日本橋エリアで音を紡ぎ、街に埋め込む。東京ビエンナーレ2023でMSCTYが触れたサウンドスケープとは?
日本橋エリアで音を紡ぎ、街に埋め込む。東京ビエンナーレ2023でMSCTYが触れたサウンドスケープとは?
2023年、東京のまちを舞台に2年に1度開催される国際芸術祭「東京ビエンナーレ」が開催され、11月5日にその幕を下ろしました。その中でBridgineでは「MSCTY:日本橋エリアを音で紡ぐ」というプロジェクトに注目します。参画アーティストである、イギリスで活躍するニック・ラスカムとジェームス・グリアによる音楽ユニットMSCTY(ミュージシティ)は、このプロジェクトのために日本橋の老舗を取材し、そこで得た音源を元にMSCTYと日本のアーティストたちがサウンドを制作。日本橋の街を巡りながら、その歴史や特徴を音から感じ取ることができる作品を提示しました。この日本橋の歴史や文化を知ることができるサウンドスケーププロジェクトはどのように始まり、どのような発展の可能性を示したのでしょうか? 「東京ビエンナーレ2023」のプロデューサーであり、「MSCTY:日本橋エリアを音で紡ぐ」のプロジェクトディレクターでもある中西忍さんにインタビュー。別日でMSCTYのニック・ラスカムさんにも取材を行いました。
東京ビエンナーレのテーマ「リンケージ つながりをつくる」から企画は生まれた
中西忍さん。株式会社電通を経て、2015年から国立研究開発法人科学技術振興機構に所属し、2021年3月まで日本科学未来館副館長として活動。2021年4月より、株式会社IDEAL COOPを主宰し、国内外の建築、アートプロジェクト、3331 cafe Ubuntu事業を手掛ける。東京ビエンナーレでも、初回からプロジェクトプロデューサーとして参加している
―2回目の開催となった今回の「東京ビエンナーレ」。元々、どのような目的から生まれた国際芸術祭なのでしょうか?
中西:東京ビエンナーレは、東京を代表する国際芸術祭を目指して生まれました。総合ディレクターは、アーティストであり、アーツ千代田3331(2023年3月閉館)のディレクターを経験してきた中村政人さん。彼を中心に、「美術館の中で行われることだけでなく、リアルな社会の中でアートや文化はどう機能していくのか」という問題意識を持ち続けながら、およそ10年間にわたって構想を練っていきました。そして、「地域との繋がりをつくり、それを可能なかぎり東京全体に広げて、東京の新しい芸術祭をつくっていく」ことを目指して、千代田区、中央区、文京区、台東区の4区にまたがる東京都心北東エリアで東京ビエンナーレが開催されることになりました。1回目はパンデミックの最中に開催されましたが、展示会場は70ヶ所と大規模なものに。そして第2回目の今年は、展示会場を50ヶ所に絞りつつもイベントの数を増やし、会期中に全てを体験するのは不可能なほど多様なイベントが開催されました。
―今年のテーマとして、「リンケージ つながりをつくる」を掲げています。そこにはどのような思いが込められているのでしょうか?
中西:「リンケージ(つながり)」というキーワードは、中村政人さんが向き合い続けてきた問題意識と、近年のアート界の大きな流れが合致したことにより立ち上がってきたものです。特に我々が注目したのが、ドイツ・カッセルで2022年に開催された「ドクメンタ15(5年に1度開催される国際芸術祭)」でした。この回では、ルアン・ルパというインドネシアのコレクティヴが指揮をとり、“No art, Make friends”というコンセプトを掲げ、マーケットと強くつながりを持ちすぎてしまったアートの世界に疑問を呈しました。そのメッセージや内容に共感したことから、今回のテーマが掲げられました。
―中西さんは今回、プロデューサーとプロジェクトディレクターを兼任したそうですが、それぞれの役割について教えてください。
中西:東京ビエンナーレに関わる人は、アーティストだけでなく、デベロッパーや民間の会社などさまざまです。プロデューサーとしては、どのようなアーティストと、どのような場所で、どのようなパートナーと一緒に進めていくのか、予算も含めて調整し、各所との関係性を深めながら推進していきました。一方で、プロジェクトディレクターとしては中央区の日本橋エリアに興味があったので、そこを担当したいと手を挙げ、街とアートのつながりをどうつくっていくか、アーティストと一緒に考えていきました。
―そこから「MSCTY:日本橋エリアを音で紡ぐ」が生まれたのですね。アーティストの選定や企画はどのように進められていったのでしょうか?
