Interview
2022.04.20

「みんなが好きなパン」を突き詰めて、専門店開業へ。 殻を破れなかった3人組の、“本気”の挑戦。

「みんなが好きなパン」を突き詰めて、専門店開業へ。 殻を破れなかった3人組の、“本気”の挑戦。

2021年11月に、茅場町に開業した「PARKER HOUSE BUTTER ROLL(パーカーハウスバターロール)」。店名にもある通り、巷でも珍しいバターロール専門店です。連日多くの人々が、看板商品のバターロールをはじめ豊富な種類のサンドイッチや惣菜パンを求めて、長蛇の列をなすことも。今回は店長の三澤零さんに“バターロール専門店”の誕生秘話や、商品へのあくなきこだわりなど、日本橋の人気ベーカリーとなった秘訣を伺いました。

挑戦の始まりは、コロナ禍での業態変更

ーまずは、店舗開業の経緯を教えてください。

いま店舗がある場所には、もともと私が所属する(株)ボネリートが運営していたイタリアンシーフードバールがあったんです。しかしコロナ禍で経営が思わしくなく、同じ場所で業態変更して再出発をしようということになり、ベーカリーを作る話が持ち上がりました。 当時、私はまったく別のカフェバールでバリスタをしていたのですが、この業態変更が決まったときに社長から呼ばれ、「ベーカリーを開業するから、そこで店長をしないか」と言われて。会社としても初の業態にも関わらず、ベーカリーに関わったことがない私に打診が来たのにはとても驚きました。でも「いつか店長として活躍したい」という想いを持っていたので、チャンスがあるなら!と引き受けたんです。

ー立ち上げ時のメンバーは、三澤さんともうお二方と聞いていますが、そのお二人はベーカリーの経験はあったのでしょうか?

いえ、まったくそんなことはなく。一人はイタリアンのシェフをしていた八木、もう一人は当時レストランのサービス担当をしていた石井というチーム編成で、私も含めパンには縁遠い三人の抜擢でした(笑)。

ーそれは驚きの人事でしたね。

声をかけてくれた社長に理由を聞くと、「火は起こせそうなのに、くすぶっている印象の三人を抜擢した」と言われたんです。当時三人とも違う店舗にいたのですが、社長に集められたときに「本当はもっとできるはずなのに、熱量に蓋をしているようにみえる。そろそろ隠さずに本気を出してみたらどうだ」と発破をかけられて。
もともとあった店舗の業態変更は前例がなく、ベーカリーを手がけることも初めて、担当者も未経験・・・そんな初めて尽くしの中で、三人の“本気”を見せて欲しいと言われ、「よしやってやろう!」という気になりました。

ーそのときはすでに「バターロール専門店」というコンセプトは決まっていたんですか?

この場所にベーカリーを開業する、ということ以外は決まっていなかったので、そこから何をメインにした店にするのか、アイデアを出し合う日々が続きました。食パンやクロワッサンの専門店、我々に縁のあるイタリア食材を使ったサンドイッチ、など色々考えたんですが、どれも二番煎じで面白みに欠けるように感じてしまって・・・。
そんなときに「自分たちがよく食べていたパンって?」と、立ち返ってみたんです。そうしたら三人とも「スーパーとかコンビニエンスストアで売っている5個一袋のバターロールをよく買っていた」ことがわかりました。また、どのベーカリーにもバターロールは大概売っていて人気があるはずなのに、バターロール専門店って意外とないよね?という話になり、そこからバターロールに“本気”で向き合って、自分たちの店の看板商品にしようという流れになりました。

04

店長の三澤零さん。インタビューはお店のテラス席で行われた。これからの季節は気持ちよく過ごせそうな開放的な空間は家族連れにもぴったり

イタリア料理やコーヒーがヒントに。おいしさの鍵は“水”。

ー商品開発はどのように進めたのでしょう?

本気で作るからには、巷で売っているものとは一線を画したいという想いもあり、まずは三人で目指すべきバターロールの方向性を決めました。大きくまとめると、しっとり感のある口当たり、もちもちと柔らかい食感、翌日に食べてもおいしいこと、この3点です。
このゴールを目指し、材料の配合や作り方などを変えてとにかく何度も試作をしました。

―理想のバターロールが出来上がるまでに苦労もありましたか?

