(以下、「ラペ」)をオープンして今に至ります。

―お店やお料理のコンセプトを教えてください。

“日本から発信するフランス料理”をコンセプトに営業しています。このコンセプトにしたのは、昔フランスに行った時に現地のシェフに「日本人はどうしてフランスの料理を学びたがるんだ?」と聞かれたことがきっかけでした。海外の方には、日本には和食という食文化があるのになぜ他の国の料理を学ぶ必要があるんだ、と不思議だったんでしょうね。その一言で、日本の食材や日本料理を改めて見直すようになり、自分が開く時は日本の良さをフランス料理に融合しようと決めていました。実際、「ラペ」では日本各地で採れた食材はもちろんのこと、有田焼をはじめとした日本の器、カトラリーやグラスも日本で作られたものを使い、内装にも随所に和のエッセンスを加えています。

―日本橋に出店されたのも、そのような背景が関係しているんですか?

東京の中でも日本らしさを残しつつ、常に進化をし続けている街である日本橋は、日本らしさの発信、という店のコンセプトとマッチしていると感じていました。あとは、フレンチというと、どうしても東京の西側のイメージがあって、東側はどちらかというと天ぷらや寿司、和食の老舗を思い浮かべますよね。そういう意味ではライバルも少なく(笑)、挑戦しやすい場所であるのも理由の一つです。さらに、多様な文化を取り入れ、新旧さまざまなお店が共存している日本橋なら、フレンチと日本らしさの融合を目指した、新しい“日本のフランス料理”で挑戦ができるのでは、と考えました。

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松本シェフは、「日本・調和・心・繋がり・五感」の5つを「ラペ」のフィロソフィーとして掲げている

生産者とは、お互いを高め合う関係でいたい。

―松本シェフが作る“日本のフランス料理”では、食材にも大変こだわられていますよね。

以前から、自分の店を持ったら生産者から直接食材を仕入れたいと考えていました。これには理由が二つあります。一つは、市場と違い仲介業者がなく、自分が仕入れたお金がそのまま生産者さんの手に渡るため、こだわりを持って食材を作っている生産者さんを直接応援できるということ。もう一つは、ダイレクトに仕入れた方が鮮度が保たれているということです。

もっとも、仕入れ先が限定されていると、その年の気候の変動などによって仕入れが不安定になる懸念はあるのですが、仕入れのネットワークを全国に持つことで、臨機応変に対応できるようになってきました。例えば、年間で取引している魚屋さんは全国に5〜6社あります。そうすることで、季節に合わせ、頼みたい食材をその時期に一番ふさわしい生産者さんから仕入れられ、ベストな状態のものをお客様に提供することができます。

―使う食材や、産地はどのように選ばれているのでしょうか?

自分から探しにいくものももちろんありますが、生産者さん同士の横のつながりから紹介していただき、興味を持つものも多いです。例えば、元々料理人だった方が代表を務めている和歌山のカネナカ水産という魚屋さんからは、和歌山県内でジビエ狩猟をしている方や、農家さんを紹介してもらったこともありました。私自身、和歌山県出身にも関わらず地元の食材に接することが少なかったのですが、紹介いただいた生産者さんたちとお付き合いするようになって、和歌山食材の良さを再認識することができたので、大変貴重なご縁だと感じています。

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収穫の時期に、自ら生産地へ出向くことも。また、生産者の方をレストランにお呼びするコラボレーションディナーも人気(画像提供:LaPaix)

―今のような仕入れの体制を築くまでには、ご苦労されたこともありましたか。

初めて取引する生産者さんとは、関係性を築くのに時間がかかったこともありました。発注元の中には、メール一本のやりとりで不誠実な依頼をしてくる方も時折いるようで、顔が見えない取引相手に対して警戒心を抱かれている方も多いんです。だから、私は本当に欲しいもの、お客様に新たに料理として出したいものに関しては、できるだけ生産者さんの元へ出向き、その想いを直接伝えています。面と向かって話をすること自体も大切ですし、我々飲食店側と生産者さんとは、受発注の関係を超えた対等な立場で会話や意見交換をするべきだと思います。そうすることでお互いを高めあえるような関係性を築き、良い協業関係をもって一緒に飲食業界を盛り上げていきたいと考えているんです。

生産者のメッセージから誕生した「ラペボックス」

―生産者の方とのコミュニケーションの中から気づきを得ることもありますか?