中西:MSCTYとは、2年前にイギリス人の友人の紹介で繋がりました。活動内容を聞くと、音楽、サウンドアート、建築を融合しながら、世界中の都市をめぐり、現地の作家と音を風景として捉え、その地域のアイデンティティを見出すサウンドスケープの作品をつくってきたというのです。それに、坂本龍一さんをはじめとする日本の環境音楽への深いリスペクトも感じて。彼らとやったら面白いだろうなと思い、「日本橋エリアを音で紡ぐ」というプロジェクトがスタートしました。このプロジェクトでMSCTYは、リサーチャーであり、キュレーターであり、サウンドアーティストであり、ラジオパーソナリティでもあるという、多面的な関わり方をしました。
具体的には、まずリサーチのために日本橋にある老舗へ取材しにいき、そこで日本橋の基層文化に触れながら、そこにある音をレコーディングしていきました。その音をもとに楽曲を制作していくのですが、彼らは9組のサウンドアーティストやミュージシャンを選定しながら、自身でも2曲の制作をしています。
ニック・ラスカムさん。1987年より英国公共放送BBCでDJ、プロデューサー、エンジニアとして活動。ラジオ・プロデューサーとしていくつもの番組を手掛ける傍ら、音楽ディレクターとしても活躍。また、自身もフィールド・レコーディングを行なっており、多くの作品をリリース。2010年ジェームス・グリアと共に音楽、サウンド・アート、建築を融合させたユニークな体験をプロデュースするMusicity(MSCTY)を設立し、クリエイティブ・ディレクターとして活動している(Photo by Sam King)
中西:さらにニックは、「リンケージ」という観点から、建築、都市デザイン、そして日本橋自体のエキサイティングなエリアについてのディスカッションをするポップアップ・ラジオ・ステーションの開設を提案してくれました。その拠点として候補に挙がったのが、この日本橋室町にある元お寿司屋さん(本記事のインタビュー会場)だったのです。訪れてみると、雰囲気もいいし、内装もL字のカウンターがありいわゆる日本の寿司屋の姿が残っていて趣がある。実際にこの場所をMSCTYの2人に見せると、一発で気に入ってくれて。「ここで毎週ゲストを呼んで、パーティーをしながらラジオ配信をしよう」とアイデアが広がっていきました。
「MSCTY:日本橋エリアを音で紡ぐ」の拠点となった元寿司屋のカウンターで。リサーチを振り返り、「にんべんで聴いた鰹節を削る音を聴いた時は、記憶の底に眠っていた朝食の支度をする母の姿が思い出されて、日本橋らしいというか、かつての日本の音風景が蘇るような感じがしました。ほかにも、田源で聴いたそろばんの音、衣擦れの音で布の良し悪しを判断するという話からも日本橋らしさを感じましたね。また、江戸屋さんでは昨日のことのように大正時代の頃の話が出てきたことも印象的でした」と中西さん
会期中には、サウンドスケープの音をレコーディングした会場を巡るツアーも実施され、編集部も参加した(編集部撮影)
※完成した各作品はこちらより聴くことが可能
https://www.mscty.space/en-US/project/mscty-x-nihonbashi
もっとこの街を知り、つながりを深め、広げていきたい
―今回のプロジェクトを通して感じた課題や可能性はありましたか?
中西:まず、日本橋の人たちと触れ合う中で、みなさんいろいろな立場からこの街の歴史や文化を支えようとする意識を感じて、これほど見えないところで江戸を抱えている街はほかにないと思いました。そんな彼らとの関係性を深めることで、よりいい音を撮ることもできるはず。だからこそプロデューサーとしては、リサーチを通して日本橋と老舗の歴史や文化をもっと深く知る必要があったと感じました。
拠点ではプロジェクトをまとめ、作品の音を背景に老舗の情景やアーティストがその店にどういうインスピレーションを受けたかというストーリーを乗せたメイキングムービーも上映していたのですが、もっとさまざまな情報が背景にあったことを伝えるべきだったという反省点もあります。老舗のストーリーとサウンドスケープの作品が重なっていくことで、このプロジェクトの意義が人々により伝わっていくでしょうし、リサーチした内容をアーカイブとして蓄積させていくことも、日本橋の文化を継承していく上で意義があることだと思いました。
一方で、ポップアップ・ラジオ・ステーションでは、訪れたさまざまなバックグラウンドを持つ人と議論を深めることができたと思います。なかには「この活動に協力したい」とオファーをいただくこともあったりして、つながりがより広がっていきそうだと感じましたし、街を遊びながら、忘れていた文化をもう一度思い出すプロジェクトとして発展する可能性を感じました。
――――――以下、MSCTY:ニック・ラスカムさん取材より――――――
「MSCTY:日本橋エリアを音で紡ぐ」から発見した、日本橋のサウンドスケープから生み出せるもの
―「MSCTY:日本橋エリアを音で紡ぐ」では、キュレーターとしてアーティストを選定されています。どんな観点で声かけをされたのでしょうか?
ニック:私たちは彼らのファンであり、新たな発見をもたらしてくれることを熱望して声をかけました。そして、アーティストたちがそれぞれのスペースにどのように呼応するのか、MSCTYとどのようにコラボレーションできるのか、文化や歴史、そして現在という観点から、つながりを持つことができるように、老舗の組み合わせを考えました。
アーティストたちも、自らのエゴを捨て去り、興味を持って担当する店のリサーチを丁寧に掘り下げてくれて、最終的にすばらしい音楽を生み出してくれました。真摯な姿勢で取り組んでいただけとことに、本当に感謝しています。
Photo by Rui Kimura
―その作品はMSCTYのウェブサイト上でも聴くことができますが、ツアーでは実際に作品の舞台となった老舗を巡りながらその歴史を学び、音や空間、ものを肌で感じながらサウンドスケープ作品を聴くという活きた体験をすることができ、聴き手の日本橋という街への理解をさらに深めるものになったと思います。このプロジェクトを手がけたことで、どのような発見がありましたか?