一番苦労したのは、もちもちとした柔らかい食感を生み出す部分でしょうか。パンに適していると言われる小麦粉を片っ端から試してみたのですが、どうも歯応えが出過ぎたり、硬くなりすぎる。あとは何を変えれば良いのだろう、と悩んでいるときに、シェフから「水を変えてみよう」と言われたんです。イタリア料理では、パスタを茹でるときには硬水を使い、煮込み料理を作るときには軟水を使うなど、用途に応じて水を変えるから、パンも水を変えてみたらどうかというアイデアで。自分もバリスタをやっていたときに、豆を変えずに水を変えることで味に変化が出たことを思い出しましたね。
そこから今度はいろいろな水を取り寄せて、再度試作を重ねることになりました。一般的にパン作りに向いていると言われるのは弱酸性の中硬水なのですが、今回私たちが目指す方向に合致したのは、それとは真逆の弱アルカリ性の軟水。あえてもっともパン作りには適さないと言われる水で作ったところ、目指していたきめ細やかな舌触りと柔らかさが実現して驚きました。実験のように何度も試作を重ねる中から、その相性を見出したときはとてもうれしかったですね。

gp_066

こだわり抜いたレシピはなんとオープン前日に完成。妥協せずに完成させた看板メニューは、今や平日でも午後には売り切れることがある(画像提供:PARKER HOUSE BUTTER ROLL)

挑戦をしたことで得られた充実感と成功体験

―シェフやバリスタの経験があったからこそ、“水”を変えるという発想に繋がったんですね。三人の武器が活かされた場面は他にもありましたか?

三者三様の得意分野や積んできた経験が違うので、お互いの良さを生かしたチームワークは築けていると思います。
例えばシェフの八木は商品開発を、私は細かい数字管理やスケジュール調整などプロジェクトマネージャーの役割を、副店長の石井はスタッフやアルバイト間の潤滑油的な存在でありつつ全体をサポート、とそれぞれの個性や経験を生かした役割分担ができていることがスムーズな運営にも繋がっています。

IMG_1616

足りないところを補いあえる三者三様の個性もありつつ、“ピリピリ”しないところは三人似ているとのこと(画像提供:PARKER HOUSE BUTTER ROLL)

―逆に三人が似ている部分や、共通点などはありますか?

今回の新しい挑戦を楽しみつつ本気で取り組んでいるところは、三人ともに共通していますね。“本気を見せてほしい“と発破をかけられたところからスタートしていることもあり、開業直前で帰れないような時期も、お互いの心が折れないように支え合いました。“くすぶっている”と言われるようなこの状況を打破するんだ!という共通意識があったからこそ、大変な時期を乗り越えられたと思います。
また、ベーカリー出店に関しては全員が初挑戦だったこともあり、みんなで同じスタート地点に立てたのも、一致団結できた一因かもしれません。パン作りのことは何もわからなかったので、三人で一緒に「トリュフベーカリー」さんというお店へ修行にいき、一から慣れない商品を作り上げるというプロセスは、大変なことも多くありましたがとても貴重な経験でした。

―三人とも環境が変わられることで、ご苦労があったと思います。

同じサービス業ではあるものの、今もベーカリーならではの大変さを感じているところではあります。例えば、時間の使い方。生地を寝かせる時間や練る時間など1分でも間違えると、出来上がりがまったく違うものになってしまいますし、仕込み時間がずれると焼き上がりの時間もずれるので、スケジュール管理にはかなり気を配るようになりましたね。また、ベーカリーは仕込んでは焼いて提供しての繰り返しになるので、1日の中で一定の忙しさがずっと続くことに慣れるまでは苦労しました。
しかしその一方で、チャレンジすることで掴んだ充実感も大きいですね。今まで通りの仕事をしていたら、きっとこの成功はなかったんだろうなと思います。僕らの場合は発破をかけられたことがきっかけでしたが、あのときに新しいことに挑戦する選択をしてよかった!と感じています。

手に取り続けてもらうための努力を。

―開業から半年経ちましたが、お客さまの反応はいかがですか?