それは大いにありますね。今回、コロナウィルスの影響でレストラン営業を自粛していたときに販売した「ラペボックス」のアイデアも、まさに生産者さんからのメッセージがきっかけでした。

そのメッセージとは、緊急事態宣言が出る直前に届いた食材に添えられていた「厳しい時期ですが、がんばってください」という一言でした。大変なのはお互い様なのに、わざわざ書いてくれていたその一言がとても嬉しくて。そして、いつも自分たちの料理を支えてくれている生産者さんの存在や、彼らの努力をお客様にもっと伝えるべきなのではないかと思い立ったんです。

この状況のまま、営業自粛に入ってしまったら、自分たちはもちろんですが、お世話になっている生産者さん達も甚大な影響を受けるし、お店での料理を通して生産者さんの存在を伝えることすらできない。お互いにとって何か良い方法がないか、と考えた末にできたのが、自宅で2日分のラペのコース料理が楽しめるセット「ラペボックス」でした。

ラペボックス中身

一つずつ丁寧に真空パックされた食材。メニューごとに番号が振られているので、自宅でも手軽に調理することができる(画像提供:LaPaix)

―テイクアウト商品ではなく、“コース料理の配送”という発想が他のレストランとは違いますよね。

自分たちは料理人ですから、どんな料理でも作れますし、今まで仕入れてこなかったような食材を仕入れて、価格を調整することも可能です。でも、それをやってしまうと、今まで培ってきたお店の価値も下げてしまうことになる。それならば、いつもお願いしている生産者さんから食材を仕入れ、レストランで出すものと同じように調理をし、お客様にお届けしよう、と考えたんです。

―通常営業と違うことに挑戦するにあたり、不安はありませんでしたか。

コロナ渦の中でスタッフの安全も確保しながら、新しい取り組みをするのは、正直勇気がいることではありました。価格設定にも悩みましたし、どれくらいのお客様が買ってくださるか見当もつかなかったので、最初は30個限定(1個二人前×2日分/送料込み15,000円)で作り、お店のSNSで告知してみたんです。すると、うれしいことに、予想以上の反響をいただき、ほどなくして完売しました。それで翌週から一気に数も増やしていきました。

お客様の声から生まれる、新たな可能性

―お料理だけでなく、パッケージや同梱物にも工夫を凝らされたようですね。

レストラン営業では、常にどうしたらお客様により楽しい時間を過ごしてもらえるかを考えて、サービスをしています。しかし、「ラペボックス」ではお客様に対面できないためそれが叶いません。だからその代わりになるような付加価値をつけられないかと考え、食材の紹介や、メニューの説明は細かいところまでお伝えできるように工夫しました。

特にこだわったのは、使っている食材の情報をきちんと訴求すること。独自の通販サイトを持っている生産者さんに関しては、メニュー内にQRコードを入れて、お客様が直接そのサイトから食材を購入できるようにするなど、お客様と生産者さんの繋がりを生み出すことを意識しました。実際に、それをきっかけにお客様から直接その通販サイトに注文が入る事例も出てきて、生産者さん側にも喜んでいただくことができました。自分たちだけでなく、みんなで一緒に良い方向に向かっていけたら、と思って取り組んだことなので、成果が表れて嬉しかったですね。生産者さんからはそのお礼にといつもより多く食材をいただいたり、こちらもそのお返しに「ラペボックス」を送ったりというやりとりもありました。

―お客様が楽しめるようなアイデアも満載です。

こんな時だからこそ受け取ったお客様が笑ってくれたらいいなと思い、段ボールやパッケージにもちょっとしたパロディを仕掛けてみたり、6・7回目の配送のときには、SNSで調理や盛り付け例の動画も公開しました。