ニック:老舗のオーナーや代表の方へのインタビュー、ポップアップ・ラジオ・ステーションを手がける過程で、日本橋の歴史とそこから現在までこのエリアに息づくコミュニティについて、多くの知見を得ることができました。一方でラジオ用のインタビューは、よりプレッシャーのかからない質問形式にしました。その結果、インタビューを受ける方々もとてもリラックスした様子で、日本橋エリアについて色々伝えたいという意欲を感じることができました。日本橋の景色や音はとてもヴィヴィッドだと思います。私は古いものと新しいものが混ざり合い、変化し続ける日本橋の美学が大好きで、英国出身の私にとって日本橋は都市の中の都市という感覚を覚えます。また、今回のリサーチを通じて日本橋とのつながりを感じることができるとともに、近隣エリアの詳細が見えてきたことも発見のひとつでした。
―リサーチをしていて、どのような音が日本橋らしいと思いましたか?
ニック:どこの老舗もとてもユニークなサウンドスケープだと感じて、日本橋の音に耳を傾けることにたくさんの時間をかけました。
印象に残っているのは、三越の開店時にコンシェルジュの方がお客様をお迎えする挨拶や、店内に流れるオルガン演奏の音色などでしょうか。また、高島屋のエレベータースタッフの方が奏でる音もハイライトになりましたし、フードホールもとても素晴らしくておいしいサウンドに溢れており、ディスプレイに陳列された魅力的なフードのようにカラフルな音で溢れていました。小津和紙には、和紙作りの過程で使う道具などに由来する、とてもユニークなサウンドスケープがありましたし、木屋とにんべんでは、静謐な雰囲気の中で行われるお客様とスタッフのうやうやしいやりとりも大好きでした。また、江戸屋、有便堂、田源、榮太樓總本鋪などの老舗で聞くことができた音もまた特別で、それぞれにとても素晴らしいキャラクターがあり、とても素敵な方々からユニークな声を聞くことができたと思います。
小津和紙の和紙
―ご自身で制作した曲は、日本橋の音や歴史のどの部分にフォーカスしましたか?
ニック:私たちが手がけた2曲については、それぞれの店舗の音のエッセンスを捉えようと考えました。三越と高島屋について言えば、小売業だけではなく文化的な体験が境目なく混ざり合っているので、両方の領域を漂いながら音のテクスチャーを探す、体験的な遊び場のような感覚を得られたことが面白かったです。一方で、ユニークな音が多かったぶん、各所での集音を終えた後にどの部分を編集で外すかということに頭を悩まされました。
―作品を体験した人からは、どのようなフィードバックがありましたか?
ニック:私たちの音楽的な刺激を通じて、日本橋の新たな音楽体験を生み出すことができたのではないかと思います。実際に「この作品に出会えたことで、より深く日本橋を感じることができた」という声もありましたし、音楽を通じてスペースとの深いつながりに触れ、感動して涙を流した方もいました。このように、まちと恋に落ちるような体験の助けになっていたら嬉しいですね。
―最後に、もしこのプロジェクトを継続するとしたら、どんなことをしていきたいですか?
ニック:このプロジェクトは今後につながる展開への扉を開けたと思います。また、より多くのサウンドトラックを日本橋エリアで紡ぐアイディアは、未来に向けたとてもいいステップになるでしょう。MSCTYと日本橋によるこのフェスティバルが、レギュラー化してより多くの音楽的な反応やライブパフォーマンス、トークやツアーという形で盛り込まれ、発展していくことを想像しています。日本橋は今も発展そして成長する街です。MSCTYもこの東京の、そして日本の、素晴らしい部分の音のアイデンティティの発展をサポートしていきたいですね。
取材・文:宇治田エリ 撮影:岡村大輔
東京の地場に発する国際芸術祭 東京ビエンナーレ2023
東京ビエンナーレとは、東京の街を舞台に2年に1度開催する国際芸術祭。2回目となる東京ビエンナーレ2023は、「リンケージ つながりをつくる」をテーマに、人間関係だけではなく、場所、時間、人、微生物、植物、できごと、モノ、情報などあらゆる存在が複雑に関係しながら、刻々と変容していく世界に生きているからこそ見いだされていく「関係性=つながり」が見えてくる体験やアートがまちのあらゆるところに出現た。
https://tokyobiennale.jp/?lang=ja
MSCTY
MSCTYはニック・ラスカムとジェームス・グリアによる音楽ユニット。施設、開発者、ブランド、地方自治体などと提携し、その場に招き入れ、空間での体験を向上させる入感のない音の世界を創り出し、制作を依頼された場所のためにこれまでに400以上の作品を制作してきた。
https://tokyobiennale.jp/tb2023/linkage/weaving-the-nihonbashi-area-with-sound/?lang=ja