お子さんからご老人まで、幅広い年代の方がバターロールを手に取ってくれるところをみると「バターロールにこだわってよかった」と感じますね。どこにでも売っているというのは見方を変えればライバル商品も多いことになりますが、馴染みがあるものにこだわったことで、多くの人から親しみを持ってもらえているんだなと感じています。つい先日も小さいお子さんが店先で「バターロール大好き!」と大きな声で言ってくれているのをみて、うれしくなりました。

02

週末ともなれば、バターロールを求めるお客さまの長蛇の列ができる

―食パンやメロンパンも並んでいますが、これもバターロールがベースになっているんですね。

食パンやメロンパン、サンドイッチなど、どんな見せ方になっても骨子の部分は同じで、自分たちが磨きあげたバターロールの生地を使っています。それこそがこの店の武器ですし、「バターロール専門店」として認識してもらうためにもこだわりたいところではあるので、今後もこのベースは変えずに、さまざまなアレンジをしていこうと考えています。

―すでに新しいアレンジなどは考えていますか?

シェフの考えで、茶色くなりがちなベーカリーメニューだからこそ色味にもこだわったメニュー開発をしようという意識があります。なので、季節に応じて見た目でも楽しめるメニューをリリースできたらと考えています。今は約三週間に一度のペースで新作をリリースしていますが、これが二週間に一度くらいになると、近隣のワーカーさんや住民の方に新作も期待しながら、何度も足を運んでもらえるお店になると思っているので、今後はそういった努力も重ねていきたいですね。
あとは、例えばエリア内で中華屋さんに惣菜を提供してもらって、サンドイッチをコラボする、などのアレンジもゆくゆくできたらいいなと思っています。

03

三澤さんのおすすめは、右から二番目の「ほうれん草のポテトサラダとベーコンのサンドイッチ」。ほうれん草の緑が鮮やかで、目でも楽しめる一品です

―それはすごく楽しみです!今後の目標やこのお店で大切にしていきたいことがあれば教えていただけますか。

開業前に修行をさせてもらっていた「トリュフベーカリー」さんで、“普通のものは売らない=必ず一工夫する”という考え方を教えてもらい感銘を受けたんです。なのでそれを自店なりに具現化したいな、と。例えばサンドイッチに入っている野菜の味つけにスパイスを使う、などオーソドックスなメニューでも、何かひとつパーカーハウスオリジナルの“らしさ”を加えたメニュー開発を大切にし続けたいと考えています。
また、これから開業後初の夏を迎えますが、暑い季節には生地をこねる水の温度を変えるなど、提供商品を常にベストな状態にするために細やかなマイナーチェンジもその都度重ねたいと思っています。

―三人が常に前を見据えていて、まだまだパーカーハウスの進化は続きそうですね。

おかげさまでメディアなどにも取り上げていただき、自分たちの予想よりも遥かに大勢のお客さまが足を運んでくださっていますが、僕らはまだまだこれじゃ終わらないぞ!と思っています。
くすぶっている頃の自分だったら(笑)この成功体験は味わえなかったと思うので、現状に満足することなく殻を破り続けていきたいですね。「パーカーハウスがあるからあの街に住みたいな」と言われるくらいの街を代表するベーカリーを目指していこうと思います。

スクエア

サンドイッチや惣菜パンに使う食材

看板商品のバターロールをインターフェースとして使い、エリア内の名物とコラボしたサンドイッチなどが開発できたらいいですね。

名称未設定

ジェットベイカー

まだ伺えていないのですが、“呑めるパン屋”をコンセプトにしている近所のダイニングバー「ジェットベイカー」さんが気になっています。ダイニングバーでありつつも、ベーカリーとしてパンの販売もされているみたいで。“高加水パン”がおいしいと聞いているので買いに行きたいと思いつつ、いつも訪れたタイミングでは売り切れているので、近いうちに再チャレンジします!(画像提供:ジェットベイカー)

取材・文:古田啓(Konel) 撮影:岡村大輔

Facebookでシェア Twitterでシェア

TAGS

Related
Collaboration Magazine Bridgine