ラペボックス

大手ECサイトのロゴを“ラペ風”にアレンジした段ボール。届いたお客様が思わず“クスっ”と笑えるようにしたかったそう(画像提供:LaPaix)

―回を追うごとに、どんどん進化されていますよね。

はい。より良くするために小さな工夫や改良は常に続けるように心がけています。そういう意味では、「ラペ」ではお客様のお声から、新しいメニューやサービスが生まれることが多々あるんです。今回も「ラペボックス」を受け取ったお客様が送ってくださるメッセージや、SNSに上がった料理写真から、色々と改良点が浮かびました。先ほどお話した盛り付けや調理の紹介動画も、お客様のSNSがきっかけだったんです。

―お客様のお声から生まれたメニューやサービスで特に印象的なものがあれば教えてください。

今では毎年夏の恒例になっている“桃のコース”があるのですが、実はこれも常連のお客様の希望から生まれたメニューなんです。そのお客様だけのメニューで終わらせるのがもったいなくて、拡大して提供し続けているうちに夏の風物詩となり、今では半年も前から「次の桃のコースはいつ?」と聞かれるほどの人気となりました。

新しいことを始める時って、自分だけで考えていると行き詰まってしまうことがあるんですよね。そんな時こそお客様のご意見に助けられることが多くて。たとえ小さな意見でも、それをきっかけにして形にすることで、自分自身やお店の幅も広がっていくように感じています。先の動画もまさしくその例で、いざ動画制作を始めてみたら、どんどん凝りだしてしまい、最終的には毎回メニューのイメージに合うBGMまでセレクトするようになりました(笑)。

https://www.instagram.com/tv/CB53iurnAp5/?utm_source=ig_web_copy_link

今こそ、“つながり”を大切に、飲食業界を盛り上げたい

―今後、松本シェフが挑戦したいことを教えてください。

正直、コロナウィルスの影響がいつまで続くかわかりませんし、見通しが立たない部分もあります。しかし、今回「ラペボックス」でコース料理の配送にチャレンジしたことで、まだまだ伸ばしていける部分はたくさんあると考えているんです。

お店の人員体制を考えると、今のように通常営業(7月8日取材日現在)をしながら定期的に「ラペボックス」を提供し続けるのは難しいと思うので、今後は「ラペボックス」についてはイベント的に販売することを考えています。例えば、今まで興味はあるけれどなかなか実現しなかったおせちを作ってみるのも良いかな、と。せっかく「ラペボックス」で経験を積んだので、その延長線にあるようなものを作れたらいいですね。

―次の「ラペボックス」を楽しみに待っているお客様も多そうです。

多くのお客様がSNSで写真を掲載してくださったことで、今までお店に来たことがなかった方、地方の方、お子様が小さくて気軽にお店に来られなかった方など、たくさんの方が「ラペ」の存在を知ってくださり、再び「ラペボックス」を購入したいと言ってくださっています。また、今回のプロジェクトを知ってか、いくつかの企業から料理監修の依頼なども入るようになりました。

さらに、同業の仲間たちからは今回の取り組みについて教えてほしいと言われることも。コロナウィルスの影響で苦しいこともありますが、そういう明るい兆しを大切にして、仲間たちに「こんなアプローチの仕方もあるんだよ」と伝えながら、飲食業界全体を盛り上げられたらいいですね。

―最後に、今後街を舞台に何か仕掛けていきたいことがあれば教えてください。

「和」の要素を取り入れた料理を提供するお店が持てたらうれしいですね。実家がおでん屋さんだったので、「ラペ」では毎年冬に一週間くらい業態を変えて「おでん屋平ちゃん」(シェフのお名前から由来)を開いているんです。今回の「ラペボックス」でも二日分のうち、一日分をおでんセットにした回もあったんですが、これがまた好評で、「おでんを二日分食べたかった」という、フレンチの店としては複雑な気持ちになる感想もありました(笑)。日本橋にはおでんの肝である出汁を扱う、にんべんさんのような老舗もあって親和性も高いですし、“日本のフランス料理”をさらに進化させた、和の領域に挑戦してみたいと密かに思っています。

取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔

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